教興寺

教興寺 日本で最初に弁才天をお奉りした
真言律宗の仏教寺院

別格本山 獅子吼山

本尊は【弥勒菩薩】

河内三十三観音霊場16番【千手観音菩薩】、おおさか十三佛霊場6番に数えられています。

聖徳太子が物部守屋を征伐された際、秦川勝が太子の発願をうけ、陣屋跡に仏教を始めて興す意の寺、『教興寺』を建立される。
 鎌倉時代には、文永・弘安の蒙古襲来の折、亀山・伏見院の勅命をうけ南都西大寺長老叡尊が当寺において降伏祈祷を営み、祈願成就をなしえたとある。
 室町・戦国時代には河内守護畠山高政と三好義興・松永久秀の合戦(教興寺の戦い)で伽藍を焼失してしまう。
 江戸時代に入り、高野山南院出の浄厳覚彦和尚により、再興される。また浄厳和尚と親交があった近松門左衛門も長らく当寺に滞在し「曽根崎心中」を作られたとある。

住所

教興寺7丁目 21
Yao-shi, Osaka
581-0874

アラート

教興寺がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

ショートカット

共有する

カテゴリー