セブンスデーアドベンチスト東京中央教会

セブンスデーアドベンチスト東京中央教会 セブンスデーアドベンチスト東京中央教会, キリスト教会, 東京都渋谷区神宮前1-11/1, Shibuya-kuの連絡先情報、マップ、方向、お問い合わせフォーム、営業時間、サービス、評価、写真、動画、お知らせ。

東京中央教会は「温かさとやすらぎ」を大切にして皆様のお越しを心より歓迎いたします
教会へのご相談は以下のサイトでご連絡ください
http://www.sda.gr.jp/wp/contact/

英語の対話を希望される方は以下のサイトでご連絡ください
For dialogue in English, please visit the following website:
https://tokyoadventist.org/contact

12月24日(水)、クリスマスイブ礼拝を開催しました。希望の讃美歌42番「神のみ子は今宵しも」のオルガン演奏による讃美に始まり、ハンドベル演奏による讃美歌演奏、伊藤牧師によるクリスマスメッセージ、キャンドルサービス等を通してイエス様の誕生を...
26/12/2025

12月24日(水)、クリスマスイブ礼拝を開催しました。
希望の讃美歌42番「神のみ子は今宵しも」のオルガン演奏による讃美に始まり、ハンドベル演奏による讃美歌演奏、伊藤牧師によるクリスマスメッセージ、キャンドルサービス等を通してイエス様の誕生をお祝いするすばらしいひと時でした。

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年12月24日 クリスマス・イブ礼拝

12月13日(土)、ファミリークリスマスで上演された、当教会有志「グルテン座」による劇「遅れてきた博士」をYouTubeにアップしました。聖書(マタイによる福音書2章1~12節)の「東方からベツレヘムに来た3人の博士たち」の物語に基づくもの...
26/12/2025

12月13日(土)、ファミリークリスマスで上演された、当教会有志「グルテン座」による劇「遅れてきた博士」をYouTubeにアップしました。
聖書(マタイによる福音書2章1~12節)の「東方からベツレヘムに来た3人の博士たち」の物語に基づくものです。

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年12月13日上演 ファミリークリスマス「遅れてきた博士」 グルテン座

19/10/2025

先週のサントリーホールでの公演に続き、昨日2025年10月18日と本日10月19日、東京・渋谷のNHKホールで、SDA教会信徒でNHK交響楽団・桂冠名誉指揮者の巨匠ヘルベルト・ブロムシュテットさんが指揮をされる定期演奏会Aプログラムが開催されました。

曲目は聖書の詩篇をモチーフとした2曲(ストラビンスキー、メンデルスゾーン)で、N響・ソリスト3名と39名のスウェーデン放送合唱団によるすばらしい演奏と合唱でした。特に2曲目のメンデルスゾーン「讃歌」は本当にすばらしく、第8曲のコラールが教会員にはなじみのあるSDA讃美歌110番(日本基督教団讃美歌2番)「いざやともに」の旋律で、公演の様子は11/16(日)21時からNHK-Eテレで放送予定です。

ブロムシュテットさんは歩行器を押しながらお元気そうに登場され、98歳とは思えないはつらつとした指揮ぶりで、終演後も、満席の観客から万雷の拍手が鳴り止みませんでした。

本日のx(旧ツイッター)には「98歳ブロムシュテット指揮でN響定期公演 詩篇テーマの宗教音楽が感動呼ぶ」という見出しで400名を超える多数の投稿がされています。
https://x.com/i/trending/1979528319470059897

コロナに罹患しないよう今年は安息日(土曜日)の当教会国際部への礼拝出席は自重されるとのことですが、まだ今月、NHKホールでのCプログラムが予定されており、ご健康が支えられるように心からお祈りしています。
#ブロムシュテット  #クラシック音楽  #メンデルスゾーン

2025年7月21日(月・祝)、夏休み子ども聖書学校(VBS)で、グルテン座(当教会の有志メンバー)によりVBS 劇「少年ダビデ」 が上演されました。
03/08/2025

2025年7月21日(月・祝)、夏休み子ども聖書学校(VBS)で、グルテン座(当教会の有志メンバー)によりVBS 劇「少年ダビデ」 が上演されました。

2025/7/21上演

NHK交響楽団桂冠名誉指揮者でセブンスデーアドベンチスト教会の信徒であるヘルベルト・ブロムシュテットさんは、昨日、98歳の誕生日を迎えました。昨年に続き、今年10月にはNHK交響楽団の定期演奏で来日され、安息日(土曜日)には当教会の国際部の...
12/07/2025

NHK交響楽団桂冠名誉指揮者でセブンスデーアドベンチスト教会の信徒であるヘルベルト・ブロムシュテットさんは、昨日、98歳の誕生日を迎えました。

昨年に続き、今年10月にはNHK交響楽団の定期演奏で来日され、安息日(土曜日)には当教会の国際部の礼拝に出席されますが、3年前の転倒・入院・リハビリ後の復帰やその後の体調維持の陰に、日々の並々ならぬ努力があることが推察されます。

NHK交響楽団のホームページの解説にある通り、今回の定期演奏会のAブログラムで演奏される2つの作品が旧約聖書の詩篇に基づくものであることや、彼がメンデルスゾーンの『讃歌』を90歳近くになってから研究し始め共感を抱くようになったことは注目に値します。

生涯現役を続けるブロムシュテットさんが無事に来日され、体調が支えられるように心からお祈りしています。

今年98歳になる桂冠名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットが登場。N響を愛してやまないマエストロは、昨年秋も長旅の疲れを感じさせず、6回のコンサートを完遂した。2025年の年明けには、72歳の“若手”指揮者の代役.....

【礼拝説教の要約】2025年7月5日(土)の礼拝説教者は、当教会の松本 裕喜 牧師です。 「イエス様が病人を癒し食物をお与えになるのを見て、人々は、彼がイスラエルをローマ人の支配から解放してくれる人だと思うようになりました。ペテロもその意味...
05/07/2025

【礼拝説教の要約】2025年7月5日(土)の礼拝説教者は、当教会の松本 裕喜 牧師です。

「イエス様が病人を癒し食物をお与えになるのを見て、人々は、彼がイスラエルをローマ人の支配から解放してくれる人だと思うようになりました。ペテロもその意味で、イエス様はメシア(救い主)ですと信仰を告白しました(*1)。しかしそれはイエス様の本来の目的とは異なる不完全なものでした。

イエス様はご自分のことを誰にも話さないようにペテロを戒められました。そうでないと、イエス様の本来の目的(人を罪から救うこと)が理解されず、彼が命を狙われるようになるからでした。では、私たちは不完全な信仰のままなら伝道をしない方がいいでしょうか。

誰もが不完全な信仰を持っています。けがれた霊にとりつかれた娘を癒してほしいと望んだ父親が「できることならお救いください」とイエス様に願ったのも不完全な信仰です(*2)。神様には不可能なことはないということを私たちはどこまで愚直に信じているでしょうか。

日本基督教団のある牧師は、アブラハムが老齢で子どもが授かると神様から言われた時に笑ったこと(*3)や少子化の現状について「信じますと言いながら、伝道など進展するわけがないと思っているという現実が多くの教会にあります。伝道が進まないことや少子化の原因は私たちにあるのです。」と述べています。

イエス様は「信じる者にはなんでもできる」とおおせになりました(*4)。つまり、自分の心が神様によって造り変えられることを心底信じているかが問われているのです。

上記の父親は「信じます。信仰のない(信じたいと思っても疑ってしまう)私をお助けください」と述べました。そしてイエス様は彼の娘から悪霊を追い出すことによって彼にお応えになりました。私たちの信仰告白は完全なものではありません。しかし、それは信仰の成長の途中でなされるものです。

パウロも、自分が完全になったというのでなく、なんとかして完全になろうと追い求めている(*5)、そして、その成長の過程でイエス様の愛に満たされるように(*6)と述べています。私たちが今、信仰に与(あずか)っているのも、不完全ながらも信仰の先人が信仰を告白してきたからに他なりません。

イエス様は十字架上での想像を絶する苦しみの先に、私たち人間が罪から救われ永遠の命を与えられることをご覧になっていました。私たちが信仰生活において色々と悩みながらも神様との交わりのうちに練られ成長する過程でなされる信仰告白こそ、神様が生きて働いておられることの証拠なのです。」

(*1)マルコによる福音書 8章29節
(*2)マルコによる福音書 9章22節
(*3)創世記 17章17節
(*4)マルコによる福音書 9章23節
(*5)ピリピ人への手紙 3章12節
(*6)エペソ人への手紙 3章19節

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年7月5日 礼拝聖書朗読: マルコによる福音書 8章27~34節/開会讃美:希望の讃美歌73番/子どもの話:千波 郁也 兄/説教:「信仰告白は、いつも不完全」 松本 裕喜 牧師(.....

22/05/2025

担当者都合により礼拝説教要約はしばらくの間、不定期とさせていただきます。
ご覧いただいている皆様には大変恐れ入りますが、ご了承くださいますようお願い申し上げます

【礼拝説教の要約】2025年5月10日(土)の礼拝説教者は、柴田 俊生 牧師(教団総務局長)です。 「マルコによる福音書7章24~30節には、幼い娘から悪霊を追い出してほしいと必死にイエス様に懇願したカナンの女性のことが書かれています。子ど...
10/05/2025

【礼拝説教の要約】2025年5月10日(土)の礼拝説教者は、柴田 俊生 牧師(教団総務局長)です。

「マルコによる福音書7章24~30節には、幼い娘から悪霊を追い出してほしいと必死にイエス様に懇願したカナンの女性のことが書かれています。子どものために、あるいは誰かのために祈り続けることから何かが生まれてくるものがあるのです。

イギリスの物理学者・ミカエル・ファラデーは敬虔なクリスチャンで、母親のほほに伝わる涙は科学的には単なる少量の塩分と水分に過ぎないが、科学では分析できない尊い深い愛情がこもっていることを忘れてはいけないと学生に語りました。

ある母親が、太平洋戦争が終わってから17人の子どもがいることで表彰された時、戦争でもう一人の子どもを戦争で亡くしたことを、涙を浮かべて話しました。イエス様も100匹の羊のうち1匹が行方不明になったら必死に探すことを話されました。

スコットランドの大学教授だったジョージ・ウィルソンには人を惹きつける魅力がありました。それは、毎晩、彼の母親が自分のために一生懸命祈る祈りのおかげでした。

朝鮮戦争で連合軍の兵士が負傷して誰も助け出すことができなかった時、ある若い兵士が9時まで待ち、銃弾が飛び交う中、勇敢にその負傷兵を助け出しました。それは彼の母親が毎日9時に彼のために祈っていたからでした。

マルコによる福音書27章4節では、カナンの女性はユダヤ人であるイエス様から表面上、冷たい対応をされます。当時のユダヤ人は外国人との間に壁があり外国人を蔑視していました。しかし彼女は決してあきらめませんでした。その結果、彼女の娘はいやされました。

私たちにはどういう壁があるでしょうか。イザヤ書には私たちの罪が神様との隔ての壁になっていることが書かれています。しかしイエス様はどういう壁があっても、手を広げて私たちを招いておられます。

山上の説教には「求めなさい、そうすれば与えられるだろう」という有名な言葉があります。これは、時間はかかっても天の父が求める者によいものをお与えになることを示しています。

私たちはイエス様に救いを求めるならば必ず神様を見出すことができるという力強い約束を与えられているのではないでしょうか。私たちも、このカナンの女性と同じように、イエス様に頼り、イエス様にある平安を心に抱き、イエス様の再臨を待ち望みたいと思います。」

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年5月10日 礼拝聖書朗読: イザヤ書 49章15節/開会讃美:希望の讃美歌128番/子どもの話:柴田 俊生 牧師(教団総務局長)/説教:「ある母親の信仰」 柴田 俊生 牧師/閉会....

【礼拝説教の要約】2025年5月3日(土)の礼拝説教者は、伊藤 裕史 牧師です。 「今日の聖書朗読の聖句、マタイによる福音書6章5~8節には祈りについてイエス様がお教えになったことが書かれてあります。祈りの大切さについては教会員の方々はよく...
03/05/2025

【礼拝説教の要約】2025年5月3日(土)の礼拝説教者は、伊藤 裕史 牧師です。

「今日の聖書朗読の聖句、マタイによる福音書6章5~8節には祈りについてイエス様がお教えになったことが書かれてあります。祈りの大切さについては教会員の方々はよくご存じだと思います。

祈りは単なる知識や思想とは異なり、天の父なる神様に心を向けて神様と交わることであり、祈る時には人に見せるためにしないようにとマタイによる福音書6章5~6節には書かれてありますが、人前かどうかに関係なく、隠れた所においでになる神様に心を向けて祈ることが重要です。

そしてイエス様はマタイによる福音書6章7~8節で、神様は私たちが祈る前から私たちの必要をご存じであり、祈る場合、言葉かずが多い祈りはしないようにとお教えになりました。

私たちの祈りは、自分の思い通りに神様を動かそうとするものではありません。祈りの中で私たちを愛してくださっている神様との交わりを喜び楽しむのです。私たちをこよなく愛してくださる神様に大胆に近づき、神様との間合いをもっと密接なものにしていきたいと思います。」

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年5月3日 礼拝聖書朗読: マタイによる福音書 6章5~8節/開会讃美:希望の讃美歌139番/子どもの話:村﨑 由里 姉/特別讃美:スパローズ 「“「われに来よ」と主はいま”...

【礼拝説教の要約】2025年4月26日(土)の礼拝説教者は、弥永 真生 長老です。 「神様がどういう方なのかと考えることがしばしばありますが、十戒の一つである安息日の戒めをなぜ守るべきなのかについては、出エジプト記では万物の創造の記念日であ...
26/04/2025

【礼拝説教の要約】2025年4月26日(土)の礼拝説教者は、弥永 真生 長老です。

「神様がどういう方なのかと考えることがしばしばありますが、十戒の一つである安息日の戒めをなぜ守るべきなのかについては、出エジプト記では万物の創造の記念日であるから、申命記ではイスラエルの民が奴隷状態から解放された記念日であるからとされています。

そして、神様は人類を創造されただけでなく、ご自身が人間の姿を取られ人類を罪から救う働きをしてくださったと私たちは信じています。イエス様は今は地上におられませんが、神様は常に私たちとともにいてくださるというのが聖書のメッセージの一つだと思います。

創世記ではアダムとエバは顔と顔を合わせて神様に接する機会がありました。また、出エジプト記ではイスラエルの民は荒野の民の生活において火の柱と雲の柱に導かれる機会がありました。

現代に生きる私たちには、火の柱や雲の柱を見る機会はありませんが、イエス様が現実に地上に来てくださったという史実が、神様が私たちともにいてくださるということを教えているように思います。

悩みや苦しいことがある時、私たちは神様がともにいてくださらないという印象を受けがちですが、神様はどんな時でも私たちとともにいてくださいます。実際に聖書を読むと、多くの箇所で神様が私たちとともにいてくださることを約束されていると気づかされます。

イザヤ書41章と43章には、神様が私たちを守り助け強めてくださることが書かれてあり、ダニエル書6章にはダニエルの3人の仲間が炉の火の中に投げ込まれた際、第4の人、つまりイエス様がともにいてくださり3人を火から守ってくださったことが書かれています。

また、創世記28章には神様がヤコブとともにいてくださることが書かれてあり、詩篇23篇にも神様が私たちともにいてくださることが書かれています。列王記下6章には預言者エリシャがシリヤの王の軍勢に囲まれた時、目に見えない大勢の火の馬と火の戦車がエリシャを守ってくれたことが書かれています。

私たちには到底解決できないと思われる時でも、私たちの目には見えなくても神様は私たちとともにいてくださるのです。

アフリカの探検家だったリビングストンは「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」というイエス様の言葉を心の支えとし、最も信義を重んじる紳士の言葉として信じていました。私たちにとってもイエス様は最も信義を重んじる紳士であり、私たちを救うために再び来てくださることを信じて毎日を歩んでいきたいと思います。」

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年4月19日 礼拝聖書朗読: マタイによる福音書 28章20節(下句)/開会讃美:希望の讃美歌125番/子どもの話:北林 峻 兄/特別讃美:聖歌隊 「“アヴェ・ヴェルム・コルプス...

【礼拝説教の要約】2025年4月18日(土)の礼拝説教者は、松本 裕喜 牧師です。 「今日の説教のタイトルは「正直なところ、どうなの?」という問いをカジュアルに言い替えたもので、相手に対して心を開いており、また、これを言ったら相手はあまりい...
19/04/2025

【礼拝説教の要約】2025年4月18日(土)の礼拝説教者は、松本 裕喜 牧師です。

「今日の説教のタイトルは「正直なところ、どうなの?」という問いをカジュアルに言い替えたもので、相手に対して心を開いており、また、これを言ったら相手はあまりいい思いをしないだろうなという内容かもしれませんが、神様はあえて私たちにそう問われていると思います。

ルカによる福音書14章には、安息日に人をいやすことの是非、そして婚宴や晩餐(=天国、永遠の命)に招かれた時について記されています。イエス様はこの宴会のたとえを通して「正直なところ、私たちの本当の関心事は何ですか」ということを問うておられます。

イエス様を十字架につけることを決定づけた重要人物であるピラトも、同じ問いをイエス様から投げかけられました。ピラトは立場上、難しい判断を迫られましたが、結局、自分の権力を手放さず、イエス様がお示しになった真理を受け入れませんでした。

私たちも、安息日や謙遜の大切さを学び、招きを受けながらも、真理とこの世の事情との間に板ばさみになることはないでしょうか。またイエス様ご自身も十字架につけられる直前に、人類の罪を背負って死を受け入れるかどうか、想像を絶する苦悩を経験されました。

イエス様が人類の罪の犠牲となることを決心してくださったのは、神様のご計画だから仕方ないということではなく、ご自身の十字架の死によって人類が救われるという未来をご覧になり、何よりも私たち人類を愛してくださったからに他なりません。

聖書の真理とこの世の間で揺れ動く私たちが神様の御心(みこころ)に従うことを選び取るのは、神様を愛する心による他はないのではないでしょうか。神様は私たちに対し、あなたはどのように生きていきたいかと問われます。

その一方で私たちには、神様の御心を知り福音のすばらしさを認めながらも、従うことができない弱さがありますが、あきらめてはなりません。その弱さをも神様に明け渡した上で、教会で互いに励まし合い、祈り合っていこうではありませんか。」

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年4月19日 礼拝聖書朗読: ルカによる福音書 14章15~24節/開会讃美:希望の讃美歌112番/子どもの話:新田 聡 兄/説教:「ぶっちゃけ、どうなの?」 松本 裕喜 牧師/閉会.....

2025年4月11日(土)の礼拝説教者は、マーク・デュアート 名誉牧師です。 「英雄は何千年も前から存在していますが、想像上のものと現実のものがあります。しかし、真の英雄は他の人を助けるために自分を脇に置く人です。英雄と言う言葉は原語のギリ...
12/04/2025

2025年4月11日(土)の礼拝説教者は、マーク・デュアート 名誉牧師です。

「英雄は何千年も前から存在していますが、想像上のものと現実のものがあります。しかし、真の英雄は他の人を助けるために自分を脇に置く人です。英雄と言う言葉は原語のギリシア語では保護者、防御者を意味します。

聖書の英雄たちはその行いによって神様に栄光を帰しましたが、ごく普通の一般人であり、かつ偉業を成し遂げた人たちでした。彼らは神様への信仰によって不可能と思えることをなし遂げたのです。今日はその中の一人であるエレアザルについてです。

サムエル記下巻23章8~12節には神様のお力によってエレアザルが800人の邪悪な異教徒に勝利した記録があります。エレアザルは手をつるぎから絶対に離しませんでした。彼には超人的な力があったわけではありませんが、大変な勇気を持っていました。

エレアザルの経験は私たちに勇気を与えてくれます。現在、教会は非常に多くの困難に直面していますが、死にゆく人々に伝えるべき使命を持っています。御霊(みたま)の剣である聖書のみ言葉は、善と悪の闘いにおいて私たちを守り防御してくれます。

現代は神様でなく人間に注意を向ける誘惑が多くあり、やがて試みの時も来ますが、そういう時、聖書のみ言葉をしっかりと心に留めて祈る必要があります。神様はそのような人を決して離しません。そして、私はすぐに来ると約束されているのです。」

セブンスデー・アドベンチスト東京中央教会 2025年4月12日 礼拝聖書朗読: ヘブル人への手紙 3章6節/開会讃美:希望の讃美歌29番/子どもの話:千先 稜 兄/説教:「手がつるぎについて離れなくなった男」 マーク・デュア...

住所

東京都渋谷区神宮前1-11/1
Shibuya-ku, Tokyo
150-0001

電話番号

+81334021517

ウェブサイト

アラート

セブンスデーアドベンチスト東京中央教会がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

事業に問い合わせをする

セブンスデーアドベンチスト東京中央教会にメッセージを送信:

共有する

カテゴリー