30/03/2024
【 先 週 説 教 要 旨 】
先週説教要旨 二〇二四年三月十七日
「祈りに応えて」(主の祈り⑩)池田慎平牧師
ヨハネによる福音書第12章23~26節
本日で「主の祈り」の講解説教を終わります。最後は私たち教会が祈りの最後に必ず唱える「アーメン」という言葉です。「そうなりますように」「確かに」「まことに」という意味のヘブライ語ですが、祈りの言葉に強くうなずく肯定の言葉です。鳥羽教会の有田典生先生は今年度で鳥羽教会を去り隠退されますが、私は有田先生の「アーメン」がとても好きでした。全身からふり絞るようにして口にする「アーメン!」なのです。祈りに対して「本当にそうだ!」と叫んでいるようでした。私たちの「アーメン」はそのような「アーメン」になっているでしょうか。声量の問題ではありません。祈りの内に神様の前に心を開いて、祈る者と共に祈りの言葉をどこまで真剣に受け入れているでしょうか。
私たちが「アーメン」という言葉でもって主の祈りを祈り終えるとき、知ってか知らずか、主の祈りで祈られていることは真実である、真理であると最後に肯定しているのです。私たちは真理に対する憧れを少なからず抱いています。「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネによる福音書第8章32節)。そして、私たちは主の祈りにおいて真理を見出します。それは哲学的な命題や信仰の内容の箇条書きとしてではなく、「わたしは道であり、真理であり、いのちである」と自らを証してくださる主イエス・キリストの人格において出会うのです。私たちは真理そのものである方が教えてくださる祈りによって、真理に生きる者とされます。そのようにして、私たちは真理を知らされるのです。
讃美歌三一二「いつくしみ深き」の歌詞を書いたスクライヴェンというアイルランド人牧師は、二度も婚約者を死によって失います。その絶望の中で、彼は自分の母親を励ますために自分の心境を歌った詩を贈るのでした。そこにはどんな時でも祈りに応えて、共にいてくださる友なるイエスでした。