玉川キリスト教会

玉川キリスト教会 二子玉川で年35。玉川キリスト教会は、聖書信仰と地域に根ざしたプロテスタント教会です。

玉川キリスト教会は、日本バプテスト教会連合に所属する、プロテスタントの教会です。
1989年、二子玉川駅前のビルを間借りして礼拝が始まりました。
2004年からは、二子玉川商店街の中にある現在の会堂で教会の活動をしています。
牧師:福井誠

【シーズン6】詩篇137篇をわかりやすく解説 忘れないという信仰1.導入 人生には、理不尽な出来事があります。失ったものがあまりにも大きいとき、人は現実を受け入れようと努力します。しかし、それだけでは整理できない悲しみや怒りが残ることもあり...
07/09/2026

【シーズン6】詩篇137篇をわかりやすく解説 忘れないという信仰

1.導入 人生には、理不尽な出来事があります。失ったものがあまりにも大きいとき、人は現実を受け入れようと努力します。しかし、それだけでは整理できない悲しみや怒りが残ることもあります。そのようなとき、人は何を支えにして生きればよいのでしょうか。 故郷を失い、異国で暮らすことになったイスラエルの人々も同じでした。詩篇137篇は、深い喪失を経験した人々が、その悲しみを見つめながらも、なお神の約束を忘れまいとした歌です。 2.本篇の歴史的・文学的文脈 詩篇137篇の背景にはバビロン捕囚があります。紀元前586年、エルサレムは陥落し、神殿は破壊され、多くのユダの民がバビロンへ連れ去られました。この詩は、その捕囚体験そのもの、あるいはその記憶から生まれた共同体の嘆きの詩です。 構成は三つの部分から成ります。1〜4節は捕囚の悲しみ、5〜6節はエルサレムを忘れないという誓い、7〜9節は神の正義を求める祈りです。悲しみから始まり、忠誠の告白を経て、神への訴えへ進む流れになっています。 3.本篇の流れ では、本篇の内容を見てまいりましょう。 1〜4節「異国の地で流した涙」 詩人たちはバビロンの川のほとりに座り、シオンを思い出して泣いています。捕らえた人々は「シオンの歌を歌え」と求めますが、彼らは「どうして異国の地で主の歌を歌えるだろうか」と答えます。ここには、故郷も神殿も失った民の深い悲しみと苦悩が描かれています。 5〜6節「エルサレムを忘れない誓い」 悲しみの中で、詩人は強い誓いを語ります。もしエルサレムを忘れるなら右手が動かなくなってもよい、もしエルサレムを思い出さないなら歌えなくなってもよいと言うのです。ここでのエルサレムは単なる故郷ではありません。神殿があり、礼拝が行われ、神との契約が示されていた場所です。捕囚の現実の中にあっても、自分たちの信仰の中心だけは失わないという決意が表れています。 7〜9節「主よ、覚えていてください」 続いて詩人は神に向かって「覚えてください」と祈ります。エルサレム陥落の日にエドムが都の破壊をあおったこと、そしてバビロンが行ったことを神の前に訴えるのです。最後は激しい言葉で終わりますが、それは自ら復讐を宣言しているのではありません。自分たちの手ではなく、神の正義に最終的な裁きを委ねる祈りなのです。 4.本篇の読み方 詩篇137篇は、最後の9節だけが注目されることがあります。しかし本篇の中心は復讐の願いではありません。むしろ繰り返される「覚える」という主題にあります。 詩人たちはシオンを思い出して泣き、エルサレムを忘れないと誓い、最後には神に「覚えてください」と祈ります。つまりこの詩は、悲しみの中で何を忘れないのかを問う詩なのです。捕囚の民は現実を否定していません。国が滅びたことも、神殿を失ったことも認めています。しかし、それが神の約束の終わりだとは考えませんでした。だからこそ彼らはエルサレムへの忠誠を告白し、神が歴史の中で働かれることを願い続けたのです。 5.現代の私たちへの適用 現代では、不条理な出来事に出会うと、その現実に適応することが大切だと語られます。それは確かに必要なことです。しかし詩篇137篇は、それだけではない視点を示しています。捕囚の民は現実から目を背けませんでしたが、現実を最終結論にもしていませんでした。 彼らは悲しみも怒りも抱えたまま、エルサレムを忘れず、神の約束を忘れず、「主よ、覚えてください」と祈りました。そこには、今見えている状況がすべてではないという信仰があります。 これは個人だけの話ではありません。教会もまた、失望や停滞、傷つきや分裂を経験することがあります。そのような時、ただ現状に適応することだけが信仰ではありません。失われたものを悲しみながらも、神がなおご自分の民を導かれるという約束を忘れないことも信仰なのです。 私たちは苦しい現実に向き合うとき、目の前の状況だけを見ているでしょうか。それとも、その現実の向こうにある神の約束をなお覚えているでしょうか。 では、また明日。©Dr. Makoto このWEB版は広告を掲載せず、どなたでも無料で読めるようにしています。もしこの聖書解説が皆さまの信仰生活のお役に立っているなら、この働きをお祈りとご支援によって支えていただければ幸いです。✅ 最新音声は無料で公開しています✅ 過去の音声アーカイブはYouTubeメンバーシップでご利用いただけます✅ 月290円から応援いただけます➡ メンバーになる 【Season 6】Psalm 137 Explained Simply: Faith That Refuses to Forget 1. Introduction Life sometimes brings events that feel deeply unfair. When the loss is too great, people try to accept reality and move forward....

1.導入 人生には、理不尽な出来事があります。失ったものがあまりにも大きいとき、人は現実を受け入れようと努力し…

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06/09/2026

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【今日のポイント】 #聖書 #詩篇137篇 #忘れないという信仰 失ったものが大きすぎると、今見えている現実がすべてに思えてきます。け...

【シーズン6】詩篇136篇をわかりやすく解説  神の忠実さを語るリズム1.繰り返される独特のリズム 詩篇136篇は、読むだけでも独特なリズムを感じる詩です。26節すべてに「その恵みはとこしえまで」という言葉が繰り返されます。この反復のために...
06/09/2026

【シーズン6】詩篇136篇をわかりやすく解説  神の忠実さを語るリズム

1.繰り返される独特のリズム 詩篇136篇は、読むだけでも独特なリズムを感じる詩です。26節すべてに「その恵みはとこしえまで」という言葉が繰り返されます。この反復のために、単調な詩のようにも見えます。しかし実際には、この繰り返しこそが詩篇136篇の中心です。詩人は、神のなさった一つ一つの出来事を思い出しながら、そのすべてに共通する意味を示そうとしています。それが「主の恵みはとこしえまで」という告白なのです。 2.本篇の歴史的・文学的文脈 この詩篇は礼拝の中で用いられた感謝の賛美歌と考えられています。司会者が神の御業を語り、会衆が「その恵みはとこしえまで」と応答したのかもしれません。ユダヤ人の伝統では「大ハレル」と呼ばれ、特別な礼拝で重んじられてきました。 内容を見ると、イスラエルの歴史全体が簡潔にまとめられています。神は天地を創造され、エジプトから民を救い出し、荒野を導き、約束の地を与え、さらに現在も人々を養っておられる。その歴史の要約が、この一篇の中に収められているのです。 3.本篇の流れ 1〜3節「感謝への招き」 まず「主」「神々の神」「主たちの主」という三重の称号によって、神への感謝が呼びかけられます。 4〜9節「創造の御業」続いて、天と地、太陽、月、星々の創造が語られます。歴史が始まる前から働いておられる世界の創造主が示されます。 10〜15節「出エジプト」エジプトからの救いと葦の海のできごと、さらに荒野での導きが振り返られます。 17~22節「約束の成就」シホンとオグへの勝利、そしてイスラエルの土地相続の出来事が語られます。神の約束が具体的な歴史の中で実現したことが強調されます。 23~26節「現在の養いと結び」ここから視点が現在に移り、神が民を顧み、救い出し、すべての生き物を養っていることが語られます。そして再び感謝の呼びかけで締めくくられます。 本篇の読み方 この詩篇を理解する鍵は、「恵み」という言葉です。ここでの恵みは、単なる優しい気持ちや感情的な愛ではありません。神が契約に忠実であり続けること、どんな時代にも御自分の民を見捨てないことを意味しています。 そのため詩篇136篇は、奇跡の一覧表ではありません。創造も、出エジプトも、荒野の導きも、土地の相続も、現在の養いも、それぞれ別々の出来事として並べられているのではなく、「神の変わらない恵み」の証拠として並べられています。 詩人は歴史の出来事そのものではなく、その背後で一貫して働いている神の忠実さを見ているのです。 現代の私たちへのメッセージ 私たちは神に感謝するとき、目の前の祝福だけを数えがちです。しかし詩篇136篇は、もっと大きな視点へと私たちを招きます。 神の恵みは、良い出来事があった時だけ存在するのではありません。人生全体を振り返ったとき、導き、支え、養い続けてくださった神の忠実さとして見えてくるものです。 この詩篇は、神の民が過去を忘れないように歴史を歌いました。同じように私たちも、自分の人生と信仰の歩みを振り返りながら、「その恵みはとこしえまで」と告白するよう招かれています。 創造の時から歴史を導き、今も人々を養っておられる神は変わりません。詩篇136篇は、目の前の状況を超えて、神の変わらない契約的な愛と忠実さを見つめ続けるよう、私たちを励ましているのです。 Psalm 136 Explained Simply: Seeing Unchanging Grace in History The Flow Verses 1–3: An Invitation to Give Thanks First, the people are called to thank God through three titles: “the Lord,” “the God of gods,” and “the Lord of lords.”...

1.繰り返される独特のリズム 詩篇136篇は、読むだけでも独特なリズムを感じる詩です。26節すべてに「その恵み…

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05/09/2026

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【今日のポイント】目の前に良い出来事がないと、感謝する理由まで失ったように感じます。けれども、人生全体を振り返ると、何が見えてくるので...

【シーズン6】詩篇135篇をわかりやすく解説 なぜ主をほめたたえるのか1.礼拝で賛美が歌われるわけ キリスト教会の礼拝に参加すると賛美歌が歌われます。それは自分の気持ちを高めるために歌われるのか、場の雰囲気を盛り上げるために歌われるのか。皆...
05/09/2026

【シーズン6】詩篇135篇をわかりやすく解説 なぜ主をほめたたえるのか

1.礼拝で賛美が歌われるわけ キリスト教会の礼拝に参加すると賛美歌が歌われます。それは自分の気持ちを高めるために歌われるのか、場の雰囲気を盛り上げるために歌われるのか。皆さんはどう思われますか。詩篇135篇は、その問いに答えるもので、なぜ神へ賛美をささげるのかが語られています。 2.本篇の歴史的・文学的文脈 詩篇135篇は賛美詩です。神殿礼拝で共同体が用いた賛歌だと考えられています。 この詩の特徴は、旧約聖書の多くの箇所を引用しながら構成されていることです。出エジプトの物語、申命記の伝承、詩篇115篇の偶像批判などが再び用いられています。そのため、一つの出来事だけでなく、イスラエルの信仰の記憶全体を振り返る構成になっています。 また、詩篇136篇とも主題が近く、神の創造と救いの御業を賛美する流れの中に置かれています。研究者の間では、後の時代に礼拝用として編集された可能性が高いと考えられていますが、詩全体の主題は一貫しています。それは、主が創造と歴史を支配し、ご自身の民を選ばれた方であるということです。 3.本篇の流れ では、本篇の内容を見てまいりましょう。 1〜4節「礼拝への招き」 詩は「ハレルヤ」で始まります。主のしもべたちに向かって、主をほめたたえるよう呼びかけています。 その理由として語られるのが、主のいつくしみと選びです。主はヤコブを選び、イスラエルをご自身の宝とされました。この賛美は、感情的な思いから始まるのではありません。神が民に対してなさった御業に基づいています。 5〜7節「天地を支配する主」 続いて、イスラエルを選ばれた神がどのようなお方なのかが語られます。 主はすべての神々にまさる方です。天と地、海と深淵を支配し、雲や雨、風までも治められます。ここで詩人は、主の主権がイスラエルだけでなく、被造世界全体に及ぶことを示しています。 8〜14節「歴史の中で働かれた主」 天地を支配される神は、歴史の中でも働かれます。 詩人は、エジプトへの裁き、出エジプト、諸王への勝利を順に振り返ります。そして、主が約束の地をイスラエルに相続地として与えられたことを語ります。 主の偉大さは、抽象的な理念ではありません。歴史の中で示された具体的な御業によって明らかにされています。 15〜18節「偶像との対比」 ここで視点が大きく変わります。 異邦の民の偶像は、人の手による作品にすぎません。口があっても語れず、目があっても見えず、耳があっても聞けません。 この段落の目的は、偶像そのものに注目することではありません。これまで語られてきた主との違いを示すことにあります。創造し、救い、歴史の中で働かれる主と、人が作った偶像との違いが強調されています。 19〜21節「共同体の応答」 最後に、賛美への呼びかけが再び響きます。 対象は、イスラエルの家、アロンの家、レビの家、そして主を恐れる者たちへと広がります。詩の冒頭で始まった礼拝への招きは、共同体全体の賛美によって締めくくられます。 4.本篇の読み方 この詩の中心は、主が創造と歴史の両方を支配し、ご自身の民を選び、救われたゆえに、賛美されるべき方であるという宣言です。 冒頭では神の選びが語られます。続いて、創造世界に対する主権が示されます。そして、出エジプトから土地の相続までの救済史が振り返られます。その後に偶像との対比が置かれ、最後に共同体全体の賛美へと至ります。 偶像が批判されていますが、それが中心ではありません。中心にあるのは、主が実際に行われた創造と救いの御業です。偶像との対比は、その主の偉大さを際立たせる役割を果たしています。 5.私たちへのメッセージ 礼拝では賛美歌を歌います。それは、私たちの気分がよいからでも、気分を高めるためでもありません。詩篇135篇が示すとおり、神の選び、神の支配、そして神が歴史の中でなされた御業を静かに思い巡らすとき、自然に起こり、ささげられるものです。 しかし、神に根拠を置くのではなく、自分に根拠を置いてささげられる賛美もあります。今日はメッセージを聞いて感動した、皆の賛美がよかった、だから気持ちよく歌えた。このような考えは、聖書が語っていることとは異なります。また、今日は疲れている、気分が乗らない、だから礼拝をささげる気にならない。これも、聖書が語っていることとは異なります。 詩篇135篇は、私たちの気分や状況ではなく、神がどのようなお方であり、何をなさったのかに目を向けさせます。私たちの賛美は、自分自身を見つめるところから始まっているのでしょうか。それとも、創造と歴史の中で働かれた主を見上げるところから始まっているのでしょうか。では、また明日。©Dr. Makoto 【Season 6】Psalm 135 Explained Simply: Why Do We Praise the Lord? Why Praise Is Sung in Worship When you join a Christian worship service, people sing hymns and songs of praise....

1.礼拝で賛美が歌われるわけ キリスト教会の礼拝に参加すると賛美歌が歌われます。それは自分の気持ちを高めるため…

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04/09/2026

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【今日のポイント】礼拝で歌っていても、心がついてこない日があります。けれども、賛美は気分から始まるものなのでしょうか。詩篇135篇が語...

【シーズン6】詩篇134篇をわかりやすく解説 礼拝は誰によって支えられているのか1.礼拝を支える人々 私たちは礼拝を終えると、自然に家路につきます。それが毎週繰り返されます。しかし、礼拝が続けられるよう、見えないところで働いている人々のこと...
04/09/2026

【シーズン6】詩篇134篇をわかりやすく解説 礼拝は誰によって支えられているのか

1.礼拝を支える人々 私たちは礼拝を終えると、自然に家路につきます。それが毎週繰り返されます。しかし、礼拝が続けられるよう、見えないところで働いている人々のことを考える機会は、あまり多くないのではないでしょうか。礼拝に集まる人は目に入りやすい一方で、それを支える働き人の存在は見えにくいものです。詩篇134篇は、そんな見えにくい働きに気づかせてくれる短い詩です。 2.本篇の歴史的・文学的文脈 詩篇134篇は、「都上りの歌」の最後に置かれています。巡礼者たちがエルサレムの神殿での礼拝を終え、それぞれの町へ帰る場面を背景としていると考えられます。 ここで呼びかけられているのは、「夜ごとに主の家に立つ者たち」です。これは、神殿で仕える祭司やレビ人を指すと理解するのが自然です。当時の祭司たちは、朝夕に全焼のささげ物をささげ、香をたき、民のために祈り、さまざまな祭儀を執行しました。つまり、神殿での主な活動は昼間に行われていたのです。一方で夜も、神殿の警護や門の管理、整備などの働きは続いていました。 3.本篇の流れ では、本篇の流れを見てまいりましょう。 1~2節「主をほめたたえるよう呼びかける」 巡礼者たちは、神殿で仕える人々に向かって、「主をほめたたえよ」と語りかけます。特に、夜の奉仕に当たる者たちに目が向けられています。そして、手を上げて主を礼拝するよう招いているのです。 3節「主からの祝福が告げられる」 すると今度は、呼びかけの方向が逆になります。祭司たちから巡礼者へ、「天地を造られた主がシオンからあなたを祝福されるように」と祝福が返されます。人から神への賛美と、神から人への祝福が結び合わされて、この詩は閉じられます。 4.本篇の読み方 この詩の中心は、3節の祝福だけではありません。1~2節と3節を合わせて読むことが大切です。 人々は神をほめたたえ、神は人々を祝福される。その祝福のやりとりこそが、本篇の中心です。また、ここでは巡礼者だけでなく、神殿を支える奉仕者たちにも目が向けられています。礼拝は一部の人だけのものではなく、共同体全体によって保たれているのです。 5.私たちへのメッセージ 礼拝は、参加するだけの場ではありません。私たちは時に、自分がどれだけ恵まれるかに関心を向けがちです。しかし詩篇134篇は、礼拝を支える人々の存在を覚えるよう促しています。実際、礼拝は参加者だけで成り立つものではありません。毎週の礼拝の背後には、祈り、準備し、奉仕する人々がいます。神をほめたたえる者たちと、その礼拝を支える奉仕者たちが共に主の前に立つことで、礼拝は保たれているのです。そして、その礼拝の中で人は神を賛美し、神は人を祝福されます。 詩篇134篇は、神殿奉仕者の働きを認め、私たちも共に礼拝の祝福にあずかりながら生きるよう招いているのです。次週の礼拝を終えるときは、自分への祝福だけでなく、神をほめたたえ、共に仕える人々のためにも祈ってみましょう。では、また明日。©Dr. Makoto 【Season 6】Psalm 134 Explained Simply: Who Supports Our Worship? The People Who Support Worship When a worship service ends, we naturally go home....

1.礼拝を支える人々 私たちは礼拝を終えると、自然に家路につきます。それが毎週繰り返されます。しかし、礼拝が続…

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03/09/2026

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【今日のポイント】礼拝が終わると、私たちは自然に家路へ向かいます。そこで、その礼拝にどんな準備があったかと考える人はそれほど多くはない...

【シーズン6】詩篇133篇をわかりやすく解説 神から下る祝福としての一致1.なぜ一致はこんなにも難しいのか 人が集まるところには、喜びや楽しみがあります。しかし同時に、意見の違いや摩擦も生まれます。家族でも、職場でも、教会でも同じです。 そ...
03/09/2026

【シーズン6】詩篇133篇をわかりやすく解説 神から下る祝福としての一致

1.なぜ一致はこんなにも難しいのか 人が集まるところには、喜びや楽しみがあります。しかし同時に、意見の違いや摩擦も生まれます。家族でも、職場でも、教会でも同じです。 そこで考えたいのは、一致による喜びや楽しみは、どのように生まれるのかということです。詩篇133篇は、わずか3節の短い詩です。しかしこの詩は、神の民が共に集う喜びと、その一致をもたらすものについて、美しく歌っています。 2.本篇の歴史的・文学的文脈 詩篇133篇は、「都上りの歌」の一つです。イスラエルの人々が祭りのためにエルサレムへ向かう際に歌った、巡礼詩篇群に属しています。その詩篇群の中では、132篇の神殿とダビデ契約、134篇の神殿での祝福に挟まれており、神の民の一致という主題を担っています。つまり、この詩は、巡礼によって集められた神の民が、一つの共同体として主の前に立つ幸いを歌ったものです。 修辞的に見ると、詩は、二つの比喩によって構成されています。一つは大祭司アロンに注がれた聖別の油、もう一つは北方のヘルモン山に降りる豊かな露です。いずれも、神から与えられる祝福を象徴するイメージとして用いられています。 3.本篇の流れ では、本篇の流れを見ていきましょう。 1節「共に住む兄弟たちの幸い」 詩人はまず、「見よ」と呼びかけます。そして、「兄弟たちが一つになって共に住むこと」の幸いを語ります。ここでの「兄弟たち」は、血縁の家族に限らず、同じ神を礼拝する民全体を指していると考えられます。詩人はその姿を見て、「なんという幸せ、なんという楽しさだろう」と喜びを表現します。 2節「アロンの頭に注がれた油」 続いて、その一致は、祭司アロンに注がれた聖別の油にたとえられます。油は頭に注がれ、ひげを伝い、衣の端にまで流れ下ります。詩人は、油が豊かに流れる様子を描きながら、神に仕える者に与えられる特別な祝福を思い起こさせます。 3節「ヘルモンの露」 さらに詩人は、一致をヘルモンの露にたとえます。露は乾燥した土地に潤いを与え、命を支える大切な恵みでした。また、ヘルモン山はイスラエル北方にある高い山で、豊かな露で知られていました。詩人はその露をシオンに結び付けることで、神の祝福が民全体に及ぶ様子を描いています。 そして最後に、「主がそこに、とこしえのいのちの祝福を命じられた」という結論に至ります。 4.本篇の読み方 この詩は、単に「みんな仲良くしましょう」と勧める道徳的な教えではありません。注目したいのは、「下る」という動きです。油は頭から衣へと流れ下ります。露もまた、上から地に降ります。つまり、この詩で描かれる一致は、人間が自力で作り出すものというより、神から与えられる祝福として描かれているのです。 また、アロンの油は、祭司として神に仕えるための聖別のしるしでした。そのため、この一致は単なる仲の良さではなく、神の前に集められた礼拝共同体の、祝福された状態を表しています。 詩篇133篇の重心は、「一致を実現せよ」ではなく、「神が与えてくださる一致の祝福を見よ」という点にあります。 5.私たちへのメッセージ 私たちはしばしば、一致は努力や能力によって作り出せると考えます。しかし現実には、同じ目的を持つ人々であっても、衝突や誤解は避けられません。一致は、なかなか難しいものです。教会も例外ではありません。さまざまな背景や価値観を持つ人々が集まる以上、一致は決して当然のものでも、人間の努力だけで作り出せるものでもありません。 だからこそ詩篇133篇は、一致の源を人間ではなく神に置きます。神の民の交わりは、まず神が与えてくださる祝福なのです。そして、その祝福が人々の間にいのちをもたらします。 私たちはまず、一致を作ろうと力む前に、神が与えてくださる祝福を求めて祈る者でありたいと思います。神から下る祝福こそが、私たちを共に歩ませる力だからです。 では、また明日。©Dr. Makoto 【Season 6】Psalm 133 Explained Simply: Unity as a Blessing from God…...

1.なぜ一致はこんなにも難しいのか 人が集まるところには、喜びや楽しみがあります。しかし同時に、意見の違いや摩…

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02/09/2026

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【今日のポイント】同じ目的を持って集まっても、意見の違いや摩擦は避けられないことがあります。共にいる喜びは、いったいどこから生まれるの...

住所

玉川四丁目10番20号
Setagaya-ku, Tokyo
158-0094

電話番号

+81337075216

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