22/01/2024
http://uenoblog.sblo.jp/article/190745336.html
大日比三師の第二、法洲上人の著作である『一枚起請講説』に、浄土宗教師の皆さんが身近に接することができるようにと、浄土宗中四国布教師会で冊子にする計画を進めています。会員からルビを振ってほしいとの希望があり、昨年末、作業を始めましたが、思っていたよりも大変で、やっとのことで本文112ページ分をひととおり終えました。これからチェック作業に入ります。
ルビを振る作業は、真剣に読んで内容を理解しなければできないので、年末年始、この書にしっかりと向き合うことができ、この出版計画の意義を強く感じました。まさに、布教の道しるべというべき書であり、是非浄土宗教師の皆さんには一読いただきたいと思います。
末尾には、
「元祖大師の御入滅、建曆二年より、今ははや六百有餘の星霜を經たり。此ことを思ふに、悲喜交交なり。其嘆きとは、我等大師の御在世に生れ逢ひ、御敎訓をも受、一向專修の行者となりたらば、早頓に極樂に往生し、地上高位の菩薩となつて、無爲の快樂を受べきに、御在世の其昔は、三界六道)の内、いかなる生を受けて居てか、御敎訓をもうけ奉らざりし故、現に今四苦八苦の人界にありて、衆苦の波浪にひたされて苦む。實に嘆かはしき窮りなり。又喜びとは、御在世に逢ひ奉らざりしは、悲みなりといへども、御遺法流布の世に生れあひて、御敎示の旨を守り、一向專修の行者となれば、娑婆の報命盡次第、直に往生遂る身の上となりしは、實に曠劫の大慶、是に過たる喜びはなきなり。爾れば、從來辨ぜし通り、大師の御生涯の御敎示は、つづめつづめて、御遺訓の一枚起請文の通りなれば、此御敎示に違ふことは、誰がどのやうに云はうとも、一向に聞入れず、唯往生)極樂の爲に、南無阿彌陀佛南無阿彌陀佛と、念佛一行相續あるべし。さすれば、大師の御敎示の徹底に隨ふ、行者と云ふものなれば、既に上に云如く、大師の御臨末に、はれし祥)瑞が、取りも直さず、我人の決定往生、ゆるぎなき證據なれば、返す返すも、御遺誓の旨を守り、安心は、唯往生極樂の爲と、一筋に思ひを定め、起行は、唯南無阿彌陀佛南無阿)彌陀佛と、稱名一行相續して、近つく御來迎を待受けて、大往生を遂らるべきなり。」
とあり、およそ200年前のこの言葉ながら、今の浄土宗教師も「一枚起請文」を日々お唱えする中で肝に銘じておくべきものだと感じます。
出版までにはまだ少し時間を要しますが、浄土宗教師の皆さま、どうぞご期待ください。