24/05/2026
【横川法語を背に】
コロナ以降、法事の後のお斎(会食)はほとんどなくなっていますが、たまにご用意くださる時もあります。
お弁当に小皿が数品、この数もかつては申し合わされていたものでした。
なんとなく懐かしい光景になったものです。
手作りで、改めてなかなか大変な準備をしてくださっています。
床の間にかかる横川法語の掛け軸。
亡き方が好きだったようで、法事の時にはよく奉掛されています。
全文ではなく、前半のみ。
聖典に照らしてみると、少し省略があったり。
(前半のところ、だいたいこんな感じのこと)
一切の衆生が、地獄・餓鬼・畜生の三悪道を免れて、人間に生まれることは、大きな喜びである。
身分が卑しくても、畜生より劣ることがあるだろうか。家が貧しくても、餓鬼よりはましであるはずだ。
心に思うことがかなわなくとも、地獄の苦しみに比べることはできない。
この世の住みにくさやつらさは、仏の教えに出会うための手がかりである。
取るに足りない身の卑しさは、悟りを願うよすがである。
それゆえ、人間に生まれたことを喜ぶべきである。
信心が浅くても、阿弥陀仏の本願が深いので、頼みさえすれば必ず往生する。
念仏は気が進まないものではあるが、唱えれば必ず来迎にあずかる。
その功徳はきわめて大きい。
このため、本願に遇えたことを喜ぶべきである。
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