03/10/2020
2020年9月27日 主日礼拝説教要旨 平林稔牧師
「凡てのこと相働きて益となる」 ローマ8章28節
本日の聖書のローマの信徒への手紙8章28節の「万事が益となるように共に働く」は、新約聖書の中でも、特によく知られた箇所でしょう。本日のタイトルはその文語訳です。この手紙を書いたパウロも、その生涯において「どうしてこんなことが・・・」と神さまを疑うようなことはいっぱい経験していたでしょうが、「凡てのこと相働きて益となる」「万事が益となるように共に働く」と述べるのです。本日はそのことをご一緒に考えていきましょう。
パウロはここで、ただ「働く」とは言っていません。「共に働く」と述べています。益とは思えないことであっても、それら全部を合わすと益となるというのです。しかしそれだけではありません。その万事の中には、神も入っている、すなわち神が益となるように働いて下さるのだというのです。この言葉は、積極思考、結果が悪くても悪いように考えない所謂ポジティブシンキングのようなものではありません。これは信仰の言葉に他なりません。
神さまは全てのことに関わり共に働いて下さいます。私たちは、礼拝するために自分たちの意志でこの場に来ているとしても、そこにも神の意志が働いて神によって召されているのです。人生における大きな決断を伴う、進学や就職、また結婚や転職なども、そして今回の牧師の辞任も、私たちの思いだけで進んだのでなく、神が益と変えるよう私たちの意志を超えて働いて下さった結果なのです。私たちは、祈りの結果が自分たちの願いが叶った時には「祈りが聞かれた」と言い、そうではないと「祈りは聞かれなかった」と考えがちですが、そうではない。神は私たちの祈りには必ず耳を傾けて下さいます。祈りは対話ですから、全ての祈りは「聞かれている」のです。ただし、どうお応えになるか(どんな結果となるか)は、神の御心なのです。
大切なのは、物事の捉え方ではなく、共に働いて下さる神さまとどのような関係を築くかです。私たちの願いや祈りに耳を傾けて、最善をなすために共に働いて下さるのですから、神に協力することです。パウロは「わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません」(Ⅱコリント6章1節)と言っています。神さまが与えようとされている恵みを無駄にしないよう、神を信じ委ねて協力することが最善への道なのです。
では、神さまが与えようとして下さる益とは具体的に何なのでしょうか。今日の29~30節にあるように、召し出された者たちを義とし栄光をお与えになるために、御子の姿に似たものにして下さることです。御子は、父なる神との豊かな交わりに生き、神と人を愛する生き方を示し、死によっても失われない栄光を復活を通して示して下さいました。そのような生き方をするように、私たちの意志や努力を超えて、私たちを変えて下さること、それこそが神が与えて下さる、永続的で究極の益なのです。ですからキリスト教は「究極のご利益宗教」なのです。
最後に、先ほどご一緒に交読しましたコヘレトの言葉の3章1~11節をご一緒に唱和したいと思います。神のなさることは、全て時にかなって美しいのです。お祈りしましょう。