01/06/2026
寺報「糸ぐるま」令和8年6月号より
お墓まいりが和をつなぐ
昨年と同じ五月十二日・十三日、息子夫婦と私の三人で、広島の三次(みよし)にあるお寺へ夫の墓まいりに行く計画をたてました。
お墓まいりには広島の庄原(しょうばら)在住の夫の同級生だったY子さん(今は私の親友)も同行してくれて大変うれしく思ったことでした。
車は同じ車種なのに、私の車の乗り降りのしぐさに異変が・・・。
スマートさがなくなり、モタモタ、ヨタヨタ感が出てきたな、と確と気付かされた。
今までさっ!と出来ていたことが少しずつ出来にくくなっていく。
これが老いということなんだなぁ、としみじみと感慨深いものがありました。
ヒアルロン酸注射のお蔭か、私から膝の痛みは今のところ消えてくれている。
その代わり今度は「むくみ」という役者が現われて両脚が重くなり、じゃり道、坂道などちょっと歩きづらい。
朝、目ざめた時の脚は、美型ではないがすっきりしているのに、長時間椅子に坐った姿整でいると、徐々に脚が重くなり太ってくるのです。
今回も昨年と同じ道を予定通り高速道路を五時間ほどかけて広島の庄原へと向かった。
途中の道の両脇には今を盛りとする山藤の花が杉の木立にうすむらさきの衣をすっぽりと着せたかのように咲いていた。
三次のお寺ではお勤めのあと、ご住職のご法話を聴かせていただきました。
本堂に揚げられてある書や額などを味わって、そのあと本堂横の小高い山の途中にあるお墓にみんなでおまいりしました。
お墓のまわりには昨年と同じように著莪(シャガ)の花が群生してお墓を爽やかに守ってくれているようでした。
思い出話に花を咲かせ夫を偲び乍らゆっくりと昼食をいただき、三時になったのでお暇(いとま)させていただきました。
途中のサービスエリアで美味しそうな神戸プリンを見つけ、差上げたい人の顔がふと浮かび、お土産に買うことにした。
翌日、早速プリンのお土産を届けるべく連絡して、いそいそとお宅を訪ねた。
「これは広島からの帰りに買ったものです。これだったらお母様に食べていただけるかと思ったの」
「うわー!ありがとうございます。実は、母は先月の四月二十八日に旅立ちました。これはお供にさせていただきますね」とのこと。
私は「えェ~ッ、そうだったんですか」
お母様が九十九歳を迎えておられ、娘さんは「この九月の誕生日が来たら、百歳を迎えますが、果たしてそれまで生きててくれるかなぁ。」と話しておられましたが五か月も残して旅だってしまわれました。
ほとんどがベッドの生活のようでしたが、時々車イスでお散歩の時、お目にかかり、言葉がけにはお応えはありませんでしたが、お耳はよく聞こえているように感じました。
看護が行き届いていたのでしょう。
いつも清々しい艶やかなお顔をされていて常に穏やかにお過ごしでした。
娘さんはお母様に本当によく尽され、私は「わが娘に常にかかわってもらって、お母様はお幸せですねぇ、あなたもしっかり親孝行されて偉いです」と申しました。
すると、その娘さんは、
「こうして寝たきりで過ごすのが、果たして母にとって幸せなのだろうかと思うことがあるんですよ」と言われ、私は「こんな幸せなことはないです。周囲の人たちがこまごまと、気を配って下さってそのお陰で命をいただくということ、こんな素晴らしいことはないですよ」と申し上げたことがあります。
人はどのような死に方をするや知れないなかで、人生を自然の営みにまかせて最愛のわが娘に看とられて全うされた人は幸せというほかありません。
阿意子
#真宗木辺派 #覚円寺 #糸ぐるま #寺報 #お墓参り