本多記念教会

本多記念教会 代官山にある本多記念教会のサイトです。
本多記念教会は日本キリスト教団に属するプロテスタントの教会です。

本多記念教会は、1953年に創立されました。

日本のプロテスタント・キリスト教は、アメリカなどから宣教師によってもたらされました。

本多記念教会は、プロテスタント教会が合同して生まれた「日本基督教団」に属していますが、18世紀のイギリスで伝道を始めたジョン・ウェスレーを指導者とするメソジスト派の流れを継承しています。

この教会は、1953年1月18日、日本メソジスト教会監督・青山学院院長を務めた阿部義宗牧師と13人の信徒によって創立されました。

当初は「渋谷氷川伝道所」と称し、渋谷区氷川町にあった青い鳥幼稚園を借りて礼拝をささげていましたが、1965年現在の地に教会堂を建設した際、青山学院、日本人初代院長、本多庸一先生を覚えて名称を「本多記念教会」としました。

同じメソジストの青山学院とも関係が深く、創立以来交流が守られています。

聖餐式はメソジストの伝統に従い「恵みの座」に跪いていただきます。

また、聖餐式に与るための洗礼式も準備会を経て随時行っております。

31/05/2026
5月24日 ペンテコステ礼拝使徒言行録2章1−13節ペンテコステ聖霊降臨の出来事とは何か。十二使徒に聖霊が降り注がれる。彼らは聖霊が語らせるままに諸国の言葉を語り出した。自分の知っている言葉ではない。自分の言葉でないものを語り出す。使命・私...
28/05/2026

5月24日 ペンテコステ礼拝

使徒言行録2章1−13節

ペンテコステ
聖霊降臨の出来事とは何か。
十二使徒に聖霊が降り注がれる。
彼らは聖霊が語らせるままに諸国の言葉を語り出した。
自分の知っている言葉ではない。
自分の言葉でないものを語り出す。
使命・私のしなければならないもの。
自分の知っている言葉を繰り返す。
自分の好み、興味関心を深掘りする。
聖書はそれを使命とは言っていない。
私にはできない。
私の役割ではない。
そう私が思っても、神が、世界が「あなたにしかそれはできない」と告げるもの。
それが使命。私のしなければならないこと。
私が自分を超えて変えられていく。
ペンテコステに起こった一つのこと。

もう一つのこと。
エルサレムで暮らしていた外国生まれの人々。
そのものたちが使徒たちの言葉を聞いて驚く。
外国生まれの人々。
ユダヤに血筋は持っている。
だが、生まれたのは外国。
そこで生まれ、そこで育つ。
そこの言葉で暮らしていた。
家族とも、親しい仲間ともその言葉で暮らしていた。
終末信仰を持つものは、生まれ育った外国を離れ、血筋のあるユダヤ、エルサレムに帰ってくる。
最後の時、神はエルサレムに暮らすものを救うと信じていたから。
生まれ故郷の言葉を捨てて、エルサレムで許される言葉で生活をしていた。
自分の過去に蓋をして、自分を隠して暮らしていた。
それがエルサレムで生きる方法、神に喜ばれる方法と信じて生活をしてきた。
使徒たちの言葉。
生まれ故郷の言葉。
隠し、捨ててきた言葉を聞く。
その言葉は神を賛美している。
隠さなくて良い、封印しなくて良い。
この私で良かったんだ。
ペンテコステに起こったもう一つのこと。

使命とは何か。
私の気が付かない「私」
本当の私がなすこと。

生きるとは何か。
私が私を捨て偽りの私になって同調をすることではない。
この私が、私を生ききること。

ペンテコステの出来事は何か。
私が私でいること。
私は私を知っているのか。
ペンテコステ
私が私に向き合う時。

5月17日 主日礼拝礼拝説教ルカによる福音書24章36〜53節復活とは何か。復活物語の中でイエスは弟子たちに語る。私は亡霊ではない。肉も骨もある、と。エデンの園。アダムが最初にエバに出会った時、「これこそ私の肉の肉、骨の骨」と言った。ユダヤ...
17/05/2026

5月17日 主日礼拝
礼拝説教

ルカによる福音書24章36〜53節

復活とは何か。
復活物語の中でイエスは弟子たちに語る。
私は亡霊ではない。
肉も骨もある、と。

エデンの園。
アダムが最初にエバに出会った時、
「これこそ私の肉の肉、骨の骨」と言った。
ユダヤ社会では人の尊厳を「肉と骨」で表す。

イエスは弟子たちに告げる。
預言の言葉を思い出せと。
「メシアを苦しみを受けた後、三日目に甦る」
「罪の赦しを世界の果てに告げる」

メシア、救い主。
人は救いを拒絶する。
勘違いであっても救いを拒絶する。
救い。
前に進みたい時、その可能性を与えてくれるもの、救い。
救いがない。
それは進めないこと。
そこに止まること。
閉じていくこと。

メシアは三日目に甦る。
救いを拒絶したとしても、その救いは、継続している。
救い終わることない。
救いが必ずある。
前に進むことが終わることはない。

私には骨と肉がある。
人の出会いの時の最初の言葉。
いつでも最初になれる。
終わりがない。

だが私たちは知っている。
この世界にあるものは全て終わりがあると。
人の命も、関係性も、国家も、物質も、宇宙も、すべて終わりがあると。
それでも聖書は語る。
終わりがない、と。
ならば私たちは考えなければならない。
「終わりがあるもの」と「終わりがないもの」がこの世界にある。
「終わりがないもの」とは何か。

「終わり」
モノの崩壊。
物質の崩れ。

人も物質でできている。
宇宙も物質でできている。
それは必ず終わる。

この世にあるものは全て物質か。
本当の私。
私の信念、私の使命。
「これが私」と私が私に納得のできるもの。
それは物質ではない。
説明、言語化ができない何か。
何かではあるがそれはちゃんとある。

私だけが分かる私。
それは終わりに支配をされないもの。
終わりのないもの。
私たちは持っている。
終わりのないものを。
復活とは何か。
私の内にある終わりのないものと出会うこと、信じること。
私が私を知る。
それは私に永遠の命があることを知ること。

5月10日 主日礼拝礼拝説教ヨハネによる福音書 21章 15〜19節復活したイエスはペテロに三度、「私を愛しているか」と尋ねる。三度、ペテロがイエスを否認したのが三度。その三度を補うかの様に、イエスは三度尋ねる。「私を愛しているか」これにペ...
10/05/2026

5月10日 主日礼拝
礼拝説教

ヨハネによる福音書 21章 15〜19節

復活したイエスはペテロに三度、「私を愛しているか」と尋ねる。
三度、ペテロがイエスを否認したのが三度。
その三度を補うかの様に、イエスは三度尋ねる。
「私を愛しているか」
これにペテロは答える。
「はい、愛しています」と。
ギリシャ語原文ではイエスとペテロがそれぞれに用いている「愛している」が異なっていることが注目されてきた。
イエスが用いる「愛」
原語ではアガパーン。
これは崇高な愛と言われてきた。
これに対してペテロの「愛」。
これはフィレオー。
友情等を表す日常的なもの。

イエスは「私をアガパーンするか」と問い、これに対してペテロは「フィレオーします」と答える。
三度、イエスを裏切ったペテロ、今更、アガパーンなどとは言えない。
自分の使えるものはせいぜいフィレオー。
それが三度、繰り返される。
三度目、イエスがペテロに尋ねたのは「私をフィレオーするか」。
イエスの方が歩み寄った、ペテロは自分が赦されたのを感じた。
と、されるのが一般的な解釈。
ただ、これだと一つの課題が残る。
三度目にイエスが「フィレオーするか」と問われた時、「ペテロは悲しくなった」と聖書は記している。
アガパーンと言いたくても言えない。
フィレオーとしか言えない。
それがイエスの方から「フィレオーするか」と問われる。
イエスが歩み寄ってきてくれたのだから「嬉しくなった」「安心した」なら話が分かる。
だが、ここでのペテロは悲しくなっている。
なぜ、ペテロは悲しくなったのか。
テキストが用いる「悲しさ」の整合性は何か。

三度聞かれた。
それが原因と聖書は記している。
同じことを三回、聞かれた。
自分の言葉が、自分が信じられていないのではないかと思い、悲しくなった。
自分がフィレオーを用いている。それはペテロには実は大した問題になっていない。
それ以前にペテロは気がついていないのではないか。
イエス様がアガパーンと言っているのに、自分がフィレオーとしか答えていないことに。
イエスとずれている。

天地の始めから神と人はずれていた。
神に似せて造られているのに、自分は神とは違うと思い込む人間。
神とずれている。
人とは何ものか。
ずれているもの。

イエスはペテロがフィレオーすると言っている1回目から3回目まで、ペテロに同じ様に接している。
「私の羊を飼いなさい」
私の大切なものをあなたに委ねる。あなたに渡す。
イエスは同じ態度をとる。
ずれている。
百も承知でペテロを信じ、ペテロに委ねている。

私たちもおそらくは同じ。
ずれている。
隣人と、世界と、神と、ずれている。
だが、それでも神は私に使命を与えている。
賜物を与えている。
分かっていて与えている。
ならばそれは決して失われない。
失われないもの。
私にだけあるもの。
それを見出し、果たしていく。
ずれているもののやるべきこと。

住所

代官山町8/2
Shibuya-ku, Tokyo
150-0034

電話番号

+81334636779

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