日本アハマディア・ムスリム協会は1935年から日本で活動している日本で最古のイスラーム教徒団体の一つである。。宗教活動以外に「人間性が一番」という精神でボランティア活動を行っている。
1995年に発生した阪神淡路大震災の際に現地へ赴き、被災地にてカレーやチャイ(ミルクティー)の炊き出しを3ヶ月間行い、2004年の新潟中越地震の際にも同様な活動を行った。
そして2011年に発生した東日本大震災の時にも翌日から現地入りをし、被災者が避難所から仮設住宅に移るまでの6ヶ月間支援活動を行った。たとえどれだけの期間であれ日本に住んでいる以上は、一市民として地域のため、国のために奉仕しなくてはならない。
日本とアハマディアの関係をより近づけたのが第二次世界大戦後のサンフランシスコ講和会議だった。
1951年、サンフランシスコ講和会議において、パキスタンは南アジアから重要な国として唯一出席をしまし
た。中国は招待をされず、インドとビルマはそれぞれの事情から出席を見合わせました。
会議において、パキスタンは日本に対して平等に接するように強く求め続けました。当時パキスタン外務大臣でありアハマディアムスリム協会の敬虔な信者であったザファルラー・カーン氏は、会議の場で、歴史に残る演説を残しました。
彼は「日本の平和は、正義と公正によって維持されなければならず、復讐や反発の気持ちを抱いてはいけない。将来、日本は世界で社会的、政治的な重要な役割を果たすことになるであろう。日本は輝かしい未来を持っている国であり、必ず平和を愛する人々なのだ。」と日本の立場を擁護しました。
戦後日本は新しい時代を迎え、1954年4月10日静岡県清水にて世界宗教会議が開催されました。各宗教の代表者に10の質問が出題され代表達が自信の教義に基いて返答するものでした。この会議にアハマディア代表としてチョウドリ・カリール氏が出席し、同氏は質問に対するすばらしい返答をし、称賛を浴びました。
また1970年に京都市にて行われた第一回世界宗教者平和会議にも彼はイスラム教の代表として参加しました。
日本の平和は我々にとって重要な意味を持っています。アハマディアの第四代目最高指導者ミルザ・タヘル・アハマド師は1989年に来日し、短い日程にも関わらず広島を訪れました。
現最高指導者も2006年に来日し、広島を訪れ、以下のメッセージを残しました。
「今日、私は広島平和記念資料館を訪問させていただきました。見学後、私は自分の感情を抑えることができませんでした。この悲惨な惨事を乗り切った広島の人々は大いに賞賛されるべき人々です。私は広島の人々に敬礼をします。」
また彼は東京ヒルトンホテルにて行われた演説で世界平和を守るため日本人の方々におっしゃいました。
「日本の皆さんは、第二次世界大戦によって、多大な被害をこうむられた方々です。ですから、第三次世界大戦の恐ろしさを充分に知り尽くしていらっしゃるでしょう。従って、私は第三次世界大戦の勃発を未然に防ぐために、あなた方に大きな期待をよせています。」