神戸大石教会

神戸大石教会 神戸大石教会は日本イエス・キリスト教団に属するプロテスタント教会で? 【牧師】
金井 望 金井その枝
【交通】
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■JR神戸線 摩耶駅から東へ徒歩10分です。

2018年1月1日 元旦礼拝 説教************************【聖書朗読】マルコの福音書6章30~44節http://www.bbbible.com/bbb/bbbmk06a.html【説教題】「五千人の給食」金井 望 ...
02/01/2018

2018年1月1日 元旦礼拝 説教

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【聖書朗読】マルコの福音書6章30~44節
http://www.bbbible.com/bbb/bbbmk06a.html
【説教題】「五千人の給食」金井 望 牧師
【中心聖句】
あなたがたが、彼らに食べる物を上げなさい。
イエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、 パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。
(マルコ6:37,41)
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https://youtube.com/watch?v=PCTJfk-0LYY

【説教要旨】

 主イエスがガリラヤ地方を中心に宣教活動をしておられた時のことである。あまりにも多くの人々が集まってきたため、イエスと弟子たちは食事をする暇も無いほどに忙しかった。そのため、しばらく休憩を取りたいと思って、主は弟子たちと共に、カペナウムから舟に乗ってガリラヤ湖を渡り、ベツサイダに行かれた(ルカ9:10)。人里離れた寂しい所に向かったのである。ところが、人々は湖畔を回って追いかけてきた。

 この少し前に、バプテスマのヨハネが領主ヘロデによって殺された。彼に望みをかけていた民衆にとって、そのショックは大きかった。主イエスは<彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた>。また、主は病人たちをいやされた(マタイ14:14)。

 そうこうする内に時間は経過し、夕暮れになってしまった。弟子たちは「みんなを解散させてください。そして、近くの部落や村に行って何か食べる物をめいめいで買うようにさせてください」と主に進言した。

 すると主は「あなたがたが、彼らに食べる物を上げなさい」と言われた。この地域の出身であるピリポが即座に計算して、「200デナリ分のパンがあっても、めいめいが少しずついただくにも足りません」と答えた(ヨハネ6:7)。1デナリは当時の労働者の日当である。そこには男が5000人、女・子供を加えれば1万にもなろうかという大群衆がいた。主はあえて弟子たちの信仰を試されたのである。

 アンデレはひとりの少年を連れてきた。

「ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚を二匹持っています。しかし、こんなに大勢の人々では、それが何になりましょう」(ヨハネ6:9)。

 大麦のパンは貧しい人が食べる安価なものであった。この魚は、食事の前菜に出される程度の小さなものである。それでもこれは、母親が少年のために用意してくれた大事な弁当である。少年はこの弁当を主におささげした。すると主は、これを用いて大きなみ業をなされた。

 主イエスは、人々を100人または50人の組に分けて、青草の野に座らせた。<イエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るようにと弟子たちにそれを与えた>。これは主の晩餐=聖餐式の所作である。配餐のために弟子たちが用いられたことに、注意したい。<人々はみな、食べて満腹した>。残ったパン切れは12のかごにいっぱいになった。

 この奇跡は、エジプトを脱出したイスラエルの民が、荒野で天からのパンをいただいた故事を、想起させた。

 必要なものが不足する時に、私たちは、どのような態度を取るだろうか。どこまで主に信頼しているだろうか。

 小さなものでも、真心をこめてささげるならば、主はそれを大きな祝福に変えてくださる。私たちは小さな存在、小さな群れであるかもしれない。けれども、自分自身を主にささげて、神の祝福を多くの人々に分け与えるために、用いていただこう。

2018年1月1日 元旦礼拝説教「五千人の給食」マルコ6章30~44節 日本イエス・キリスト教団 神戸大石教会

2017年12月31日 降誕後第1主日礼拝************************【聖書朗読】マタイの福音書13章53〜58節http://www.bbbible.com/bbb/bbbmt13a.html【説教題】「ふるさとにて」...
31/12/2017

2017年12月31日 降誕後第1主日礼拝
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【聖書朗読】マタイの福音書13章53〜58節
http://www.bbbible.com/bbb/bbbmt13a.html
【説教題】「ふるさとにて」金井 望 牧師
【中心聖句】
この人は、こんな知恵と不思議な力をどこから得たのだろう。この人は、あの大工の息子ではないか。彼の母親はマリアで、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。妹たちもみな 私たちと一緒にいるではないか。(マタイ13:54 -56)
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【説教要旨】

 主イエスは30歳くらいの時から公に宣教活動を開始された。主は弟子たちと共に、ガリラヤ地方を中心として、広く各地の町々を巡っておられた。

 マタイの福音書13章53節以下には、主イエスが郷里のナザレに行った時の記録がある。丘陵が連なるガリラヤ地方の盆地に、ナザレはあった。人口が500人くらいの小さな町であった。

 公生涯において主イエスは二度、この郷里の人々から拒絶された。主イエスが宣教活動を始めて間もない頃には、こんなことがあった。

 〈それから、イエスはご自分の育ったナザレに行き、いつものとおり安息日に会堂にはいり、朗読しようとして立たれた。すると、預言者イザヤの書が手渡されたので、その書を開いて、こう書いてある所を見つけられた。

「わたしの上に主の御霊がおられる。
主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、
わたしに油を注がれたのだから。
主はわたしを遣わされた。
捕われ人には赦免を、
盲人には目の開かれることを告げるために。
しいたげられている人々を自由にし、
主の恵みの年を告げ知らせるために」

 イエスは書を巻き、係の者に渡してすわられた。会堂にいるみなの目がイエスに注がれた。イエスは人々にこう言って話し始められた。「きょう、聖書のこのみことばが、あなたがたが聞いたとおり実現しました」。みなイエスをほめ、その口から出て来る恵みのことばに驚いた。そしてまた、「この人は、ヨセフの子ではないか」と彼らは言った。
(中略)
これらのことを聞くと、会堂にいた人たちはみな、ひどく怒り、立ち上がってイエスを町の外に追い出し、町が立っていた丘のがけのふちまで連れて行き、そこから投げ落とそうとした。しかしイエスは、彼らの真中を通り抜けて、行ってしまわれた〉(ルカ4:16-22,28-30)

 イエスは、旧約聖書に預言されたメシア、すなわち神が任職して遣わした救い主であることを、自ら証言された。そして、神の恵みがユダヤ人ではなくて、異邦人に与えられる時代が来ていることを、お告げになった。ふるさとナザレの人々はそれを認めず、憤ってイエスを殺そうとしたのであった。

 主イエスが悪霊に憑かれた人を解放していた時には、「この人は、悪霊のかしらベルゼブルの力で、悪霊を追い出している」という者がいた(マタイ12:24)。「イエスは気が狂った」という噂を聞いた身内の者たちは、イエスを連れ戻そうとした(マルコ3:21)。

 主イエスが再びナザレの会堂で教えを説いた時に、町の人々は驚嘆してこう言った、

「この人は、こんな知恵と不思議な力をどこから得たのだろう。この人は、あの大工の息子ではないか。彼の母親はマリアで、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。妹たちもみな 私たちと一緒にいるではないか」(マタイ13:54 -56)

 イエスの父ヨセフが大工として働いていたことを、ナザレの人々はよく知っていた。ヨセフが死んだ後、長男のイエスが大工として働き、母親と6人以上の弟妹を養ったこともーー。その先入観のために、ナザレの人々はイエスにつまずいた。

 イエスは真の神であり、真の人である。これを「二性一人格」というが、これは人間の知性によって説明することができない神秘である。

 当時ユダヤ人の男子は、幼児期に父や祖父から文字と律法を学んだ。そして、6歳から13歳まで会堂附設の学校で学び、一日に4時間の授業を受けた。イエスはパウロのように専門教育を受けてはいないが、12歳の時にエルサレム神殿で教師たちの質問に見事に答えておられた(ルカ2:46-47)。

 ある時、主イエスは次のように祈って言われた。

〈天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現わしてくださいました。そうです、父よ。これがみこころにかなったことでした。すべてのものが、わたしの父から、わたしに渡されています。それで、父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知る者がありません〉(マタイ11:25-27)

 イエスは、天の父との交わりによって、知恵を得ておられたのである。

 イエスの弟たちも、兄が神の御子キリストであることを、なかなか信じることができなかった。しかし、主イエスが死んだ後、復活されたので、彼らもイエスを神の御子キリストと信じて、イエスの弟子となった(使徒1:14)。イエスの弟であるヤコブとユダは、教会の指導者となった。彼らの手紙が新約聖書に収録されている。

 私たちも、家族や親しい人たちに信仰を理解してもらえないことが、しばしばある。けれども、主に従う者は、家族にも大きな祝福が与えられる。神が万事を益としてくださることを信じて、迎える新しい年も前進しよう。

https://www.youtube.com/watch?v=eZEgGkfd5wE

2017年12月31日礼拝説教 「ふるさとにて」マタイ13章53~58節 日本イエス・キリスト教団 神戸大石教会

25/12/2017

2017年12月24日 待降節第4主日 礼拝
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【聖書朗読】マタイの福音書2章13〜23節
http://www.bbbible.com/bbb/bbbmt02a.html
【説教題】「闇に輝く光」金井 望 牧師
【中心聖句】この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:4-5)
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https://www.youtube.com/watch?v=K1FDghGY8wk

【説教要旨】

  1.闇が支配する世

 クリスマスは、一年で最も昼が短く、夜の長い時季にある。イエス・キリストが降誕された時に起こった出来事は、まさにこの世の闇を象徴している。イドマヤ人であるヘロデ大王は、正統的な「ユダヤ人の王」を抹殺するために、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男児をすべて殺したのである。

 事前に天使がヨセフに夢で警告したため、幼子イエスは両親に連れられてエジプトへ立ち去り、難を逃れた。しかし、愛する息子を殺された母親たちの号泣と嘆きは止めどなく響く。それは、アッシリア捕囚(前722年)やバビロン捕囚(前586年)の時の悲嘆を、想起させた。

「ラマで声がする。
泣き、そして嘆き叫ぶ声。
ラケルがその子らのために泣いている。
ラケルは慰められることを拒んだ。
子らがもういないからだ」(18節)

 「ラマ」は捕囚民が集合した地であり、イスラエルの始祖ヤコブの妻「ラケル」の墓は、その近くにあった(エレミヤ31:15)。

 現代でも世界の各地で、テロリズムによって罪の無い人々が殺されている。北朝鮮の支配者は家族でも忠実な部下でも、謀反の疑いをかけて、裁判も無いまま即日で殺している。日本から北朝鮮に拉致された人たちの多くが、未だ帰されずにいる。実に深い闇が、この世を支配している。

  2.闇を打ち破る主

 しかし、この悲惨な事件においても、神のご計画は預言されていたとおりに成就した。

これは、主が預言者を通して、「わたしはエジプトから、わたしの子を呼び出した」と言われた事が成就するためであった。(15節)

そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。(17節)

 前15世紀(または前13世紀)にイスラエル民族はエジプトで奴隷とされていたが、主によってそこから救い出された(出エジプト)。その後、イスラエル民族が打ち立てた王国は滅ぼされたが、前6世紀から前5世紀にかけて、バビロンの捕囚民が解放されて、帰国し、自分たちの共同体・国家・神殿を再建した。

 イスラエル民族・ユダヤ人が忘れることのできない、この特別な経験を、イエスはその幼き身をもって、リアルに知らされた。イエスこそは真のイスラエルの代表者であり、私たちキリスト者は第二のイスラエルである(ガラテヤ6:16)。

 現世においても、神は悪の増長を許してはおられず、正しい裁きを実行してくださる。

  3.闇に輝く光

 ヘロデ大王は前4年に死んだ。

「立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちをつけねらっていた人たちは死にました」(20節)

 ヨセフは夢で天使からこの知らせを受けたので、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に戻った。
 ヘロデ大王の領地は3人の息子たちに分割された。ユダヤをとサマリアの領主となったアケラオは、父親以上に残忍な男であった。彼は即位して間もなく、神殿の境内で3000人以上のユダヤ人を虐殺した。

 ヨセフは、アケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行ってとどまることを恐れた。そして、夢で戒めを受けたので、ガリラヤ地方に立ちのいた。(22節)

そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「この方はナザレ人と呼ばれる」と言われた事が成就するためであった。(23節)

 イエスはガリラヤのナザレ村で育ち、大工となってそこで暮らしておられた。その後、30歳頃からイエスは宣教活動を開始されたが、ユダヤ人から「ナザレ人」と蔑まれ、ついに十字架で殺された。
 
 イエス・キリストは復活して、天に昇り、大祭司として今も私たちのために父なる神にとりなしてくださっている。このイエス・キリストこそ、私たちの悩み、悲しみ、苦しみを理解して、助けてくださる真の救い主である。

そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです。主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。(へブル2:17-18)

私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。(へブル4:15-16)

【お知らせ】YouTubeに神戸大石教会のチャンネルを開設しました。主日礼拝の説教をご視聴いただくことができます。ぜひチャンネル登録をして、ご利用ください。
20/12/2017

【お知らせ】
YouTubeに神戸大石教会のチャンネルを開設しました。主日礼拝の説教をご視聴いただくことができます。ぜひチャンネル登録をして、ご利用ください。

2017年12月17日主日礼拝************************【聖書朗読】マタイの福音書2章1〜12節【説教題】「星に導かれて」金井 望 牧師【中心聖句】すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進...
18/12/2017

2017年12月17日主日礼拝
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【聖書朗読】マタイの福音書2章1〜12節
【説教題】「星に導かれて」金井 望 牧師
【中心聖句】
すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。
          (マタイ2:9-11新改訳第3版)
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https://www.youtube.com/watch?v=Zg6iB5s2Y9w

【説教要旨】

  1.イスラエルの時代から異邦人の時代へ

 マタイの福音書は、ユダヤ人を中心とする信徒たちに向けて書かれた書である。にもかかわらず、ユダヤ人にとって都合が悪い事実が記されている。旧約聖書で預言され、ユダヤ人が待望していたメシア(神によって特別に任職され、派遣される救い主)が人の子となって、ユダヤの寒村ベツレヘムにお生まれになったのに、彼らはメシアに会いに行こうとしなかったのである。

 メシア(ヘブライ語に近い表記)=キリスト(ギリシャ語に近い表記)の降誕を喜び、礼拝に行ったのは、選民ユダヤ人ではなくて、異邦人であった。人類を救済する神の経綸はこの時、イスラエル民族を中心とする旧約の時代から、異邦人の教会を中心とする新約の時代へと、大きく変わろうとしていたのである。

 私たちも選びの恵みに安住して、冷めた信仰生活を送ってはいないだろうか。東方の博士たちのように積極的に主に近づきたい。

  2.星に導かれて

 <東方の博士たち>とは、バビロニアあるいはペルシアで「マゴス」(magos)と呼ばれる賢者であった。マゴスは本来ゾロアスター教の祭司を指す語であり、占星術師=天文学者である。アッシリア捕囚(前722年、他)とバビロン捕囚(前586年、他)以降、イスラエル人とユダヤ人はバビロニアやペルシアの各地に散在しており、旧約聖書の一部をマゴスも入手していたのだろう。

「私たちは、その方の星が昇るのを観たので、礼拝に参りました」(2節直訳)

 博士たちは砂漠を越えて、1000キロ以上の旅をしてきた。彼らはエルサレムでヘロデ王に接見して、尋ねた。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおいでになりますか」

 祭司長たちや律法学者たちは答えた。

「ユダヤのベツレヘムです」

 彼らは知っていたのである(ミカ5:2-4)。しかし、メシアのもとへ行こうとはしない。エルサレムからベツレヘムまでは、8キロほどしかないのに。

<東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった>

 博士たちは幼きキリストを礼拝し、高価な献げ物をした。

 現代の日本でも、仏教の僧侶であった方々がクリスチャンとなり、牧師として活躍しておられる事例が、いくつもある。日本の宗教改革が起こることを信じて、祈ろう。

日本イエス・キリスト教団 神戸大石教会 2017年12月17日 待降節第3主日礼拝式説教

10/12/2017

2017年12月10日主日礼拝
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【聖書朗読】マタイの福音書1章18〜25節
【説教題】「神は私たちと共に」 金井 望 牧師
【中心聖句】
「見よ、処女が身ごもって、男の子を産む。
人々は彼の名をインマヌエルと呼ぶであろう」。
それは訳すと「神は私たちと共におられる」と
いう意味である。    (マタイ1:23私訳)
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【説教要旨】

 神は御子をこの世に遣わすために、ひと組の若いカップルをお用いになった。マタイはヨセフの視点でこれを語る。

  1.神の命令に従う

 古代ユダヤでは結婚に先立って1年間、婚約期間が置かれた。ヨセフとマリアは10代の若いカップルであるが、法的には夫婦と見なされた。ところが、その期間中に、ふたりの間に性関係が無いにも関わらず、マリアが妊娠した。これは姦淫罪とされる。

 ヨセフは、律法を忠実に守る<正しい人>であった。<彼女をさらし者にはしたくなかったので>、彼は密かに離縁しようと考えた。ヨセフが<思い巡らしていたとき>、夢に天使が現れて、こう告げた。

「ダビデの子ヨセフ。恐れないで、あなたの妻マリアを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです」

 自分にダビデ王の子孫としての使命があることを、ヨセフは悟ったのだろう。彼は<命じられたとおりに>した。
 神を信じるとは、神に信頼して、御心に従うことに他ならない。

  2.神の御業に参与する

 神が今、実行しておられるこの一大事は、何であるのか。天使はヨセフに説明した。

「マリアは男の子を産みます。あなたが、その子をイエスと名づけるのです。このお方は、ご自分の民を、彼らの罪から救うのですから」

 「イエス」はギリシャ語に近い表記で、ヘブライ語に近い表記は「ヨシュア」である。「主は救い」という意味であり、当時のユダヤ人には珍しくない。だが、マリアの胎に宿る子は、全人類の唯一の救い主である。キリスト降臨の目的は、人々を<罪から>救うことであった。

 人々を救う御業を実行するために、神は人を選んでお用いになる。私たちキリスト者はみな「神の同労者」として選ばれていることを、自覚したい(第一コリント3:9)。

  3.神は私たちと共に

 ヨセフはマリアを妻として迎え入れ、生まれた赤子に「イエス」と名付けた。永遠無限の神であるお方が、赤子として彼らの腕の中におられる。まさに「インマヌエル」(神は私たちと共におられる)。この人間イエスにあって神は、完全に私たちと共に歩む神となられたのである。

03/12/2017

2017年12月3日主日礼拝
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【聖書朗読】マタイの福音書1章1〜17節
【説教】「系図の福音」 金井 望 牧師
【中心聖句】
アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図の書。(マタイ1:1私訳)
ヤコブはマリアの夫ヨセフを生んだ。彼女によって、キリストと呼ばれるイエスが、生まれた。(マタイ1:16私訳)
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【説教要旨】

 今日からアドベント(待降節)が始まる。これは、2000年前に神の御子イエス・キリストがこの世に来られたことの意味を覚える時であり、これから起こるキリストの再臨に備える時でもある。キリスト来臨の意味について学んでいきたい。

  1.新しい人類と新しい天地

 ギリシア語の原文ではマタイ福音書の最初は「Biblos geneseōs」である。これは、70人訳聖書(ヘブライ語聖書のギリシア語訳)の創世記2:4「(天地)創造の経緯」と 5:1「(アダムの)歴史の記録」を踏襲している。「創世記」(Genesis)という書名は、この「geneseōs」に由来する。すなわち、キリストの降誕によって、アダムから始まった人類に代わる「新人類」の歴史が始まり、この天地に代わる新天新地の創造が始まったのである。

  2.ユダヤ人の王

 日本には戸籍という世界的に珍しい制度がある。「住民票の現住所と異なる実家の住所に本籍地がある」というケースが、珍しくない。戸籍を調べれば、家系図を作ることが可能である。日本最古の系図とされる海部(あまべ)氏系図は、西暦1世紀頃にまで遡ると言われる。
 ところが、西暦の始まりとなったイエス・キリストは、さらに二千年前のアブラハムにまで遡る系図を持っている。千年前のダビデ王から始まるユダの王家にイエス・キリストは、歴史上の事実として降誕した。

  3.罪人たちの末裔

 イエスの系図に4人の女性の名がある。この女性たちは異邦人であり、スキャンダラスな問題に関係している。タマルはカナン人であり、舅ユダによって子をもうけた(創世記38章)。ラハブはカナン人の遊女であった(ヨシュア記2章)。ルツは、イスラエル人が憎むモアブ人であった(ルツ記)。バテ・シェバはダビデ王と姦淫の罪を犯した(第二サムエル11章)。

 聖なる神の御子イエスは、「ご自分の民をその罪から救う」(1:21)ために、罪人たちの末裔として、この世に下ってくださったのである。このキリストの謙卑によって、地上のいかなる悪人でも救われることができる道が、開かれた。

 この大いなる救い主イエスを讃えよ!

25/08/2017

【礼拝日時】2017年8月13日(日)午前10時30分〜正午
【聖書朗読】マタイの福音書11章25~30節
【説 教 題】「イエスの招き」
【説 教 者】 金井 望 牧師

【今週の聖句】
 疲れ果てているのに荷を負わされている人は皆、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
 わたしのくびきを担いで、わたしから学びなさい、わたしは柔和で謙遜な者だから。
 そうすれば、たましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは心地よく、わたしの荷は軽いからです。
              (マタイ11:28-30 私訳)

【説教要旨】

  ■ わたしのもとに来なさい

 主イエスに出会った人々の対応は、二つに分かれた。

 <賢い者や知恵のある者>すなわち律法学者やパリサイ派の人たちは、「ナザレ村の大工」イエスの教えを聴こうとしない。

 しかし<幼子たち>すなわち貧しい人や罪人、病人、障がい者、女性、子供など教養が乏しい人々は、主イエスの説く教えを熱心に聴いた。これは<父>なる神の<みこころにかなったこと>であった。

 主イエスは言われた、
「疲れ果てているのに荷を負わされている人は皆、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」

 律法学者やパリサイ派の人たちは、膨大な数の戒律を人々に課していた(23:4)。けれども、主イエスは律法の「くびき」(使徒15:10)から人々を解放したのである。

  ■ わたしのくびきを負いなさい

 イエスは続けて言われた、
「わたしのくびきを担いで、わたしから学びなさい、わたしは柔和で謙遜な者だから。そうすれば、たましいに安らぎが来ます」

 <くびき>は牛など家畜の首にかけて、車や農具を引かせる道具である。「ナザレ村の大工」イエスは「私の作るくびきは、あなたにピッタリ合っているから、もっと楽になるよ」と言うのだ。

 くびきが体型に合っていないと、首が痛み、疲れてどうしようもない。主イエスは、私たちひとりひとりに合った生き方を、教えてくださる。

  ■ わたしに学びなさい

 人にはそれぞれ負わなければならない<重荷>がある。キリスト者になったからといって、重荷が無くなるわけではない。私たちは自分の家庭や職場、立場、役割を離れることが、容易にはできない。

 けれど、<わたしのくびきは心地よく、わたしの荷は軽い>とイエスは言われる。このくびきは二頭で負うものである。主イエスが私のパートナーとなり、共に重荷を負って歩んでくださるのだ。

 <わたしのくびき>すなわち主イエスの戒めは「互いに愛し合う」ことである(ヨハネ13:34、15:12)。

 真実に私たちを愛してくださる主イエスと共に歩もう。

25/12/2016

【聖書朗読】ローマ人への手紙10章16~21節
【説  教】「御言葉は地の果てまで」金井望牧師
【今週の聖句】            
 その声は全地に響き渡り、
 そのことばは地の果てまで届いた。
 わたしは、わたしを求めない者に見いだされ、
 わたしをたずねない者に自分を現した。
            (ローマ10:18、20)
【説教要旨】

  1.クリスマスの意義

 私たちがキリストの降誕を記念して、クリスマスを祝うことには、二つの大きな意義がある。

 一つは、キリストがあらゆる国の、あらゆる民族の人々を救うために来られたことを喜び、その福音を宣教することである。

 もう一つは、キリストが再び来られることを覚えて、それに備えることである。

 ローマ人への手紙から神の歴史的な計画=経綸(エコノミー)について学びたい。

  2.選民イスラエルの時代から異邦人教会の時代へ

 ローマ人への手紙9章から11章までは直接的には、旧約時代の選民=イスラエル民族・ユダヤ人の問題を扱っている。

 キリストは初臨において、ユダヤ人としてこの世に生まれた。それによって世界の歴史は、イスラエルを中心とした古い契約の時代から、異邦人の教会を中心とした新しい契約の時代へと、大きく変わった。

 その移行期においてパウロは、<異邦人の使徒>(11:13)となるために召されたが、同胞であるユダヤ人に対する神の取り扱いを注視し、彼らの救いを切望していた(9:1-5, 10:1)。

  3.ユダヤ人はキリストを認めなかった

 パウロはここで、旧約聖書の預言を引用して、イスラエル民族・ユダヤ人の問題を論じる。

<主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか>。

 イエス・キリストの初臨の時に、ヘロデ王をはじめエルサレムの人々は、預言されたメシア(神が任職し遣わす救い主、キリスト)がベツレヘムに降誕したことを聞いた(マタイ2:1-6)。しかし、彼らは祝いに行かなかった。それどころか、ヘロデ王はメシアを亡き者とするために、ベツレヘムに生まれた幼子をことごとく殺した(マタイ2:16-18)。

 そして、ユダヤ人は、イエスがメシア(キリスト)であることを認めず、イエスを「十字架につけろ」と要求し、「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい」と言ってしまったのである(マタイ27:22,23,25)。

  4.御言葉は地の果てまで

 その血の責任によって、紀元後70年にエルサレムの神殿と都はローマ軍によって破壊され、ユダヤの人々は世界を流浪することとなった。ユダヤ人は何が悪かったのだろうか。

 <信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによる>。
 <はたして彼らは聞こえなかったのでしょうか>。
 <はたしてイスラエルは知らなかったのでしょうか>。

 いや、彼らがイエス・キリストを知らなかったはずはない。<キリスト>は、ガリラヤとユダヤで直接、<みことば>をユダヤ人に語ったのである。

 人となった神=イエス・キリストの存在そのものが、見えざる神を明瞭に啓示する究極の<ことば>(ロゴス)であった(ヨハネ1:14,18)。

 <その声は全地に響き渡り、
 そのことば(レーマ)は地の果てまで届いた>。

 <ロゴス>は論理的な思想の言葉であり、<レーマ>は人が語る生きた言葉である。イエス時代には、ユダヤとガリラヤに住むユダヤ人よりも、異邦の地に住むユダヤ人の方が多かった。その世界各地にいるディアスポラ(離散民)に、パウロをはじめとする伝道者たちが、聖書の<ことば>によってイエス・キリストの福音を語ったのである。

 書き記された聖書の<ことば>を説き明かす説教において、キリストは静かな細き<声>をもって、私たちの心に語っておられる。私たちは何よりも、主の<ことば>を「聴く」ことを、大切にしたい。

  5.イスラエルのリバイバル

<わたしは、民でない者のことで、
あなたがたのねたみを起こさせ、
無知な国民のことで、あなたがたを怒らせる>

<わたしは、わたしを求めない者に見いだされ、
わたしをたずねない者に自分を現した>

<不従順で反抗する民に対して、
わたしは一日中、手を差し伸べた>

 ユダヤ人の<不従順>、<反抗>ゆえに、福音の恵みは、<民でない者>、<無知な国民>、<わたしを求めない者>、<わたしをたずねない者>であった異邦人のものとなった。私たち異邦人のキリスト者=教会は、新約時代の<イスラエル>とされたのである(ガラテヤ6:16)。

 しかし、主はイスラエル民族・ユダヤ人を捨てたのではない。神は今も彼らに手を差し伸べておられる。

 国土・国家を持たなかったにもかかわらず、1800年以上にわたってユダヤ人は、神の選民=聖書の民としてアイデンティティーを保ち続けた。そして、1948年にイスラエル国を約束の地に再建したのである。

<その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、こうして、イスラエルはみな救われる、ということです>(11:25-26)。

 やがてキリストは再臨して、イスラエル民族・ユダヤ人を再び神の民として回復させる。旧約の民=イスラエルと新約の民=キリスト教会が一つになって、神の国は完成される(エペソ2:14-18, 3:6)。グローバリゼーションが進行する今日、その<時>はもう間近となっている。

 主イエスはこう仰せになった。

 <人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか>(ルカ18:8)

 私たちもパウロのごとく、愛する同胞の救いと信仰のリバイバルを求めて祈り、宣教のわざに努めていこう。

★★★ 子どもクリスマス会 ご案内 ★★★■12月17日(土)午後2時~3時30分■神戸大石教会(神戸市灘区鹿ノ通3ー5ー3)■クリスマスの歌、ゲーム、腹話術など■参加費無料。プレゼントがもらえます!■電話:(078)861ー0571ご一緒...
14/12/2016

★★★ 子どもクリスマス会 ご案内 ★★★

■12月17日(土)午後2時~3時30分
■神戸大石教会(神戸市灘区鹿ノ通3ー5ー3)
■クリスマスの歌、ゲーム、腹話術など
■参加費無料。プレゼントがもらえます!
■電話:(078)861ー0571
ご一緒に楽しいクリスマスを過ごしましょう!
お待ちしていますo(^o^)o

本日午後、神戸大石教会で紅粉峰子姉の記念会を行いました。
06/11/2016

本日午後、神戸大石教会で紅粉峰子姉の記念会を行いました。

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657-0044

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