港南めぐみキリスト教会

港南めぐみキリスト教会 横浜市港南区にあるプロテスタントのキリスト教会です。
日本バプテスト連盟。

<集会案内>
☆日曜日10:50〜11:40 主日礼拝
   10:00〜10:30 教会学校

☆毎週水曜と第2・4木曜 10時〜11時 
聖書の学びと祈祷会

毎週日曜日10時50分〜 主日礼拝(会堂、zoom 、動画にて)
     10時〜10時30分 教会学校(成人科、いこうクラス、教理基礎科)

24/05/2026

宣教「かたよりみない神」
ローマの信徒への手紙14章1-3、5、14、18-19節
古家克務牧師

「大きな喜びが天に」ルカによる福音書15章1-7節主の御名によって集められた私たち「小さな羊の群れ」が、神の愛とゆるしに包まれて、讃美礼拝しているとき、大きな喜びが天にあります。 「主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め 小羊をふとこ...
12/05/2026

「大きな喜びが天に」
ルカによる福音書15章1-7節

主の御名によって集められた私たち「小さな羊の群れ」が、神の愛とゆるしに包まれて、讃美礼拝しているとき、大きな喜びが天にあります。
 「主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め 小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。」(イザヤ40,11)
 「・・・『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』・・・」(ルカ15,6)
 イエス様が社会の周縁に置かれた人々を招いて食事を共にする愉快な宴会を、外に立って傍観し、自分たちを分離し、不平をいう人々に応じて、イエス様は「見失った羊」のたとえを語られました。
 一人の罪人が悔い改めて立ち帰ることを大いに喜ばれる神、神の国の大きな喜びの祝宴には、悔い改める必要のない99人の正しい人・ファリサイ派、律法学者たち、あなたたちも招かれているのですよ、と主は言われます。
 正しい行為に自己満足し、できない人を裁く心、内部充足の教会の在り方、社会の慣習や律法主義に囚われた行い重視の在り方から、天に開かれた、神の大いなる愛と憐みと赦しと交わりへと開かれた神の国のライフスタイルへの変革は、天地を結ぶ大きな喜びをもたらすことでしょう。世のどのような人をも、神のもとに帰還するように、主イエス様は探し求めて今日も働いておられます。
新しい年度が始まりました。主イエス様の救いの働きに参与し、神の国の福音の交わりの輪を広げてまいりましょう。
                       協力牧師 古家良子

「神に近づきなさい」イザヤ書45章5~7、9~10、14~17節 人間は、愚かなゆえに、少し事がうまく運び出すと、調子に乗って危ない橋を渡ってみたりするものです。また危ないことすらも麻痺して分からなくなってしまうこともあります。あるいは、自...
24/04/2026

「神に近づきなさい」イザヤ書45章5~7、9~10、14~17節

人間は、愚かなゆえに、少し事がうまく運び出すと、調子に乗って危ない橋を渡ってみたりするものです。また危ないことすらも麻痺して分からなくなってしまうこともあります。あるいは、自分はもっと大きなことが出来るのではないか、人の上に立ちたいがための無理をしてしまい勝ちです。積極的に人生を送ることはいいのです。しかし、そもそも、その人が今歩んでいる、人生の土台がいかにしっかりしているかを、まず吟味しなければならないのです。それは日頃のライフスタイルです。単純に言えば、「神様にどれほど近づいていますか」です。
「わたしは生きることをいとう」とつぶやいてみたくなる時があります。でも、「事の起こるとき、わたしは常にそこにいる」と神は言うのです。個々人の幸福も、ここに掛かっていると思うのです。「わたしの戒めに耳を傾けるなら あなたの平和は大河のように 恵みは海の波のようになる」(イザヤ48:18)というすばらしいことを神は約束されています。この対極には「神に逆らうものに平和はない」(イザヤ48:22)という言葉もあります。
(牧師 古家克務)

イースターおめでとうございます
06/04/2026

イースターおめでとうございます

いま、あなたは どこにいますかマルコによる福音書 12章28~31 何ごとにも、中心と周囲(周り)というものがあります。神の国にもそれがあります。つまりそれは、神の国の「ド真ん中」と、周辺をいく信仰生活のことです。神は私たちに「心を尽くし、...
10/03/2026

いま、あなたは どこにいますか
マルコによる福音書 12章28~31

何ごとにも、中心と周囲(周り)というものがあります。神の国にもそれがあります。つまりそれは、神の国の「ド真ん中」と、周辺をいく信仰生活のことです。
神は私たちに「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」と命じ、同じように「隣人を自分のように愛しなさい。この二つにまさる掟はほかにない」(マルコ12:29~31)と言われます。
ここでまず、言っておかなければならないのは、本来、神を愛せずに、隣人を愛すことはできないということです。誤解してはいけません。隣人を(自分勝手に?!)愛しているかといって、教会にも来ず、神の言葉(聖書)にも耳を貸さない、というのでは、本末転倒というほかないということです。
まず、神を愛す、ことから始めなければなりません。神の言葉が語られ、神によって生かされている人の証しが、飛び交う、信徒の集まり、教会に来なければいけません。そうでないと、隣人の愛し方に失敗するのではないでしょうか。
ですから、何をさておいても、教会(キリストを主とする者たちの集まり)につながっていなければならないのです。そして、神に献げる、奉仕する(個々人の力に応じて)のです。これが「真ん中」を歩むということです。             (牧師 古家克務)

心の目を開く―心の目を開かないと分からない、神とその業―聖書 エフェソの信徒への手紙1章18~23節  日ごろ、わたしたちは、何も起こらないことに退屈したり、少しでも豊かな生活をしている人を羨(うらや)んだり、ひいては、なんで自分ばかりこん...
02/03/2026

心の目を開く
―心の目を開かないと分からない、神とその業―

聖書 エフェソの信徒への手紙1章18~23節

  日ごろ、わたしたちは、何も起こらないことに退屈したり、少しでも豊かな生活をしている人を羨(うらや)んだり、ひいては、なんで自分ばかりこんな生活にガマンさせられているのだろう、と思ったりします。ところが、状況が整って、豪奢(ごうしゃ)な暮らしをした後、事故(思いがけないこと)が起こって、通常では考えられない生活に追い込まれるとき、かつての何でもない生活、変哲もない暮らしが、いかに幸いであったかに気づかされます。「神の招きによってどのような希望が与えられているか、・・・どれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように」とエフェソ書(1:18)に記されています。

 あるクリスチャンは「天地創造は、今日も行われているんだ。今、この自然、今日も太陽がのぼり、日暮れがあり、疲れた体が夜の間に癒され、朝がきて、活力を取り戻した新しい日が始まる」これを神が維持され、管理されている、と言うのです。

 この偉大な神をバックにしているから「善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られた」(同2:10)のです。恐れなく、よい業に励み、生きがいを見つけていきましょう。
(牧師 古家克務)

恐れからの解放 ヨハネによる福音書20章19-23節協力牧師 古家良子 昔も今も、人間に内在する、そして人間を取り巻く不安と恐れはどこからくるのでしょうか。イザヤは自分自身と社会の現実の姿をありのままに見、その現実の只中で神から目を逸らさず...
23/02/2026

恐れからの解放 
ヨハネによる福音書20章19-23節
協力牧師 古家良子

 昔も今も、人間に内在する、そして人間を取り巻く不安と恐れはどこからくるのでしょうか。イザヤは自分自身と社会の現実の姿をありのままに見、その現実の只中で神から目を逸らさず、神の言葉を預かって世に伝える召しに応えて、「わたしがここにおります」と、立つべき所に固く立った預言者です。

 P.トゥルニエ(スイスの精神科医)は、「自己不一致は不安の中に陥っていくだけです。自分自身をありのままに見つめ、ありのままの自分を受け入れる時に、喜びと平安が訪れるのです。この喜びは自分の力で得たのではなく、自分を超える上からの光に照らされて、自己一致はなされるのです」「『真実への愛』こそが、自分自身であるための必然であり、人間の本質なのです」と語っています。

 今日の御言葉は、イエスの十字架の死後、弟子たちがユダヤ人を恐れて不安に襲われ「家の戸に鍵をかけ」隠れ、閉塞状況にいます。復活のイエスは、締められた戸を開けることなく、閉塞状況を突破して、お姿をあらわし、彼らの真ん中に立ち「あなたがたに平和があるように」と祝祷されるのです。キリストの光に照らされて自分の弱さ・脆さを痛感していたことでしょう。キリストは彼らに再度「平和があるように」と祝福の言を注ぎます。その平和とは、神との関係回復による平安・調和的状態です。
 弟子たちは、神から隠れ神に背を向けた罪のゆるしを与えられ解放と喜びに満たされます。そしてイエスとともに歩むよう聖霊を受け、イエスの働きを世につなぐために立っていくのです。

「主は、いつもあなたがたとともに」マタイ28章16-20節協力牧師 古家良子本年度もあと数週間を残すばかりになりました。国内においても、国際関係においても、不安定な社会情勢のなかで、個人も、教会も、キリストを見上げ、神の御手に支えられて、主...
06/02/2026

「主は、いつもあなたがたとともに」マタイ28章16-20節
協力牧師 古家良子

本年度もあと数週間を残すばかりになりました。国内においても、国際関係においても、不安定な社会情勢のなかで、個人も、教会も、キリストを見上げ、神の御手に支えられて、主にある交わりと協力において、ここまで歩んで来れたことを感謝します。教会の庭に、厳しさの中で美しく咲いた水仙が、希望を感じさせてくれます。
 詩編23編において、詠い手は、「主はわが牧者」と告白し、どのような苦難の時にも「あなたはわたしと共にいてくださる」と、主なる神に全き信頼を寄せ、自らの弱さと無力さを知るものに与えられる幼子のような信仰を表しています。そして、神の導きと恩恵と慈愛が、わたしに追い迫ってきて、生涯、主である神の家で日々を過ごすでしょう、と詠っています。
 マタイ28章18-20節は、復活の主が、弱さをかかえる弟子たちに出会い、福音宣教に派遣するにあたり、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と告げました。これは、どんなに打ちひしがれるときにも、「救いと希望の源」となる約束の言葉です。
 わたしたち・教会は、キリストの福音を世に告げるために召されています。世にある教会には、さまざまな困難を経験し弱さを痛感しますが、そのなかで、「神がわたしたちと共にいる」ことを知らされていくのです。ともに福音に生かされてまいりましょう。

「神の国の成長」 マルコによる福音書4章30-34節                   協力牧師 古家良子 快晴の下、新年を迎えました。懐かしい人々との出会いは、時を経て、成長を喜び合い、新鮮な希望をあたえられました。 地上への神の国は、...
11/01/2026

「神の国の成長」
 マルコによる福音書4章30-34節
                   協力牧師 古家良子
 快晴の下、新年を迎えました。懐かしい人々との出会いは、時を経て、成長を喜び合い、新鮮な希望をあたえられました。
 地上への神の国は、神の御子イエス・キリストの到来によって始まっています。まだ、今は小さくても、イエス・キリストの福音の種を蒔くことによって、神の国はやがて豊かな成長を遂げるのです。主のみ言葉そのものにいのちが宿り、神が成長へと導くからです。
 イエス・キリストは、神の国はちょうど、からし種のようだ、とおっしゃっています。からし種はとても小さな種ですが、成長すると大きく枝が群がり生える低木です。そして大勢の鳥たちが葉の陰に巣を作り、そこで食べ物を豊かに得るのです。人の目にはその成長が明らかに見えませんが、小さな種はやがて奇跡的に成長を遂げるのです。種自体に命が宿り、神のめぐみに包まれているからです。
 地上は、争いが絶えず、分断と不透明に覆われています。しかし、キリストがもたらした愛と平和の福音は、信じる人々によって、人々の心にまかれ、進展し、やがて世界大に拡大して、人間の権力支配によらない、和解と平和に満ちた神の愛のご支配(神の国)が到来するのです。
 イエス・キリストの信仰と希望と愛に生かされて、新しい年も、福音の種を一歩一歩、蒔いてまいりましょう。ともに賜物を活かしあって。

この世の食物と霊の食物      牧師 古家克務聖 書 ヨハネ福音書7章37b-39a、4章1-26節 「イエスとサマリアの女」の会話は、チグハグな会話として一種の面白さを感じます。イエスの、根源的な永遠に通じる言葉を、この世の、必要なこと...
04/10/2025

この世の食物と霊の食物      牧師 古家克務
聖 書 ヨハネ福音書7章37b-39a、4章1-26節

 「イエスとサマリアの女」の会話は、チグハグな会話として一種の面白さを感じます。イエスの、根源的な永遠に通じる言葉を、この世の、必要なことではあるものの通俗的なこととして、いわば誤解して受け取る女。―人間とはそもそも、そんなものであるかも知れない。
 はじめから、この世のことと、永遠に廃(すた)れない世界の言葉とを理解できなくともよい。信仰を持ってから何年たっても、絶えず誤解しながら生きていく人間ではあります。「現実の井戸の水」は、ほんのしばらくは渇きをいやすのですが、イエス・キリストが示す(啓示する)水は、誰にでも泉となって、渇きを覚えさせません。「私(イエス)が与える水」つまり、神からの啓示は、救いであり、永遠の命だからです。
 人間の実際の生活には、水と食物がなくては成り立ちません。お金も現実には必要でしょう。しかし、それでもなお、現実生活を超越する、新しい意味、新しい次元―それはイエス・キリストの教えと出来事によって、拓(ひら)かれた次元―から、人は捉(とら)えなければならないのです。

住所

横浜市港南区日野南5−33−21
Yokohama, Kanagawa
234-0055

電話番号

+81455159533

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