座間・バプテストキリスト教会

座間・バプテストキリスト教会 私たちは、神奈川県座間市に位置するバプテスト主義のキリスト教会です?

当教会は、日本バプテスト連盟に加盟するバプテスト主義の教会です。

バプテストとは、プロテスタントの中の一つの教派であり、当教会の加盟する「日本バプテスト連盟」には、330の教会が加盟し、キング牧師やカーター元大統領もバプテスト教会の会員として知られています。
日本におけるバプテスト主義のミッションスクールとしては関東学院や西南学院などがあります。

※当教会はエホバの証人・ものみの塔、統一教会等の団体とは一切関係がありません。

31/05/2026

ノート5/31マルコ福音書2:21-22
2:21 だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。
2:22 また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」

本日の箇所を読むと、吉田拓郎の「イメージの詩」を思い出します。
この詩との出会いは、古いフォークソングフェスティバルのライブをLPレコードで、有名無名混濁した中での一曲として収録されていた歌です。

初めて聴いた歌詞には、衝撃を受けたというか、とても共感出来た事を覚えています。

冒頭は「これこそは と 信じれるものが、この世に あるだろうか?信じるものがあったとしても信じないそぶり」と始まります。

中学の頃で、バプテスマも受けておらず、遊びに教会へ行っていたのですが、「信じるものがあったとしても信じないそぶり」と言う歌詞は、神に置き換える事が出来そうだ等と思ったりしたものです。

とてもよい歌詞なので全部の歌詞を紹介したいのですが、本文以上に長いので、割愛しますが、終わり近くに「古い船には 新しい水夫が乗り込んで 行くだろう。古い船を 今 動かせるのは古い水夫じゃないだろう。なぜなら 古い船も 新しい船のように新しい海へでる。古い水夫は 知っているのさ新しい海のこわさを」という歌詞があります。

若くてエネルギッシュな時代の拓郎の歌で、そこには、時代の変化を誰もが受け入れざるを得ないと言う切なさや、あるいは、ある人にとっては古き良き時代への回顧の思いが描かれているように思います。

と同時に、私達は皆、古い船を引きずりながらも。これまでとは異なる新しい海、新しい時代へ勇気を持って踏み出して行こう!と言った励ましの思いもあるのではないかと思うのです。

イエスの言葉もどこかそれに似ているように感じます。
「だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。」

よく言われる通りですが、新しい布は、洗濯などで収縮するわけで、穴が開く程に着込んだ布は、いわばヨレヨレのぼろ布に等しく、それに新しい布を縫い付けたとしても、糸目、縫い穴から引き裂かれて服そのものが体をなさなくなってしまうわけです。

言わずもかな、ぼろ布は、律法学者やファリサイ派が闊歩した、形式主義、偽善化、硬直化してしまった社会を指すのでしょう。
そのような社会の中に、信仰心を正す為の全く新しい時代が到来したとするなら、彼等が構築した社会常識が打ち壊され、社会そのものが崩壊しかねないでしょう。

彼等は、拓郎が言うところの「古い水夫」彼は新しい海、新しい時代の怖さを知っているわけです。
その恐れは、自分達が取り残されて行くかもしれないと言う恐れと言ってよいかと思います。

尤も、彼等はまだ、新しい時代が開始された事を知らずにいるわけで、時代は普遍的に変わらず永続すると言う考え、つまり保守的と言い直してもよいかもしれません。

私達が抱く、時代の普遍性の誤認は、政治的、社会的問題だけではありません。

例えば、「この世の終わりが来る」と言うフレーズを聴いた時、面白い事に私達は人類絶滅をイメージするはずです。

でも考えて見れば、地球上で、繁栄した種の絶滅は、幾度も起きている出来事です。
我ら人類だけがその英知を持って絶滅を逃れ得る等というのが妄想である事は、コロナ騒ぎで十分経験したはずです。

地球が誕生して約50億年と推定されていますが、後50億年後には、太陽が膨張して地球は飲み込まれ焼き尽くされてしまうと予想されています。

いわば、私達は、時間的には、その中間に存在し、尤も良い時代に生きているわけです。
では、50億年後、人類はもちろん地球上には生命がいなくなるとして、それでこの世は終わるでしょうか?

恐らくは終わらないでしょう。
本当に客観的に見るなら、それは宇宙ではごく当たり前に起こる自然現象に過ぎないからです。

本当の終わりを私達は観る事も体験する事も出来ないかもしれません。
そもそも50億年も人類が繁栄し続けるなどと言う事さえ、ロマンチックであれ非常識な考えである事は先に触れた通りです。

イエスが語っている言葉は律法学者やファリサイ派の高慢にも永遠不変という時代観に一石を投じるものであった事でしょう。

世に、あるいは、こう言い換えた方が良いかもしれませんが、被造物に、永遠不滅なものなどない。
ましてや、人が作り出したもの等は言うに及ばず、神のみこそが全てを掌握し、計画し、一時代を担う私達と向き合い、愛してくださり、命の永遠性を担保してくださっているのです。

もし神がいないとするなら、私達の存在は、ただの自然現象の一つにしか過ぎいでしょう。

次にイエスは、「また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」 と語ります。

これは拓郎の歌とは異なります。
イエスによると、新しい水夫は、古い船ではなく新しい船に乗るわけです。

これも、先の話と同じと言ってよいかもしれません。
ただ最初の話との違いは「葡萄酒も革袋もだめになる」と言う事です。

先の話では、古い服はだめになるが、新しい布もだめになったとは言われていません。
あるいは、結局新しい布も、ただの切れ端で使い道がなくなると言った、そこら辺を補足する為に葡萄酒と革袋の話を続けたのかもしれません。

要は、新しい時代の到来には、新しい時代にふさわしくあるべきだと言う事でしょう。
ここでイエスの考えたであろう新しい時代の概要が見えてきます。

イエスは、迫りつつある神の国と、今ある普遍性を持つと言う高慢な時代の対比を語ったのではないでしょうか?

結局の処、神の国との対峙は、何も良きものをもたらさない。
新しい布である神の国は、この世の高慢な普遍性の延長線上にはなく、むしろ、その愚かさを暴く事になる。

また、あたらし葡萄酒と新しい革袋は、つまり神の国、もしくはそれに与る者の事で、人の妄想である古い時代や社会の普遍性を捨てて、全く新しい神の持つ普遍性に与るべき柔軟性を説いていたのではないかと思うのです。

先ほども触れましたが、神がいないならば、私達の存在は、この世、と言うより、宇宙と言った方が良いかもしれませんが、その中でごくまれに起きる自然現象に過ぎません。

しかし、神は、私達を顧み、愛してくださり、この先、どこまで人類が存在し、やがて絶滅すると、私達がわかっていたとしても、被造物の全てをお造りになられた神の御許において、神の国において、祝福と永遠なる存在として「有り続ける」事を本日の箇所から読み取りたいと思うのです。

24/05/2026

ノート5/24マルコ福音書2:18-20
2:18 ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」
2:19 イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。
2:20 しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。

一言に断食と言っても、様々な意味で行われました。
例えば、大きな悲しみの時、苦しみの時、罪の許しを求める時、嘆願を求める等々、イエスの時代、一般的には、敬虔な信徒であれば少なくとも週に二回、行ったようです。

この日、「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。」とあるのは、イエスの言葉を聞くと、習慣的な断食ではなく、どうも悲しみや苦しみ、救いを求め、罪を悔い改める為の断食事が想像出来ます。

詰まる処、断食とは、己の信仰の可視化であって、その自覚の有無はともかく、意図せずとも、それを他人に対して見せる行為になり得たわけです。

そこで問われてくるのは、週二回の習慣化した断食です。
習慣化と言う事は、例えば、キリスト者が日曜日には教会に行く事を最優先させる事とよく似ていて、周りの人達が、そして神が、そんな自分をどう見るのか?を気にする事に似ています。

実の処、主日礼拝への参加は、いわば信仰の可視化でもあり、その点で断食とよく似ているのです。

その証拠に、「何々さんは、毎週教会に通う敬虔なキリスト者です」という言葉は耳にする事もあるでしょう。

この言葉をポジティヴに取るならそれは、「証し」になり得るでしょうし、ネガティヴに取れば、「宗教的自己顕示欲の主張」となり得ます。

このポジ、ネガの境界線を引くのは、自分自身ではなく、他人の客観的な視線に頼らざるを得ないはずです。

私達はその事を知っているので、自ずとエンターティナーとなり、自らが演技者なって、ショーとしての主日礼拝への参加を無自覚に行っているかもしれない事は考える余地があります。

実際、イエスの時代の週二回の断食は、敬虔な信仰者のエンターティメントであったでしょうし、それを行う人達も、他者の目を気にしなかったと言えば嘘になったでしょう。

「そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」」

マルコの著者は「そこで人々は」と言っています。
この「人々」とは、観客を指し、自らは断食をしているいないに関わらず、客観的視線を象徴しは表現に思えます。
と、同時に、「人々」の多くは、恐らく敬虔な信徒ではなかった事も顕しているように思います。
なぜならば、客観者は、敬虔な者を評価する事によって、自らは断食をするには至っていないであろう事を顕すからです。

それは、例えば、自分は「キリスト者」だと言ったとして、第三者が「では何故、主日に教会に行かないのか?」と問うたとします。

その際、質問者は、必ずしもキリスト者とは限らず、単に、キリスト者は教会に行くと言う社会的刷り込みに基づく問いであるかもしれないからです。

イエスの時代、ヨハネの弟子達やファリサイ派は、敬虔な信仰者と目されていましたから断食をしていて当然と思われていたでしょうし、自分の事はさておいて、敬虔な信仰者はそうするものだと考えるのが一般的だったのでしょう。

預言者として見られていたであろうイエスと、その弟子達が断食をしないと言う事は、やはり奇異に感じられたのもし方がないと思います。

そこで、イエスは、彼等の疑問に対して「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。」と応えました。

なかなか意味深な言葉です。
「花婿」という言葉は、率直なイメージを言うならメシアを指すのでしょう。
その「花婿」が取り去られる時というのは、恐らくマルコ書の著者にとっては、イエスの十字架での死を指す意図でしょう。

ただ、「その日には、彼らは断食することになる。」と言う言葉は、私達が知る十字架後の弟子達の姿、つまり彼等が「断食」をしたと言う記載は思い至らないので、イエスの死後に断食したと言う解釈にはなじまないかもしれません。

ただマルコにとって重要な事は、イエスのこの言葉は、イエス自身がメシアであり、十字架によって、この世の歩みを終える事を既に知っていたと、読んでほしいと言う意図があったに違いないと思うのです。

そして、実際、そのように読むわけです。

また「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。」と言う言葉は、大きな喜びの場を意味しているわけですが、それは復活の時点ではなく、再臨の時点であると読むべきでしょうか?

いずれにしても、本日の箇所では、「断食」は、形式的とは言え、神を前にして期待に応えられないどころか、罪を犯し続ける悲しみを突き付ける事柄のモチーフとされ、その悲しみに対して「断食は出来ない」と言う言葉は、逆に、イエスや弟子達にとって、今の時は、神の福音が宣べ伝えられ、神の国の到来が宣言される時であり、やがて来るであろう神の国での喜びの中へと既に、置かれている事を顕しているように思えるのです。

ですから今こそ救いの時、許しの時、そして喜びの時、それ故、「断食」を必要としなかったのだと思うのです。
そして、「それが取り去られる時」「その日」とは、終末の時でしょう。

仮に弟子達が「断食」をするとしたら、そこには最後の審判のイメージが伴い、救いに与る者とそうでない者とが分けられると言う悲しみを顕すかもしれません。

その事は、神は全ての人に救いをもたらしたにも関わらず、それを自らの意志で拒む者が出てくる事を指すのだろうと思うのです。

終末のイメージには、本来、神の国における勝利の祝宴が開かれると言うイメージが伴いますが、自ら拒む者が出てくる事によって、神の国の到来、勝利の祝宴前に、手放しでは喜べない現実が弟子達に突きつけられている事をも言わんとしているのではないでしょうか。

そうしますと、私達の前には信仰の自由、選択の自由があり、その中で、神からの招きと、それに対する応答が必要とされている事を覚えたいと思うのです。

17/05/2026

ノート5/17マルコ福音書2:13-17
2:13 イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。
2:14 そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。
2:15 イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。
2:16 ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。
2:17 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

カファルナウムでのイエスの宣教場所は、ガリラヤ湖畔であった事が冒頭で語られます。
もし、イエスの教えや、癒やしの業に関心を持たず、共鳴出来る人が少なかったなら、町辻や家の中で十分だったでしょう。

にも関わらず、湖畔で活動したと言う事は、それだけ大勢の人が、イエスを求めたと言う事を顕している事になります。

無論、中には多くの野次馬も含まれていたとは思いますが、その野次馬こそが、イエスの噂を大げさに広め、イエスの集会を、大きく膨れ上がらせて行った事は想像にい堅くありません。

因みにカファルナウムの人口は1000人程だと推定されているそうです。
ですから、イエスの集会は、例えば、昔、野球場を借り切って行われた何たらリバイバル大会のような大観衆ではなく、せいぜい多くとも小さな公会堂にいっぱいと言った人数だったように想像します。

尤も、それ以前に、人口1000人の内、何百人かがイエスのもとに駆けつけたと言う事は、当時、大きな政治的問題となりかねない危険が伴います。

ローマ総督ピラトが、宗教的集会目的でゲリジム山へと集まったサマリア人達を、暴動と称して虐殺したように、被支配者であるユダヤ人が、大集会を行う事についてローマは神経を尖らせていたはずです。

ましてや、ガリラヤ地方は豊かな産物を輸出する貿易で成り立っていながら、根深い反ローマ運動が盛んな地域でもありました。

産業の拠点の一つでもあるカファルナウムには、少なくとも100人規模のローマ軍が進駐していたかもしれません。

ですから、イエスの集会に町の何割かの人が集まっていたと言う事実に、ローマ軍としては大いに関心を寄せていないはずはありませんし、聴衆の中にスパイを送り込む事も当然していたはずです。
そう言う社会的背景のもとで、後の百人隊長の部下や子供の救いの物語が成立して行くわけです。

さて、本日の箇所で、イエスが、新たにもう一人の弟子を召し上げた事に言及されます。

「通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。」

これにはイエスに従っている人達も、さぞかし驚いた事でしょう。

さて、その前に、私達は「徴税人」という人が、どのような立場にいたかを知らなければなりません。

当時のイスラエルは、二重の法体系の中におかれていました。
ローマ法と、ユダヤの律法です。

ユダヤ人達は、ローマによって独自の文化は尊重されていましたが、実生活においては、ヘロデ一族の傀儡政権下で、ローマ式生活様式に組み込まれざるを得ず、また同時に律法も守らなければならないと言う二重の負荷の下にありました。

具体的には、ローマに対する納税義務と、エルサレムの神殿税の義務、その上、更に傀儡支配者であるヘロデに対する納税義務と言う三つの税体系の中で生きていたのです。

神殿税は祭司達が地方を回って集めるのが一般的だったようですが、かつてのNHK集金への対応のように、住民達は居留守を使ったり、追い返したりで、納税拒否者が続出したそうです。

処が、この未払いが続くと、土地を持つ納税義務者の土地は差し押さえられ、大祭司直轄地とされたようです。
かつての自分土地に小作農として残れたなら、それはよい方で、大抵は一晩でホームレスへ転落して行きました。

自分達のアイデンティティーを守る神殿税がこれだけ嫌われていたとすれば、ヘロデへの税、ローマへの税が、如何に嫌われていたかを想像するのは難しくないでしょう。

税金徴収システムは、例えば酒税やガソリン税、消費税と似ていたかもしれません。
恐らく、税込みで生活必需品をやりくりしなければならなかったでしょうし、売り手もそれを前提として値付けしたはずです。

この徴税制度を動かす為には、徴税人を必要としました。
神殿税に関しては、下級祭司がその任に当たりましたが、ヘロデにせよ、ローマにせよ、徴税を通して税の徴収を行っていました。

その徴税人は、まぁ立候補制で、何よりも金が物を言い、その権利を高額で買い取って、その仕事を得ていました。
ですから、そもそもが金持ちでなければ出来ない職種だったわけです。

さてしかし、民衆と顔を合わせて、容赦なく税金を取り立てるのは、彼らではなく、さらに、安い人件費で雇われた人達でした。

こういった徴税人達は、課せられたノルマと自らの収入を確保する為に、手数料との名目で、大きく増額して取り立てていました。
更に徴税対象は、あらゆる物品、流通に課せられました。

因みに、当時の徴税について、ある試算ではヘロデの年収、つまり、徴収した税金は、一人の人が1日働いた額の3287年分に相当すると言います。
これにローマの税金、神殿税を加えれば、如何に、無慈悲な搾取が横行していたかを表す数字だと思います。

この日、徴税所にいたレビと言う人物がユダヤ人から嫌われていたのは当然の事だったと思います。
そんな背景を前提として、イエスは彼に声をかけたのです。

そして、その答えは、「彼は立ち上がってイエスに従った。」というものでした。

ここで注目したいのは、彼がバプテスマを受けたとか、信仰に立ち返ったとか、これまでの不正を悔い改めたとか言う言葉が添えられていない事です。

それを裏付けるように、「イエスがレビの家で食事の席に着いておられた」と語られます。

レビの家での食事(食事は、相手と生死を共にすると言う意味も持ちます)ですから、恐らくは、宴会であったであろうと思われますが、これによってイエスとレビの密着した関係性が構築された事を顕しています。

「多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。」

イエスを含め5人、その上、徴税人関係者、そして、多分、湖畔での大集会の流れからイエスに従ってきた者達。

ここで問題となるのは、その食事会の食材に、搾取されたお金が用いられている事と言ってよいでしょう。

真面目な信仰者、例えばパリサイ派の人達から見れば、それは異常な宴会に見えた事でしょう。

彼等が、この宴会に直接参加していたかどうかは明確ではありませんし、そうするはずもないのですが、「ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。」というのは、ファリサイ派でなくとも常識人であれば、しごく当然な反応だったと思います。

汚れ、しかも実質的には売国奴、そのような人達と食事を一緒する事で、運命共同体になる等というのは、全く理解出来る事ではなかったはずです。

この場面の意図としては、もしかすると後の十字架、イエスと共に全ての人の罪も貼り付けられたと言う考えに続く伏線なのかもしれません。

でも、ここで私達が覚えて置くべき事は、イエスが、人を分け隔てしないと言う姿勢を取っていると言う事実。
更に、分け隔てしないどころか、あるがままのその人を、無批判に受け入れると言う典型的な一例が、ここに描かれている事だと思います。

さて、ファリサイ派の当たり前の疑問に対して、「イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と応えたと言います。

意味深な言葉です。
ここで言う正しい人とは、皮肉ってファリサイ派の人達の事でしょうか?
罪人とは徴税人達を言うのでしょうか?

ごく当たり前のように、そう解釈できますが、イエスは「招く」という言葉を使っています。
当たり前の解釈を基にすると、ファリサイ派は「招き」から除外されてしまいます。

しかし、イエスは、徴税人が罪人である事を認めつつ、罪人である事を肯定しながらも、差別を正当化するファリサイ派の人達もまた、その点で罪を犯している事を指摘しているように思えるのです。

詰まるところ、後にパウロが言うように、「義人はいない1人もいない」イエスは全ての人が抱え込んでいる罪を受け止め、受け入れる事によって、ある意味、やがて来る神の国がもたらす平和の先駆けを、この時、顕したと言えるのではないかと思うのです。

14/05/2026

ノート 5/10マルコ福音書2:1-12
2:1 数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、
2:2 大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、
2:3 四人の男が中風の人を運んで来た。
2:4 しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。
2:5 イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。
2:6 ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。
2:7 「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」
2:8 イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。
2:9 中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。
2:10 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。
2:11 「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」
2:12 その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。

これまでの出来事で、イエスの癒やしと悪霊祓いの噂は、カファルナウム近郊、もしくは、ガリラヤ地方にあっという間に広がった事と思われます。

確かに、バプテスマのヨハネは、偉大な預言者だと、民衆に認識されていましたが、律法に基づく倫理的教えはしたものの、目立った癒やしや、悪霊祓いを行った事は、新約では報告されていません。

と言う事は、イエスの登場は、民衆の中でヨハネ以上の預言者が登場したと言う認識が芽生えた事をマルコは主張している事になります。

とは言え、多くの人は、イエスの顔すら知らなかったでしょうから、イエス一行、弟子と共に、5人づれと言う特徴はあっても、誰かが街道ですれ違ったとしても、気付かれる事はなかったのでしょう。

しかし、人々は、限られた情報の中で、カファルナウムの家、恐らく、ペテロの家だと思われますが、そこにイエスが滞在している事を聞きつけたのでしょう。
居場所がわかれば、顔を知らずとも、誰でもイエスに会う事が出来ます。

ましてや、家が特定されたなら、あてどもなく探す必要もなく、面会を求め、多くの人が押しかけるのも頷けます。

その日には、「イエスが御言葉を語っておられ」とあるように、特に病人や悪霊に取り憑かれた者はいなかったようです。

恐らく多くの人は、癒やしと悪霊祓いを行ったイエスという人物が、果たして、預言者としてどんな教えを語っているのか?と言う点に関心を置いていた事でしょう。

大勢の人が押しかけ、家に入りきれない程だったとあります。

明確にされていませんが、その中には律法学者が含まれていた事から、彼等はイエスの教えに対して公に検証をすべく来てたのだろうと想像します。

そして一見、イエスの教えは、バプテスマのヨハネの教えと似ており、神の国の到来と、神の福音を信じるべき事以外、目新しい事はなかった事を確認したでしょうし、教え自体は、ファリサイ派のそれと似ており、彼等が特に異論を挟む余地は、その時までなかったものと思われます。

処が、その時が来ます。
「四人の男が中風の人を運んで来た。」
イエスの噂を聞いて、友人か?もしくは家族の者達が病人を連れて来たわけです。

処が「群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかった」とあります。

ここで注目しておきたいのは、今、イエスを取り囲んでいる人達は、敬虔なユダヤ教信徒達で、病や悪霊に取り憑かれている者達ではないと言う事です。

つまり、マルコは、この場面を描くに当たって、意を決して神の下にやって来ても、病人や汚れているとされた者達は、敬虔な信仰を自負する者達によって、返って神に近づく事が出来なくなっていると言う皮肉な現実の比喩として描いていると言ってよいでしょう。

しかし、病人を連れてきた人達は、恐ろしく柔軟な発想を持っており、屋根に登り、穴を開けて、病人をイエスの前につり下ろす事をします。

イエスは、「その人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。」とあります。

そこで私達は、病人を運んできた4人の人達に焦点を絞り、その信仰と、それに基づく行為に目を止めます。
そしてイエスは、4人の男達の信仰と行為こそを評価していると受け取るのです。
そしてその信仰は愛であり、病人に対する愛情深さこそが評価されたと感じるわけです。

しかし、この時、イエスが評価したのは、マルコの著者が言うように信仰であり、愛ではありません。

ではその信仰とは何であったのか?
4人が友人であるにせよ、家族であるにせよ、誰も思いつかないであろう手段で神に近づいた、その行為こそを信仰と呼んだのではないでしょうか?

これをイエス視点で見るなら、彼等が屋根を破り、直接イエスの下に病人を吊り下げた、その事こそが、評価されるべき信仰であったとは言えないでしょうか?

さて、ここで汚れたものが天から降ってくる、と言えば、有名なペテロの夢があります。

彼の場合は、夢とは言え、律法で禁じられている汚れた食べ物が、天から降って来た事で、その信仰の真価が問われましたが、ここでも、似たような状況が生じています。
つまり、汚れているとされた病人が上から、つまり、天から降ってきているのです。
そしてそれは夢ではなく現実でした。

すると、その手伝いをした4人は、自覚があろうとなかろうと、神の御心、つまり、与えられている信仰を、このとき、実践した事と相まって、その事態に、イエスが如何に振る舞ったかを記録しているのです。

もしかすると、本日の箇所は、ペテロの家で起きたとするなら、この出来事は、後に見る夢の原型となる程に印象深い出来事となっていたのかもしれません。

いずれにしても、マルコは、当時の信仰者には思いもつかない事、つまり、汚れているとされたものが、天から下された事を描いています。

そして、敬虔な信仰者によって独占されていた神が、これは、後の異邦人伝道にもつながるわけですが、神から最も遠い者程、神の福音が必要としされている事を示しており、彼等が神に立ち返る事こそ、神の御心である事を物語テイルのではないかと思うのです。

さて、この家に集まっていた敬虔な信仰者達は、目の前で起こったこの出来事を見てどう思ったのでしょうか?

「律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。」とあります。
そして、 「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」と考えたとあります。

ここで彼等は、問題のすり替えを行いました。
イエスは「子よ、あなたの罪は赦される」と語っており、「罪は許された」とは言っていません。

「赦される」は当然神によってと言うニュアンスが伴います。
それに対して「赦された」は、神の権威が委譲されて、初めて発せられるニュアンスです。

律法学者達の心の中を駆け巡ったのは、彼等なりに病人が天から降された比喩を悟って、それを神への冒涜と感じ、その上、「罪は許される」と語った事で、イエスが罪の許しの保証を明確にした事への反発だったのではないかと思います。

ですからイエスは、「彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」と皮肉を込めて語る事になったのでしょう。

ここまでイエスは「赦される」と言う姿勢を示していましたが、次に「赦す権威」をも持っている事を明らかにします。

そこには、著者マルコが意図して、神の子としてのイエス、神の一体性を匂わせようとしているのです。

「そして、中風の人に言われた。 「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。」

この大きな癒やしの奇跡の言葉には、恐らく、意図的に罪の許しについて触れなかったのでしょうが、実質的には、罪の許しの事実を律法学者達は目にする事になるわけです。

この場面で注目すべきは、中風の人の信仰の有無について言及されていない事です。

癒やされた人について信仰の度合いは問われません。
彼は、ただ天井から、比喩としては天からつり下ろされてきた人物であるに留まります。
それは、この場面での彼の役割が、神に顧みられる人物であるからに他なりません。

しかし、その事は信仰の度合い、極端に言えばその有無さえも問われない事をも想起させてくれます。
神の顧みは、無条件であり、それ故、この病人の人格描写が必要とされなかったのです。

突然の癒やしに驚いた人々の中、沈黙の中で、床を担いで病人が出て行く場面は、少々恐ろしくも見えます。

「人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。」という〆の言葉も当然の事でしょう。

こうしてマルコは、不本意にも敬虔な信仰者に神が独占されている事実、信仰が都合よく扱われている社会への批判示し、神の御心は、そのような状況は全くの不本意であり、神から遠いとされる者こそが、神の救いに与ると言う、福音の原則を語ったのでしょう。

そしてイエスこそ、まだこの時には三位一体論程整理されていなかったでしょうが、神の権威を顕す者であり、神の子と呼ばれるに相応しい存在である事を主張したのだと思うのです。

06/05/2026

ノート5/3マルコ福音書1:35-45
1:35 朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。
1:36 シモンとその仲間はイエスの後を追い、
1:37 見つけると、「みんなが捜しています」と言った。
1:38 イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」
1:39 そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。
1:40 さて、重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。
1:41 イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、
1:42 たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。
1:43 イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、
1:44 言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」
1:45 しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

本日の箇所は、「朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。」と言う言葉から始まります。

ユダヤ人達は、確か、朝昼晩と、1日数回祈る事が義務づけられており、イエスもそれに倣って、祈っていたのでしょう。
ただ、ここで特殊なのは、わざわざ人里離れたところへ出て行って祈ったと言う事です。

ファリサイ派や律法学者達は、無論信仰心からの祈りには違いないのですが、概して人前で祈っていたと言います。
それは、同時に一種のパフォーマンスで、自分達が如何に信仰深く、敬虔な信徒であるかを人々にアッピールする意図もあったからだと受け止められていたようです。

それに比べると、イエスの祈りは当然ながら、1人での祈りですから、その内容は、ここでは触れられる事もなく、その謙虚さを、まずはクローズアップしたのでしょう。

このイエスの祈りに対して、4人の弟子達は、ユダヤ教に準拠して祈ったようには描かれていません。
まぁ、会堂には行っていたようですから、全く信仰心がないわけではなかったわけですけれど、敬虔とか熱心とはほど遠い信仰生活を送っていたのだと思います。

4人のイエスに対する関心は、「みんなが捜しています」と言う言葉に表れます。
つまりは、ある意味、イエスを通して、人間の欲求、または、願いに応えるべきと言う処、いわばイエスのマネージャーや、プロデューサー的仕事が、自分達がなすべき事だと思っていたのかもしれません。

しかし、イエスは「みんなが捜しています」と言う言葉を、やんわりと無視するかのように、「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」と語ります。

この言葉は、あるいは、イエスによる早朝の祈りの結果として神に示された事柄なのかもしれません。
でも、「みんなが捜しています」と言う言葉を聞いてからの発言とするなら、そこには人間の力や努力では、メシアを担ぎ出す事や、見いだす事は出来ない、と言う事、つまりそれは一方的に示され、与えられると言う事を、暗喩しているのではないでしょうか。

私達がイエスというメシアを見いだすのでなく、メシアが私達を見いだされた、この言い方には選民思考が伴いかねませんが、言い換えるなら神の子メシアが人を顧みられた、そしてそれはそのまま、父なる神の顧みと愛の顕れとして受け止められるのだと思うのです。

マルコは続いて「重い皮膚病を患っている人」のエピソードについて記します。

彼は「重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と語らせます。

さて、ここで言う「御心ならば」とは誰の「御心」なのでしょう。
父なる神でしょうか?イエスでしょうか?
話の流れからすると、この人はイエスの「御心」を言っているように聞こえます。

恐らく、イエスが何者であれ、その気持ち次第で、自分の病気が癒やされるか?否か?が決定されると、この人は信じ、自ら来て、すがったのでしょう。

病人は汚れているとされていましたから、近づいて来る事を拒む人も多かったでしょうし、病人自身も汚れが人に移る迷惑を避ける為に、人に近づかないようにし、自らが病気である事を叫びながら町中を歩いていたと言います。

イエスは、彼を突き放す事をせず「深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言います。
すると、「たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。」とあります。

これは、明らかに見た目で病気が癒やされ回復した事がわかる描写であると同時に、清くなったと言う事は、罪の汚れがきれいになくなったと言う事を意味しています。

ここでもイエスは、罪の許しの権威の有無という点で、ファリサイ派などから見ると、またやらかしてしまったわけです。
しかし、イエスの起こした癒やしの奇跡の特徴に罪の許しが伴う事は著者が指摘する大きな特徴です。

当時、病気を治す医療は、さほど発達していなかったであろうけれども、医者もおり、医療行為という形で治療は出来たわけです。

しかし、医者には罪の許しを宣言する事までは出来ません。
この点が、イエスによる医療行為?において、他者と決定的に違う点となります。

「イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」

ある人達は、こう考えます。
口止めされればされる程、人間はしゃべりたくなるものだと。
イエスは、その心理を使い、人々の注目を集める事に成功したのだと。

イエスが商売として癒やしを売り物としていたなら、あるいは、何らかの等価価値の見返りを期待したなら、そのような理解は間違いないでしょう。

しかし、イエスの関心は、自分が誰に何をしたか?を問題とせず、自分の下に来た、その人が癒やされ、神の前での罪を許された事こそに向けられていたはずです。

従って、イエスは、癒やした事を話さないようにと言いつけ、ただ正当な手続きを以て、祭司に病気が治った証明を得させるべく、その男を帰したのでしょう。

処が、「彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。」とあります。

彼が祭司の下に行ったにせよ、行かなかったにせよ、イエスとの約束を破ったと言う事は、偽りの罪を犯したと言う事になります。

要するに、このエピソードの背景には、人は罪を許されても、再び再犯に陥ると言う戒めが隠されてるように思えます。

この呪縛は、十字架と復活以後も続きます。
従って、神は人の罪を許されたと言う事は、かつて犯し、今犯し、これから犯す罪を許すという神の約束で、過ちを犯した自覚を持ったなら悔いて改める、あるいは改めようとする、つまり神と向き合い続ける必要があると言う事です。
これを、神の救いへの応答と言うのでしょう。

さて、最後に、癒やされた男がもたらした結果が語られます。
「イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。」

これは、その町の会堂で福音を伝える働きを放棄せねばならなくなった事を言っており、要は、その町の住人達に福音を届ける事が出来なくなった事を意味しているのです。

罪を許されながら、再び罪に落ちた、たった1人の為に、福音を必要とするであろう人達に、それを届けられなくなった事が記されているのです。

これは、キリスト者に向けられた皮肉であり警告であるかもしれません。

福音に与ったキリスト者は、汚れた布から真っ白な布に洗い清められ、その白さを汚さないように生きる?生かされる?
確かに、敬虔な信仰者育成にとっては善い例えになるかもしれません。

でも、実際には、汚れた布のままで善い、これ以上汚さないように注意せよと、汚れたままの私達を神が許してくれた事こそを許しの福音というのではないでしょうか?

癒やされた男の町に福音はもたらせなかったにも関わらず、「それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。」と記されます。

「四方から」というのは、近隣の村落からと言う事でしょう。
すると、周囲に村落を持ち、祭司が常駐している町は、それなりに規模の大きな町であった事が推測が出来ます。

四方から集まってきた人々の中には、無論、癒やされた男の町の住人もいたかもしれません。

しかし、その町の経済を支える近隣の村落の人達が直接イエスの福音を聴き、あるいは、癒やしで体験したなら、搾取される側の人々に福音が伝えられ、搾取する方の住人に伝えられないと言う事は、単なる偶然ではなく、神の立ち位置が社会的弱者の側に重きを置いている事が明らかにされる事になるのだと思います。

そして、今一つ、神の計画、もしくは神の時間には、決して無駄がないと言う事も、ここから読み取ってもよいのかもしれません。

少なくとも私達は、近い距離間で神との関係を持っている事を忘れず、神と向き合い続ける事を覚えたいと思うのです。

02/05/2026

ノート4/26マルコ福音書1:21-34
1:21 一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。
1:22 人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。
1:23 そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。
1:24 「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
1:25 イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、
1:26 汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。
1:27 人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」
1:28 イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。
1:29 すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。
1:30 シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。
1:31 イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。
1:32 夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。
1:33 町中の人が、戸口に集まった。
1:34 イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

「一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。」と本日の箇所は始められます。

確か、カファルナウムは、地中海に抜ける街道近くにあり、ガリラヤ湖でとれた魚を加工し、各地に出荷していたと言います。
尤も、考古学的に、加工工場跡は未発見のようですが。

また、葡萄酒も製造されており、これも出荷し、海外にまで輸出していたと記憶しています。

それから記憶が混濁していますが、この町から少し離れると温泉が湧き、保養地として用いられていたと思います。
このように、カファルナウムは、田舎町ではなく、都市と呼ぶに近い形態で栄えていたのだろうと思います。

しかし、光ある処には影が伴い、貧富の差は大きく、多くの住人が搾取による生活困窮者であり、それに伴う肉体的、精神的病人等も、この町は多く抱えていたのではないかと思います。

そこに、4人の弟子達を連れたイエスがやって来ます。
この後、イエスは、この街を拠点とし、ガリラヤ一帯に神の国の福音を宣教して行くのですが、マルコは、神のへりくだりを顕すイエスのバプテスマ、水のバプテスマの有無を明確にせず4人の弟子達の召し出しを描き、恐らくカファルナウムで数日間過ごす事で、安息日を迎えた事を告げます。

ストーリーは何気なく進んでいるように見えますが、マルコは、本日の箇所で、これから始まるイエスの活動の全てを凝縮し、後に大祭司、祭司達の嫉妬をもたらす権威の問題、ファリサイ派、律法学者達との対立点となり、イエスの十字架を決定付ける安息日問題の一切を凝縮し、まるで大看板のようにして、本日の箇所を描くのです。

さて、会堂でのイエスの教え、つまり、聖書の読み解きは、ここに集う人達がこれまで経験した事のないもので、間違いなく、これまでの慣習を破ったものであった事が、「人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。」という言葉で明らかにされます。

恐らく律法学者達は、学者と言うだけあって、神の言葉に敬意を払い、解釈の間違いを犯さないように「~であろう」あるいは「~かもしれない」的な感じで読み解いて来た印象を受けますが、律法学者にも学派があったようですから、実際には「偉い~先生はこう言っておられる、また別の偉い~先生はこう言っている」等と言った感じだったのでしょう。

処がイエスは、自分の確信をそのままに、言い切り型の言葉で語ったのでしょう。
これには聞いていた人達も驚いた事でしょう。
要は、イエスが預言者以上に、神の言葉を躊躇する事なく語ったと言う事です。

すると「そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」」という出来事が起こります。

この悪霊、面白い事に、私達の理解では間違った事は言っていません。
まるで悪霊による信仰告白のように聞こえても来ます。
尤も、「かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。」と言う言葉があるので、そうではないのですが。

これに対するイエスの対応は、「黙れ。この人から出て行け」と、叱りつける事であったのは、恐らくわけがあったのだと思います。

この悪霊は、イエスという名を挙げ、更に神の聖者という地位も語っています。
当時、相手の名を知ると言う事は、相手を支配する事につながるという考え方があったそうです。
同じように「神の聖者」と言う正体暴露の言葉も、イエスを取り込む為の言葉だったのでしょう。
しかしイエスは「黙れ」の一言で、悪霊による、この思惑を退けたのです。
そういえば、ペテロも、「黙れサタン」と叱られた場面がありましたね。

そして「汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」と、驚きを隠さなかったようです。

マルコは、このエピソードでイエスの身元を暗喩させ、「権威ある新しい教え」と言う言葉で、律法学者や預言者との明確な差別化を試み、そのまま、格が違う事を最初の奇跡、あるいは悪霊からの癒やしで看板を建てあげたのでしょう。

この出来事のすぐ後に 「一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。」と語ります。
安息日には、歩いて善い距離があったそうなので、ペテロの家はカファルナウム近くだった事がわかります。

また「イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。」とありますので、その日のうちに、イエスの噂は、カファルナウムで広がりつつあったのでしょう。

話を戻して、ペテロの家に着くと、「しゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。」と語られます。

これ、実はとてもまずい事をしている事に気づかれるでしょうか?
イエスは、安息日に癒やしを行っているのです。
これは、ファリサイ派や律法学者達から見て違法であり、イエスとの対立点になる重大な問題となる出来事でもあります。

こうして、マルコは、時を選ばず癒やしを行い、悪霊さえも恐れる神の子イエスが、やがて十字架への道に至る生涯を凝縮し、予告編のように本日の箇所を描いたのです。

「夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。」
「日が沈む」と言う言葉は、安息日の終わりと、新しい1日の始まりを意味します。

安息日は終わったので、イエスの噂を聞きつけた「町中の人が、戸口に集まっ」て、「イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。」と多くの人に癒やしがもたらされた事が語られます。

これは、ただ病気が癒やされ、悪霊が追い出されたイエスの権威を強調する為の記述ではありません。
ここには、バシレイア・ス・デオウ、神の国、もしくは、この場面に合わせるなら神の支配ともすべき言葉が、実現している様子が描かれているのです。

こうして、神の支配がもたらされ、神の国が到来する事、時にそれは神の国の先駆けとも言われるのですが、イエスをもって、夢、幻ではなく、確かに、神の国はあり、既に世に近づきつつある事を、マルコは確信を持って、これから語られて行く物語の初めに、罪の許しがもたらされ、全ての人が福音に与り、あるいは与っている事、そして、神が人と共に歩まれ、その支配下に取り入れられている事を明らかにして行こうとするのです。

23/04/2026

ノート4/19マルコ福音書1:14ー20
1:14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、
1:15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
1:16 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。
1:17 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。
1:18 二人はすぐに網を捨てて従った。
1:19 また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、
1:20 すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。」

「ヨハネが捕らえられた後」と言う書き出しで始まる本日の箇所は、イエスの行った宣教がいかなるものであったのかについて、つまりそれは、ほぼバプテスマのヨハネの教えと同じであった事を伝えます。

まず、冒頭にあるヨハネが何故捕らえられたかについて、マルコは、はっきりとは語りません。
しかし他の福音書、例えばルカ福音書「領主ヘロデは兄弟の妻ヘロデア」との関係を強く批判した為に、投獄されたと伝えています。

ヘロデが望んだのか?ヘロデアが望んだのか?は、わかりませんが、ヘロデが、ヘロデアの夫、確かフィリポですが、彼からヘロデアを奪い、正妻として迎え入れた事によって、世間から批判の対象となっていたわけです。

と言うのも、ヘロデ一族は、一応敬虔なユダヤ教徒を装っていましたので、人々に大きな影響力を持っていたヨハネによる痛烈な批判を黙殺する事は出来なかったのでしょう。

ヘロデは、ヨハネの事を尊敬もしていたとも言われますので、恐らくは治安維持の為、ヨハネを逮捕せざるを得なかったのでしょう。

あるいは、ヨハネの首を所望したサロメの事件を思うと、その逮捕はヘロデアの差し金で仕方なくと言う事もあり得たかもしれません。

いずれにしても、この出来事で、ヨハネの教団は、一時、散逸してしまったかもしれませんが、この集団はキリスト者と一定の距離感をとりつつ、その後もヨハネの教えを受け継ぎ、バプテスマを施す活動を続けていたようです。

当初のイエスの活動も、ヨハネの弟子達と同じようなものであったかもしれません。

「時は満ち神の国は近づいた悔い改めて福音を信じなさい」

ヨハネの教えと唯一違うのは、「福音を信じなさい」と言う言葉が付け加えられている事でしょうか?

この時期の福音が、どのようなものであったのかはわかりませんが、全ての人の罪の精算をするイエスにとっては、やはり、罪の許しの宣言、もしくは、罪の許しが、。神によってもたらされると言う内容であったに違いないと思います。

また当時、病気や災難、差別が罪の結果とされていた事を思うと、この後記される数々の癒やしを含む奇跡などは、明らかに罪の許しは、イエスの活動の中心であったはずです。

さて、また、本日の箇所では、イエスの初めて弟子達を召命する場面が描かれています。

「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。」

私達は、この場面、また、「少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。」という記述を見て、早急に何もかも捨ててイエスに従い、人生を神に委ねて生きる、新たな生き方へと変化したように読むかもしれません。

これは優等生的読み方には違いありませんし、イエスの呼びかけに対する、全面的な応答こそが、弟子の模範であるかのように読む事は恐らく過ちではないと思います。

実際、彼等は仕事を放棄し、イエスに従っています。

しかし、この先のエピソードで、シモン・ペテロの姑が病になっていたのをイエスが癒やす場面が出てきます。

つまり、イエスの弟子になったペテロは、その時、確かに仕事は放棄したものの、家族まで放棄したわけではなかった事が伺えます。

また、この場面では奇妙にも、本来描かれるべきはずの大切な事柄が、描かれていない事に気づかされます。

彼らが「イエスに従った」のは、善いとしても、彼等に対してイエスがバプテスマを施したと言う場面が一切、描かれていないのです。

復活のイエス自身が昇天前に「信じてバプテスマを受ける者は救われる」ような事を語っているにも関わらず、本日の場面で、4人にバプテスマを施したと見られる記述は皆無です。

また、癒やしの奇跡に与った人々達に対しても、バプテスマを受けさせた痕跡は薄いように思います。
果たしてイエスは、人々にバプテスマを授けていたのだろうか?

この疑問に対する答えとして大分後に記されたヨハネ福音書では「その後、イエスは弟子たちとユダヤ地方に行って、そこに一緒に滞在し、洗礼を授けておられた。」という記述を挿入しています。

しかし、この記述が記された時期は、ある程度、教会の形が整いつつあった時期でしょうから、いわゆる、選ばれた民とか、教会のメンバーシップの必要性に迫られて記されたと考えても善いのではないでしょうか?

またバプテスマのヨハネは、「私は水であなた方にバプテスマを授けたが、その方は聖霊によってバプテスマをお授けになる」と言っていた事からも、初期の弟子達にバプテスマを施していなかったかもしれない事実を、どう読み込み解くべきでしょうか?

思うに、イエスの選びに応答した事、また、癒やしに与った事自体が、いわゆる聖霊によるバプテスマであったと言っているのかもしれません。

ですから、本日の箇所で4名が、イエスに従い弟子となった、それ自体が聖霊のバプテスマ名のだとも言えるのかもしれません。

現在の私達にとって、水のバプテスマは必要不可欠な礼典ですが、それがなかったかもしれないと言う事は、不可思議に思えるでしょう。

ただ癒やされた事自体が、罪の許しを顕し、神の国への入国が約束されたとしたら、水であろうが霊であろうが、イエスの召しに応えた時点で、誰はばかる事なく、許しのバプテスマを受けたと言い表しても良いのかもしれません。

すると、主に召し出されたその時、実の処、既に私達はバプテスマを受けイエスの弟子とされ、罪の許しに与った事になります。
そして、初めて、水のバプテスマが、その恩恵に対する私達の側からの神への応答となり得るのだと思うのです。

ですから、あるグループで言われる「あなたはもう聖霊のバプテスマを受けましたか?」と言う問いと同時に「水のバプテスマを受けましたか?」と言う問いも、ただの人間的な都合に基づく解釈と言ってもよいのかもしれません。

むしろ私達は、「あなたはイエスを、あなたの主、神の救い主と信じますか?」という問いに「イエスこそ主なり」と、応える処にこそ、私達、イエスの弟子における不変な信仰告白があり、聖霊と水によるバプテスマの条件が満たされるのだろうと思うのです。

12/04/2026

ノート4/12マルコ福音書1:9-13
1:9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
1:10 水の中から上がるとすぐ、天が裂けて"霊"が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
1:11 すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
1:12 それから、"霊"はイエスを荒れ野に送り出した。
1:13 イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

マルコは、神の子としてのイエスを語るべく、この福音書を書いたわけですが、同時に、ここでは人間としてのイエスをも明確に語ろうと試みています。

これは、つかみ所のない神という存在が、イエスという姿を取って世に現れた事によって、私達と異なる不可思議な霊体としてのイエスと主張する声が出てきており、このような特殊な存在として理解する事によって、これから語られる、あるいは、読者が既に周知しているイエスの活動における奇跡の数々、そして、何より十字架での死からの復活を説明しようという試みでした。
しかし、神の子であり人の子であるイエスを書き記す事は、十分な整理はなされていなかったとしても、神が人となって顕れたと言うマルコの著者による明確な信仰の告白だったのではないでしょうか。

さて先に、バプテスマのヨハネの活動に触れたマルコは、「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。」と語り、彼自身が「靴紐を解くにも値しない」とまで言ったヨハネの様子にも触れず、何のエピソードもなしに淡々と、イエスがバプテスマを受けた事実だけを語っています。

一見すると、マルコにとって、イエスのバプテスマはさほど重要な出来事ではないかのようにさえ見えますが、バプテスマを受けるという事は、少なからず、ヨハネの共同体に加わる事を意味していてまして、形の上で、ヨハネはイエスの師匠という立場になるわけです。

従って、これから語られるイエスの活動についての原則も、預言者としてのヨハネの教えに沿ったものになるわけで、あるいはマルコは、バプテスマのヨハネの教えそのものを、あえてここで特筆する必要を感じなかったのかもしれません。

こうして、師と弟子の関係性の中で、イエスが疑いようのない人であり、尚、加えて神の意に沿う存在である事を顕そうとしたわけです。

また、ここには、神のへりくだりの構図を見て取る事が意図されているかもしれません。

人が自らを神とする事は、当時いくらでもあり得たでしょうが、神が人になったと言うこと自体、荒唐無稽で信じがたい話だったと思います。

しかし、読者が既に、イエスの十字架と復活の出来事を知っている前提で見るなら、つまりイエスは神の子、神ご自身の顕れとの前提がまずあったとするなら、ヨハネの弟子となる事は、イエスは人間そのものであると同時に、神の御心に沿った、あるいは、もっと強く、完全に一致した存在である事を伝えようとしたのは、あながち的外れではないと思います。

そんなわけで、マルコはヨハネの教えや活動について詳しく触れる必要もなく、ただ、キリストの先駆けとして神の言葉を語る正しき者ヨハネと言う処にとどめたのでしょう。

さて、このようにしてイエスが如何に神の意に完全に沿う存在であり、神の顕れである事を主張しても、それだけでは、説得力に欠けるでしょう。

実際、イエスは神の権威を損なった事を、ファリサイ派や律法学者達から咎められていた事を思うと、彼等の目には、イエスこそ神が世に遣わした特別な存在、あるいはご自身であると認める事は難しかったのは無理ない事で、しかし、いみじくも、この人間的な対立関係こそ、イエスがへりくだられた神であり、人間そのものである事を、この福音書に深く刻み込む事になったのだと思います。

そこで、イエスの神性に関して著者は、より明確に語ろうとします。

「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて"霊"が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。」

この表現は誤解を招き、バプテスマを受けた瞬間に、初めてイエスにメシア性がもたらされたと言う主張を生み出しました。

ただ、この場面は、原則的にはイエスの個人的体験を記した記述であって、ヨハネを含め、他の人達の目や耳に、天からの声が聞こえたわけではないのです。

にも関わらず、わざわざこれが記されている事は、イエス自身が、その内容を誰かに語ったか否かに関わらず、イエスの神性と父なる神の権限の全てが委ねられている事、言わずもがな、神ご自身の表れである宣言としてキリスト者が共有する信仰告白の言葉として受け止めるべきではないかと思うのです。

続いて著者は、この話題を早々に切り上げ、「それから、"霊"はイエスを荒れ野に送り出した。」と続けます。
この「送り出す」と言う言葉のニュアンスは、「追い立てられる」とか、「押し出される」と言う意で、イエス自身の意志に関係なく、放り出されたと言う感じです。

そして「イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。」と、マルコは語ります。

著者は、具体的にどのような誘惑であったかについて触れていない事を顧みると、人としてのイエスは、この世の主とも言われるサタンの支配下に身を置く事で、よりいっそうのへりくだりを顕しつつ、それを打ち破る神の支配、神の国の到来、神の義が世を支配する善き便り、福音への思いがそこで際立たせようとしたのでしょう。

この危険に見える誘惑の間でさえ「その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。」と語られる事で、イエスは神の守りの中で、その誘惑に打ち勝った事を想起させ、イエスこそが、この世の主であるサタンに打ち勝つ唯一の救い主、メシア、キリストである事を、これから語られる物語全体の先駆けとして記したのです。

12/04/2026

ノート4/5マルコ福音書1:1-8
1:1 神の子イエス・キリストの福音の初め。
1:2 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの道を準備させよう。
1:3 荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、
1:4 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
1:5 ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。
1:6 ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
1:7 彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。
1:8 わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

私達がこれから学びテキストマルコ福音書は、福音書としては最も古い執筆年代70年頃から80年頃に記されたであろうとされる文書です。

福音書が編纂されるまでは、Q資料と呼ばれる未発見のイエス語録、様々な奇跡の伝承、イエス自身が、主にガリラヤを中心に、各地で行ったとされる神の国の宣教、そして、十字架と復活の報告など、分散された資料が用いられ、宣教テキストとっされていたようですが、イエスの歩み、その結果としての、十字架での死、3日目の復活の出来事をまとめ上げ、イエスの生涯をたどる文書の必要性が出てきたのだろうと思われます。

このようなイエスの生涯の復元ですが、果たして十分にその足跡をたどる事が可能であったのかと言えば、それについてはよくわかりません。
ただ、福音書を必要とされたのは少なくとも、十字架と復活後、40~50年経ってからだったでしょうから、イエスが活動した時代の人が、わずかであれ存命であったかもしれませんが、いわゆる伝記というよりも、イエスキリストの指し示した信仰、そしてまた、彼が何者であるか?の理解を深める為、福音書編纂は避けて通る事の出来ない事柄であったのだろうと思います。

さて、マルコの一番最初の言葉はクリスマスではなく「神の子イエス・キリストの福音の初め。」という言葉で始まります。

この始まりの言葉は、私達が知るクリスマス物語について、そこに多少の真実が含まれていたとしても、それはイエスの神性を強調する為、付け加わられたエピソードではなかったかと憶測します。

その裏付けとなるかどうかはともかくも、マルコにとっては、クリスマス物語よりも「神の子イエス・キリストの福音の初め」と言う言葉の方が、遙かに重みのある言葉であったのでしょう。

ですから、マルコ福音書は、共観福音書、つまり、マルコと同じ資料を用いながらクリスマス物語を含むマタイ、ルカ福音書より素朴で、ある意味潔い福音書ではないかと思います。

マルコは、クリスマス物語の代わりに「預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」と言う、旧約聖書を引用しています。

これはイザヤ書は40:3からの引用と、それにマラキ書3:1からの引用が含まれているとの事で、現代の私達から見るとかなりいい加減な引用に見えるかもしれませんが、このような聖句の自由な飲用は、当時、よくあった事のようです。

しかし、ここで、マルコが強調したいのは、旧約聖書におけるメシア来臨の預言であって、メシア到来の預言を強調していたイザヤ書、そして、旧約最後のマラキ書の言葉の引用は、決していい加減さや、偶然の産物ではなく、これまでの律法を通した神との関係が終わり、キリストイエスによって、新しい神との関係が始まった事を指し示層としているのです。

その新しい関係の始まりは、「洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。」という言葉からです。

この福音書ではバプテスマのヨハネとイエスが親戚であったと言う事は、全く省かれています。

それは、血縁関係は、信仰に全く関係なく、バプテスマのヨハネと言う存在こそ、メシア到来の先駆けであり、その役割を担う為に神に召し出された事を意味します。

彼は、「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。」と言われるように、神の前での罪の悔い改めの必要性を説いたとされています。

しかも、その信仰的主張は、イスラエル全土に響き渡る程の人気となり、大きなムーブメントとなって、まるで神殿の祭に詣でる時のように、人々は各地から、ヨハネの下にやって来て、その教えを受け悔い改めのバプテスマを受ける人も大勢出てきたわけです。

これは当時、信仰の良心を持つ人が、まだ沢山いたのだとも言えますし、逆に、ヨハネの真意に反しますが、悔い改めのバプテスマに、何か呪術的な意味合いを見出した人も大勢いたかもしれません。

そう言う意味では、バプテスマのヨハネによるバプテスマは、選別の前備えのように見る事も出来ますし、ヨハネの側からバプテスマ拒否がなかったとしたら、そこには選別ではなく、全ての者が神の恩恵に与り得る事の予兆として受け取る事も出来るでしょう。

当然、全国的に名が知れ渡り、全国的活動を開始したヨハネについて、人々はメシアではないか?と期待したかもしれません。

でも「ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。」とその容姿について記されています。
これは、わざわ記されている記述であって、それは、王としてのメシアではなく、明確に預言者の服装を指しており、そしてその様な生活を送っていた事が記されているのです。

従って当然の事ながら「彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」と語ります。

これを聞いた人達は、後から来る方、メシアは、ヨハネが肩を並べられる程のお方ではなく、遙かに上を行く、遙かに凌ぐ神々しさを持つ存在であるかのようなイメージを持ったかもしれません。

ここで目をとめるのは、水のバプテスマと霊のバプテスマという、二つのバプテスマが記されている事です。

現在、私達は水のバプテスマを受けてキリスト者となります。
一部教派では、聖霊のバプテスマを確認する事で、(例えばペンテコステのような体験)キリスト者たる者とされているようですが、これは、水と霊と言いながら、一つの事を顕しているのではないかと思います。

と言うのも、イエス自身、その宣教活動において霊のバプテスマは出てこず、水のバプテスマを施していからです。

するとつまり、ヨハネのそれは、いわゆる沐浴に近い意味で、汚れを落とせるだけ落とすと言う理解で、イエスんいよる水のバプテスマは、その一回で聖霊の働きが期待され、救いの完成もしくは罪の許しがもたらされると言った違いが認識されていたのかもしれません。

この新しいバプテスマ理解は、旧約的なヨハネのバプテスマの終わりを示し、新たなイエスによる水と霊的バプテスマ、つまり、この福音書の読者が受けたであろうバプテスマの意味が示されていると言ってもよいのではないでしょうか。

このように、マルコ福音書は、旧約時代の終わりと、メシアの時代が始まろうとしている時代の変化をヨハネのバプテスマを描写することで顕しているのだと思います。

そして、このイエスによる新しいバプテスマを受けた私達は、パウロを代表とする異邦人伝道への開拓の中で確立し、主イエスの登場こそが、人が神と向き合う新しい時代の始まりを顕しているのでしょう。

そして、私達は今、神と向き合っている処に、身を置着続けている事を覚えるべきではないかと思うのです。

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