日蓮宗 龍口山 本龍寺

日蓮宗 龍口山 本龍寺 神奈川県鎌倉市腰越2-26-2

上を見たらキリがないし人と比べても仕方がない下を見て優越に浸っても虚しいだけしかもお互い目に見えている部分など極々一部輝くあの人も内にはあなた以上の苦しみを隠していたりする天を優雅自在に舞うあの天女ですらやがて羽衣が穢れて舞えなくなる恐れを...
14/09/2026

上を見たらキリがないし
人と比べても仕方がない
下を見て優越に浸っても虚しいだけ
しかもお互い目に見えている部分など極々一部
輝くあの人も内にはあなた以上の苦しみを隠していたりする

天を優雅自在に舞うあの天女ですら
やがて羽衣が穢れて舞えなくなる恐れをいつも内に秘めていて
決して苦がないわけではないといいます

見えているようでいて
お互い何にも見えていないまま比べて苦しんだり
比べて安堵しているのでいるのでしょう

日蓮聖人は
「…すでにまれなる人身をうけたり…」
と教えます
もうあなたそのものが有り難いのだと諭します
目が覚めて
雨音が聞こえて
夏が去った空気感を肌で感じて
朝ごはんを味わえて
この後のことや来週のことを楽しく想像できることも
ある意味で実に有難きこと

お顔についている眼の一つでも
内側に向けてみたら
あなたが既に持つ有り難さが見えてくるかもしれませんよ

まわりが芽を出しまわりが栄を見せまわりが花を咲かせまわりが実を結ぶまわりの状況に一つ二つ取り残されみんなが花を咲かせているころようやく芽を出し実を結ぶころ時が移り皆が次の旬に興味を示し見る人もいなくなったころよろやく花を咲かせますなんだか周...
13/09/2026

まわりが芽を出し
まわりが栄を見せ
まわりが花を咲かせ
まわりが実を結ぶ

まわりの状況に一つ二つ取り残され
みんなが花を咲かせているころ
ようやく芽を出し
実を結ぶころ
時が移り皆が次の旬に興味を示し
見る人もいなくなったころ
よろやく花を咲かせます

なんだか周回遅れで
みんながゴールテープを切っていても
或いは競技の片付けが始まり
観客が帰り始めても
最後まで走り抜けようとする選手のようで
たくましさや希望を感じます

仏教詩人の坂村真民氏は
「わたしのなかに
生き続けている
一本の木
わたしのなかに
咲き続けている
一輪の花
わたしのなかに
燃え続けている
一筋の火」
と詩を残します

まわりがどうこうというよりも
自身がどうあろうかということ
その灯を持ち続け走り抜けることこそ大事で
きっと見ているものはあり
誰かを肯定する力になるのです

深夜0時の法要をもって第756回目の龍口法難会が恙なく済みました着ていた袈裟衣をたたみ嘘のように静かになった境内を後にしながらこうして一つの行事が開かれ幕を閉じていくことその場のお坊さんだけでは決して出来ないことをつくづく思います下準備をし...
12/09/2026

深夜0時の法要をもって第756回目の龍口法難会が恙なく済みました
着ていた袈裟衣をたたみ
嘘のように静かになった境内を後にしながら
こうして一つの行事が開かれ幕を閉じていくこと
その場のお坊さんだけでは決して出来ないことをつくづく思います

下準備をしてくれる職人しかり
携わってくれる街の方々しかり
華やかさを添える睦の方々しかり
訪れる方々しかり
皆の力が添えられて神仏を「祀る」という場が出来
「祀る」という営みが出来
そこが神仏の存在を感じ続ける霊場であり続けられるのだとも思います

日蓮聖人は
「…国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん…」
と経文を引きます
神々あれど祀れなくば場を去り
守る神不在ともなるのだと教えます

ここが霊場たりえること
そこのお坊さんだけの力にあらず
気持ちを手向ける僧俗共にありてはじめて尊きを感じる場であり続けるのでしょう

来年も
再来年も
そうあれるよう皆の手が必要なのです

「…江のしまのかたより月のごとくひかり物鞠のやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへひかりわたる…」と日蓮聖人の書にあるように龍ノ口の刑場でまさに首を切られんとする時ここ龍ノ口へ光り物が現れて難を逃れたと伝わります今日は龍口法難会の聖日です日蓮聖...
11/09/2026

「…江のしまのかたより月のごとくひかり物
鞠のやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへひかりわたる…」
と日蓮聖人の書にあるように
龍ノ口の刑場でまさに首を切られんとする時
ここ龍ノ口へ光り物が現れて難を逃れたと伝わります

今日は龍口法難会の聖日です

日蓮聖人は刑執行の直前
老婆が差し出す牡丹餅を口にし
その後この仏天の加護を頂いたことから
この利益にあやかり牡丹餅を作るのが慣わしです

コロナ禍の混迷
信仰相続の低下
携わる方の高齢化
この慣わしも消えかけましたが
近隣の方々の賛同があり
消えかけた慣わしもどうにか首の皮一枚繋がり今に伝わります

まさに龍ノ口の周りからここ龍ノ口へ光が差し込んだ
そんな思いです

法要後に牡丹餅を手にする方々の無病息災を祈って今年も牡丹餅作りが行われます

祭りの陰にそんな営みがあるのです

世の中には理(ことわり)があります日蓮聖人は「…水は濁れども又すみ…」といい濁って底の見えない水も時が経てば泥が静まり澄み渡りはじめるいつまでもなんて事はないのですあなたの置かれている不遇も一時のこと必ず澄みわたる日がくるのです深い霧に包ま...
10/09/2026

世の中には理(ことわり)があります
日蓮聖人は
「…水は濁れども又すみ…」
といい
濁って底の見えない水も時が経てば泥が静まり澄み渡りはじめる
いつまでもなんて事はないのです

あなたの置かれている不遇も一時のこと
必ず澄みわたる日がくるのです
深い霧に包まれるように道が見えない不遇も
必ず道は見えてくる
自分では延々暗闇が続くように思えども
必ず抜ける時がくる

ジタバタせずにいればいいのです
ジタバタすれば澄みはじめた水がまた濁りはじめるように
時を待ち
静かにあればよいのです
不満や愚痴や逆恨みを抱かば
あなたはまた濁りに包まれる
ただ静かに待つのです

家内の病院に見舞えば先生なり看護師なり院内清掃の方なり売店の方なり暗い気持ちがなくなるようにみんなが気持ちよく挨拶してくれる最後の最後にもいい葬儀社の方に会えて親身になって無理を聞いてくれてと喪主はいいます奥さまの最後も穏やかだったけれど最...
09/09/2026

家内の病院に見舞えば
先生なり看護師なり院内清掃の方なり売店の方なり暗い気持ちがなくなるようにみんなが気持ちよく挨拶してくれる
最後の最後にもいい葬儀社の方に会えて親身になって無理を聞いてくれて
と喪主はいいます

奥さまの最後も穏やかだったけれど
最後を看取り送る自身も
まわりの環境や関わる人に不思議と恵まれ
有り難いほど穏やかであれたといいます

長いこと病を抱えながら
きちんと供養事は欠かさずしてきて
時に苦しさを吐露し
時にうまくいったことに感謝し
最後に神仏やご先祖さまに道をつけて頂いたみたいだと有り難さを話します

日蓮聖人は
「…法華経を尊み給しかば臨終正念なりけるよしうけ給き…」
といいます
信仰を軽んじず保つことは自身の最後にブレない軸を持つこと
やってきたのだから後は大丈夫と仏さまに委ねられる安心があり
仏さまも応えてくれるのだと教えます

道をつけられた奥さまもそうだけれど
送るご主人も大事な奥さまを清々と障りなく送れるように道をつけてもらえたようにも思えます

お参りをしたご褒美はすぐ欲しいけれど
全てがそうとはならないもの
でもお参りしたご褒美のようなものは必ず巡るものなのです

夜中の豪雨寝ようとしたところで予想外の豪雨に深夜0時に雨戸の確認にバタバタします屋根を直したと言えど一部の古い作りは変わらずここまでの雨とならば雨の侵入に気は抜けないものです暗くて見えませんが外回りが気になりなかなか寝付けないものですお寺に...
08/09/2026

夜中の豪雨
寝ようとしたところで予想外の豪雨に深夜0時に雨戸の確認にバタバタします

屋根を直したと言えど一部の古い作りは変わらず
ここまでの雨とならば雨の侵入に気は抜けないものです
暗くて見えませんが外回りが気になり
なかなか寝付けないものです

お寺に「住」して
その場所と
そこに伝わる教えを守る「職」
「住職」のさがなのだなぁとあらためて思います

住職を継ぐ継承式で神仏やお檀家の前で口にした
「…法燈を継承するにあたり、今日以後も日々の勤行・作務清掃等の所作仏事怠ることなく勤め、ここに地域にあるお寺、そして地域の人々、檀徒とともに歩む住職でありつづけることを誓い奉り入寺表白とするものなり…」
という言葉
自分でかつて唱え誓いながら
怠ることなくという重さを今あらためて感じます

日蓮聖人は
「…言(ことば)のみありて真(まこと)なることかたし…」
といい
言葉でいうのは簡単ながら
実際に行動が伴うことの難しさ
行動が伴うことの大事を教えます

今日も嘘偽なく精進ですぞ

自身の道が塞がれた時アイツのせいだアレが悪いそう原因を外に求めるもの否 求めたくなるものですたとえ原因が内にあれど外へ求めたくなるものです日蓮聖人は「…此れひとえにかれがとがにはあらず我がふるまひのあしかりつる故なり…」といい因なるものは外...
07/09/2026

自身の道が塞がれた時
アイツのせいだ
アレが悪い
そう原因を外に求めるもの
否 求めたくなるものです

たとえ原因が内にあれど
外へ求めたくなるものです
日蓮聖人は
「…此れひとえにかれがとがにはあらず
我がふるまひのあしかりつる故なり…」
といい
因なるものは外にあらずと教えます
関係なく非もないようなことも
何処かにそれを起こす因がある
引き寄せるような因があるのだと教えます

あのせいこのせいと外の因を嘆くより
自身のうちにある因を正そうと
自身の在り方を変えていくこと改善の近道です

正せ
正せ
正せ

昨日の法事お施主さまが紙袋をお持ちになられました中には蒸かし芋ついさっき蒸してきたのだといいますまだ温かさが残ります供養してあげたいご霊位は八十年も前に亡くなった幼子たち会ったことはないものの姉たちだといいます食べる物乏しい終戦直後お腹を空...
06/09/2026

昨日の法事
お施主さまが紙袋をお持ちになられました
中には蒸かし芋
ついさっき蒸してきたのだといいます
まだ温かさが残ります

供養してあげたいご霊位は八十年も前に亡くなった幼子たち
会ったことはないものの姉たちだといいます
食べる物乏しい終戦直後
お腹を空かせて亡くなったのだといい
亡き父から「…お芋お芋」と口にしながらあの子らは亡くなっていったと聞かされてきたといいます

何を供えたら供養になるのか
お施主さま自ら考える供養の在り方
何が喜ばれるのかを考えること
実に大切なこと
お芋もご霊位の人数分切り分けてお持ちになられることも
有り難さが増すものです

「…芋のめずらしき事くらき夜の灯にもすぎ
渇ける時の水にもすぎて候ひき…」
日蓮聖人は食べる物乏しい身延山におられた際に捧げられたお芋の供養に
まるで暗闇に灯りが灯るよう
まるで喉が渇ききった時の水のようだと
喜びをあらわします

お供えを選んでみる
その選ぶ時間
考えを巡らせる時間そのものがもう供養なのですよ

「ねんねしてる」「おはよしてもねんねしてる」「ママもおはよして」「起きないねぇ起きないねぇ」小さな子が葬儀会場で話しますお経中まわりが静かな時ですから小さな声ながら余計にその声が響きますいつも自分を抱き上げてくれる人が眠ったままいつもは「お...
05/09/2026

「ねんねしてる」
「おはよしてもねんねしてる」
「ママもおはよして」
「起きないねぇ起きないねぇ」
小さな子が葬儀会場で話します
お経中まわりが静かな時ですから小さな声ながら余計にその声が響きます

いつも自分を抱き上げてくれる人が眠ったまま
いつもは「おはよう」を言えば起きてくる人が起きてこない
自分の呼びかけだけではどうにもならない事を子どもながらに理解しているのでしょうか

会場に響く声が余計に悲しみを呼びます

人が亡くなるってどういう事なのか
幼い子には初めての経験で
かつ大きな学びなのでしょう

「…ふりし雪も又ふれり
ちりし花も又さきて候ひき
無常ばかりまたもかへりきこへ候はざりけるか…」
と日蓮聖人は無常について言葉を残します
降った雪は消えてなくなれど
また降り積り姿を現し
花弁を落として散った花も
また時がくれば同じように花を咲かせるものの
命を終えて去る人はもう眼を開けることも
再び戻ることもない
命の無常を教えます

人が亡くなるっていうことは萬人がわかっていることながら
その場に立ち会うことで
あらためてよくわかることがある
だから昔からこういう尊い時間は閉ざした空間でせず
縁ある方々皆で営んで最後の学びとしてきたのでしょう
小さな子の言葉からこちらもあらためて考える時間を頂きます

住所

腰越2-26/2
Kamakura-shi, Kanagawa
248-0033

アラート

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