Bryn Mawr Japanese Church

Bryn Mawr Japanese Church Please join us Sunday mornings @ 11 am in Room 243 with Pastor Kisup Lee. Lunch is served for all after the service. Hope to see you there.

★日本語礼拝
Japanese Worship Service
(English Translation available)

毎週日曜日 Sundays 11:00 ~ 12:20 2階 Room #243

ブリンマー日本語教会では、毎週日曜日 午前11時からプロクラメーション教会 2階243号室にて日本語で礼拝をしています。
クリスチャンでない方も参加されています。賛美歌も日本語と英語で歌っています。
英語の通訳がありますので、日本人だけではなく、バイリンガルな方や、国際結婚をされている方には最適の礼拝です。興味のある方はご自由に参加してください。

★英会話教室 ESL class English as a Second Language
新学期は9月21日(月)からスタートいたします。毎週月曜日 9:45-11:15 am 随時受け付けます。
チャイルド・ケアもあります。(12

月28日、1月18日、2月15日、3月21日はお休みします)

★子ども英会話教室 Kid’s ESL class
新学期は10月8日(木)からスタートいたします。毎週木曜日午後 年齢別にクラスの時間が異なります。
随時受け付けます。

★パパイヤクラブ(親子クラブ) Papaya Club
英語、体操、パパイヤ・ダンス、歌、ゲーム、お話、おやつ、お母さんの時間など
体操ができる服装でいらしてください。参加費は1歳以上のお子様お一人につき1ドル
お母さん、妊婦の方は無料です。アレルギーの方はおやつをご持参ください。
9時50分から受け付けます。就学前のお子様が対象です。
パパイヤ・クラブの予定日:月一回木曜日
2015年: 9月24日 10月15日 11月12日 12月3日

2016年: 1月7日 2月25日 3月17日 4月14日 5月12日

詳しくはEメールでお問い合わせください。

Contact for more information:[email protected]

★図書室のご利用 Library
毎週月曜日、水曜日、木曜日午前9時~午後5時 地階046号室
 図書、DVDなどはお1人につき3冊まで2週間無料で借りることができます。
 必要事項を備え付けの図書ノートにご記入ください。

 The Japanese Library is open on Wednesdays & Thursdays 9am~5pm.

★Men’s ESL 男性ためのESL
礼拝前のサンデー・スクールの時間9時半から10時半。地階043号室
英語の聖書にチャレンジしてみませんか?
English as a second language class for men is from 9:30 to 10:30am
during Sunday school hour before 11am Worship Service. Let’s challenge to read the Bible in English. Contact for more details: [email protected]

★日曜学校 Sunday School for all ages
毎週日曜日 9:30~10:30am 子どもから大人まで聖書を楽しく学びます。
日本語のサンデー・スクールは、地階の046号室にていたします。
もっと聖書を深く学びたい方のために最適です。

Sunday School at 9:30~10:30am from Children to adults. Contact for more details: [email protected]

聖書の学び、子育ての学び、夫婦の学びなど、ご相談ください。

詳しくはお電話かEメールでお問い合わせください。

Contact for more information: (610) 971-2377 [email protected]

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Bryn Mawr Japanese Church
c/o Proclamation Presbyterian Church
278 Bryn Mawr Ave, Bryn Mawr, PA 19010

English version is provided below the Japanese text.ーーー本日の説教では、ヨハネ17章後半(20–26節)を中心に、イエスが最後の晩餐の後に捧げられた祈りの核心について語られました。この箇...
03/30/2026

English version is provided below the Japanese text.
ーーー
本日の説教では、ヨハネ17章後半(20–26節)を中心に、イエスが最後の晩餐の後に捧げられた祈りの核心について語られました。この箇所では、イエスが弟子たちだけでなく、将来信じるすべての人々のために祈られており、その中心にあるのが「信者の一致」と「神の栄光」です。

まず、ヨハネ17章全体の流れが整理されました。1–5節ではイエスが父に向かって祈り、十字架を通して神の栄光が現されることを願われています。6–19節では弟子たちのために祈り、彼らが一つとなること、悪から守られること、そして聖別されることが求められています。そして20–26節では、後に信じる私たちのために祈られており、「すべての信者が一つとなること」と「神の栄光を見ること」が語られています。

特に強調されたのは、永遠の命の意味です。それは「唯一の真の神である父と、遣わされたイエス・キリストを知ること」であり、単なる知識ではなく、生きた関係として神を知ることです。そして、その関係を可能にするのが助け主である聖霊の働きであると語られました。

また、信者の一致についても深く語られました。一致は人間の努力によるものではなく、父と子の完全な一致に由来するものです。そして、その一致を実現する具体的な方法として与えられているのが、「互いに愛し合いなさい」という新しい戒めです。信者同士が愛し合うとき、その姿は世に対する証しとなり、人々はそこにキリストを見出します。初代教会においても、その愛と一致が周囲の人々の心を動かし、多くの人が信仰へと導かれていきました。

さらに、神の栄光とは何かについても語られました。それはイエスの十字架、復活、昇天を通して現された神の愛と力であり、その結果として多くの人々が救われることが神の栄光の現れです。そして信じる者に与えられている希望は、やがてその神の栄光を直接見ることであり、黙示録21章に描かれるような、神と共にある永遠の世界に生きることです。

説教の最後には、受難週に向けた実践的な勧めが語られました。私たちの内には一致を妨げる罪の性質があることを認めつつ、この一週間を自らの罪を見つめ、へりくだって過ごす期間とすることが勧められました。そして、教会や身近な関係の中で、具体的に「互いに愛し合う」行動を一つでも実践するよう促されました。

イエスが十字架を前にして最後に残された願いは、信じる者が一つとなることでした。その一致は単なる理想ではなく、神の栄光を現し、福音を伝える力そのものです。受難週を迎えるにあたり、このメッセージを心に留め、日々の歩みの中で具体的に応答していきたいと思います。

Today’s sermon focused on the second half of John 17 (verses 20–26), where Jesus offers His prayer after the Last Supper. In this passage, Jesus not only prays for His disciples but also for all future believers. The core themes of His prayer are the unity of believers and the revelation of God’s glory.

The sermon first outlined the structure of John 17. In verses 1–5, Jesus prays to the Father, asking that God’s glory be revealed through His upcoming suffering on the cross. In verses 6–19, He prays for His disciples, that they may be one, protected from evil, and sanctified. Finally, in verses 20–26, He prays for all who will believe in Him, emphasizing two main points: that all believers may be united, and that they may behold God’s glory.

A key point emphasized was the meaning of eternal life. It is defined as “knowing the only true God and Jesus Christ whom He has sent.” This knowledge is not merely intellectual, but relational—an ongoing, living relationship with God. The sermon explained that this relationship is made possible through the work of the Holy Spirit, the Helper.

The unity of believers was another central theme. This unity is not something created by human effort, but is rooted in the perfect unity between the Father and the Son. The practical way to live out this unity is through the “new commandment”: to love one another. When believers truly love one another, their unity becomes a powerful testimony to the world. The early church demonstrated this clearly—their love and unity drew others in, and many came to faith as a result.

The sermon also addressed the meaning of God’s glory. God’s glory is revealed through Jesus’ death on the cross, His resurrection, and His ascension. Through these events, God’s love and power are made known, leading many to receive eternal life. Believers are given the hope that they will one day see this glory fully, as described in Revelation 21, and live eternally with God.

In closing, the sermon offered practical encouragement as we enter Holy Week (beginning March 30, 2026). We were reminded that we all have a sinful nature that can hinder unity. Therefore, this week should be a time to reflect on our sins, humble ourselves, and intentionally practice love toward others—whether through reconciliation, kindness, or support.

Jesus’ final desire before going to the cross was that believers would be one. This unity is not merely an ideal—it is the very means by which God’s glory is revealed and the gospel is made visible to the world. As we enter Holy Week, we are encouraged to hold this message in our hearts and live it out in our daily lives.

🌾 主日礼拝メッセージ(ヨハネ12:20–26)本日の礼拝では、イエスが語られた 「一粒の麦」 のたとえについて学びました。「一粒の麦は地に落ちて死ななければ一粒のままですが、死ぬなら豊かな実を結びます。」イエスはご自身の十字架の死を通して...
03/16/2026

🌾 主日礼拝メッセージ(ヨハネ12:20–26)

本日の礼拝では、イエスが語られた 「一粒の麦」 のたとえについて学びました。

「一粒の麦は地に落ちて死ななければ一粒のままですが、死ぬなら豊かな実を結びます。」

イエスはご自身の十字架の死を通して、多くの人に命をもたらしてくださいました。
そして私たちもまた、自己中心的な思いを捨て、イエスに従って歩むとき、人生に豊かな実が結ばれていきます。

これまで信仰を守り、福音を伝えてきた多くの先輩たちのように、私たちも 次の世代に信仰を伝える「一粒の麦」 として歩んでいきたいと思います。

🙏 今週も主に従う歩みが守られますように。

🌾 Sunday Worship Message (John 12:20–26)

In today’s worship service, we reflected on Jesus’ teaching about the “grain of wheat.”

“Unless a grain of wheat falls into the earth and dies, it remains only a single seed. But if it dies, it produces many seeds.”

Through His death on the cross, Jesus brought new life to many people.
Likewise, when we let go of our self-centered desires and follow Him, our lives can bear abundant fruit.

Just as many believers before us sacrificed to share the Gospel,
may we also live as “a grain of wheat” that bears fruit and passes faith on to the next generation.

🙏 May the Lord guide and bless our walk with Him this week.

本日の主日礼拝では、ヨハネの福音書6章22節から40節を通して、「イエス・キリストは“いのちのパン”である」というテーマについて語られました。前日に行われた「5000人の給食」の奇跡の後、群衆は再びイエスを探し求めました。しかし彼らの関心は...
02/16/2026

本日の主日礼拝では、ヨハネの福音書6章22節から40節を通して、「イエス・キリストは“いのちのパン”である」というテーマについて語られました。

前日に行われた「5000人の給食」の奇跡の後、群衆は再びイエスを探し求めました。しかし彼らの関心は、奇跡そのものよりも、満腹にしてくれた“物質的なパン”にありました。その姿に対してイエスは、「なくなってしまう食べ物のためではなく、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい」と語られます。

ここで示されたのは、「肉の糧」と「霊の糧」の違いです。人は日々の生活の中で、どうしても目に見える必要や現実的な欲求に心が向きがちです。しかしイエスは、それ以上に大切なもの、すなわち永遠のいのちへと至る霊的な糧を求めるようにと招いておられます。

群衆が「神のわざを行うためには何をすべきですか」と尋ねたとき、イエスは「神が遣わした者を信じること、それが神のわざです」と答えられました。救いは人間の努力によるのではなく、イエスを信じる信仰によって与えられることが強調されました。

さらにイエスは、「わたしがいのちのパンです」と宣言されました。この「I am」という表現は、イエスが神から来られた特別な存在であることを示しています。イエスを信じる者は決して飢えることがなく、決して渇くことがないと約束されています。また、終わりの日に復活させられ、永遠のいのちにあずかるという希望も語られました。

説教の最後には、アンパンマンの作者であるやなせたかし氏の思想にも触れられました。やなせ氏は戦争体験を通して、「本当の正義とは、目の前で飢えている人を食べさせることだ」と語っています。アンパンマンが自分の顔を分け与える姿は、見返りを求めない自己犠牲の愛を象徴しています。この姿は、十字架でご自身のいのちを捧げられたイエス・キリストの愛を思い起こさせます。

本日のメッセージを通して、私たちは何を求めて生きているのかを改めて問われました。朽ちるものではなく、永遠に残るいのちを求める歩みへと導かれた礼拝でした。

今日の説教は、エルドン神学生により、ヨハネ書3章(3:14-21)から語られました。今日の説教では、まず「裁き」という言葉の意味について、私たちが普段考えているものとは違う視点が示されました。一般に「裁き」というと、他人の欠点や過ちを指摘し...
02/01/2026

今日の説教は、エルドン神学生により、ヨハネ書3章(3:14-21)から語られました。

今日の説教では、まず「裁き」という言葉の意味について、私たちが普段考えているものとは違う視点が示されました。
一般に「裁き」というと、他人の欠点や過ちを指摘し、良い・悪いを決めつけること、あるいは罰を与えることを思い浮かべがちです。そこには、「自分のほうが正しい」「相手より上に立つ」という意識が入り込みやすいと指摘されました。

しかし、聖書が語る裁きは、そのような「他人をさばくこと」とは本質的に異なると語られました。聖書の裁きとは、人が人を評価することではなく、神の光の前に自分自身が立たされ、自分の本当の姿を示されることだと説明されました。その裁きは、比較や優劣を決めるものではなく、誰もが同じ立場で神の前に立たされる出来事です。

説教では、イエス・キリストの光は非常に強く、私たちの心の奥にある罪や弱さ、隠してきたものをはっきりと照らし出すと語られました。しかしそれは、私たちを辱めたり、排除したりするためではなく、闇から光へと導くための裁きであると強調されました。

また、他人を裁く人は、自分が闇の中にいることに気づいていない場合があるとも語られました。聖書の裁きは、「あなたは悪い」と断罪することではなく、「あなたは光を必要としている」という事実を示すものだと説明されました。

説教では、私たちが人生を生きる上で、教育や知識、知恵といった多くの助けを必要とすることが認められましたが、それらとは別に、決して避けることのできない「神の裁きの光」があると語られました。それがイエス・キリストであり、この光を今受け入れるかどうかが問われていると示されました。

この裁きは、完璧であることや規則を守り切ることを求めるものではありません。自分の心を光にさらし、照らされることを受け入れ、イエスのもとに来るかどうかが問われているのだと語られました。イエスが再び来られる時には、もはや悔い改める時間は残されていないという厳しい警告も、この文脈の中で語られました。

また、今日語られた説教の言葉そのものがイエスの言葉であり、その言葉が今この時にも私たち一人ひとりを裁いていると語られました。そしてその裁きが、断罪ではなく救いへと導く裁きとなるよう祈りがささげられました。

最後の祈りでは、イエスの十字架は、人間の罪に対する最大の裁きであると同時に、私たちに与えられた最も大きな救いであることが語られました。信仰を持つ者であっても、ときに闇に戻ってしまうことがありますが、神の光が心を照らすとき、何度でも悔い改め、神に立ち返ることができる、その恵みに感謝し、神の憐れみを求めて祈りが締めくくられました。

Today's sermon, delivered by Elden, was themed "The Dividing Light." Based on John 3:14-21, it was explained that while the word "judgment" is often avoided in modern society, it is in fact essential for distinguishing between good and evil and guiding us to the right path. God's love is not merely sweet gentleness, but a holy love accompanied by justice and judgment.
Jesus came as a light to illuminate the darkness within us and expose our sins. As John 1:5 indicates, the light shines in the darkness, and the darkness has not overcome it. We are not victims of external darkness; rather, as Romans 3:10-12 shows, we ourselves are part of that "darkness." This light came not to condemn us, but to lead us to salvation. As stated in John 9:39, Jesus came into this world for judgment, so that the blind would see and those who see would become blind.
Just as Moses lifted up the bronze serpent in the wilderness in Numbers 21, Jesus also had to be lifted up on the cross. Looking up to the cross, a symbol of judgment, is the faith that leads to eternal life.
The good works we perform in the light are not by our own strength, but are the result of God working within us, as Philippians 2:13 states. This sermon gave us a profound opportunity to consider how we should respond to Jesus' light now. Since it will be too late to repent at Jesus' second coming, let us respond to the light at this very moment.


#分断する光 #裁きと救い #神の愛 #イエスキリスト

今年最初の主日礼拝の様子です。今日はアントニオ師による英語の説教でした。しかし寒いですね〜
01/07/2026

今年最初の主日礼拝の様子です。
今日はアントニオ師による英語の説教でした。
しかし寒いですね〜

皆さん、あけましておめでとうございます!今年も多くの方々と共に元旦礼拝を行うことができ感謝です!
01/02/2026

皆さん、あけましておめでとうございます!
今年も多くの方々と共に元旦礼拝を行うことができ感謝です!

今日の説教は、ヨハネの手紙 第一 1章5〜10節からでした。今回は、信仰生活における「光」と「闇」の対比について深く教えられました。光の中に生きるとは、自分の罪を認め、神の前に正直になることです。一方、闇の中の生き方は、「自分には罪なんてな...
06/09/2025

今日の説教は、ヨハネの手紙 第一 1章5〜10節からでした。

今回は、信仰生活における「光」と「闇」の対比について深く教えられました。

光の中に生きるとは、自分の罪を認め、神の前に正直になることです。一方、闇の中の生き方は、「自分には罪なんてない」と思い、神から隠れ遠ざかっている生き方です。自分を偽り、神の真理から遠ざかっている状態が闇です。

罪を認めるのは簡単ではありません。プライドが邪魔をしますし、恥や恐れもあるでしょう。神から叱られるのが嫌で罪を告白できないのかもしれません。しかし、罪の告白に対する神の反応は怒りではなく、許しです。神の光は我々の罪のすべてを包み、赦しと回復を与えてくださいます。

「光の中を歩むこと」とは、正直であること、赦しを信じること、そして神との交わりの中で生きることです。

闇にとどまるのではなく、神の光の中に進み出る勇気を、日々求めていきたいと思いました。
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ヨハネの手紙 第一 第1章5~10節
5 私たちがキリストから聞いて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。
6 もし、私たちが神と交わりがあると言いながら、闇の中を歩んでいるなら、私たちは偽っており、真理を行ってはいません。
7 しかし、神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血によってすべての罪からきよめられます。
8 もし、自分には罪がないと言うなら、私たちは自分自身を欺いており、真理は私たちのうちにありません。
9 もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての不義から私たちをきよめてくださいます。
10 もし、罪を犯していないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのであり、神のことばは私たちのうちにありません。

【今日の礼拝】ピリピ人への手紙 1章12〜18節よりパウロは投獄されながらも、「この苦難がかえって福音の前進に役立った」と語ります。苦難の中にこそ、神の祝福が現れる。困難に屈せず、信仰を持ち続けるとき、神のご計画は前進します。一方で、サタン...
06/01/2025

【今日の礼拝】
ピリピ人への手紙 1章12〜18節より

パウロは投獄されながらも、「この苦難がかえって福音の前進に役立った」と語ります。

苦難の中にこそ、神の祝福が現れる。
困難に屈せず、信仰を持ち続けるとき、神のご計画は前進します。

一方で、サタンは私たちが諦めるのを喜びます。
だからこそ、希望を捨てず、語るべき言葉を語り続けましょう。
私たちの一歩一歩が、誰かの希望となるのです。

苦難の中でも諦めずにチャレンジし続けましょう。

#聖書 #ピリピ人への手紙 #苦難の中の祝福 #サタンに負けない #信仰 #希望

今日の説教は、ピリピ1:1–11から、本当に意味ある人生とは何かについて学びました。1. 神によって始められ、神によって完成される人生(1:6) まず、意味ある人生とは、「神が私に与えてくださった目的に生きること」であることを学びました。 ...
05/27/2025

今日の説教は、ピリピ1:1–11から、本当に意味ある人生とは何かについて学びました。

1. 神によって始められ、神によって完成される人生(1:6)
 まず、意味ある人生とは、「神が私に与えてくださった目的に生きること」であることを学びました。
 つい自分自身の目的ばかり追いかけ、自分自身の力で何かを成し遂げようとしますが、「神が始めてくださった善い働きを、神ご自身が完成される」ということを心にとめて神に信頼して歩む人生を送りたいと思います。
 これにより、神の計画の中に生きるとき、人は自分の存在の意味を見いだすことができると信じます。

2. 他者のために祈り、感謝する人生(1:3–5, 9)
 自分のためだけでなく、「他者の成長と祝福を喜び、祈る」ことにこそ、人生の豊かな意味があることを学びました。
 常に、喜びをもって人を覚え、人のために祈る人生を歩むことにより、つながりと愛にあふれた人生を送りたいと思います。
  意味ある人生は、誰かと共に築く人生であると信じます。

3. 愛が知識と識別力とともに育つ人生(1:9)
 感情的な愛ではなく、真理と識別に根ざした愛に生きることが、れが人格と信仰の成熟につながることを学びました。
 単に「良いことをする」人生ではなく、聖書に基づき「何が本当に良いのかを見極めて生きる」人生を送りたいと思います。
  真の愛と知恵を伴う選択が、人生に深みと価値を与えると信じます。

4. キリストの日(再臨)を意識した永遠的視点を持つ人生(1:10–11)
 この世の成功や快楽を超えて、「永遠の視点」で物事を見ることが重要であることを学びました。

 「キリストの日に恥じないように生きる」ことを覚え、日々の行動や選択に重みと意味をもたらすと信じ、永遠に価値あるものに向かって生きる人生を歩みたいと思います。

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ピリピ人への手紙 1章1〜11節(新改訳2017)
1:1 キリスト・イエスのしもべパウロとテモテから、ピリピにいるすべての聖徒たちへ──監督たちと執事たちとともにいる、キリスト・イエスにある人たちへ。
1:2 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。
1:3 私は、あなたがたのことを思うたびに、私の神に感謝しています。
1:4 いつも、あらゆる祈りにおいて、あなたがたすべてのために祈り、喜びをもって祈っています。
1:5 最初の日から今日まで、あなたがたが福音にあずかっていることを感謝しています。
1:6 あなたがたのうちに良い働きを始められた方が、キリスト・イエスの日が来るまでに、それを完成させてくださることを、私は堅く信じています。
1:7 あなたがたすべてについて、私がこのように考えるのは正しいことです。あなたがたが私を心に留めていてくれるからです。私が投獄されている時も、福音を弁明し立証している時も、あなたがたは皆、私とともに恵みにあずかっているのです。
1:8 私がキリスト・イエスの愛の心で、どれほどあなたがたすべてを慕っているかは、神が証してくださいます。
1:9 私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力において、ますます豊かになり、
1:10 あなたがたが、すぐれたものを見分けることができるようになりますように。そして、キリストの日に備えて、純真でとがめられるところのない者となり、
1:11 イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされて、神の栄光と誉れが現されますように。

04/28/2025

イースターエッグハンティング2025!
1500個の卵を用意しました。

イースター礼拝!子どもたちが頑張りました!
04/27/2025

イースター礼拝!
子どもたちが頑張りました!

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