31/03/2026
❤️一雨潤千山❤️
釈尊の教え と 縁がなくとも、
人間本来の素直な心 で
自然に親しんでいると、
❤️心は自然に和なごみ、
自然の声がきこえてきます。
さらに 私たちの心のはたらきが、こまやかになっていくと、
自然のたたずまいから
何かを感じ、何かが見え、
❤️自然の姿から
自分の生き方の示唆 を 感得することができるようになってきます。
これを禅では
🔥「無情説法(むじょうせっぽう)」をきくといいます。
「無情」は 思いやり、いたわりの心がない ことではなく、
人間のような 感情や意識を持たない と思われる
山川草木のことをいいます。
この無情の存在が 私たちに説法するわけはないが、
山川草木が示す
無言の法(真理)の相から、
その法を
🔥私たちが自分の心で
うなずきとるのです。
🙏道元禅師 が
峰の色 谷の響きも みなながら
わが釈迦牟尼の 声と姿と
と詠じています。
❤️「山のたたずまいも、谷川の流れの音も、
すべて釈尊の声と姿とに外ならない」と。
道元禅師の詠ずる釈尊は、
肉身の釈尊ではなく、
釈尊が 悟られた真理(法)を
人格化した法身です。
山川草木、
つまり無情の存在は、
🙏釈尊が悟られた
法の姿と声であります🙏
#85歳勧進僧黙
*下記コメント欄のURLより抜粋