23/01/2026
火災から一年が経ちました。
復興もまだまだままならないままではありますが、なんとかやっております。
この一年、本当に多くの方にお気遣いをいただき、またありがたいお言葉もたくさん頂戴しました。
正直申しますと、地獄のような日々の中でしたが、たくさんの仏さまにお会いできた気がしています。
あの日、いろんなものを失いました。
形のあるもの、命、形はないけれど大切だったもの。
本当に色々なものがなくなってしまいました。
また、出会ったものもありました。
闇の中の光明の如く、手を差し伸べてくれる方がいました。
…これ幸いとよくわからない正論のフリをしたお話で叩いてくる残念な方がいたのは少々びっくりしましたけれど。
でも、どれもこれも得難い経験です。
私がよくするお話に「慈悲」のお話があります。
慈悲は、種をみんな持っている。
でも、その種はなかなか芽を出さない。芽生えには特殊な養分が必要なのです。
それは例えば、辛いことや悲しいこと。
そんなことを経験していくと、慈悲は「誰かに寄り添う力」や「相手に自分を寄せていく力」として芽を出します。
だからその慈悲は、「縁」という単なる点を線につなげる力になります。
そう、どんなにすごい縁でも、慈悲の心がなければなんの意味もない単なる遭遇でしかなくなります。
長い長い宇宙の時間に対して、たかだか100年程度の私たちの命。
そんな短い時間しかいられないのですから、せめて皆で協力しあって、縁を縁のまま終わらせず、慈悲の力を上手に使って居心地のいい時間を作りたいものです。
と、こんな話をするのですが。
一人のお坊さんとして、慈悲の心は何があっても手放さないようにしたいなと思っています。
皆さんも慈悲に満ちた毎日をお過ごしください。
写真は慈悲に満ちたアリアさんです。
どうぞ。