真言宗智山派 宝性院

真言宗智山派 宝性院 杉戸不動尊宝性院は安産不動尊をおまつりするご祈願のお寺です。地域に?

継続と努力は才能に勝るといいますが、日々の小さな積み重ねが、やがて自分を支える大きな力となることがあります。先日、お檀家さまのご葬儀で、そのことをあらためて実感いたしました。百一歳でお亡くなりになられた H さんは、学生時代に英文学を学び、...
19/04/2026

継続と努力は才能に勝るといいますが、日々の小さな積み重ねが、やがて自分を支える大きな力となることがあります。先日、お檀家さまのご葬儀で、そのことをあらためて実感いたしました。
百一歳でお亡くなりになられた H さんは、学生時代に英文学を学び、英語教師として教鞭をとられ、退職後も公民館で英語購読会を開き、その活動を九十歳まで続けてこられました。
葬儀会場の片隅に設けられた思い出コーナーには、H さんが毎日欠かさず取り組んでこられた英語学習ノートが数冊置かれていました。手に取ってページをめくると、最後の記録は百一歳の8月1日、まさに「継続」の証でした。
H さんは英語を学び続けたことで、日本だけにとどまらず、世界各地に多くの仲間を得られました。写真に写る H さんの周りには、年齢も国籍も超えた友人たちが集い、その和やかな雰囲気が伝わってきます。ご葬儀には、共に学んだ多くの方々が参列し、顔を寄せ合って「See you again」と語りかけていました。
人は、気兼ねなく話せる友が一人でもいれば幸せだと思います。しかし九十歳、百歳ともなると、多くの友はすでに遙か空の向こうへ旅立ってしまっています。そんな中で H さんは、学び続けることで新たな友と出会い、豊かな人生を歩まれました。まさに「継続は力なり」です。
仏教では、継続の力を 「習気(じっけ)」 と呼びます。これは「行いが心に染み込み、やがて性格や生き方そのものになる」という意味です。私たちは年齢を重ねるほど、身体に染みついたもの、自然とできることこそが大切だと気づかされます。しかし、何かを続けていくことは、簡単なようで難しい。時には、続けることが苦しくなることもあります。そんな時は、水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」の歌詞を思い出しましょう。
「幸せは歩いて来ない だから歩いて行くんだね 一日一歩、三日で三歩 三歩進んで二歩さがる」
二歩さがってもいいのです。歩みを止めず、また一歩を踏み出せば、その足跡にはきれいな花が咲くでしょう。
次回の写経会(法話と写経の集い)は5月10日(日)午後3時からです。どなたでもご参加可能です。お待ちしております。

遠くアルゼンチン・ブエノスアイレスより、杉戸町のお寺にギターを抱えてやってきた。至高のデュオ!パトリシオ・クロム×フアン・ビジャレアル、最高の演奏🎶を有難う!参加の皆さまをアルゼンチンの風景の世界に連れていってくれました!TEAM PLAN...
13/04/2026

遠くアルゼンチン・ブエノスアイレスより、杉戸町のお寺にギターを抱えてやってきた。至高のデュオ!パトリシオ・クロム×フアン・ビジャレアル、最高の演奏🎶を有難う!
参加の皆さまをアルゼンチンの風景の世界に連れていってくれました!
TEAM PLANTS の皆さまの装飾(植物で飾り付けたステージも良かったです。Gracias❣️

今回も前回に引き続き、「涅槃図」の絵解きを行いました。以前、「お釈迦さまが入滅された場面を描いた涅槃図には、見るたびに新たな気づきがある」と書きましたが、今回はとくに、お釈迦さまの最期を見届ける者たちに注目してみました。お釈迦さまの死を受け...
15/03/2026

今回も前回に引き続き、「涅槃図」の絵解きを行いました。以前、「お釈迦さまが入滅された場面を描いた涅槃図には、見るたびに新たな気づきがある」と書きましたが、今回はとくに、お釈迦さまの最期を見届ける者たちに注目してみました。
お釈迦さまの死を受け入れられず、天を仰いで嘆く者、声をあげて泣く者、肩を落としてうなだれる者──涅槃図に描かれる姿は実にさまざまです。なかでも、もっとも長く身近に仕えてきた弟子アーナンダは、悲しみのあまり気絶してしまいます。一方で、お釈迦さまの教えを深く理解した菩薩たちは、静かにその死を見つめています。
涅槃図には実に多くの人物が描かれていますが、その中には動物たちの姿もあります。象、獅子、猿、鳥たち、牛や羊、さらには蛇やさそりまで──五十二種類もの生きものが、お釈迦さまの死を嘆き悲しんで集まってきたといわれています。実際、お釈迦さまの説法の場には、動物たちが静かに集まり耳を傾けていたとも伝えられています。
しかし、なぜ動物が泣くのでしょうか。
「動物だって泣くでしょう。亡くなった飼い主のそばを離れない犬もいるし、愛する者との別れを悲しむ気持ちはあるはずだ」と思われるかもしれません。しかし、お釈迦さまは動物を飼い育てていたわけではありません。動物たちは、お釈迦さまの“教え”を聞けなくて悲しんでいるのです。
ここに、お釈迦さまの悟りがあらゆる生命とつながっていることが示されています。
お釈迦さまは悟りを開いた直後、しばらくの間、その教えを説くことをためらいました。
「人々は執着を楽しみ、執着に耽り、執着を喜んでいる。欲にまみれ暗闇に覆われた人々には、仏の教えを聞くことも、見ることもできない」と語っています。
動物には「自分」という強い執着はないように思われますが、生きるために瞬間ごとに判断し、時にその情動(生存欲)が過度の争いや怒りとなり、自らの死へとつながることもあります。それが苦しみであるならば、動物たちもまた、お釈迦さまの教えによって心を鎮め、安らぎを感じたのではないでしょうか。その教えがもう聞けなくなることを悲しんでいる──そう考えると、涅槃図に描かれた動物たちの涙が、より深く胸に迫ってきます。
お釈迦さまの悟りから導かれた「縁起」の法は、まさにすべての生きとし生けるものに向けて説かれた教えです。その広大さと深さを思うと、あらためて心を揺さぶられます。

涅槃図の絵解きの後は、写経に参加してくれた方たちと共に、お釈迦さまの「はなくそ」を食べました。「はなくそ=花供曽」はお釈迦さまの涅槃会に配られるお菓子で、もともとは、京都のお正月にご本尊さまにお供えした鏡餅を小さく刻み、軽く焼き、黒砂糖をからめて菓子にしたものです。涅槃会に食べると無病息災過ごせるといわれています。
次回の写経会は4月19日(日)午後3時からです。どなたでも参加できます。お待ちしています。

2月 15 日はお釈迦さまが入滅された日です。この日は、多くのお寺でお釈迦さまの遺徳を偲び、お釈迦さまが入滅された場面を描いた「涅槃図」を掲げて法要が営まれます(月遅れの 3 月 15 日に行う寺院もあります)。この法要は「涅槃会」と呼ばれ...
08/02/2026

2月 15 日はお釈迦さまが入滅された日です。この日は、多くのお寺でお釈迦さまの遺徳を偲び、お釈迦さまが入滅された場面を描いた「涅槃図」を掲げて法要が営まれます(月遅れの 3 月 15 日に行う寺院もあります)。この法要は「涅槃会」と呼ばれることが多いのですが、真言宗では「常楽会」と呼んでいます。その理由は、「仏教は通常、この世のすべては無常で、苦しみに満ち、よるべなき無我であり、不浄であると説くが、お釈迦さまの悟りは、永遠に変わることなく常住で、よく苦しみを抜いて楽を与え、自由で何ものにも拘束されない我であり、澄み切った清らかな浄である」という見方からで、涅槃の徳(お釈迦さまの悟りが伝える素晴らしい教え)を「常・楽・我・浄」で表して、「常楽会」と呼ぶようになったのです。
お釈迦さまの教えの目的は、「苦しみを滅すること」にあります。
そのために示されたのが、諸行無常──すべてのものはとどまることなく変化し続ける、
そして 諸法無我──すべては因縁によって生じ、独立して存在するものはない、
という二つの真理です。この二つの教えを基盤として、あらゆる存在を正しく観察し、熱心に努め、精神を統一し、執着や憎しみを抑えていく道を歩むことになります。これがお釈迦さまの説かれた修行の方向性です。
一方、真言宗では、悟りの境地から見た世界の実相を「常・楽・我・浄」という清らかで美しい姿としてとらえ、そこから仏の道を歩んでいくことを説いています。
これは一種の“コペルニクス的転回”ともいえる、驚きです。
向かうベクトルが逆なのです。
• お釈迦さまの道:人間 → 仏へと近づいていく道
• 真言宗の道:仏の立場 → 人間へと働きかける道
たとえるなら、険しい山を一歩一歩登っていくのがお釈迦さまの道であり、山頂から地上へと降りていくのが真言宗の道、と言えるかもしれません。では、すでに山頂の雰囲気を味わった者の目的とは何でしょうか。それは、お釈迦さまが悟りの後の 45 年間、休むことなく説法の旅を続けられたように、自利利他円満をめざすことでしょう。自ら悟りを深めつつ、同時に他者を導いていくことだと思うのです。
今月の写経会では「涅槃図の絵解き」を行いました。来月は3月15日(日)午後3時より、再度「涅槃図の絵解き」を行います。ご参加ください。

加須の総願寺の節分会で、お稚児さんのお加持をして、自坊に帰って、豆まき式を厳修致しました。豆を投げて魔を滅す!心の鬼も滅して!皆さまにたくさんの福が来ますように。立春大吉!ご参集ありがとうございました🙏
03/02/2026

加須の総願寺の節分会で、お稚児さんのお加持をして、自坊に帰って、豆まき式を厳修致しました。
豆を投げて魔を滅す!心の鬼も滅して!
皆さまにたくさんの福が来ますように。
立春大吉!
ご参集ありがとうございました🙏

今年は午歳です。馬は日本で古くから神仏の乗りものとして神聖視され、神仏のお告げを受けるために馬を献上する風習がありました。それが時代を経て、神社や寺院に祈願するときに奉納する絵馬となりました。どうして合格祈願に馬なのかというと、「どうかうま...
18/01/2026

今年は午歳です。馬は日本で古くから神仏の乗りものとして神聖視され、神仏のお告げを受けるために馬を献上する風習がありました。それが時代を経て、神社や寺院に祈願するときに奉納する絵馬となりました。どうして合格祈願に馬なのかというと、「どうかうまくいきますように」という語呂合わせがあるようです。
昔の諺に「馬は八歳、牛は六歳」があります。これは馬と牛の働き盛りの年齢を示したもので、馬は八歳ぐらいが性格もよく、いうことを聞き、人の役に立つ年齢といわれてきました。昔から馬は貴重な労働力であり、移動の際の交通手段として欠かすことのできない動物として、人の身近で大切に飼われてきました。
各家々で馬を飼っていた時代、宝性院では毎年 3 月 1 日に「馬寄せ」が行われ、着飾った馬たちが馬頭観音の周りを巡って、健康長寿と道中安全を祈る儀式が営まれていました。
今では交通手段は馬から車や電車に変わりましたが、車や電車を動かすモーターの動力の単位は「馬力」です。どれだけ重い荷物をどれだけ遠くまで運べるかを、馬何頭分に当たるかで示した馬力が、今も基準として使われています。
さて、馬の働き盛りは八歳だそうですが、では人の働き盛りは何歳でしょうか。三十歳、四十歳、五十歳……。その答えはいろいろあるでしょうが、それは「目標に向かっているとき」ではないでしょうか。
先日、朝日新聞の「天声人語」で知りましたが、漢字研究の泰斗である白川静先生は、還暦で初めて新書を出版され、字書三部作(『字統』『字訓』『字通』)の大著に挑んだのは 70歳を過ぎてからで、完成は 86 歳のときだったそうです。
正月 8〜14 日の間、京都・東寺で行われていた後七日御修法(弘法大師・空海が宮中真言院にて、国家安泰・玉体安穏・万民豊楽を祈って行ってきた宮中の恒例行事)では、真言宗各派の歴練の僧侶の方々が、極寒のお堂のなか二十一座の行法をお勤めくださいました。そのなかで、真言宗智山派の管長吉田猊下は 90 歳であられます。吉田猊下は、御修法を終えてのご感想を「毎座、身の引きしまる思いで、清々しい気持ちになった」と述べておられました。いつまでも目標をもち、こころあらたに、感動を得ることが、人の原動力なのだと思い知らされました。
次回の写経会は2月8日(日)午後3時から、どなたでも参加いただけますm(__)m

除夜の鐘 初詣大晦日午後11時15分より除夜の鐘を厳修いたします。除夜の鐘はどなたでも打つことができます(先着順となります)。どうぞご参加ください。鐘をつかれた方にナンバリングされた除夜の鐘のカードを差し上げています。今年の除夜の鐘のカード...
30/12/2025

除夜の鐘 初詣
大晦日午後11時15分より除夜の鐘を厳修いたします。除夜の鐘はどなたでも打つことができます(先着順となります)。どうぞご参加ください。鐘をつかれた方にナンバリングされた除夜の鐘のカードを差し上げています。
今年の除夜の鐘のカードはテライチで河北師が即興で描いた神馬です。
除夜の鐘の後 深夜0時過ぎより元朝護摩を厳修致します。不動堂にご参拝ください。
護摩祈願は引き続き元旦より6日まで厳修致します。
安産子宝のお不動さま、成田山のお不動さま、菅谷のお不動さまに皆さまの厄除、家内安全、交通安全、所願成就を祈願いたします。
初詣は杉戸不動尊にお出かけください。
護摩祈願の時間
元旦 午前11時/午後1時/午後2時半
2日、3日 午前11時/午後2時
4〜6日 午前11時
境内に午年にちなんだ馬頭観音もお祀りしております。

今年も残りわずかとなりました。毎年この時期になると一年をふりかえり、やり残したことや思いがけない出来事をあれこれ思い浮かべてみては、予定通りうまくいったことがほとんどなかったと落ち込んだりします。そう考えていくと、自分の人生も「なぜかわから...
21/12/2025

今年も残りわずかとなりました。毎年この時期になると一年をふりかえり、やり残したことや思いがけない出来事をあれこれ思い浮かべてみては、予定通りうまくいったことがほとんどなかったと落ち込んだりします。そう考えていくと、自分の人生も「なぜかわからないけれど、気づけばこういう形になっていた」という感覚さえしてきます。皆さんはどうでしょう。「何だか知らないけど、あの旦那と一緒になってしまった。それがつまずき(妻だけに)の始まりだ」なんて思っていませんか。もちろん冗談ですが、とにもかくにも人生は予測不能です。それを私たちは“運命”と呼ぶのでしょう。
運命は「命を運ぶ」と書きます。つまり、自分の意思を超えたところで命が運ばれていくことを表しています。お釈迦さまは、この運命に支配された人間の一生を「思い通りにならない、予想できない、失うことから逃れられない」と言い放ちました。まるで第九の「ジャジャジャジャン」が聞こえてきそうです。しかし、お釈迦さまは「すべては運命で決まっているのだから、あきらめなさい」とは言いませんでした。むしろ、「変わらないものと変わりうるもの」を分けて考えなさいと説きました。たとえば、自分の生まれた場所や親、すでに行ってしまった過去の行為は変えることができません。しかし、自分の思いや考え、行動、そして自分との向き合い方は変えることができます。その“自分自身の変化”が、さまざまなものに影響し、関係し合い、人の生き方を変えていくのだと、お釈迦さまは熱心に説き続けました。
では今一度、今年をふりかえってみましょう。
「自分自身の気づき、こころ動かされたことは何ですか」
その小さな気づきこそが、きっとあなたの命をどこかへ運んでいくことでしょう。

本年最後の写経会、虹🌈が出ました。
来年の第一回目は1月18日(日)午後3時からです。ご参加お待ちしています。

11月30日『観音クラシックvol.9』おかげさまで満員御礼です。ヴァイオリニストの新井貴盛さん、チェリストの黒川美咲さん ピアニストの水野彰子さん「トリオ・ミンピア」の三重奏が織りなす深い音色、晩秋に溶け込むようで、素晴らしかったです。演...
30/11/2025

11月30日『観音クラシックvol.9』おかげさまで満員御礼です。ヴァイオリニストの新井貴盛さん、チェリストの黒川美咲さん ピアニストの水野彰子さん「トリオ・ミンピア」の三重奏が織りなす深い音色、晩秋に溶け込むようで、素晴らしかったです。演奏者とご来場いただいた皆さまに深く感謝申し上げます🙏

先日、福島県いわき市で「法話」をして参りました。タイトルは「あの世の話」、私が決めたものではなく、主催者からの要望です。今回の写経会では、その一部をお話し致しました。私たちは自分が死んだことを体験することができません。旅行に行くように、あの...
09/11/2025

先日、福島県いわき市で「法話」をして参りました。タイトルは「あの世の話」、私が決めたものではなく、主催者からの要望です。今回の写経会では、その一部をお話し致しました。
私たちは自分が死んだことを体験することができません。旅行に行くように、あの世に行ってきたと、土産話をすることはありません。ではまったくないかというと、時々、あの世に行ってきたと言う人がいます。死ぬか生きるかの状態になり、あの世に行って、懐かしい人々に出会い、その人たちから「まだ来る時じゃないから、帰れ、帰れ」と言われて、この世に戻ってきたという体験を語る人がいます。いわゆる臨死体験と呼ばれるものです。私のお寺のお檀家さんにも、臨死体験をしたという方がいて、そのときの様子をとてもリアルに語ってくれたことがあります。ただ、もしかすると臨死体験とは、意識が朦朧とした状態で脳が見せる錯覚なのかもしれないと思います。それでも不思議なのは、臨死体験をした人が見るのは、決まって亡くなった人ばかりで、生きている人が出てこないという点です。もしかしたら、脳の中には亡くなった人の記憶だけをしまっておく特別な領域があり、臨死状態になるとそこが刺激されるのではないか――そんなふうにも考えられる気がします。
いずれにしても、「あの世」は死んでみないとわかりません。
現在、世界全体で死んだ後の世界「あの世」を信じている人は、60~70%いるといわれています。世界のあらゆる宗教が死後の世界「あの世」を説きますが、キリスト教は天国、イスラム教は楽園、仏教は浄土と、あの世はそれぞれ違います。しかし、どの宗教も共通していることは、「善き魂は善き場所に生まれ、悪しき魂は悪しき場所に生まれる」ことを説いている点です。仏教も、仏さまの世界である浄土へ往生する(生まれ変わる)道を説きながら、善行をすれば善き生に向かい、悪行をすれば悪しき生に向かうことを繰り返し説いてきました。
あの世は、私たちの心がけや行いによってつくりだされるということでしょうか。
もしかしたら、あの世とこの世はコインの裏表なのかもしれません。
この世があの世を作り出し、あの世がこの世に影響を与えるという関係になっている気がします。だから、この世の関係が豊かであれば、あの世では懐かしき人たちと出会うことができるのだと思います。
人生にはいろいろな出来事があるけれど、ずっとつながっている(記憶や意志や物語や他者との関係性が)と思えるからこそ、生きる喜びや成長を感じられるのではないかと思います。もし死んだあとにも何かが続いていくのなら、その気持ちはもっと深くなるかもしれません。

お寺で御朱印をいただくと、そこにはご本尊さまのお名前が書かれています。ご本尊さまとは、そのお寺の深い縁があり中心にまつられている仏さまのことです。阿弥陀如来、不動明王、観音菩薩、地蔵菩薩などなど、お寺にまつられているご本尊さまはさまざまで、...
12/10/2025

お寺で御朱印をいただくと、そこにはご本尊さまのお名前が書かれています。ご本尊さまとは、そのお寺の深い縁があり中心にまつられている仏さまのことです。阿弥陀如来、不動明王、観音菩薩、地蔵菩薩などなど、お寺にまつられているご本尊さまはさまざまで、お顔立ちやお姿や持ち物も微妙に違います。姿形をみて、何という仏さまかがわかる人は「通だねー」です。もしも皆さんが、仏さまの名前を十以上スラスラ言えたら、立派な仏像通かと思います。
ところで、仏さまのお名前を覚えることも大切ですが、仏さまのご誓願(せいがん)を覚えていただくと、仏さまを身近に感じることができるのではないかと思います。ご誓願とは、仏さまが私たちを導いていくために決めた、堅い誓いと大いなる願いのことです。ご誓願は仏さまによって違います。今回は十三仏と呼ばれている、主な仏さまのご誓願をご紹介致します。この十三仏のなかには、自分の生まれた年の干支の守り本尊(特に自分を守ってくれる仏さま)もありますので、みつけてみてください。ご誓願を知ることで、仏さまの力をより感じていただければと思います。
◇不動明王(ふどうみょうおう) ご誓願「障難を除き、煩悩を焼き尽し、願い事が円満成就しますように」 <酉(とり)年生まれ 守り本尊> ◇釈迦如来(しゃかにょらい) ご誓願「すべての生命を尊び、心の安らぎが円満成就しますように」 ◇文殊菩薩(もんじゅぼさつ) ご誓願「物事を正しく判断し、深く理解する智慧が円満成就しますように」<卯(うさぎ)年生まれ 守り本尊> ◇普賢菩薩(ふげんぼさつ) ご誓願「 善き行いの実践が身につき、清らかな心が円満成就しますように」<辰(たつ)年・巳(へび)年生まれ 守り本尊> ◇地蔵菩薩(じぞうぼさつ) ご誓願「忍耐と精進によって苦難を乗り越える力が円満成就しますように」 ◇弥勒菩薩(みろくぼさつ) ご誓願「慈しみの心がすべてにおよび、信愛の関係が円満成就しますように」 ◇薬師如来(やくしにょらい) ご誓願「心身の病苦が除かれ、不安や恐れのない心が円満成就しますように」 ◇観音菩薩(かんのんぼさつ)ご誓願「危険や苦難が除かれ、安らぎと福徳が円満成就しますように」<子(ねずみ)年生まれ 守り本尊> ◇勢至菩薩(せいしぼさつ) ご誓願「智慧によって煩悩を滅し、向上心が円満成就しますように」<午(うま)年生まれ 守り本尊> ◇阿弥陀如来(あみだにょらい) ご誓願「長寿健康となり、争いのない平和な世界が円満成就しますように」<戌(いぬ)年・亥(いのしし)年生まれ 守り本尊> ◇阿閦如来(あしゅくにょらい) ご誓願「他者への怒りを無くし、ゆるぎない心が円満成就しますように」 ◇大日如来(だいにちにょらい) ご誓願「すべての闇が照らされ、すべての命が輝くことが円満成就しますように」<未(ひつじ)年・申(さる)年生まれ 守り本尊> ◇虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ) ご誓願「限りない智慧によって、福徳が円満成就しますように」<丑(うし)年・寅(とら)年生まれ 守り本尊>
宝性院では十三仏をおまつりしています。来る 10 月 19 日に開催されるテライチ・お寺の手づくり市では、蓮灯りのなかで自分の守り本尊を探す、十三仏参りが行われます。型染め手刷りの限定御朱印も授与いたします。ご参加ください。
次回の写経会は11月9日(日)午後3時からです。こちらもご参加お待ちしております🙏

秋になると空気が澄んで月が美しく輝きます。今年の中秋の名月は 10 月 6 日だそうで、まあるい大きなお月さまが顔を出してくれるとよいなと思います。ところで、私たち日本人は、月の模様に「うさぎが餅をついている姿」を思い浮かべますが、月の模様...
14/09/2025

秋になると空気が澄んで月が美しく輝きます。今年の中秋の名月は 10 月 6 日だそうで、まあるい大きなお月さまが顔を出してくれるとよいなと思います。ところで、私たち日本人は、月の模様に「うさぎが餅をついている姿」を思い浮かべますが、月の模様が何に見えるかは、国によって違ってきます。南ヨーロッパの海沿いの国ではカニ、東ヨーロッパでは女神の横側、北欧では本を読むおばあさん、カナダの先住民はバケツを運ぶ少女、南アメリカはワニ、中南米はロバ、アラビア半島では吠えるライオンと見え方は多種多様で、その国の文化や精神性と深く関わっているようです。
では何故、日本人は月にうさぎがいると見るのでしょうか?実はこれはインドの仏教説話「ジャータカ物語」の一編「月の兎」に由来します。それは「昔々、天竺(インド)に兎、猿、狐の三匹の動物がいました。ある日、帝釈天が、痩せ細って腹を空かせた老人の姿となって、動物たちの前に現れます。三匹は老人のためにそれぞれ食べ物を探しに出かけます。猿は木の実を集め、狐は川で魚を捕まえます。しかし何も見つけられなかった兎は、猿に薪を集めてもらい、狐に火を起こしてもらい、燃え盛る火の中に飛び込んで自らが食べ物となります。その瞬間、老人は帝釈天の姿に戻り、この尊い行いを永遠に忘れぬよう、兎の姿を月に映し、すべての人々が慈悲の心を思い出すようにした」というお話です。
この物語は仏教伝来とともに日本に伝えられたため、インドや中国でも月の模様にうさぎの姿を思い浮かべます。しかし、うさぎが何をしているのかは、それぞれ違いがあり、インドでは物語と同様にうさぎが火に飛び込んでいる姿、中国ではうさぎが不老不死の薬をつくっている姿となります。日本ではお米を中心とした農耕社会のなかで、月の満ち欠けを暦として生活をしたため、中秋の名月がお米の収穫を祝うことと結びつき、うさぎが餅をつく姿となりました。日本人は満月に人につくすことと、自然に感謝することのふたつを感じとってきたのです。すごいですね。
ところで、もしも、うさぎが月に住んでいて、今の地球を眺めているとしたら、何を思うのでしょうか。「地球では人と人がどつきあっている」と思うかもしれませんね。「ど」の頭文字は取りたいですね。
仏教では満月をお釈迦さまの悟りそのものであると説きます。お釈迦さまは満月の夜に「すべての生きとし生けるものが幸せであれ 平穏であれ 安らかであれ」と繰り返し説かれたと伝えられています。
次回の写経と法話の会は10月12日(日)午後3時からです。参加お待ちしております🙏

住所

埼玉県北葛飾郡杉戸町杉戸1−5−6
Miyashiro-Machi Minamisaitama-gun, Saitama
345-0036

電話番号

0480320342

ウェブサイト

アラート

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