27/08/2026
<風吹不動>
<風吹不動>
ーーー前略ーーー
これは要するに「天辺の月」と「磵底の松」に託して、
どのようなつらいこと、困難なことにあっても
決して動じない信念と意志を持つことだ―という教えです。
この句の要点は、
「動ぜず」ということと「摧け難し」というところにあります。
なお、この句には、月と松を「仏性」(本来の自己)にたとえ、
風と雪を 煩悩妄想にたとえて、
仏性というものは、
煩悩妄想などのために動かされたり、
汚されたりするものではない
という意味がふくまれています。
人間の本源のところ、
つまり人間が生まれつき持っている純真無垢の心性、
これを「仏心」、「仏性」といいます。
人間は自覚している、いないにかかわらず、
本来、仏心というものを持っています。
ところが、この仏心に、
無始以来の昔から「無明」というのがくっついています。
その無明によって仏心に いろいろな煩悩がわき起ってきます。
そこで、無明がくっついているから、
仏心に煩悩がわいて出てくるのだ ということを自覚した場合、
はじめて煩悩の火は消滅する―――これが仏法の教えです。
人間が生まれつき持っている 仏心、仏性といわれるものは、
どんなに煩悩の嵐が吹いても
消えて何処かへ行ってしまうということはない。
これが「風吹けども動ぜず天辺の月」ということです。
磵底の松も 仏心、仏性の世界を表現しており、
圧している雪は、無明から起ってくる煩悩を意味しています。
無明とは、文字どうり明るくないことで、
存在の根底にある 根本的無知をいいます。
つまり、真実を知らないというのが無明です。
では、真実とは何かというと、
いま述べたように、
人間は生まれながらに仏心、仏性を持っていることです。
それを自覚した人が仏陀ほとけ(真理に目覚めた人)、
自覚しない人が凡夫(迷いの境界にある人)といわれています。
―――下記省略―――
#85歳勧進僧黙雷
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