平城京地鎮の古社・植槻八幡神社

平城京地鎮の古社・植槻八幡神社 幻の名刹 殖槻寺鎮守/平城京鎮守の古社
境内社・植槻坐魚名神社(金魚?

創建年代は不祥だが、平城京遷都の際の都の清祓及び鎮護として裏鬼門(西南)に勧請された古社。

毎年1月7日斎行の『植槻おん田祭』は古くから大和三大奇祭の1つであり、儀式の名残が村人達に下賜された後、独自の民間信仰となり、平安期より今に伝えられている。
また古来より大坂(阪)商人の信仰も篤く彼等の「隠れ家的存在」として江戸期には頻繁に陰陽道の祭祀等も行われていた。

境内社に平城京遷都の功労者であり当社にも関係の深い藤原不比等・武智麻呂・仲麻呂を御祭神とする『植槻坐藤原神社』や『植槻坐魚名神社(通称・金魚神社)』とがある。

『植槻坐魚名神社』主祭神・天押雲根命は「春日龍神」と同一視される水の神で『御子 (ミコ)神』とも称される憑依・神託神。『御子 = 巫女 (シャーマン)』と憑依・神託神は切っても切れない関係で子供と女性の守護神といわれるゆえんである。
変化した化身『春日赤童子』は全身真っ

赤で裳を纏う姿のイメージが重なる事から通称・金魚神社と呼ばれている。
金魚神社例祭『金魚みこ祭』は3月第1日曜正午から斎行される。


【 神社由緒に関しての伝承 】

藤原不比等が創建した殖槻(建法)寺の鎮守社とあり、『元享釈書』には和銅二年(709)十月条に「不比等が父・鎌足の為に殖槻道場にて維摩経を修せしめた」とある事から、遷都の前年にはすでに殖槻寺に於いて行事(和銅七年以降は興福寺に移る)が行われていた。
北に位置する大極殿は「天」であり北極星及び太極を象徴し、「地」の象徴である宇惠都支(殖槻)の地での鎮めや清祓は宮城造営・遷都の露払いとして最重要視された。

飛鳥朝の頃「白村江の戦」後に高句麗から日本に帰化した高氏は『殖槻連』を名乗り、雅楽寮小属・陰陽頭兼陰陽師・遣唐留学生・金工・画師が任用の官職・専門分野であったという。

宮中の鎮魂・招魂の儀式『御神楽の儀(神楽歌・小前張)』の中で一条天皇(在位986~1011)の御定の曲目に『殖槻』の名が見えるが、現在ではその姿を消している。

『正倉院文書』「天平勝宝五年(753)五月二十三日付・薬師寺三綱牒」には薬師寺が東大寺装束仁王会司に貸した仁王経は、建法(殖槻)寺からの借用だから返却せよ、との要請や「天平神護元年(765)四月七日付・殖槻寺鎮三綱牒」で東大寺から借出していた経典類を殖槻寺に貸したとある。
伯母・光明皇后、孝謙(称徳)天皇の信任を得、更に淳仁天皇の義父となった仲麻呂は「恵美押勝」の名を賜り、太師(太政大臣)の位にまで上りつめながらも陰陽師・大津大浦の卜占を機に起こした天平宝字八年(764)「恵美押勝の乱」であえなく失敗。
後見を失った寺院は没落し神社も周辺の村人達に『氏神さん(村社)』として下賜される折には、由緒や記録は歴史から抹殺された。

『薬師寺縁起』長和四年(1015)は「天禄四年(973)に薬師寺の鐘楼の鐘が焼失した為、長保五年(1003)に興福寺別院・建法(殖槻)寺の鐘を引取って新たに鐘楼の鐘(薬師寺に現存)とした」とある。
東大寺お水取りの際に奏上される『神明帳』には「殖槻明神」とあり、また『法華寺・田畠本券』応永十三年(1406)九月に『ウエツケノ宮(殖槻宮)前』と神社名が記されている。

社殿は享禄元年(1528)兵火で焼失するも天正七年(1579)頃に再建されたと伝えられるが、現存の建築様式は1700年代半ば頃と推定され、城下に甚大な被害をもたらした安政地震にも耐えたとみえる。

殖槻寺の本尊の行方については『多聞院日記』天正十四年(1586)十一月二日条や、元禄(1688~1704)年間に書かれた『殖槻寺縁起』には「応永(1394~1428)頃に神社の北東にある小池で金銅造りの御本尊(現・薬師寺講堂安置の弥勒三尊像、観音像は九条町光傳寺に安置)が掘出された」と伝承がある。


【 参考文献 】

元亨釈書
正倉院文書
今昔物語(巻16)
日本霊異記(中巻)
枕草子(106・195『杜は』)
万葉集(巻13-3324)
楽家録(神楽歌・小前張『殖槻』または 『宇ゑ都支』)


【 Access 】

・水道局南隣&郡山城北側
・近鉄郡山駅下車、北へ徒歩8分
・奈良交通バス「やまと郡山城ホール」バス停下車、北へ徒歩2分

「やまと郡山城ホール」バス停北側すぐの大きな踏切の線路を左手に見ながら道を渡り、次の小さな踏切の線路を渡ってすぐ。 大きな門が目印!

まさに『真理』!!
31/12/2022

まさに『真理』!!

今日の書き散らし

なるほど…
31/12/2022

なるほど…

カッコ良すぎな医療

奈良国立博物館『春日大社 若宮国宝展―祈りの王朝文化―』後期展示にウチ(!?)の「春日赤童子」サマがお出まし中〜!!
30/12/2022

奈良国立博物館『春日大社 若宮国宝展―祈りの王朝文化―』
後期展示にウチ(!?)の「春日赤童子」サマがお出まし中〜!!

25/12/2022
25/12/2022

スヌーピーのうどん  可愛すぎる~

住所

植槻町5/2
Yamatokoriyama-shi, Nara
639-1005,

ウェブサイト

アラート

平城京地鎮の古社・植槻八幡神社がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

事業に問い合わせをする

平城京地鎮の古社・植槻八幡神社にメッセージを送信:

共有する

カテゴリー