05/09/2026
「 人間の弱さを引き受ける神 」
(中2担任・宗教主任 藤本忍)
聖書箇所:
創世記3:1-13
" 主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。
「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
女は蛇に答えた。
「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
蛇は女に言った。
「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」
女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。
その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。
「どこにいるのか。」
彼は答えた。
「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから。」
神は言われた。「お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」
アダムは答えた。
「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」
主なる神は女に向かって言われた。
「何ということをしたのか。」
女は答えた。
「蛇がだましたので、食べてしまいました。」”
***
夏休みは普段より時間的余裕があったせいか、いつもは出られない電話に出る機会が何度かありました。しかも「登録されていない人からの電話」だと表示があったにも関わらず、私は出てしまいました。
「もしもし・・・」
「こちらSS?の川口(仮名)です。」
「はい・・・」
「お客様のクレジットカードが支払い限度額を越えたので、何かトラブルに巻き込まれていないか、確認のお電話です。」
私は、思い当たる節があったので、
「そうですか。それであなたは何者ですか。もう一度会社名をお願いします」と尋ねると
「SS?の川口です。」と言うので、
「そのSS?を略さずに正式名所を英語で仰ってください。」
「S・・・・S・・・・S・・・・です。」
もう覚えていないではっきりとは言えないのですが、どこにもお金や銀行、カード関係のワードがないので、
「そちらの会社は一体何をされる会社なのですか。」と聞きました。
「お客様とカード会社様の間に入ってトラブルを解決致します。」
「そうですか。」トラブルの解決と言うけれど、どこにも「solution」という言葉もないし、怪しいなと思っていると、
「それでは、ご本人確認をさせて頂きます。まずは生年月日を教えて下さい。」
「カード会社から委託されて間に入っているのですよね?私の個人情報はご存知なのでは?」聞くと、
「なので、ご本人様かどうか確認をさせて頂きたくお伺いしております。」
「そうですか・・・」とにかく個人情報は絶対伝えてはいけないと聞いていたので、少し私は考えて黙っていました。そして、一番大事なことに気付き、
「ところで、どこのクレジットカードが限度額を越えたのですか。」と聞きました。
「三〇住〇カードです。」
「そのようなカード持っていないと思いますが・・・」と言った途端、
「ガチャン、プープープー・・・」と鈍い音を立てて切れました。
「なんだ、やっぱりおかしかったんだ。良かった。騙されないで。」とホッとしました。
また、別の日、「〇〇トランポリン」というものに関心があった私は、インスタグラムで体験予約を取って、その日が来るのを楽しみにしていました。広告には「体験1,000円、クーポンを使うと更に安くなって500円」と書かれていました。体験当日、私は直ぐにスタジオに入ってトランポリンができる格好で家を出ました。お店に着いて受付に向かいました。
「予約をした藤本です。」
「お待ちしておりました。ただ、お客様は、お申し込みはされていますが予約が完了していません。」と言われました。
「では、どうすれば良いですか。」と尋ねると、
「お支払いをお願いします。」と言われたのでお財布から千円札を出しました。すると、「現金ですと3,300円になります。カードですと1,000円です。」
「ではカードで」と言って私はお札をしまってカードを出しました。
「カード払いではなく、カード情報を登録していただくと1,000円です。」間髪入れずに「えっ?これから体験をするのに?まだ入会を決めていないのに、カード情報を教えるのですか?おかしくないですか?」と私は驚きで少々声を荒げてしまいました。
「申し訳ありません。会社の決まりでして・・・。」
「では結構です。体験しないで帰ります。」お店の人も困ったようでドアまで見送ってくれました。
これ以上、チャペルでは言いませんが、この夏休みに詐欺まがいの案件が他にもいくつかありました。
皆さんは、このような悪魔の囁きや誘惑、災いといった悪い出来事は、私の日ごろの行いが悪から起こったと思いますか。逆に常日頃から行いが良ければ、災いや不幸は起こらないと思いますか。違いますよね。どんな人にも不幸や災いは起こります。向こうから勝手にやってきます。勿論、自分の言動が原因で問題が起こり、責任が問われることもありますが、世の中には蛇のように悪賢く誘惑してくる人がいます。相手の弱みに付け込んで「不幸や災いが続いているのはあなたのせいだ。あなたの先祖が呪われているからだ」と言って「この壺を買いなさい。幸せになるよ。不幸が止まります。」また「この印鑑を買いなさい。ご利益あるよ。病気も治ります。」と言って近づいてくる人がいます。実際に私に壺を売って来た友人がかつていました。でも、何を買っても不幸や災いは止まったり、病気が治ったりはしません。むしろ、壺やお金より、一度止まってよく考えて、正しい情報や知識をもって知恵を活かす方が、問題に気付いて止められることがあります。
今日、お読みした聖書にあるように、人間は神に逆らう自由も、そして従う自由も与えられています。私達は神のロボットではありません。与えられた自由でアダムとエバのように、弱さにつけこまれ蛇に騙されて、判断を間違えることもあります。だからこそ、正しい知識と知恵で正しい判断ができる人間になることは必要なことです。しかし、私達はどうしたって弱いから間違えるんです。誘惑に落ちるんです。でもたとえ間違えても、問題はそのあとです。アダムとイブのように、それを隠したり、誰かのせいにしたり、嘘を重ねたり、誤魔化したりしていくのか、それとも、神に逆らった人間でも「どこにいるのか」と呼びかけ、捜し、見出してくれる神のもとに素直に帰るのか。聖書には「鳩のように素直に、蛇のように賢く」という言葉がありますが、「素直」とはこういう時に求められるものなのかもしれません。弱さにつけこむ蛇ではなく、弱さを引き受け、その弱さと共に生きようとして下さる方の所へ帰りたいと思います。間違えた時こそ、どこに帰るのか、どこに戻るのか、そこだけは間違えない者でありたいです。
お祈りします。
神様、どんなに正しく生きようとしても、どんなに優しくあろうとしても、
私達には限界があり、間違いを犯してしまいます。
その弱さを自身で認めつつ、あなたから離れない者として下さい。
たとえあなたから離れたとしても、立ち帰れる者として下さい。
人を騙そうとする人々に悔いる心をお与え下さい。
このお祈りを主イエス・キリストの名によって御前にお捧げ致します。 アーメン
(中学部礼拝より)
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”ことばが育つ。人が育つ。”-捜真女学校
(http://soshin.ac.jp/jogakko/)