日本バプテスト連盟 豊中バプテスト教会

日本バプテスト連盟 豊中バプテスト教会 阪急宝塚本線 服部天神駅下車、徒歩12分
[集会案内]主日礼拝 日曜10:00~11:00
※ご自由にご参加ください 1962年10月 尼崎バプテスト教会豊中伝道所設立
1974年 5月 教会組織宣言
1988年 6月 今給黎 眞弓 牧師就任
1996年11月 新会堂完成

04/09/2026

【次週(9/6)の礼拝】

▼聖書の箇所
・マタイによる福音書 18章 15~20節

※牧師によるお話の予定でしたが、急用で欠席となるため、お話はありません。信徒同士で聖書の分かち合いをしていきたいと思います。
※ご自由にご参加ください。

#豊中バプテスト教会
#主日礼拝
#ちいさな教会

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】今のところ毎週お送りできている 教会facebook管理人Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。先日の礼拝は、第五日曜日で、豊中教会では牧師のメッセージはお休みで、信徒が主体の「だいご礼拝」...
02/09/2026

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】
今のところ毎週お送りできている 教会facebook管理人Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。

先日の礼拝は、第五日曜日で、豊中教会では牧師のメッセージはお休みで、信徒が主体の「だいご礼拝」でした。
今回の担当は、今の牧師が就任する前から豊中教会にいる小林さんで、2か月前の常会で「話したいことがある」と言ったことから、担当となりました。
お年を重ねられて、なかなか教会に来るのも大変そうで、いつもメンバーで心配をしていましたが、この日は、しっかりと朝から教会に来られて、本当に良かったです。

小林さんの希望で、机を出してみんなで顔を見合わせながら礼拝をするスタイルになりました。
今回の礼拝で、いいなぁと思ったのは、小林さん自身が聖書の字が読みにくくなったとのことで、全員で交読文も聖書も全文読んだことです。
交読文なら通常「交読」なので、司会者が読んで会衆が読んでを繰り返すのですが、それも全部みんなで読む。
聖書も、ルカ15:11-32全文を、全員で読む。
初めての経験でしたが、人の読んでいる文を聞いて字を追うのではなく、全員で、目で読み、言葉を発し、耳で聞く。新鮮な体験でした。

お話は、近所のスーパーで会うノンクリスチャンのお友達と、「放蕩息子のたとえ」の話になり、そのかたは「自分はお兄さんのタイプ」と言われていて、小林さんは前牧師の話から「問題ありきは兄さん」という読み方をしていたので驚いて、色んな考え方があるなとあらためて思われたとのこと。
それで、色んな人の読み方を聞きたいと言われて、全員でこの「放蕩息子のたとえ」の話をどう読むかという話をしました。

いろいろ聞けて、とても良かったので、メモしたキーワードの羅列になってしまいますが、ご紹介したいと思います。

・自分の中にイエスさまがいるのに、自分中心になってしまう。
・(神が)何をしても文句を言う人間。
・神さまの考え方は、資本主義じゃない。
・神さまのルール(理解できないことがたくさんある)の中で、人間が不公平と文句を言うこと自体が間違い。
・物理的に弟は父から離れたが、もしかすると兄も精神的には父から離れていたのかもしれない。
・そこにずっといると恵みに気づけないお兄さん。弟は外に出たからその恵みに気づけた。
・当時の親子関係・兄弟関係を考えて読むと、財産を生前分与すること自体が当時は絶対に考えられない。→それだけ変なことを言っている。
・放蕩息子になりたい気持ち、それをねたむお兄さんの気持ち、どっちも分かる。
・31節「子よ」←原文には「私の大事な」という意味が入ってくる。
・弟は、帰る決断ができてよかったねぇ。

「放蕩息子のたとえ」から、この日集まったメンバーのいろんな視点に触れることができて、このたとえがとても立体的に見えてきた気がしたし、それぞれの置かれた背景などもあり、おもしろい語り合いの時となりました。

この日の担当の小林さんが、ここからどういう話を本当はしたかったのかは、直接は触れられなかったのですが、この日の礼拝プログラムも考えられた小林さんが選んだ讃美歌「歌いつつ歩まん」の中に、小林さんの思いを少し感じたような気がしました。

来週日曜日は、3週間ぶりに牧師によるメッセージです。
また、第一日曜日ですので、礼拝中に主の晩さん式が行われます。
豊中教会では、基本その場にいるメンバーは一緒に分かち合うことを前提としています(強制ではありません)ので、ぜひご自由にご参加ください♪

今日は、だいご礼拝でした。豊中教会では、第五日曜日がある時は、牧師のメッセージはお休みして、信徒による自由な礼拝式を行っています。普段は全員前を向いて座っていますが、本日は机を出して丸くなり、お互いの顔を見ながらの礼拝でした。この写真の時は...
30/08/2026

今日は、だいご礼拝でした。

豊中教会では、第五日曜日がある時は、牧師のメッセージはお休みして、
信徒による自由な礼拝式を行っています。

普段は全員前を向いて座っていますが、
本日は机を出して丸くなり、お互いの顔を見ながらの礼拝でした。

この写真の時は、まだ少なかったんですが、このあと、
1人増え、二人増え…、で、最終的に10人となりました。
感謝!

【次週(8/30)の礼拝】▼聖書の箇所・ルカによる福音書 15章 11~32節▼お話のタイトル・「放蕩息子のたとえ」小林登美子さん※ご自由にご参加ください。 #豊中バプテスト教会 #主日礼拝 #ちいさな教会
26/08/2026

【次週(8/30)の礼拝】

▼聖書の箇所
・ルカによる福音書 15章 11~32節

▼お話のタイトル
・「放蕩息子のたとえ」小林登美子さん

※ご自由にご参加ください。

#豊中バプテスト教会
#主日礼拝
#ちいさな教会

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】3週連続でなんとかお送りしている、教会facebook管理人Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。昨日の礼拝では、先週に引き続き牧師が夏季休暇中だったので、教会の三原隆司さんがメッセージを担...
24/08/2026

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】
3週連続でなんとかお送りしている、教会facebook管理人Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。

昨日の礼拝では、先週に引き続き牧師が夏季休暇中だったので、教会の三原隆司さんがメッセージを担当してくれました。
先週もそうでしたが、今週も担当のかたがセレクトした聖書箇所で、今週はヨハネによる福音書11:1~16です。
マリアとマルタの弟ラザロが病におかされ「ラザロキトク、スグカエレ」とイエスに連絡がいって…という話(ちょっと違う)。
隆司さんは、5月の「だいご礼拝」(豊中教会では第五日曜日の礼拝は信徒がプログラムの流れやメッセージや賛美の有無など、好きな礼拝のかたちで礼拝するということをしています)で、メッセージを担当された時に、同じラザロが出てくる箇所を選んで「生きざまと死にがい」というタイトルでお話してくれましたが、その時の礼拝後のお茶の時間で、隆司さんのラザロの考察があり、「これはまた考えて話したいんだけどね~」と言っていて、さっそくお話の番がまわってきた、という今回の礼拝でした。

まず最初に、ラザロの話は、四つの福音書の中でもヨハネによる福音書にしか出てこない、ということを話して、いきなり「えっ?!」と食いついてしまいました。
私は、どの福音書にも入ってるエピソードだと思っていましたが、まさかのヨハネにしか出てこないんだそうです。ヨハネ福音書の中でもラザロ関連はけっこう文章量あるのに、他の福音書には入っていない。
それから、「イエスによって生き返る」人は、聖書の中には3人いて、「ヤイロの娘」と「やもめの息子」と、そして今回のラザロ。
そんなラザロの生き返りの話を、隆司さんの考察と想像で、楽しく話してくれました。

この特殊なラザロのエピソードは、聖書の書き出しから他と違うと、隆司さんは語ります。11章1節の「ある病人がいた。」という書き出しも、とっても小説っぽい書き出しと感じていて、よくある聖書の書き方なら、まず「マリアとマルタの弟で、ラザロという人があって、この人は病気であった。」くらいで次にいきそうなのに、「ある病人がいた。」で始まるのは、他の箇所とはカラーが違うとのこと。

ここから隆司さんの想像する「ラザロ物語」が展開されていきます。
マリアとマルタにとてもかわいがられた弟ラザロ。ラザロからしたら親代わりの二人の姉だったかもしれません。
マルタには母のような気持ちを、マリアにはどうかしたら初恋のような気持ちを抱いていたかもしれない。
しかし、そんなときに、イエスがこの村を訪ね、マリアはイエスに夢中になってしまい、ラザロは嫉妬する。
そんな嫉妬の目でイエスを見ていたら、イエスと目が合ってしまい、しかし、その目はとてもやさしく、ラザロは自分の思いが全部見透かされているような気がしてしまう。
そこから、マリアへの思いが実は自己中心的な愛で、イエスに、神に愛されていることを知って、それが本当の愛だということに気づいていく。
ところが、そんな時に病気になり、死んでしまうことになる。(隆司さんの一つの考察としては、この病気も実は、反イエス派の人たちによる毒殺とかだったんじゃないか?!と想像が膨らんでいました。)
イエスは、死ぬ前にマリアとマルタから連絡をもらっていたのに、すぐにはラザロのもとには行かず、2日待ち、その間にラザロは死んでしまう。
その後、イエスはラザロに会いに行って、生き返りの奇跡が行われる。
その中で、イエスはもしかするとラザロに「ラザロを生き返らせるのは、『神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである』(4節)」と伝えたりもしたんじゃないか?と、隆司さんは考察していました。
そして、きっとラザロは感激して「神の栄光を示すためなら、何度でも死にます!」「いや、しぬのは一回だけでいいんだよ」とかそんな会話をしたんじゃないか?と、冗談交じりに語ってくれました。

ラザロの物語は、ラザロが生き返ったことで、これ以上聖書には記述はありません。
生き返ったあと、ラザロはどうしたんでしょう?
隆司さんは、「きっと、イエスのことを周りに伝えるようになったんじゃないか?」と考えます。

聖書に記述は無い、と言ったけれど、隆司さんにはひょっとしたら?と思う箇所があると言います。
マルコ14章51~52節に「一人の若者」が出てきます。イエスについてきたその若者は、人々が捕えようとすると素肌に羽織っていた亜麻布を捨てて走り去ってしまう、というそれだけのために「一人の若者」が出てきます。これがもしかすると、ラザロだったんじゃないか?と考えているそうです。

イエスの愛を受け、イエスの奇跡を体験し、イエスの受難を見、そして、生きること、命をまっとうしたラザロ。
そんなラザロのように生きたいと、隆司さんは話してくれました。

私は、今回の話の中で、隆司さんが言っていた「奇跡を目の当たりにした当時の人ですら、イエスを信じられなくなるのに、現代の私たちは本当に難しい」という言葉に、首がもげるほどうなずいてしまいました。
それでも、今、そのかたを信じて、毎週集まって礼拝をささげられることのおもしろさを、これからも継続していきたいと思いました。

さて、牧師の夏休みはもう終わったんですが、実は、来週も、信徒がメッセージ担当です!
来週は、「だいご礼拝」です。
今の牧師が就任する前から豊中教会の教会員のかたの話です!よければ、聞きに来ませんか?(笑)
ぜひ、ご自由にご参加ください♪

【次週(8/23)の礼拝】▼聖書の箇所・ヨハネによる福音書 11章 1~16節▼お話のタイトル・「ラザロよ!」三原隆司さん※ご自由にご参加ください。 #豊中バプテスト教会 #主日礼拝 #ちいさな教会
19/08/2026

【次週(8/23)の礼拝】

▼聖書の箇所
・ヨハネによる福音書 11章 1~16節

▼お話のタイトル
・「ラザロよ!」三原隆司さん

※ご自由にご参加ください。

#豊中バプテスト教会
#主日礼拝
#ちいさな教会

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】先週から勝手に始まった、教会facebookの管理をしている教会員Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。昨日の礼拝では、牧師が夏季休暇中だったので、教会員の木田さんがメッセージを担当してくれ...
17/08/2026

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】
先週から勝手に始まった、教会facebookの管理をしている教会員Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。

昨日の礼拝では、牧師が夏季休暇中だったので、教会員の木田さんがメッセージを担当してくれました。
基本的に、牧師がメッセージを担当する時は、ここのところは、カトリックの聖書朗読の箇所を使っていますが、教会員が担当する時はその人が決めていいことになっています。
ということで、今回は、木田さんがセレクトして、マルコ5:1~20の箇所でした。
が、実は、先週からの続きの箇所でもあり、たまたま、と言われてましたが、なんともともとの原稿は4月には完成してたそうなので、こんなところにも神さまの采配が…?!と思ったり。

ここの箇所は、「取りつかれた」とか、「汚れた霊ども」が「豚の中に入っ」て、「おぼれ死んだ」とか、ちょっとオカルト…?っぽくて、個人的には…ん~…どうなんでしょう…と思うところです。
どんな話をされるんだろう、と思っていたら、まず、最初のゲラサ人の地方はどこなのか、という説明をしてくれました。
聖書の巻末にある地図を拡大したものを見せてくれて、湖の場所から60km離れてるところがゲラサ人の地方とのこと。
60kmって、どれくらい?と思っていたら、なんと、琵琶湖から豊中教会までの距離がだいたい60kmなんだそうで、え?!京都またいで滋賀から豊中まで歩いてイエスと弟子たち来たの?!って驚いてしまって、まず、そういうところで心つかまれてしまいました(笑)
最後に豚たちが湖に入っていくというところもあるので、豚たちも60km走って湖までいったのか…と、なんだかすごくスケールの大きな話。

距離感がつかめたところで、今回の話の主人公「レギオン」の話です。
レギオンは個人の名前というよりは、5000~6000人いたローマ軍団の歩兵で、戦争のあと精神を病んでしまった人たちが、墓場(当時は洞窟が墓場だったとのこと)にいるしかなかったそうですが、この話を聞きながら、私は、それこそ戦争で兵士として出て行って、無事に帰ってきてもPTSDで悩まされている人のことを思い起こしました。
今でこそ、そうやってPTSDとか、精神的な病気もしっかり病院でみてもらえる時代ですが、ざっくり2000年前なんかそういう概念もなく、ただ「取りつかれた」と言われて、疎外されて、ほっておかれていたんだろうな、と。
そして、そのような状況に置かれた「レギオン」は、詩編88篇に書かれているような気持ちだったんじゃないか?と木田さんは、言われていました。
木田さんは、この詩編88篇が好きな箇所なんだそうです。

私は、昨日は礼拝司会だったんですが、木田さんから事前に「メッセージ中に指示はするので、ここを読んでもらえますか?」と言われていたので、自分で先に何回か読みました。
読んで、率直に「重いね…」と伝えると、「重いでしょ?好きな箇所なんよね」とのことで、しまった!!!と思ったのは、ここだけの話です。ぜひ、詩編88篇を読んでもらえたらと思います(笑)

レギオンは「かまわないでくれ」と拒絶し嘆きを言いながら、でも「豚の中に送り込み、乗り移らせてくれ」と助けを求めてもいて、それが矛盾した行動だけれど、どちらも共存しうる感情と木田さんは言います。
そんなレギオンを、イエスは癒されました。

イエスは命を大切にされた、と木田さんは言われていましたが、この地域の豚たちが一斉におぼれ死んだということから、その地域の経済的損失はかなり大きかったと思われ、地域の人たちは、イエスに「出て行ってくれ!」と言います。
イエスにとっては、経済損失よりも命が大切だった、と説明があったように思います。

命が大切という話で、昨日はちょうど敗戦記念日だった8/15の次の日でした。
イエスが大切にする命を、私もイエスなら何をどうされるか考えながら、平和を願い歩んでいきたいと思わされました。

昨日は、この聖書の話以外にも、木田さん自身の話もしてくれて、それが自分にはすごくすごく刺さってるんですが、なにせ、とってもプライベートな話なので、ここでは割愛させてもらいます。
ただ、8/16の礼拝の日に、木田さんがお話の担当で良かったと思わされました。きっと神さまがこの8/16に木田さんが担当するように設定されたんだろうと思いますし、木田さん自身も、そんなことを言われてた気がします。

さて、来週も、牧師休暇中につき、信徒がメッセージ担当です!
牧師じゃない人の話、聞きに来ませんか?(笑)
ぜひ、ご自由にご参加ください♪

前々から、「扇風機が必要」という話があったんですが、この度、実家を整理されるというかたから、2台も扇風機を献品いただきました。最近流行りの昭和レトロ(?)な、ヴィンテージ感あふれる、かわいい扇風機です。これで、ふんわりと会堂の中や台所の中に...
16/08/2026

前々から、「扇風機が必要」という話があったんですが、
この度、実家を整理されるというかたから、2台も扇風機を献品いただきました。
最近流行りの昭和レトロ(?)な、ヴィンテージ感あふれる、かわいい扇風機です。
これで、ふんわりと会堂の中や台所の中にも風が通ります!
いい風吹いてます♪
感謝です!

【次週(8/16)の礼拝】▼聖書の箇所・マルコによる福音書 5章 1~20節▼お話のタイトル・「レギオンを癒すイエス」木田国義さん※ご自由にご参加ください。 #豊中バプテスト教会 #主日礼拝 #ちいさな教会
12/08/2026

【次週(8/16)の礼拝】

▼聖書の箇所
・マルコによる福音書 5章 1~20節

▼お話のタイトル
・「レギオンを癒すイエス」木田国義さん

※ご自由にご参加ください。

#豊中バプテスト教会
#主日礼拝
#ちいさな教会

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】いきなり今週から勝手に始まった、教会facebookの管理をしている教会員Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。今週からと言いましたが、不定期ですし、いつ終わるかも分からないです。もしかした...
10/08/2026

【教会ですが、「※あくまで個人の感想です」】
いきなり今週から勝手に始まった、教会facebookの管理をしている教会員Sの、個人の感想をだらだら書くコーナーです。
今週からと言いましたが、不定期ですし、いつ終わるかも分からないです。もしかしたら、来週は無いかもしれません(笑)

昨日の礼拝では、マタイ14:22~33の箇所から、「向こう岸へ」という題でお話を聞きました。
湖上の船で嵐にあって、恐怖にパニックになる弟子たちに、湖の上からイエスが「安心しなさい」と語りかける話。

ここ数か月の聖書箇所は、教会学校等でもしょっちゅう聞いていた話が続いていますが、今週もそうで、それこそ小さいころに紙芝居や聖書のまんが等でも見てきた箇所でした。
ですが、その背景など知らないことはたくさんあり、今更ながら毎回興味深く聞いています。

5000人の給食(5つのパンと2匹の魚の話)のあと、イエスが弟子たちだけ先に船に乗せて湖の向こう岸へ行かせて、話を聞いていたたくさんの人たちを解散させて、イエス自身は1人になって、1人祈る時間を取った、とのこと。
その時点で、夕方~夜くらい。
そして、その頃、船に乗って突風にさらされてパニックになる弟子たち。
どこで祈っていたのか、イエスはたぶん全部分かってて、弟子たちのことが気になって、1人で落ち着いて祈ってる場合じゃなくなって、夜中3時くらいに湖の上に登場。
そしたら、「ひぃ!幽霊!」ってなる弟子たち。まぁ、パニックになっている時のさらに夜中3時なら、分からないではないけど、いつも一緒にいておきながら、それは失礼やろと思ったりしました。
さらに、弟子のひとりのペトロが「幽霊でなくて、あなたでしたら!」と、疑ってさらに挑発するような言葉(笑)
湖の上を数歩歩くことになったペトロだけど、風の強さにびびって不安になって、足元おぼつかなくなり、あやうく溺れる。

ここから、弟子たちの姿は、自分たちの姿と重なるというようなことを牧師が言っていた気がします。
さらに、そこから、イエスが何を大事にされたか、というと、それは人間関係を大事にされていたということに話がつながっていた…とメモを読むとそんなことが書いてました。
イエスは、人間関係の境界線や壁を自由に越えていくかた。自分の側で作ってる壁を、サラリと無くして助けてくれるかた。

メモには、『弟子たちだけではダメ。私たちだけではダメ。イエスが必要。「助けて!」と言える。』と書いてました。
私自身は、人間関係とか人との距離とか、上手につかめなくて、最初から大きく厚く壁を作ってしまうんですが、人と人との間に立ってくれるイエスにいつも助けてもらいながら、少しでも自分自身の壁を薄くしていけたらいいなと感じました。

しかし、お話のあとの讃美歌は、新生讃美歌391番「向こう岸へわたろう」で、先月からずっとこれを歌っていて、なかなか向こう岸へわたれない自分がいて、ごめんねイエスさま、と歌いながら思っています(笑)

来週から、牧師が夏季休暇に入るので、来週は教会員Kさんのお話です。
みんなで感想を分かち合いたいので、ぜひ、ご自由にご参加ください♪

住所

北条町1丁目28/9
Toyonaka-shi, Osaka
561-0812

アラート

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