綱敷天神社

綱敷天神社 綱敷天神社, 宗教団体, 北区神山町9/11, Osakaの連絡先情報、マップ、方向、お問い合わせフォーム、営業時間、サービス、評価、写真、動画、お知らせ。

承和10年(843)に、光源氏のモデルともいわれる源融公が御父君、
嵯峨天皇をご追悼するため社殿「神野太神宮」を創建された事に由来し、
後の延喜元年(901)に、天神さまこと菅原道真公が太宰府への左遷の途次、
お立ち寄りになられ、境内地にあった紅梅樹をごらんになるため、
船の艫綱を敷いてごらんになられた由縁より綱敷天神と呼ばれる。
この時の綱は現存し、御神体同様に今も祀られている。
天神信仰を今に伝える古社として遠近に知られる。
また、茶屋町には御旅社、角田町には末社の歯神社もあり、
現在では大阪は梅田キタの氏神さまとして篤く信仰されている。
(facebookからのお問い合わせは御旅社06-6371-1586まで)

今日3月29日は、大阪市北区の北野連合地域で制作した、『北野地域史 そうだったのか!?北野の歴史』の完成お披露目イベントがありました。この本でいう「北野」とは、大阪市北区のうち、扇町1丁目、角田町、神山町、小松原町、太融寺町、堂山町、兎我野...
29/03/2026

今日3月29日は、大阪市北区の北野連合地域で制作した、『北野地域史 そうだったのか!?北野の歴史』の完成お披露目イベントがありました。

この本でいう「北野」とは、大阪市北区のうち、扇町1丁目、角田町、神山町、小松原町、太融寺町、堂山町、兎我野町、野崎町、南扇町の9町会から成る連合地域で、正式名称を「北野連合振興町会」といい、略称は北野連合や、北野地域と呼ばれます。

今回、この地域の歴史を一冊の本にまとめまして、その完成を祝ってのお披露目会を、野崎町の東梅田教会の2階のホールをお借りして、開催されました。

この地域史本は、前回の大阪万博のあった昭和45年に『北野のあゆみ』という本が作られましたが、それ以来55年間、更新の無いままでした。今代の大阪関西万博の開かれた令和7年度が、ちょうど北野連合の発足80周年という事もあり、連合会長の植松会長の呼びかけで新たに制作される事になりました。

予算については堂山町にある、ボートピア梅田さんの大阪市地域活性化事業基金をもとにしたお力添えもあり、しっかりとした本として制作出来る事となり、

○企画・取材・執筆を、北区地域情報誌の『つひまぶ』編集長の【浅香保ルイス龍太さん】、
○監修を大阪あそ歩ガイドの【酒井裕一さん】
○イラストをイラストレーターの【奈路道程さん】
○デザインを【山口良太さん】
○編集を【株式会社140B 中島淳さん】

にお願いして、そこに北野地域の住民や、由緒あるお寺のご住職方、また当宮禰宜なども編集委員として加わり、昨秋から編集作業を開始し、僅か半年ほどでのスピード制作となりましたが、浅香保ルイス龍太さんの熱誠のご尽力もあり、内容としては相当に濃い内容となりました。

今日のお披露目会では、前半には、地域の住民の方の中でも、取材時に貴重なお話を頂いた方々にもご登壇いただき、戦前から現代に至るまでの苦労話や、変化についてなど色々なお話をお聞かせ頂き、後半には、講談師の【旭堂南海さん】にご登壇頂き、北野の歴史についてお噺頂きました。大変軽妙な語り口で、またややこしい当宮の歴史などもうまく取りまとめて下さり、さすが第一線におられる講談師の方は凄いと参加者の皆様にも大変ご満足頂けたのではないかと嬉しい思いでした。

今回の地域史には、まだ歴史化していなかった昭和30~平成にかけての文化面にも光が当てられており、今後、戦後の梅田の歴史を振り返る時に貴重な史料となっていく事と思われます。

今後、北野地域の町会に加入されておられる方には配布されます。 また来年度中には大阪府市、北区の図書館には配架される予定です。 地域外でご興味のあられる方は、植松会長までお問い合わせ下さいませ。

今回の刊行に至るまで、ご協力ご尽力下さいました皆様には厚く御礼申し上げます。お疲れ様でした。

今日は季節外れの暖かさで、当宮の梅の花も満開です。今年は神山町の御本社の紅梅。ここ10年で一番きれいに咲いておりまして、いま見頃です。今夜の雨次第でしょうが、この土日ぐらいまでは楽しめそうです。
27/02/2026

今日は季節外れの暖かさで、当宮の梅の花も満開です。

今年は神山町の御本社の紅梅。ここ10年で一番きれいに咲いておりまして、いま見頃です。

今夜の雨次第でしょうが、この土日ぐらいまでは楽しめそうです。

21/01/2026

1月20日から2月3日までは、二十四節気の「大寒」です。1年で最も寒い時期とされます。

その暦どおり強烈な寒波で、梅田も真冬の寒さです。

そんな中、茶屋町の御旅社では早咲きの紅梅が咲きはじめております。 

梅田の梅の字の由来ともなった当宮の紅梅は、今年も春を忘れずに咲いてくれそうです。

令和8年のとんど祭。無事にお納め致しました。今年は近所の保育園の園児さんらもお参りになられ、とんどの火でお正月の神さまが天に帰っていかれる様を、見守っていました。 近年は電化などで日常的に火を使わない家庭が増えましたので、こうした火に接する...
15/01/2026

令和8年のとんど祭。無事にお納め致しました。

今年は近所の保育園の園児さんらもお参りになられ、とんどの火でお正月の神さまが天に帰っていかれる様を、見守っていました。 

近年は電化などで日常的に火を使わない家庭が増えましたので、こうした火に接する機会は貴重なようです。

謹みて新年の御祝詞申しあげます。新しき年を迎え、ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。 令和八年丙午 正月写真は旧年の午の日正午刻に、御本社付近上空より氏地西方を撮ったもの。
10/01/2026

謹みて新年の御祝詞申しあげます。
新しき年を迎え、ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

 令和八年丙午 正月

写真は旧年の午の日正午刻に、御本社付近上空より氏地西方を撮ったもの。

先月に引き続いて、今月も1200年の話です。鎌倉時代初期に書かれたといわれる『水鏡』という歴史書には次のような一節があります。「天長二年(825)十一月四日丙申。御門(淳和天皇)、嵯峨の法皇の四十の御賀し給ひき。今年、浦嶋の子は帰られりしな...
04/11/2025

先月に引き続いて、今月も1200年の話です。

鎌倉時代初期に書かれたといわれる『水鏡』という歴史書には次のような一節があります。

「天長二年(825)十一月四日丙申。御門(淳和天皇)、嵯峨の法皇の四十の御賀し給ひき。今年、浦嶋の子は帰られりしなり。持たりし玉の箱を開けたりしかば、箱の内より紫の雲、一筋西ざまへまかりて後、いとけなかりける容貌、たちまちに翁となりて、はかばかしくあゆみをだにもせぬ程になりにき。雄略天皇の御世に失せて、今年三百四十七年といひしに帰りたりしなり。」

つまりこれは浦島太郎の記録です。


古墳時代に行方不明になっていた浦島太郎が、347年経った嵯峨上皇さまの40歳の御祝の年に帰ってきたというもので、玉手箱を開けてお爺さんになってしまったというところも、現代に語り継がれるおとぎ話と同じです。

そして本日、この令和7年(2025)11月4日で、浦島太郎が帰ってきて、ちょうど1200年となります。

この浦島太郎の記録は、実は奈良時代に成立した『日本書紀』、『万葉集』、『丹後国風土記』にもみられ、『日本書紀』には行方不明になった時の記述しかありませんが、『万葉集』『丹後国風土記』には、帰って来た浦島が玉櫛笥(玉手箱)を開けてお爺さんになったという記述がすでに見られ、奈良時代には帰ってきていたという事になります。

しかし、「いつ」帰ってきたのかという記述は無く、はっきりと帰還日が書かれているのは、この『水鏡』の記述からであり、浦島太郎伝説が色濃く残る京都府与謝郡伊根町などではこの天長ニ年説を採っておられます。(『万葉集』では墨吉(住吉か)の話として書かれています)

ちなみに『丹後国風土記』には、浦島が海中の蓬莱山の高殿に着いた時、七人の童子、八人の童子が迎える場面があり、そこで彼らはそれぞれ「すばるぼし」と「あめふりぼし(ヒヤデス星団)」と語っており、唐突に宇宙の話が出てくる事から、浦島太郎は実は宇宙に出ており、相対性理論が予言するところの「時間の遅れ」で、3年が347年になっていたのではという説もあり、そこから時間の遅れを「ウラシマ効果」と呼んだりされています。

室町時代以降、『御伽草子』などにも採り入れられ、その中でいじめられていた亀を救った話や、浦島太郎がお爺さんになった後、鶴に変化し、乙姫も亀に変化して、鶴は千年亀は万年で、末永く一緒になりましたという話が付け加えられたりなど、現代に伝わる浦島太郎の話となっていったようです。

ちなみに、KDDI株式会社等が提供する通信事業サービスauのCMに、浦島太郎役として、俳優・歌手の桐谷健太さんが登場されていますが、桐谷さんは当宮が鎮座する大阪市北区出身という事で、こうしたところにも当宮と浦島太郎の縁を感じます。

嵯峨天皇さまの御代から現代に至るまでも、浦島伝説は人を惹きつけてやまない魅力あふれるおとぎ話と言えそうです。

写真は
・浦島太郎伝説の伝えられる、浦嶋神社(京都府与謝郡伊根町本庄浜191)。
・浦島絵巻(部分) 室町時代 日本民藝館蔵

#嵯峨天皇 #綱敷天神社 #大阪 #梅田 #浦島太郎 #日本書紀 #万葉集 #丹後国風土記 #桐谷健太 #竜宮城

平安時代の初期、天長ニ年(825)秋。大阪府交野市あたりで、当宮の主祭神であらせられる嵯峨天皇さまが、日本史上初めて熱燗をお召し上がりになられて、今日10月29日でちょうど1200年となります。この慶節に、神山町の当宮 御本社において、熱燗...
29/10/2025

平安時代の初期、天長ニ年(825)秋。大阪府交野市あたりで、当宮の主祭神であらせられる嵯峨天皇さまが、日本史上初めて熱燗をお召し上がりになられて、今日10月29日でちょうど1200年となります。

この慶節に、神山町の当宮 御本社において、熱燗を大神さまに奉りました。

この嵯峨天皇さまが呑まれたという熱燗の記録は、江戸中期頃に伊勢貞順が著した『貞順故実聞書条々』に記述されているもので、

「嵯峨天皇さまが、交野に秋狩りに参られた時、少しく風が冷たくなってきたので、左大臣の藤原冬嗣(閑院左大臣)が、御酒を温めて献上したところ、嵯峨天皇さまは大いに喜ばれた」と伝えられています。

この故実から、熱燗は旧暦9月9日より明年の旧暦3月2日迄と定められたとされ、今日はその旧暦9月9日にあたります。

ただ、お酒自体を温めるのは、古代ローマ時代には既に見られ、ホットワインの原型であるコンディトゥム・パラドクサム(Conditum Paradoxum)というスパイス入りの温かいワインを飲んでいた記録や、日本でも、7世紀に活躍した山上憶良の「貧窮問答歌」では糟湯酒(酒粕をお湯で溶いたもの)が出てきており、他にも嵯峨天皇さまの祖父にあたる光仁天皇さまは竹に注いだ御酒を火で炙って温めたという笹酒の伝説も伝えられています。

また嵯峨天皇さまの御代の百年後にまとめられた『延喜式』の「内膳司」では燗に用いた土熬鍋という鍋の記述がある事から、お酒を温めるという事自体はすでにあった可能性が高いとみられます。

ただ、日本の歴史上で、年代がハッキリとしている記録としては、この嵯峨天皇さまの事績が最も古いものと現在は考えられています。

この1200年の慶節に、出来るだけ当時の形に近い形で熱燗を奉りたく思い、

●お酒について
まず御酒は、現在も交野市でお酒を造っておられる、山野酒造さま、大門酒造さまに直接お伺いし、熱燗用の御酒を買い求めました。 また全国燗酒コンテスト 2025で選ばれた銘酒からも幾つか選ばせて頂き、併せて奉献致しました。

●酒器について
平安時代の酒器は主に土器のかわらけが用いられていたようですが、漆器の器も出土している事から、今回は漆塗りのお猪口をご用意しました。模様は本年が巳年という事で利き酒に用いられる蛇の目のものに致しました。

●酒燗器について
当時は土鍋などに御酒を入れて、そのまま直火で温めたとみられる事から、その形に最も近い、鳩燗(鳩徳利)という直火で御酒を温める酒器を今回は用いました。
ちなみに火の偏のついた燗という字は明治時代以降用いられるようになったもので、それまでは間酒と書かれました。これは「冷酒から熱酒の間」の意とみられ、人肌ほどの燗がちょうど良いあんばいとされていたのかもしれません。

●酒肴について
嵯峨天皇さまが秋狩りに来られた際であった事を考え、秋の山野の幸を召し上がられたと思われる事から、鹿肉の塩炙り、能勢栗、煎り豆、枸杞子をご用意し、また嵯峨天皇さまは三筆の筆頭であられた事に思いを致し、中国の唐の墨に似ている事からそう呼ばれるカラスミを用意しました。

●燗炉について
嵯峨天皇さまの御代より後の時代になりますが、中国の詩人、白楽天こと白居易は、「王十八の山に帰るを送り仙遊寺に寄題す」の詩の中で、「林間に酒を煖(あたた)めて紅葉を焼き」とあり、モミジの落ち葉で焚き火をして、それで熱燗にしたとみられ、嵯峨天皇さまが喜ばれた熱燗も、交野市の野原で落ち葉を焚いて温めたのかもしれません。今回はその故事にならって、境内に即席の炉を設けて、菊炭で火を熾し、桜やモミジ葉などの落ち葉も一緒に焼きました。風よけには先般の台風被害の際に落ちた屋根瓦を用いております。

以上のような形で熱燗を奉り、嵯峨天皇さまに始まる熱燗1200年目の慶節を讃え、これから先も、皇室の弥栄と、日本の御酒の味が更に研ぎ磨かれ、酒造各社には益々のご隆昌をと祈念し、また氏子崇敬者皆様のご平安とご健勝を願い、御祝詞奏上申し上げました。

ちなみに、熱燗は旧暦9月9日から旧暦3月2日までとされる事から、今日、令和7年10月29日から令和8年4月18日までの期間となります。ぜひ1200年目のこの年、皆様には熱燗をお召し上がり頂き、心身も人の和も温めて頂ければと思う次第です。

そして昨今、日本の御酒は世界でも愛されるものとなっていますが、その中でも熱燗は、ここ大阪が始まりの地であり、当宮の嵯峨天皇さまがその最初の人という事を忘れずにいたいものです。

10月15日は神山町の御本社での秋祭です。 この日は御神前に黄菊白菊の菊花と、「ゆりわ」という器に団子を盛ってお供えする習いがあります。菊花については、ちょうど菊の季節という事もありますが、当宮主祭神の嵯峨天皇さまが愛された花であり、また皇...
15/10/2025

10月15日は神山町の御本社での秋祭です。



この日は御神前に黄菊白菊の菊花と、「ゆりわ」という器に団子を盛ってお供えする習いがあります。

菊花については、ちょうど菊の季節という事もありますが、当宮主祭神の嵯峨天皇さまが愛された花であり、また皇室の御紋章の花でもありますので、この秋祭には榊立てに添えて献じるのが倣いとなっております。

また、ゆりわ団子については、今から1124年前、昌泰四年(901)に、天神さまこと菅原道眞公が当地にお越しになられた時に、梅田の民が献上した故事にちなむ神饌です。

他にもかつて梅田が海浜であった時代に所以する熟饌も献じられ、まさに当宮と梅田にゆかり深いお供え物が御神前に並べられます。

今年は、異常に暑い夏となり、秋祭の今日に至っても湿気が高く、その暑さの為にか、お米も昨年から不作となり、今まで以上に食べ物と気候について考えさせられる年となりました。

先日13日に閉幕した、大阪・関西万博の公式歌となった、歌手のコブクロさんの「この地球の続きを」の一節に、「この地球はこの命は続く」とあります。未来の子孫の為にも、食べ物がいまある事への感謝を忘れずに、その恵みをこれからも頂けるよう、大自然に対し謙虚な気持ちであらねばならぬと改めて思い、大神さまに祈りを捧げる思いです。

本日、令和7年9月6日。秋篠若宮さま 悠仁親王殿下におかれましては、満19歳の御誕辰の日をお迎えになられまして、皇族としての成人式である「成年式」が執り行われます。今日の佳き日を心からお祝い申し上げる次第です。男性皇族の成年式は、父宮さまで...
06/09/2025

本日、令和7年9月6日。秋篠若宮さま 悠仁親王殿下におかれましては、満19歳の御誕辰の日をお迎えになられまして、皇族としての成人式である「成年式」が執り行われます。今日の佳き日を心からお祝い申し上げる次第です。

男性皇族の成年式は、父宮さまであられる秋篠宮皇嗣殿下以来の事で、実に40年ぶりの慶事となります。

この日、天皇陛下より冠が授けられ、成年となられます。冠婚葬祭の冠とはまさにこの事で、中近世においては元服の証でした。

この成年式の流れは

9月6日

08:45 冠を賜うの儀(秋篠宮邸)
     天皇陛下より「冠」と共に
     「垂纓:成人皇族の纓)」と
     「燕尾纓:加冠の儀の為の纓)」という
     2種類の纓が贈られる。
      ※纓=冠の後ろに垂れ下がっている装飾。
         元は冠を結ぶ為の紐。

10:00 加冠の儀(皇居宮殿・春秋の間)
     殿下は、浅黄闕腋袍に、
     空頂黒幘(くうちょうこくさく)という額当て
     をつけられた童形束帯姿で入室。
     その後、天皇皇后両陛下の御親臨のもと、
     天皇陛下より賜った冠(燕尾纓)を、
     侍従の手により加えられる。
     まさに成年になられる瞬間。
     約6mもある裾を引いて歩まれる。 
     
11:30 宮中三殿に謁するの儀(皇居宮中三殿)
     黒縫腋袍に垂纓冠の大人の束帯姿に着替えられ、
     宮中の賢所・皇霊殿・神殿の三殿に参拝され、
     天照大御神、歴代天皇及び皇族の皇霊、
     天神地祇に成年になられたことを奉告される。
 

14:00 朝見の儀(皇居宮殿・松の間)
     モーニングの燕尾服にお召変えになられ、
     天皇皇后両両陛下に成年の御挨拶を申し上げる儀式。
     御台盤という朱塗りの机に、祝膳が盛られる。
     
14:30 勲章親授(皇居宮殿・表御座所)
     天皇陛下より大勲位菊花大綬章が親授される。

15:00 宮内庁長官らによる祝賀(皇居宮殿・千草、千鳥の間)

15:45 上皇上皇后両陛下へ成年ご挨拶(仙洞御所)

18:30 ご親族を招いた祝宴(帝国ホテル)

9月8日

午前  神宮御参拝 (豊受大神宮(外宮)、皇大神宮(内宮))

午後  神武天皇山陵御参拝

9月9日

昭和天皇山陵御参拝

9月10日

午後 三権の長らと午餐(明治記念館)

以上、大変に長く、重き厳儀であります為、本来の成人年齢である満18歳の御誕辰の日に執り行われては、受験勉強に差し障りが出る事から、今回満19歳の御誕辰の当日に執り行われる事となりました。

ちなみに、明日9月7日は、当宮の主祭神、嵯峨天皇さまの御誕辰当日でもあります。嵯峨天皇さまから連綿と続く皇室のさらなる弥栄を祈念申し上げ、秋篠宮皇嗣同妃両殿下におかせられましては、今日の佳き日を心からお慶び申し上げる次第です。

06/06/2025

令和7年、本年も無事に、当宮末社である歯神社の例祭(歯神祭)、滞りなくお納め申し上げました。

本年は平日水曜日でありましたが、多くの皆様がご参列になられ、10時30分からの歯ブラシ整理券の配布時には行列が出来るなど、例年に無い賑いようでございました。

今年は当地大阪では大阪・関西万博が開かれており、日本にとりましても大きな節目の年です。そうした節目の年は未来の人々が、その時代、この人は何をしていたのかな?と覗き込んでくる虫眼鏡の年ともいわれます。 そうした年にあたり、未来の人が見るであろう写真や映像に、きれいな歯で笑顔を残す為にも、この機会にぜひ歯の調子を調えて頂き、また健常な方はますます歯磨きにご精進頂いて、未来の人に歯の大切さをしっかりと伝える機会の種となれば、歯の大神さまもまたお喜びになられるのではないかと思う次第です。

また、本年も変わらぬご崇敬をお寄せ頂き、たくさんの歯ブラシをご奉納下さいました、全日本ブラシ工業協同組合さま、株式会社サンギさまには、改めて厚く御礼申し上げる次第です。

どうぞこの一年も、皆様の歯のご健康を祈念申し上げ、ご参列頂きました皆々様にはようこそお参りでございました。

~~第63回 神宮式年遷宮「御杣始祭」生配信のご案内~~神宮 (通称:伊勢神宮)では20年ごとに、内宮外宮の御正殿をはじめとるす125社殿、御装束、神宝などを新調する式年遷宮というお祭りが執り行われています。応仁の乱などで一時中断もありまし...
02/06/2025

~~第63回 神宮式年遷宮「御杣始祭」生配信のご案内~~

神宮 (通称:伊勢神宮)では20年ごとに、内宮外宮の御正殿をはじめとるす125社殿、御装束、神宝などを新調する式年遷宮というお祭りが執り行われています。

応仁の乱などで一時中断もありましたが、奈良時代より1300年に渡り続けられており、この20年という月日は、掘建式の木造建築の建て替え時期であったり、親から子への技術伝承の時期であったりと、まさに時代の節目である事から、前代のものを今代に同じように作る事で、神代を今に伝え続けているともいえ、「皇家第一の重事、神宮無双の大営」と讃えられるように。日本で最も大切なお祭りです。

その神事は、今年5月2日に、御用材を伐り出すに当たり、御杣山(みそまやま)の山の口に坐す神に伐採と搬出の安全を祈る「山口祭」からはじまり、令和15年(2033)10月に行われる、神様のお引越しにあたる遷御をクライマックスに、令和16年まで続きます。

そして明日、令和7年6月3日(火)には、式年遷宮、前半のクライマックスとも言える「御杣始祭(みそまはじめさい)」が、長野県上松町の国有林で執り行われます。
その様子を三重テレビが生中継で配信されます。

~御杣始祭とは~
御用材を木曾にある御杣山(みそまやま)で正式に伐り始めるお祭りです。最初に「御樋代木(みひしろぎ)」と呼ばれる、御神体をお納めする御器を奉製するための檜を伐採します。御樋代木は山中で左右に並ぶ二本の檜を選び、「三ツ緒伐(みつおぎり)」という古式の作法で伐り倒します。

●●●配信ご案内●●●
日時:6月3日(火) 午前9時30分~(予定)
三重テレビ公式ホームページ、または三重テレビアプリでご覧になられます。
・三重テレビ公式ホームページ https://www.mietv-live.com/
・三重テレビアプリ https://www.mietv.com/application/
・三重テレビ番組紹介 https://www.mietv.com/program/sengu-63/

※三重テレビでは地上波で6月4日にダイジェスト放送もされるようです。

この式年遷宮は、当宮の主祭神、嵯峨天皇さまの御代にも第7回神宮式年遷宮が、菅原道眞公の時代には第11回式年遷宮が行われており、まさに、私たち日本人が連綿と繋いできた大切な大切な神事です。今代、第63回神宮式年遷宮を見事に納めて、次代につなげて行くためにも、日本人ひとりひとりが心を寄せていく。その思いが大切になっていくのではないでしょうか。

ぜひ、明日の「御杣始祭」ご覧下さい。

悠久の歴史を紡いできた伊勢神宮。 式年遷宮は20年に一度、外宮と内宮の社殿をはじめ、御装束や神宝を新調する伊勢神宮最大の神事で、1300年以上にわたり続いています。社殿を新しく造り替え、 生まれた時の若々しい 姿...

13/05/2025

住所

北区神山町9/11
Osaka, Osaka
5300026

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