02/08/2026
2026年8月2日
愛ランドキリスト教会宣教
宣教者:平野嘉春師
宣 教:「天からのパンを食べる」
イザヤ55:1~5
ローマ9:1~5
マタイ 14:13~21
♪讃美歌21
4 世にあるかぎりの
56 主よ、いのちのパンをさき、
58 み言葉をください
78 わが主よ、ここに集い、
♪リビングプレイズ
72 いのちの水
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はじめに
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皆さんおはようございます。主イエス・キリストから恵みと平安がありますように。厳しい酷暑が続いています。毎日主がこの猛暑を治めてくださるようにお祈りしていました。神様が創造された地球環境です。人類の罪、欲望が積み重なりこのような地球の破壊的な状況がもたらされているのではないかと恐れるものです。熊本を中心に地震が起こりました。猛暑の中、襲われた震災被害者の救援、復興のために祈りましょう。
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祈祷
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天地創造主である父なる神様、あなたの溢れるばかりの恵みを感謝いたします。あなたの恵みなしでは生きることが出来ません。
猛暑の中で世界中が苦しんでいます。またロシアとウクライナの間で、イスラエル・アメリカとイランの間で戦争が続いています。世界が苦しみの中に置かれています。
あなたによって創造された私たちです。しかし、あなたの御心に背いてきました。罪は破壊と死をもたらします。どうか私たちの罪をお赦しください。私たちを憐れんでください。
28日に熊本地方が再度の震災に見舞われました。被災者を助けてください。震災からの復興を助けてください。どうかこの地球環境を整えてください。世界の指導者をはじめ、私たちにあなたの知恵と導きを与えてください。
主イエス様、あなたが私たちの罪を贖い、永遠の命を与えるために人となってきてくださったことを感謝します。今日も私たちのためにとりなしてくださいますことを感謝します。今日の礼拝を聖霊によって導いてください。あなたの生けるみ言葉によって私たちを新しくし、強めてください。父と子と聖霊のみ名によって祈ります。
アーメン。
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Ⅰ.天から与えられるパン
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今年は7月10日ごろから猛烈に暑くなってきました。誰もが熱中症にかかる危険があります。水分補給などを務め、外出時には日傘、凍った水のボトルを保持など予防に努めましょう。私たちの身体にとって水分補給は命を守るために欠かせません。今日のイザヤ書では、霊的な栄養を取ることを、水分補給と食物を得ることに譬えて語られています。
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📖 【イザヤ55:1】
渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい。
銀を持たない者も来るがよい。
穀物を求めて、食べよ。
来て、銀を払うことなく穀物を求め
価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。
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霊的な命を保つために、霊的な水と穀物を求めて神様のもとにきなさい。金銀、お金を払うことなく与えられると語っています。それは、神様自身が霊的な水と食べ物を用意し、その代金は神様が支払ってくださるというのです。
私たちは永遠の命を受けるために洗礼を受けます。洗礼を受けるのに、代金を払うことはありません。罪の赦しを受けるために聖餐のパンと葡萄酒を受けます。聖餐をうけるために代金を払うことはありません。新しく生まれるためにお金は必要ありません。イエス様が十字架の死と復活によって私たちの罪の赦しのための代価を支払ってくださったのです。
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【ジョージ―・ミュラーの証し】
ジョージ―・ミュラーの孤児院では、神様の働き「奇跡」が日常茶飯事でした。その中でも最も有名なエピソードがあります。ある日の早朝、孤児院の職員が青ざめた顔でミュラーのもとに駆け込んできました。「先生、大変です! 子供たちの朝食に出すパンも、ミルクも、何もありません。お皿は空っぽです!」300人の子供たちが食堂で待っています。食料庫は空、財布の中身もゼロ。普通のリーダーならパニックに陥るところです。しかし、ミュラーは穏やかに言いました。「子供たちを食堂に座らせなさい」子供たちがテーブルに着くと、目の前には空っぽの皿とカップがあるだけ。ミュラーは静かに祈り始めました。
「愛する天のお父様。食べるものを何も持っていませんが、あなたがこれを与えてくださることを信じて感謝します。アーメン」
「アーメン」と言った直後、玄関のドアがノックされました。立っていたのは、地元のパン屋さんでした。「ミュラー先生、昨夜なかなか寝付けなくてね。神様が『孤児院のためにパンを焼きなさい』と言われている気がして、朝の2時に起きて焼いてきました。焼きたてのパンです、どうぞ」パン屋が帰った数分後、再びノックの音がしました。今度は牛乳配達の男でした。「いやあ困った。孤児院の目の前で馬車の車軸が折れてしまいましてね。修理の間、積んでいるミルクが悪くなってしまう。子供たちに飲んでもらえませんか?」祈った直後に、300人全員分の焼きたてのパンと新鮮なミルクが与えられたのです。ミュラーにとって、「偶然」ではありませんでした。天の父が、子供たちの必要を知っておられた結果でした。
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ジョージ・ミュラーにとってこの事は奇跡ではなく、日常の事であったようです。なぜなら、彼は自分がゆだねられていることだけではなく神の働き、世界の宣教のために祈り、ささげていたからです。
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Ⅱ.命のパンを与えるイエス・キリスト
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イスラエルの民はエジプトの奴隷から解放されるために、神のことばに従って過ぎ越しの食べ物を食べました。羊が殺され血が流されました。民は羊の肉を焼いて食べました。種入れぬパンを食べました。それによって死から救われ、エジプトから解放されました。神様は海の水を二つに分けてイスラエルの民をエジプト軍から救出されました。その後には荒野の生活が40年続きました。神戸市の人口ほどの民が荒野で40年過ごさなければならなかったのです。神様は天からマナを降らせました。岩から水があふれだしました。神様が奇跡によって民を養われたのです。
列王記下4章で預言者エリシャのもとにひとりの男が大麦パン20個をもってやってきました。エリシャは召使に100人の人にパンを与えなさいというと、召使は100人の人にどうして与えることが出来るでしょうか、と答えます。エリシャは「人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。」と主の言葉を告げて人々に与えると、100人の人は満腹するまで食べ、彼らは食べきれずに残した。と書かれています。
マタイによる福音書14章13~21節の今日の聖書のみ言葉から、イエス様が少年が持っていた5つのパンと2匹を祝福して祈られた後、男の数で5千人、女性と子供を含めると、一万人をはるかに超えていたでしょう。彼らに十分に与えて食べさせた奇跡が書かれています。
バプテスマのヨハネが殉教した後、イエス様は舟に乗って静かなところへと退かれました。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追ってきました。 その出来事を読みましょう。
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📖 【マタイ14:14~21】
イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされました。夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。」イエスは言われた。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」 弟子たちは言った。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません。」 イエスは、「それをここに持って来なさい」と言い、群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。
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イエス様は5つのパンと2匹の魚を手に取り、祈られました。そして群衆が満腹するほどに与えました。また言葉によって病を癒されました。このパンと魚の奇跡は4つの福音書すべてに書かれています。
ヨハネによる福音書6章では、パンの奇跡の翌日イエス様は弟子たちを舟に乗せて先にカファルナウムに向かわせ、イエス様は湖の荒波の上を歩いて弟子たちの舟に近づいて行かれました。舟に乗りこまれると目的地に着きました。翌日、パンの奇跡で満足した群衆はイエス様を求めて集まってきました。また何かが得られると期待したのでしょう。イエス様は群衆に「食べてもすぐになくなる食べ物ではなく、永遠の命にいたる食べ物のために働きなさい。」と語っています。その食べ物こそ、神の御子イエス様が与える食べ物です。荒野でマナを与え、預言者エリシャを通してパンを与えられ、そして5千人にパンと魚を与えられたのは天の父なる神であることを示されました。そして、イエス様こそ天からこの世界に降って来て、信じる人に永遠の命を与えるパンである。と語られました。
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📖 【ヨハネ6:35、48~51】
イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。
わたしは命のパンである。あなたたちの先祖は荒れ野でマンナを食べたが、死んでしまった。しかし、これは、天から降って来たパンであり、これを食べる者は死なない。わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」
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聖餐式にあたり
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今日はこの礼拝において聖餐式を行います。この聖餐式はイエス様が十字架につけられる前の過ぎ越しの祭りの時に、弟子たちと食事を共にし、その時に約束された真の食べ物です。私たちの罪の贖いのために、十字架につけられた身体と流された血をパンと葡萄酒という形で与えられました。イエス様が定められた聖餐の食事です。私たちが実際に口で味わうことを通して、キリストの贖い、救いを受けるようにしてくださいました。聖餐は目に見え、口で味わうことが出来る神のことばです。このパンと共に主イエスはおられます。この葡萄酒と共に主イエス様はおられます。パンと葡萄酒を私たちは一緒に受けます。それは私たちがキリストに結ばれて一つの交わりにあることを示しています。洗礼と聖餐が神様の恵みとして与えられています。信仰をもってパンと葡萄酒、聖餐を受けましょう。そして罪の赦しと永遠の命の約束を確かめましょう。