臨済宗南禅寺派円通寺

臨済宗南禅寺派円通寺 臨済宗(禅) 大本山南禅寺の末寺

16/01/2026

2026年2月28日(土)3月21日(土)の坐禅会はお休みします。その前後の土曜坐禅会(6:25~)はあります。

09/01/2026

夏目漱石 大正五年十一月一日 
雲水鬼村元成の為に墨絵を作り、これに賛を書いた。 
五言絶句・入声・陌韻

君 卧 一 圓 中

吾 描 松 下 石

勿 言 不 會 禅

元 是 山 林 客

雲水鬼村元成へ送った絶句について
大正五年十一月一日夏目漱石は雲水鬼村元成のために墨絵を描き、これに五言絶句の賛を添えた。この時期の漱石は体調不良に悩まされてはいたものの、まだ床に臥す段階には至っていない。実際に病床に伏したのは十一月二十一日であり、その後容態は悪化し十二月九日に永眠する。したがって本作は最期を目前にした断念の筆というよりも衰えを自覚しつつなお精神の自由を保っていた時期の産物と見るべきである。
 詩は「君卧一圓中 吾描松下石」と始まる。
一圓は禅における円相を思わせ、完全・無分別・悟境の象徴である。その円相の中に安らかに臥す君は、雲水として修行する鬼村の姿であると同時に、禅的境地を体現する存在として描かれている。一方「吾描松下石」と詠む漱石自身は、松下の石という自然の一隅を淡々と写す者として位置づけられ、描く者と悟境に安住する者とが、静かに対置されている。
 第三句「勿言不會禅」は「禅を解せずと言うなかれ」 と読むべきで形式的な修行や語句の理解に偏した禅観を戒める一句である。漱石は禅僧ではないが長年にわたり禅的思索に親しみ、文学と人生の実感を通して禅に通じる思いをもっていた。理屈ではなく生き方そのものにあらわれる禅を、ここで静かに肯定しているのである。
 結句「元是山林客」は鬼村への賛であると同時に俗から距離を置いて生きようとした漱石自身の自己投影とも読める。死を目前にした断絶の言葉ではなく自然とともにある者としての安らかな自覚が全体を包んでいる。この墨絵と賛は最晩年の緊迫ではなく、なお余白を保った漱石精神の到達点を、簡潔な筆と詩語によって示した作品である。 漱石はここで禅の人に心を寄せたその一コマであった。

https://youtu.be/GBxrnMeKc98?si=WuQZgIZhPfxt9wsU
17/11/2025

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https://youtu.be/g-z7eJZry64?si=xkMsw6oPD_CT5Rjf
11/08/2025

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https://youtu.be/u4M_Vs7sjyM?si=IMz9oSLv50uozbH5
13/07/2025

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https://youtu.be/4hrmSPWwBHg?si=mLUEwRF0HxSd_hNc
09/06/2025

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https://youtu.be/2KKZiiwK8Kg?si=5nA8JG5On4sUcyax
29/05/2025

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21/04/2025
https://youtu.be/iU23Hdd02QU?si=OHAsZd2H3VB7SMlp
14/03/2025

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https://youtu.be/ET0Lk_f2M-Y?si=12SkmOBX_3K3i42L
09/02/2025

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21/09/2024

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