御幸森天神宮

御幸森天神宮 大阪市生野区にある仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命をお祀りする神社・御幸森天神宮(みゆきもりてんじんぐう)のfacebookページです。

- 御祭神 -
仁徳天皇 少彦名命 忍坂彦命
- 境内社 -
御幸戎神社 稲荷神社 菅原神社


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- 由緒 -

 今から1600年程前の猪飼野は猪甘津と呼ばれ難波の入江の港であり猪甘部(猪を飼育していた古代の官職。鷹甘部などと同じ)が住まいしていた所でありました。
 日本書紀仁徳天皇14年の条に「猪甘津に橋をわたす名付けて小橋という」とあります。当宮の前を流れていた百済川(旧平野川)に架けられた文献上に残る日本最古の橋がこれです。
 さて、難波に都を定められた仁徳天皇は鷹狩りの折り、また、当地の東南方(現在の東住吉区あたり)に渡来し住まいする百済の人達の様子をご見聞の為の道すがら度々当地の森にご休憩されその由縁により御幸の森と呼ばれる様になりました。天皇崩御の後、西暦406年、人々はこの森に社を建立し天皇のご神霊を奉祀し御幸の祠とも御幸宮とも称したと伝えられております。
 年代は下って西暦850年頃、この地方に疫病が流行し人々が罹病に悩まされていた折り当宮の社僧大蔵院行綱は京都五條天神社に参籠し災厄追放を祈願し、同社の御祭神、少彦名命のご神霊を当宮に勧請奉斎したところ疫病も治まったといいます。なお。この頃から天皇天神社とも天神宮とも呼ばれるようになりました。
 次に玉造清水谷付近に忍坂彦命を奉祀し地主神として崇敬されていた社がありましたが大阪夏の陣の兵火に遭い消失、それを畏憚した大阪城主松平忠明は当宮にご神霊を奉遷するように指示し旧平野川中洲の地3000歩と灯明台1基を寄進されました。
 昭和43年10月1日境内の椋の木(樹齢およそ700年)5本が大阪市の保存樹に。平成12年4月28日本殿・幣殿・拝殿・透塀が国の登録有形文化財に指定されました。
 平成18年創祀1600年祭を斎行し記念事業としてご社殿のお屋根替えを致しました。

住所

生野区桃谷3-10- 5
Osaka, Osaka
544-0034

電話番号

06-6731-2816

ウェブサイト

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