23/08/2026
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Ⅱコリント人への手紙 13章8節 『主のためならできる』
8節
私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。
真理に逆らうことは何もできないけれども、真理のためなら、できると、神のことばが、語っています。・・・すなわち、それが真理のためであることを悟るなら、私たちには、それができると、神様が私たちに保証してくださっています。
たとえば、神のことばが、「恐れるな。わたしがあなたとともにいる。」と言うなら、
私を愛し、私を守ってくださる、神様が一緒にいてくださることのゆえに、私は、恐れないでいることができる・・・
「恐れるな。わたしがあなたとともにいる」という、みことばの真理を悟るとき、真理に逆らって、恐れることができなくなり、真理のために、恐れないでいることができるようにされる・・・
しかし、神様がともにいてくださることを信じていても、なぜか、私のように、恐れてしまう、という方もおられるかもしれません。
イエス様が一緒にいて守ってくださる、と、信じますか?と聞かれるなら、信じます、と、答えはしますが、そう答えながらも、心が恐れてしまう・・・何故でしょうか?
・・・真理のためならできるという、みことばを悟っていないからです・・・真理のため・・・すなわち、主のためならできる・・・このみことばの真理を悟るなら、できる。
ローマ人への手紙 14章7-9節
私たちの中でだれ一人、自分のために生きている人はなく、自分のために死ぬ人もいないからです。
私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死にます。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
キリストが死んでよみがえられたのは、死んだ人にも生きている人にも、主となるためです。
イエス様は、私の罪のために死んでくださった。よみがえってくださったと、信じるなら、私は、自分のためではなく、主のために生きる人に変えられた人だと、神のことばが語っています。
イエス様の十字架の死と復活は、私のためであったと、信じた人は、もはや、自分のものではなく、主のものにされた、と、神のことばが語っています。
私のために死んでよみがえられたイエス様を、自分の救い主として信じ、受け入れた人は、主のために生きる者として、聖霊様によって、生まれ変わった、全く新しい存在にされた、と、神のことばが語っています。
もし、あなたが、イエス様を信じ、受け入れたなら、あなたは、もうすでに、全く新しい存在です。それは、イエス様が、あなたのために成し遂げてくださった、救いのわざのゆえです。
すべてのことがイエス様の恵みのおかげです。
私のすべての罪が赦されたのは、イエス様の恵みのおかげでした。
罪人であった私が、神様の子どもとされたのも、イエス様の恵みでした。
自分のためにしか生きられなかった私が、主のために生きる者に変えられたのも、イエス様の恵みでした。
イエス様の恵みを、みことばから悟るとき、その恵みの力が働いて、私たちを、主のために生かしてくださる。私たちではなく、イエス様の恵みが、私たちに、そうさせてくださる。
神のことばから、神の恵みを悟ることによって、神の恵みが私たちを造り変えます。
神の恵みが、私たちを生かし、神の恵みが、私たちに力を与え、神の恵みが、私たちに神の働きをさせてくださる・・・だからこそ、神の恵みを悟った使徒パウロは、次のように告白しました。
Ⅰコリント人への手紙 15章10節
ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのですが。
キリストとキリストの教会を迫害した、迫害者サウロを、偉大な伝道者パウロに生まれ変わらせたのは、神の恵みでした。
使徒パウロが、自分で働いたのではなく、パウロとともにあった神の恵みが、パウロに神の働きをさせてくださった。
同じように、私たちも、神の恵みを悟るとき、その恵みの力によって、主のために生き、主の働きをさせてもらえる・・・だからこそ、今、この時間、聖霊様の助けを受けて、神のことばから、神の恵みを悟らせていただきましょう。
8節
私たちは、真理に逆らっては何もすることができませんが、真理のためならできます。
真理に逆らっては何もすることができない。真理のためなら、できる・・・このみことばを悟るだけで、大きな恵みの力が働きます。
真理に逆らっては何もできない、という恵みを悟るとき、その恵みの力によって、真理に逆らう罪を犯すことができなくされていき、罪の力から解放されていきます。
真理に逆らって、アルコール中毒でいることができなくされていきます。その他、薬物中毒、スマホ中毒、真理に逆らう、どんな中毒でいることも、できなくされていく・・・恵みのおかげです。
また、真理のためなら、できる、すなわち、主のためなら、できるという、恵みを悟るとき、主のために生きることが喜びとなり、喜んで、神に仕えることができるようにされます・・・すべてが恵みのおかげです。恵みの力が、そうせてくださる・・・だからこそ、主のためなら、できるという、恵みを悟りましょう。・・・・主のためなら、できるという、恵みを、今、信じ、受け入れる、皆さんに、神様が恵みの力を働かせてくださることを、主イエスの御名によって、祝福します。
ローマ人への手紙 14章7-9節
私たちの中でだれ一人、自分のために生きている人はなく、自分のために死ぬ人もいないからです。
私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死にます。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
キリストが死んでよみがえられたのは、死んだ人にも生きている人にも、主となるためです。
イエス様が死んで、よみがえられた目的は、私たちの主となるためでした。
イエス様は、ご自分が始められた働きを、途中でやめてしまったり、失敗してできなくなったり、することは、絶対にありません。
神様のわざは、イエス様を信じた私たちのうちに、もうすでに始まっています。
ヨハネの福音書 6章29節
イエスは答えられた。「神が遣わした者をあなたがたが信じること、それが神のわざです。」
私たちがイエス様を信じること、それが、神のわざです。
自分でイエス様を信じているように思われるかもしれませんが、実は、私たちは、神様の恵みによって、イエス様を信じさせていただいているのです。
神様の恵みが、私に働いたので、私はイエス様を信じることができました。今も、神の恵みが、私のうちに働いているので、私はイエス様を信じ続けさせていただいています。
神の恵みによって、私たちがイエス様を信じることが、神様のわざです。・・・イエス様を信じるこことが、最も偉大な神様の奇跡のわざです。
イエス様を信じる奇跡によって、私に、罪の赦し、永遠のいのちが与えられました。
永遠のいのちが与えられる奇跡よりも偉大な奇跡は存在しません・・・不治の病が癒される奇跡よりも、無一文から億万長者になる奇跡よりも、どんな奇跡よりも、偉大な奇跡は、私たちがイエス様を信じる奇跡です。
もし、あなたがイエス様を信じるなら、それは、神様が最も偉大な奇跡を、あなたに行ってくださったということです。・・・その恵みを、神様に感謝してください。・・・イエス様を信じるという最も偉大な奇跡を、神様が、私たちに行ってくださった恵みを、いつも覚えて、感謝してください。
神の恵みを無視しないで、忘れないで、感謝すること・・・神様が、私に恵みを与えてくださったと認めて、神様に感謝するとき、恵みの扉が、さらに開かれていくのです。
あの人にでも、みんなにでもなく、神様が私にしてくださった恵みのわざを認めて、感謝するとき、神の恵みのわざが、さらに、実現していきます。
私たちがイエス様を信じること自体が、神の恵みです・・・私が努力したから信じることができたわけでも、お金を払ったから信じることができたわけでも、私が正しいから、信じることができたわけでもありません・・・一方的な神の恵みによって、イエス様を信じる奇跡が与えられました。
イエス様を信じること自体が、最も偉大な神の奇跡であることを悟るとき、その他の神の奇跡も、どんどん、実現していきます。
神様は、もうすでに、イエス様を信じる最も偉大な奇跡を、私に行ってくださった・・・その恵みを認めて、神様に感謝するとき、その他の奇跡も与えられていきます。
神様が良くしてくださった一つ一つの恵みを忘れることなく、感謝していくときに、神の恵みの力は、パウロに働いたように、私たちのうちにも働くようになるのです。
ローマ人への手紙 14章7-9節
私たちの中でだれ一人、自分のために生きている人はなく、自分のために死ぬ人もいないからです。
私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死にます。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
キリストが死んでよみがえられたのは、死んだ人にも生きている人にも、主となるためです。
イエス様が死んで、よみがえられた目的は、私たちの主となるためでした。
そして、イエス様を信じ、受け入れた私たちのうちに、イエス様は、その目的を成し遂げて、今や、イエス様は、私たちの主となってくださいました。
イエス様は、もうすでに私たちの主です。そして、私たちは、もうすでに、イエス様のものです。
さらに、私たちは、もうすでに、イエス様のために生きる存在に生まれ変わらせていただきました。すべてが恵みのおかげです。イエス様を信じる奇跡を私たちに与えてくださった神様の恵みのおかげです。
しかし、イエス様を信じて、イエス様のために生きる新しい存在に変えられた恵みを悟らないまま、古い罪人として、自分のために生きてしまう・・・自己中心の罪に縛られたまま、生きてしまうことが、あるのです。みことばの真理を悟り、自由にされる必要があるのです。
イエス様を信じたのに、生き方は変わらない・・・イエス様を信じたのに、心がむなしい・・・イエス様を信じたのに、恐れ、不安、怒りに心が支配される・・・何が必要でしょうか・・・みことばからイエス・キリストの恵みを悟ることです。もうすでに、神様が、私に与えてくださっている恵みを、みことばから悟ることです。
その恵みが、もうすでに、与えられていることを悟るとき、その恵みの力が、私のうちに働き始めます。・・・しかし、悟らなければ、恵みは、私のうちに働くことができない・・・
ですから、その恵みを悟りましょう。私のために死んでよみがえられた、イエス様の恵みによって、もうすでに、私は、イエス様のために生きる、全く新しい存在に造り変えられた恵みを悟りましょう・・・今や私は、イエス様のために生きることを喜ぶ存在に造り変えられた・・・この恵みを、みことばから悟ることを求めるあなたに、今日、主ご自身が、みことばを悟る恵みを、与えてくださることを、主イエスの御名によって、祝福します。
信仰生活に起こるあらゆる問題の原因は、主のために生きる恵みを、みことばから悟ろうとしないことです。
イエス様を信じる、神様の奇跡が与えられた時点で、私たちは、主のために生きる新しい存在に変えられました・・・しかし、その恵みを悟ろうとしないまま、引き続き、古い罪人として、自分のために生きてしまうから、あらゆる問題が起こるのです。
皆さん、掃除機は、細かいゴミを吸い取るために造られました。掃除機が、本来、造られた目的から外れて、水を吸い取るなら、故障します。
水を吸い取ることは、そのために造られたポンプに任せて、掃除機は、ゴミを吸い取るという自分の使命に忠実になれば、主人に用いられる最高のパフォーマンスを発揮して、輝きます。
同じように、私たちも、主のために生きるという自分の使命に忠実になれば、主に用いられる最高のパフォーマンスを発揮して、私たちは世の光として輝きます。
だからこそ、主のために生きるとは、どういうことなのかを、みことばから悟る恵みを受けるとき、あらゆる問題は解決し、私たちは主の喜びに満たされて、輝くようになります。
ルカの福音書 15章7節
あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。
主のために生きるとは、主の願いを自分の願いとして、主と共に生きることです。
主が喜ぶことを、私も喜び、主と心を一つにして、主と共に生きることです。
主が最も喜ばれることとは、何でしょうか・・・それは、失われた魂が、悔い改めて救われること。
私たちが、イエス様を信じる恵みを受けたとき、天国に溢れるほど、大きな喜びで、主は、私たちの救いを喜んでくださいました。たましいの救いを喜ぶ主の喜びは、何よりも大きい。
私たちも、主と一緒に魂の救いを喜ぶとき、私たちにうちに主の喜びが湧き上がって来ます。
私たちの使命は、たましいの救いのために、主と一緒に働くことです。
神を知らない人々のために、心を痛めている主と一緒に、彼らの救いのために涙を流して祈ること、聞く耳を持つすべての人に、イエス様の救いのみことばを宣べ伝えること・・・それが、私たちに与えられた主の使命です。
ヨハネの福音書 3章16節-17節
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
神の御心は、一人も滅びることなく、すべての人がイエス様を信じる信仰によって救われることです・・・主のために生きるとは、主と心を一つにして、たましいの救いのために、自分に任された働きに忠実になることです。
自分に与えられた主の使命を、みことばから悟ろうとしないで、自分のために生きることが、人生に問題を引き起こし、私たちの心を虚しくするのです。
イエス様を信じた時点で、私たちは、主のために生きることに、最高の喜びを感じる、新しい
存在に変えられました。主のために生きる恵みを悟ろうとしないで、自分のために生きるとき、問題が起こり、心は虚しくなっていく・・・
しかし、みことばから、主のために生きる恵みを悟り、主と心を一つにして、たましいの救いのために、忠実に働くとき、神の喜びが、私たちを輝かせます。
主のために生きる恵みを悟るとき、主と心を一つにして、人々を愛し、仕えることが喜びとなるのです。
ですから、まず、みことばから、主のみこころを悟る恵みを受け取りましょう。
主のみこころは、たましいの救いです。主は、私の救いを喜んでくださった・・・まず、この恵みを認めて、神様に感謝しましょう。
私を愛し、私を救ってくださった主の恵みを認めて、感謝することから始めましょう。
今週、一週間、神様が、私に、イエス様を信じるという神様のわざを行ってくださった恵みを、いつも感謝しましょう。
神様が、私に恵みを与えてくださったと認めて、感謝するとき、さらに恵みの扉が開かれます。
あの人にでも、みんなにでもなく、神様が私にしてくださった恵みを認めて、感謝するときに、神の恵みの力が、ますます、力強く働くようになります。
神の恵みを認めて、感謝し続けるとき、神の恵みの力が、私を越えて働き、人々にも働くようになります。
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