天理教道豊分教会-みちとよぶんきょうかい

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『人間の身体の使い方』コロナ禍が明けつつある今年の東京の桜はその喜びを表すかの様に例年以上に長い間、私たちの目を楽しませてくださっています。神様は人間が互いに助け合う「陽気暮らし」を見てともに楽しみたいとこの世、人間をおつくり下されたとお聞...
06/04/2023

『人間の身体の使い方』
コロナ禍が明けつつある今年の東京の桜はその喜びを表すかの様に例年以上に長い間、私たちの目を楽しませてくださっています。
神様は人間が互いに助け合う「陽気暮らし」を見てともに楽しみたいとこの世、人間をおつくり下されたとお聞かせ頂いています。そうすると手も足も頭も目も耳も鼻も口もそういう使い方をするのが神様の思いにかない、そして私たちが陽気に楽しく暮らすことが出来るということです。私はこの頃、手足を使っていて、人様のために世の中のために使っているか?と自問自答しています。目や耳や口の使い方が人の助かりを願い、周りの人々が喜び勇んでくれてることだろうか?と考えます。私たちに与えていただいた身体の使い方次第だと思います。つまりそれは心の使い方ひとつで楽しく暮らすことが出来る世界のはずです。皆様も仕事をするのに行動を起こす時、その前に立ち止まって深呼吸をして思いを巡らせては如何でしょうか。

『ふと思う心が神心』教会の庭に咲いた花たちです。私たち人間をはじめ、この地上に住まわせてもらっている命あるものは、火水風の自然のお恵みをいただき暮らさせて頂いております。この火水風の御守護こそ神の姿やと神様は仰られております。そして人間は、...
05/05/2022

『ふと思う心が神心』
教会の庭に咲いた花たちです。私たち人間をはじめ、この地上に住まわせてもらっている命あるものは、火水風の自然のお恵みをいただき暮らさせて頂いております。この火水風の御守護こそ神の姿やと神様は仰られております。そして人間は、体内においても火水風の御守護を賜り生かされているわけです。身体は神からの借り物、そして心一つが我がの理とお聞かせ下さいます。心は各々が自由に使っていますが、実はここがポイントでして、ふとした瞬間に神様が私たちの心に入り込んで心の向きを良い方向に変えてくださっていると私は思うのです。
「ふと思う心が神心」
天理教の原典の おふでさき、おさしづ、みかぐらうた にはそんなお言葉は出てきていませんが私の周りの先人先生方が日々この道を歩んで来られてきた中で心に治まった理のお言葉だと思っています。
私は神様第一と心に決めてから丸6年になります。その心で日々暮らしているとふと思う所に行くと大事な人が現れたり、ふとこっちの仕事を先に済ませようと思ってはじめると、思い描いていた以上に物事が順調に片付いていくということが多々あります。それには、神様に心を繋ぎ、心の向きを神様に向けていればこそ成ってくる事だと思います。
先月、初席を運んでくれたTくんがこんな話をしてくれました。「実家にバイクで帰ろうと道路を走っていたらタイヤがバーストして大変でした。だけれど高速道路でなくて良かったです。」高速道路で帰ろうか?とも思ってたけれど、一般道路で帰ることにして走り出したという事だったようです。彼は「命がなかったかも!これも神様ですね」と無事に実家に帰れたことを大変喜んでいました。
今月の祭典後、こんな話しをさせて頂きました。

『未来は味蕾で感じとれ!』味蕾とは?舌の表面には味蕾(みらい)と呼ばれる、味覚を感じるセンサーがあります。味蕾は味細胞の集まりで、甘味・苦味・塩味・酸味などを感じることができます。これらの味が複雑に混じり合い、人は“おいしさ”を楽しむことが...
09/03/2022

『未来は味蕾で感じとれ!』
味蕾とは?
舌の表面には味蕾(みらい)と呼ばれる、味覚を感じるセンサーがあります。
味蕾は味細胞の集まりで、甘味・苦味・塩味・酸味などを感じることができます。これらの味が複雑に混じり合い、人は“おいしさ”を楽しむことができます。
人は沢山の人と出会い、様々な経験を積み重ねながら人間社会の中ではたはたが楽になってもらう「働く」ということをして行きます。
そこには上記した様に単一の味だけでは美味しさが出ません。苦いものやしょっぱい物が入り「味蕾」で美味しい〜❗️と感じとるわけです。
私は他人様に食事を提供することがあります。作りながら味見をしてなんか足らんなぁという時、えっここに醤油を入れる⁇ケチャップを投入するかあ⁈という隠し味をします。すると格段に味に深みが出るのですね〜!
昨年の投稿で「食わず嫌い」の話をさせてもらいましたが、どんどんと色々な味を経験して自分にとって「美味しい」と感じとれる人生を歩んでくださいませ🙏
追伸、個人的には満開に咲いている花よりも可能性に包まれた蕾の方が好きです❣️

『目うるおい』目は潤っているお陰でものを見ることができます。潤っていないとドライアイという症状になり、ものが見えづらくなってしまいます。原因はパソコン、エアコン、コンタクト、精神的ストレスなどと言われています。目を潤すために大事な役割をして...
14/02/2022

『目うるおい』
目は潤っているお陰でものを見ることができます。潤っていないとドライアイという症状になり、ものが見えづらくなってしまいます。原因はパソコン、エアコン、コンタクト、精神的ストレスなどと言われています。目を潤すために大事な役割をしているのが瞬きですね。この辺は皆様もご存知のことと思います。
その瞬きをすることによって涙が出て眼球に付着したごみを流してくれるのだそうです。そして瞼を閉じた瞬間に眼球が上に上がってゴミを取り除いて磨いてくれる、凄い仕組みですね!
ドライアイの症状の人の中に瞬きが不完全な人がいるそうです。瞼を閉じきれないでいると黒目は上に上がらず潤えない、ゴミも取れないとなる。一瞬でもしっかりと瞼を閉じているということが大事だそうです。
私は常々、皆様にお話しさせてもらうことの中に目に見える事柄ばかりに捉われないでくださいと申し上げています。目を閉じれば、上からご覧くださっている神様の方に目を向けて心を鎮めることにより、潤い汚れも落として下さる。人間の学問的な考え方からすると病気には前述したようにさまざまな事柄が起因すると考えられていますが、神様ははっきりと仰られています。「やまいのもとはこころから」
瞬きもせず目に見えることばかりに心を奪われることなく、神を箒として心の埃を払うことをお勧めいたします。
心のドライアイにご注意を‼️

『食わず嫌い』本年の納めの月次祭をこれから勤めさせて頂きます。私は人との出会いを大切にさせてもらっています。今年1年間、新型コロナウィルス感染症パンデミックという中でも数多くの人たちと出逢い、おつきあいをさせて頂きました。私は人との出会いに...
03/12/2021

『食わず嫌い』
本年の納めの月次祭をこれから勤めさせて頂きます。私は人との出会いを大切にさせてもらっています。今年1年間、新型コロナウィルス感染症パンデミックという中でも数多くの人たちと出逢い、おつきあいをさせて頂きました。
私は人との出会いに偶然はないと考えています。神様がその人のその時の心遣いに会った人をお引き寄せくださっていると確信に近いものを持っています。人工知能が席巻し出している世の中でもこの神の思いは予想できないでしょう。
食べ物の偏食は体に良くないというのは皆様、周知の事ですが、人との出会いでもあの人は私に合わないとかあの人は無理〜!なんて言った経験ありませんか?現在もそういう生き方をされていませんか?親神様がお前にとってこの人の心を味わった方が良いで〜!とお引き合わせくださったのに私には合わないからとその心根を味わおうともせず、外見やその人の表面上の行動や言葉だけで判断していないでしょうか?
かく言う私自身も苦手な方は居りますが、先日、久しぶりにこの方と一緒の勤務になり、勤務中は相変わらず合わないところもありお互いに言い合ったりもしましたが、事細かく話すうちにその人の味わい深さも知ることができました。
自分に手厳しいことを言う辛口の人、苦味のある人も味わってみると意外な味わいがあり、そこで心の栄養バランスが保てるように思います。
布教に出ると罵声を浴びせる人には自分の足らん部分を補ってくださる大事な方と受け止めさせて頂き感謝する次第です。
皆様、心の栄養バランス、崩れていませんか⁉️

9月2日午後7時、前会長、北野ツテ百歳で出直しました。(出直しとは人が息を引き取ったことを言います。人の身体はいつかお返しをして古い着物を脱いで新しい着物に着替えてこの世に再び生まれてくるので出直しと言います)前会長は以前は癖性分の強い人で...
13/09/2021

9月2日午後7時、前会長、北野ツテ百歳で出直しました。(出直しとは人が息を引き取ったことを言います。人の身体はいつかお返しをして古い着物を脱いで新しい着物に着替えてこの世に再び生まれてくるので出直しと言います)
前会長は以前は癖性分の強い人でした。信仰者としていかがなもの⁇と思うような人でした。が、自分のことを後回しにして親のため他人のために尽くしていく中に段々とトゲトゲしたものゴツゴツしていたものがとれていき、写真のような穏やかな心になって行ったのではないでしょうか。
 九ッここはこのよのごくらくや 
   わしもはやばやまゐりたい
  
 十ドこのたびむねのうち
   すみきりましたがありがたい

自分の心のすみ(角)を切りまぁるく澄みきる心に前会長はなっていったように思います。そして口癖で結構だね〜!ありがたいね〜‼︎と申しておりました。
姿形がなってきて、けっこうとは言っていません。自分のために買うものといえば、肌着と靴ぐらいだったように思います。あとは全て頂き物でまかなっていました。我が身我が家のことを後回しにしてでも人様がたすかり喜んでいただくことに心血を注ぎ全てなってきたことを受け入れていく中にこの優しい笑顔ができてきたと思います。
神様はこの世の自然の世界が神の姿やと仰せられています。我々にとって大変な嵐も地震も受け入れなければならないのが人間はじめこの世に生きるものの定めです。ですから人間社会の中で起きる晴れている日も大雨の日も風が強い日もなってきたことを受け入れなければなりません。この自然の恵みの世界があってこその我々です。それが心におさまり前会長は今日も生きている!ありがたいね!結構だね‼︎と言っていたわけです。その火、水、風を御守護下さいます親神様に感謝をして、さあ今日も一日をスタートしましょう♪♪

『奇跡の生還』私たちは家に家族がいれば行ってきまーす!行ってらっしゃい。と声かけをし、帰ってくればただいまー!おかえりなさい。とごく当然のように会話をしています。しかしそれって当たり前のことでしょうか?三十数年前の話です。その頃私は現場警備...
09/08/2021

『奇跡の生還』
私たちは家に家族がいれば行ってきまーす!行ってらっしゃい。と声かけをし、帰ってくればただいまー!おかえりなさい。とごく当然のように会話をしています。しかしそれって当たり前のことでしょうか?
三十数年前の話です。その頃私は現場警備の仕事をしてあちこちの現場でリーダーとして働いていました。ある時に二十歳の子が入ってきて私の下で仕事をしていました。あの当時は若い子たちの間で顔のどこかにピアスをするというのが男女を問わず流行っていてその子も鼻にピアスをつけて仕事中はまずいので絆創膏をそこに貼り付けていました。見た目とは違い真面目で一生懸命に仕事を覚えようと頑張る子でした。将来は服飾デザイナーになりたいと東京では有名なSモード学院という学校に通っていました。ある日のこと会社から連絡があり明日はその子を違う現場に行かせても良いかと言ってきました。私は「彼に抜けられると大変だけれど明日ならこちらは何とかするので良いですよ」と返事をして翌日彼は違う現場に向かいました。ところがその日の昼過ぎに会社へ定時の連絡をすると「○○君が今朝亡くなった」と驚きの話しを会社からされました。後日、詳しい状況を聞くと朝現場へ向かっている途中で彼は駅の方へ引き返して行った(多分、会社へ電話するのを忘れて電話boxを探していたのではなかったのだろうか?との推測)そうです。死に場所へわざわざ向かって行ったわけです。また、その場所へ辿り着くまでにはいく人もの人の思いが重なっています。派遣を頼んだ会社の人、仕事依頼を受けて配置する人員を決めた人、それを承諾した私、また、彼自身も毎日その仕事をしていたわけでは無いので彼のその日の予定などなど。そして忘れてはいけないのは事故を起こした酔っ払い運転手。彼が事故現場に行くまでに回避する道は数多くあったように思います。しかしながらその周りの準備は彼が死に至る道の段取りでしかありませんでした。(飲酒運転を容認しているわけではありません。決して許されることではありません。しかしながら、これだけ罰則が厳しくなっても飲酒運転をする人は後を絶ちません)
その後も私の人生の中で様々な出来事がありました。
コンマ何秒か私が早く交差点に出ていたら死んでいたであろう。息子の同級生がある日、夜遊びから帰ってきて寝床に着きそのまま息を引き取ってしまった。職場の上司が通勤途中、道端に倒れ、たまたま通りがかった人に助けられ、2ヶ月後には後遺症も無く完全復帰することが出来た!などなど事例は山ほどあります。
このような積み重ねを経て、私はある確信に辿り着きました。たまたま、偶然など無い。そこにあるのは必然。神様が人間一人ひとりの心を見定めてなされていることだと。
人間、1秒先の未来を予見できる人はほとんどいない。毎日、仕事場や学校など、目的地へ向かい辿り着き、1日の己が勤めを果たし、我が家へ戻ることができるのは正に「奇跡の生還」であります。

『凛として』3日、時折り薄日が差し爽やかな風が吹き清々しさに満ちた神殿で心勇んで6月の月次祭を勤め終えることができました。私が用木(ようぼく)として敬愛する中島みゆき先生の詩集から引用させてもらいます。「一寸先は」〜略〜一寸先は闇という話は...
04/06/2021

『凛として』
3日、時折り薄日が差し爽やかな風が吹き清々しさに満ちた神殿で心勇んで6月の月次祭を勤め終えることができました。
私が用木(ようぼく)として敬愛する中島みゆき先生の詩集から引用させてもらいます。
「一寸先は」〜略〜一寸先は闇という話はお先真っ暗という意味とは違っていたらしい〜略〜本当の意味は一寸先のことさえも予知はできないという話だった〜略〜予知なんかできなくたって一寸先のために今できることをするほうが実用的 その結果が一寸先で現れるか遥か彼方の時に現れるか
それこそがまさしく闇の中

この言葉を若い人たちに送りました。
この道では「先案じ」という言葉があります。人間心で先々のことを心配してしまう。それよりは今、自分がすべきことをして、その結果は神様にお任せすることが大切なのではないでしょうか?準備をしたり支度を整えることは大事ですがそれ以上に心配してしまうあまりその時その場では自分自身の心は喜べていない事があるのではないでしょうか⁇
この詩ではそれを踏まえて中島みゆきWORLDで説いている様に思います。
今朝の教会の庭に咲く花たちが雨の中気持ちよさそうに「凛として」佇んでいました。
特にこれからの日本、世界を動かしていく若い人一人ひとり、凛として人生を歩んで頂けたらと願う次第です。

1 態度・容姿・声などが、きびしくひきしまっているさま。
私の好きな言葉です。

注 「用木」
天理教内では別席を9回聴きおさづけの理を拝戴した人を「ようぼく」と呼びます。ようぼくとは、陽気ぐらし世界建設のための人材、用材という意味です。どのような人間でも、世界一列をたすけたいという親神様のお心を心とする人。

『水に流そう』今日は4月18日、教祖の御誕生日です。今月は投稿が大変遅れましたのでこの慶びの日に投稿させて頂きます。春になり教会の庭にも造園部長さん(妻)が丹精してくださった花があちらからこちらから顔を出してきました。この花たちにはその花が...
18/04/2021

『水に流そう』
今日は4月18日、教祖の御誕生日です。今月は投稿が大変遅れましたのでこの慶びの日に投稿させて頂きます。
春になり教会の庭にも造園部長さん(妻)が丹精してくださった花があちらからこちらから顔を出してきました。この花たちにはその花が咲く種があったわけです。私たち人間もそれぞれの種があります。Aさんという人が笑顔でいます。それには笑顔になる種が必ずあります。又、Bさんという方が嘆き悲しんでいます。そこには悲しむ種が必ずある訳です。
近頃は、数多くの方々と接する機会が増えてそこで色々なお話を聞かせてもらいます。その中で職場での人間関係が上手くいかないといったお話を大変多く耳にします。生真面目な人はいい加減な人が許せません。他人の陰口、悪口を言うことなどもっての外です。しかしその人たちにはその人たちなりの定規がありそれの定規に沿っていくとあの人は悪い人だ。だから皆んなに教えなければ!となり陰口を言っているのでは無いでしょうか⁇
陰口を言う種がその人の心の中にある訳です。一番良いのはその人の話を聞かせてもらいその種を取り除いてあげるのが良いでしょう。しかしそこに至るまでにはかなりの時間もかかるでしょう。
人の心をかえるのは非常に大変なことです。そうやすやすとは自分が正しいと思う定規を捨てることはできません。
では明日から何が出来るか?それは自分が変われば良いのです。悪口を聞かされてもあんなことを言う人はけしからん!と思わずに心を低くして水のようにしていると「あ〜、こう言う見方もあるのか。あ〜この人は喜べないでいるのだなー。」となり反対に悪口を言われた人の事でも「あの人はこんな良いところもありますよ。あんなことが人より優れています」と自分の喜び心を伝えてアドバイスして差し上げるのもよろしいかと思います。人間生活の中で不都合なことが起きた時「今度のことは水に流そう」と言う言葉があります。自分の心にその悪口という汚れを止めて置かずに水に流しましょう!
すでにこの道を信仰されている方はそんなことはわかっている!けれども許せません‼︎と言う人がいます。この道は教えを理解しているのがわかったと言うことでしょうか?心に収まってそれが実行できて「わかった」と言えるのではないでしょうか。
今日はお説教じみたことを書いてしまいましたが私自身への戒めとしての文章であります。
教祖誕生祭の日に教祖にお供えする気持ちとして書き綴りました。

『天の神様の目線』春の風が漂う3月3日、月次祭を執り行い親神様、教祖に御礼申し上げ人々のたすかりを願い少人数ではありましたが、喜びの心を持ち心勇んで勤めさせていただきました。私たちはどんな天気の日でも生かされています。雨の日も風の日も晴れの...
07/03/2021

『天の神様の目線』
春の風が漂う3月3日、月次祭を執り行い親神様、教祖に御礼申し上げ人々のたすかりを願い少人数ではありましたが、喜びの心を持ち心勇んで勤めさせていただきました。
私たちはどんな天気の日でも生かされています。雨の日も風の日も晴れの日も「雨がちょくちょく降ってかなわんな〜!」「こんなに晴れて暑くてたまらんわ〜!」と言ったところで人はその日の自分の居る場所の天気を受け入れなければなりません。文句を言ったところでその日の雨が晴れに変わることはありません。また、他の人からすれば「雨が降って有難い!」「晴天が続いているお陰だ!」と同じ気候でも人の立場が違えば受け取り方も様々です。
この天候と同じ様に我々は暮らしていく中で自分にとって都合の良いことも不都合な事でも嬉しく思うことも悲しい出来事も自分にとって予期せぬ出来事は多々あります。自分のなかで受け入れ難い事でも喜び受け入れていく中で後々になって、成る程、そういう事だったのか❗️と思える日が必ずやって来ます。そして相手から自分にとって嫌なこと、心に刺さる言葉を出されてもまず、相手が何でこんな事を言うのか?を察してみましょう。人の心はそれぞれ違います。思いが違えば同じ場所に立っていても「嫌やなぁ」と感じるか「ありがたい!」と思えるのかひとは様々です。
そして自分という人間を天の神様の目線になって俯瞰することが喜びの道への第一歩かと思う次第です。

『ぬくみ』投稿が大変遅くなりましたがご報告まで。3日、いつもの月と同じように月次祭を勤めさせてもらう事ができました。本当にありがたい事です。この世はお日様の力、大地の温みによって命あるものは生かされています。日本ではこの寒い季節、お日様が当...
10/02/2021

『ぬくみ』
投稿が大変遅くなりましたがご報告まで。3日、いつもの月と同じように月次祭を勤めさせてもらう事ができました。本当にありがたい事です。

この世はお日様の力、大地の温みによって命あるものは生かされています。日本ではこの寒い季節、お日様が当たる場所は暖かくて冷えた体が和らぎほっとしますよね〜。人間はオギャーとこの世に生まれてからそれぞれの人生を歩んできた間、日常生活している時も寝ている時も深部体温37℃という温みがあるお陰で命がつながっています。それが42℃より高くなってしまうと体をつくっているタンパク質が壊れて生命が維持できなくなるそうです。また、低体温になると心臓の鼓動が弱まり、血液が体の細胞の隅々にまで行き渡らなくなり酸素欠乏となり、やはり身体を維持できなくなるそうです。人間は37℃というのが生きるための条件だといえます。熱すぎても冷たすぎても宜しくない。
ちょうど良い温みが人間生活の中でも大事かと思います。男は水の理、女性は火の理、女性が家の中を温める役割を担っています。教会に戻って来ると嫁さんがカッカカッカと怒っていると誰も寄りつきません。そりゃあそうです。女性の火の理が燃え盛っていれば火傷しますから近寄りたくても無理です。反対に水の理の旦那さんが「お前!何やっとるんや!どうしょうもない奴やな‼︎」と上から水をかければ、程よく温めてくれていた奥様の火は消えてしまい冷たい寂しい家庭になってしまいます。男は家という器に帰ったら程よく温めてくれた奥様の火の上にそっと乗っかれば良いのです。さすればちょうど良い湯加減のお風呂になることでしょう!あ〜、あの家の風呂は気持ちよさそうやな〜!私も一度入ってみたいわ〜!と周りから見られるようになれば人がより集まる良い家が出来てきます。
現在、国の重要な役をあずかる方が女性蔑視発言問題で騒ぎが起こっていますね。神様は「めまつおまつのへだてない」と仰せです。平等ではあっても役割がそれぞれあると思います。上下関係ではありません。家庭内で奥様は心を低くして置いた方が良いでしょう。何故なら水を温めたいなら上からバーナーで炙っても水は暖かくなりません。炎は下から上に向かうのです。先ほど申し上げたように男性も上から水をかけるような行為はしてはなりません。お互いが相手を理解して相手の足らんところは補いあって心低く日々過ごされる事が程よい湯加減の家庭になるのではないでしょうか。

住所

Shinagawa-ku, Tokyo

電話番号

0337816483

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