Kagoshima Revival Church

Kagoshima Revival Church 鹿児島リバイバルチャーチのホームページを公開中!
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31/05/2026

真理を知る迫害者サウロ
先週はエチオピアの宦官の救いについてでした。主が、ピリポの活動により素晴らしいリバイバルが起こりそうなサマリヤを置いて、彼一人の救いのために遣わされたのは、彼がエチオピアからわざわざエルサレムまで礼拝に来るほど熱心に主を求めていたからでした。主が彼の姿勢を喜ばれ、彼に対して恵みを注がれたのです。
さて、本日はキリスト者の迫害に燃えていたサウロについてです。彼はステパノの殺害に関わったばかりでなく、キリスト教会迫害の急先鋒として、エルサレムでキリストを信じる者を片っ端から捕まえて牢に投げ込んでいました。
さらに、キリスト教撲滅に燃えたサウロはエルサレムにいるキリスト信者だけでなく、そこから外国に逃げて行った人をも捕らえようと行動を起こした。
キリスト教会迫害の急先鋒のサウロは、ただの無神論者ではなく、実は律法を落ち度なく守ろうとする、創造主なる神を信じる熱心なユダヤ教徒でした。彼は厳格に律法を守り、創造主なる主に従おうとしていました。彼にとって救い主が救いを成就しないで十字架で殺されていくというのはあり得ないことでした。木に架けられた者は呪われたものであるとあるので、それが救い主であるはずはないと確信していました。
 すなわち、彼から見たら異端の宗教の創設者のイエスを神として崇めて、その偽宗教を広めようとする人々を捕縛し、それをやめさせることが、主なる神様に仕えることだと確信していたのです。
それで、彼はエルサレム・ユダヤだけでなく、外国に逃げてまでそれを広めようとする人々を許せなかったのです。それで、ダマスコ迄追いかけて行きました。
ところが、ダマスコの近くまで来た時、突然天からの激しい光が彼をめぐり照らしたので、彼はその光に圧倒され地に倒れました。すると、彼は「サウロ、サウロ。なぜ私を迫害するのか。」と言う神の声を聞いたのです。彼が恐れて「主よ。あなたはどなたですか。」と聞くと、「私は、あなたが迫害しているイエスである。とげのついた棒をけるのはあなたにとって痛いことだ。」との答えがあった。
つまり、私は救い主イエスである、あなたがキリスト者を迫害しているのは、同時に私を迫害している事であり、主なる神である私に敵対することは、結果的に自分自身を傷つけていることになるのですと言われたにです。
ここで、サウロははっきりと自分が迫害しているイエス様が救い主であることを突きつけられたのです。彼の驚きは計り知れません。おそらく、彼はこれからどうして行ったら良いのか絶望感にさいなまれたと思います。
すると、イエスが「立ち上がって町に入りなさい。そうすればあなたがしなければならないことが告げられるはずです。」と告げられた。
サウロと同行していた人々もみな神の声を聴いて、恐れていた。サウロは立ち上がったが目が見えなかったので、手を引いてもらってダマスコに連れて行ってもらった。そして、それから3日間彼は目が見えずに飲み食いもしなかった。
彼は闇の中、ただただ今まで自分が行ってきた迫害の数々、ステパノを死に追いやり、キリスト者は男女の区別なく皆捕らえて牢に投げ入れてきたことなど、3日間飲み食いせずに闇の中でただただ悔い改めるばかりであったと思います。
ただ、そこで主が「あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」と言われたことが思い出され、それはどういう事であろうかと思った。
譬え、それがどんなことであっても、イエスのために命がけでそのことを全うしていこうと決心した事だろうと思います。熱心な人は方向さえ定まれば、素晴らしい働き人になります。生ぬるい人は何をやっても生ぬるいままです。主に熱心になりましょう。

24/05/2026

5月24日「エチオピア宦官の救い」
使徒8:32~40
本日のメッセージは、ピリポに主の使いが現れて、「エルサレムからガザに下る道に出なさい。」と言われたところです。
サマリヤにおいて福音宣教の扉が開かれて、ピリポの宣教によってたくさんの人々が救われ、まだまだ働きの門は開かれているのに、主の使いはピリポにガザに行くように命じました。今起きつつあるサマリヤのリバイバルより、重要な働きとは何でしょうか。
さて、ピリポは主の命に従って古いガザに下っていきました。すると、そこにエチオピア人の女王カンダケの高官で、財産全部を管理していた宦官がいました。彼が財産全部の管理を任されていたということは相当信頼のおける立派な人物だったと思われます。彼は創造主なる神様を信じて、わざわざエルサレムまで礼拝に出かけて来ていました。
その人は礼拝を終え帰る途中で、馬車に乗って預言者イザヤの書を読んでいました。その時、御霊がピリポに「近寄って、あの馬車と一緒に行きなさい。」と言ったので、彼が走っていくと、宦官が預言者イザヤの書を読んでいる声が聞こえました。
紀元後すぐの時代です。今のように聖書の印刷技術なんか当然ない時代です。聖書を持つためには原本を書き写さないといけません。異邦人の彼が主を礼拝するために来ただけでなく、聖書まで持っていたという事は、彼がどれほど熱心に創造主なる神を求めていたのかが分かります。
さて、イザヤ書の53章は有名なイエス様の苦難に関する預言がされている個所です。彼はまず、ここを読みながら、これは誰のことだろう。ここには、皆にさげすまれ、苦しめられ、無残な姿で殺されていく人がいる。しかし、実はその苦しみは私たちの罪と咎を身代わりに負われ、私たち平安を与えるためのものだったと言っているのです。
そして、その方は自分を裁く人たちに対して、反論せず黙って、その不正な裁きに自分の身を委ねられており、彼のいのちは地上から取り去られたとあります。
その時、ピリポはその馬車の横を走りながら「あなたは、読んでいることがわかりますか。」と聞いた。すると、その人は「導く人がいなければ、どうしてわかりましょう。」と言って、ピリポに馬車に乗って一緒に座るように頼んだ。
そして、宦官はピリポに向かって「この預言者は誰のことを言っているのですか、自分自身のことですか、それともだれが他の人のことですか。」と聞いた。
そこで、ピリポはおそらく次のようなことを話したと思います。「あなたもご存じの通り、これは先に十字架に付けられたイエス様のことです。イエス様は人々の救いのためにこの世に来られました。しかし、人々はイエス様を救い主として認めないで、不正な裁判によって十字架に付けてしまったのです。
イエス様はこの世に来られて、様々な奇跡を行いました。そして、多くの人がこのお方こそ預言された救い主だと思いました。しかし、祭司長や律法学者は妬みによって彼を不正な裁判によって十字架に付けてしまったのです。
それなのに、イエス様は十字架で自分を殺す人々の為に「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」と執り成しの祈りをされました。
このイエス様こそ私たちの待ち望んでいた救い主なのです。そして、主なる神様は、あらかじめその救い主がこの世の人々に、どのような仕打ちを受けるかをイザヤに預言させたのです。そして、この救い主を信じるならば、罪赦され永遠のいのちが与えられます。
宦官はピリポの話に救い主の真実を知って、喜んで救い主としてイエス様を信じ受け入れました。そして水のある所に来たので、ピリポにバプテスマを授けてくれるように頼んだ。そこで、二人は水の中に降りて行き、ピリポは宦官にバプテスマを授けた。すると、主の霊がピリポを取り去ったので、ピリポを見なかったが、喜びながらエチオピアに帰って行った。

17/05/2026

5月17日「自分の栄光か、神の栄光か?」
使徒8:14~24
先週のメッセージでは、この世は権力をもって人々を支配する人が偉い人と見られますが、神の御国では仕える人が一番偉い人です。したがって、私たちは仕える者になりましょうとお話させて頂きました。
そして、今日のメッセージには魔術師シモンという人が出てきます。彼は魔術を行って人々を驚かし、自分は偉大な者だと話していました。そして、町では大勢の人が彼に関心を抱き、「彼こそ、大能と呼ばれる、神の力だ。」と言っていました。
さて、シモンはピリポが神の国と、キリストについて語り、同時に人々が癒されるのを見て、彼自身も信じてバプテスマを受け、何時もピリポに着いて回り、彼が行う素晴らしい奇跡を見て驚いていました。
そして、本日の聖書;
14~17節;サマリヤの町でのピリポの伝道によって、沢山の人が主を信じたことを伝え聞いたエルサレムの教会は、ペテロとヨハネをサマリヤに遣わしました。そして、二人はサマリヤに下って行って、人々が聖霊を受けるように二人が手を置いて祈ると、彼らにはまだ聖霊が下っていなかったから、聖霊を受けました。
さて、シモンは魔術によって、占いのようなことをしていたのではないかと思われます。その彼は使徒たちが手を置いただけで、人々が異言や預言を語るのを見たので、自分にもそのような力が欲しいと思ったのでしょう。
18~19節;そこで、シモンは使徒たちのところにお金を持って来て、「私が手を置いた人々が聖霊を受けられるように、その権威を下さい。」と願った。
何故、彼がそれほどまでにその権威を求めたのかというと、彼は自分が偉大なものだという事を人に示したいという、自分の栄光を求める、強い自我の願望があったからです。
私たちは、神の御国で最も偉大な人は、それとは全く逆の、自我に死んで謙って仕える人であると先週学びました。
20~24節;そこで、ペテロはシモンに憤慨し「あなたの金はあなたと共に滅びるがよい。あなたが金で神の賜物を買おうとしているからです。あなたの心が神の前に正しくないので、あなたは神の賜物とは何の関係もありません。」
神の賜物とは神の栄光を現すためのもので、人の栄光を現すためにあるのではありません。それなのに、彼は神の賜物を金で買おうとしたので、ペテロは、「あなたは、まだ苦い胆汁と不義のきずなの中にいることが私には分かっています。だから、このことを悔い改めて神に赦しを祈り求めなさい。そうすれば、心に抱いた汚れた罪が赦されるかもしれません。」と言った。シモンは慌てて、「どうかそのようなことが起こらないように私のために祈って下さい。」と懇願した。
神様は、神様からの一方的な哀れみによって無条件で私たちを救ってくださいます。しかし、それはその後に救われた私たちが天国人としてふさわしい者に変えられる過程があるからです。
すなわち、一方的な恵みによって救われた者は、神の訓練によって肉に死に、御霊に満たされて歩む人に変えられる段階を通るのです。そして、最終的には自分の自我に死んで、神の御霊によって生きる者に変えられるのです。シモンのように、自分の栄光を求める中途半端な信仰生活を送るならば、やがて永遠のいのちを失うばかりでなく、自分を神とする異端の新興宗教を作り出す結果にもなりかねません。
シモンばかりでなく、私たちの自我は簡単には崩せない固いものです。主の訓練に耐え忍び、主に明け渡せるようにしましょう。そのためには御霊の満たしがとても大切です。満たしを求めましょう。私たちのゴールは自分に死んで、キリストに明け渡すことなのです。

https://church.ne.jp/krc/?p=2805新1年生が通り始めて1ヶ月、まだ名前と顔が一致しない。一人一人の個性的な名前をやっと覚えたけど、顔が覚えられない。
17/05/2026

https://church.ne.jp/krc/?p=2805
新1年生が通り始めて1ヶ月、まだ名前と顔が一致しない。一人一人の個性的な名前をやっと覚えたけど、顔が覚えられない。

顔と名前がなかなか覚えられな~い 公開済み 5月 17, 2026 by 管理人 in アドナイ・エレ ~ 僕の名前分かる? ~ 小学校の入学式から1カ月が経ちました。今年、私が見守りをする交差点を新しく通るようになった子供は新入生...

10/05/2026

5月10日「仕える者になりなさい」
マタイ20:25~28
イエス様が「仕える人になりなさい」と言われましたが、世のお母さん方ほど仕える人はいないと思います。赤ちゃんが生まれる前から、大きなお腹をして行動しなければなりません。そして生まれたら、1日中すべての時間を犠牲にして子育てに費やします。
私の姪っ子が「産んだら育てなければいけなかった。」と言ったのですが、正しくそうです。生むまでも大変ですが、それからの子育てはもっと大変です。
お母さんに愛されて育った皆さん、今日は母の日です。生きておられても、すでに亡くなっておられても、愛をもって仕えて下さったお母さん方に感謝しましょう。

子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする」という約束です。エペ 6:1~3

さて、本日はイエス様が「仕える者になりなさい、私が来たのも仕えるためなのです。」と言われたところから学んでまいりましょう。
イエス様がこう言われたのは、イエス様が12弟子たちとエルサレムに上られるところでした。そこで、イエス様は「私は祭司長、律法学者たちに引き渡され、そこで死刑に定められます。それから、異邦人に引き渡されます。そして、あざけられ、むちで打ちたれ、十字架に付けて殺されますが、3日目に蘇ります。」と言われました。
つまり、イエス様はエルサレムに上る時、すでにその後どのようになるかを知っておられたので、弟子たちに「私は人々の罪を清算するために罵られ、鞭うたれ、殺されていくのです。」と言われました。

25~27節;イエス様は「異邦人の間で支配者たちは、人々を支配し、彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなた方の間で偉くなりたいと思う者は皆、仕える者になりなさい。人の先に立ちたいと思う人は人々のしもべになりなさい。」と言われました。
つまり、神の御国で本当に偉い人は、人々に仕える人です。人に仕える人は謙って、心の広い人だからです。神の国ではそのような人が偉い人なのです。

あなたがたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません。だれでも、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます。マタイ23:11~12
28節;イエス様こそ、この世で最も低くされ仕える者とされた方です。
 イエス様は神の栄光を捨てて人となってこの世に来られ、多くの人の罪を清算するために命を捨てて下さったのです。最も低くなって仕えて下さったお方なのです。

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。ピリピ2:6~9

イエス様が最も低くなって仕えて下さったので、私たちに救いの道が開かれたばかりでなく、救い主なるイエス様は復活して、その御名をすべての権威・権力の上に置かれました。それで、私達も力あるイエスのみ名を使って宣言する時、御業を見ることができるのです。

https://church.ne.jp/krc/?p=2802今は亡き母には人一倍苦労を掛けたと思います。母が愛をもって育ててくれたおかげで何とか1人前になりました。
10/05/2026

https://church.ne.jp/krc/?p=2802
今は亡き母には人一倍苦労を掛けたと思います。母が愛をもって育ててくれたおかげで何とか1人前になりました。

母の日に思う 公開済み 5月 10, 2026 by 管理人 in アドナイ・エレ ~あんたには難儀した~ 私が小学生の頃、今から約70年前は、僻地の小学校のせいもあったのか、日々の宿題などは全くありませんでした。それで、学校が.....

03/05/2026

5月3日「教会への迫害と散らされた執事の活動」
使徒8:1~8
 先週のメッセージは、ステパノが最初の殉教者となったことについてでした。それでは何故、彼が迫害され死ななければならなかったのかを、最初から見ていきましょう。
 最初の人アダムがサタンに騙されて、罪を犯したことによって、サタンがこの世の支配者となりました。そして、その後のすべての人がその支配者のもとに生まれてきたので、人は生まれながらの罪人なのです。そこには、いくら頑張っても救いの道はありません。永遠の滅びしかなかったのです。そこで、神様はもう一度新しくアダムをお送りくださいました。それが、最後のアダム(第1コリ15:45)と言われるイエス・キリストなのです。
 そのように最後のアダムとして来られたイエス様はすべての律法を全うし、十字架で私たちの罪を清算し、3日目に死の力を打ち破って復活して、救いに至る新しい世界を造ってくださいました。
 すなわち、この世には古いアダムにつながる血肉の世界と、新しいアダムにつながる御霊の世界が出来上がったのです。古いアダムの世界は永遠の滅びに通じ、新しいアダムの世界は永遠のいのちに通じます。
 そして、新しいアダムに繋がるためには、ただ自分の罪を認識しイエス様を信じるだけで入れるように、すべてをイエス様が段取りしてくださったのです。
 そこで、ステパノはそのことを人々に伝えて、多くの人が救われるようになりました。一方、律法を守ることによって救われようとする人々は、自分を律し断食をし、献金をし、聖い生活を心掛けていましたので、いい加減な生活をしている人々が、ただ信じるだけで救われるという事には断固反対しました。
 彼らにとっては、ただ信じるだけで救われるという都合の良い話によって多くの人を集めているキリスト教会が我慢が出来なかったのです。 
1~3節;ステパノ殺害時に皆の着物を預かっていたサウロは、殺害の意気に燃えて教会を激しく迫害します。迫害によって教会員は各地に散らされていったが、この迫害が起こったことによって、復活したイエス様が言われたこと「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」が実現していくのです。
4~8節;さて、迫害でエルサレムから散らされた人々は、ただ逃げたのではなく、み言葉を宣べ伝えながら、各地を巡り歩きました。福音宣教は全てのクリスチャンの使命ですが、それよりも彼らは愛をもって滅びる魂の救いを優先したのです。
さて、ピリポはサマリヤの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えました。ユダヤ人がサマリヤで伝道するなんて考えられないことでした。ユダヤ人は雑婚によりユダヤ人の血を汚したサマリヤ人をひどく軽蔑していました。そこで、イエス様は良きサマリヤ人などのたとえを通して、サマリヤ人を受け入れるように説得していました。
 それでも、なかなかサマリヤ人とは縁遠かったのです。しかし、迫害が起きたことを通して、ついにサマリヤに福音が届きました。
 さて、サマリヤに行ったピリポはステパノと同様に、ただ福音を語っただけでなく、同時に汚れた霊に憑かれた人たちからその霊を追い出し、大勢の中風の者や足のきかない人々を癒やしたので、町には大きな喜びが起こり、人々は心を開いて彼の語ることに耳を傾けました。
 人々が心を開いて耳を傾けるようになるためには、癒しなどの神の御業が起こることは大切なことです。そして、主は信じる者すべてに次のようなしるしが伴うと約束しています。「主の名によって悪霊を追い出し、異言を語り、病人に手を置けば癒されます。」
 すべての信徒が信仰をもって、癒しのために祈るようにしましょう。御業が神の存在を現し、人々の心を開くのです。

https://church.ne.jp/krc/?p=2800赤ちゃん時の世話をされないで今生きている人はいないという事を考えれば、あの国の大統領も、あの国の主席も、この国の議員も会社のトップの人も、この世話になっていないという人はいない...
03/05/2026

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赤ちゃん時の世話をされないで今生きている人はいないという事を考えれば、あの国の大統領も、あの国の主席も、この国の議員も会社のトップの人も、この世話になっていないという人はいないという事です。一人残らず大切にしてもらい、瞳のように愛されたという事です。

瞳のように愛した(2)              佐多多視子 公開済み 5月 3, 2026 by 管理人 in アドナイ・エレ ~ 一人残らず大切にしてもらい、瞳のように愛された ~ 緑内障進行防止の施術をしていただいてから、1ヶ...

26/04/2026

教会、最初の殉教者ステパノ
教会の執事として任命されたステパノが、神の恵みと力を得て、大胆に福音を語り、素晴らしい不思議な業としるしを行っているのに困り果てたリベルテンの会堂に属する人々が律法学者や長老たちを扇動し、彼を襲って議会に連れてきて裁判にかけました。
裁判では、偽りの証人たちを立てて、彼が律法に逆らう言葉と神の神殿を愚弄する言葉を吐いていると訴えました。
そこで、ステパノはイスラエルの歴史を通して弁明し、最後に次のように語ります。
51~53節;ここでステパノは突然、「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち。あなた方は、先祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです。」と彼らに向かって宣言します。彼らは自分たちこそ律法を守り、主に従って来た者であると自負していました。
 ここに律法の行いによって義とされる律法主義の問題がありました。律法の行いによっては誰一人義とされる者はいません。すべての人が神の律法の前では罪人なのです。
 私たちは生まれながらに、肉の欲に行き、神の義を行えないものであり、皆永遠の滅びに向かう者でした。そこで、神はイエス・キリストを私たちの救いのために、この世に遣わして下さいました。そして、イエス様が神の義を全うし、十字架で私たちの罪を清算して、復活して私たちが肉から解放されイエスに属する者になる道を開いて下さいました。
 つまり、肉に属する者として生まれ、滅びに向かっていた私たちが救い主・イエス様を信じる事によって御霊に属する者とされ、永遠のいのちに至るようにされるのです。
 つまり、他者を裁く人々は律法によっては義とされないのに、人と比較して行いによって自分を義として、それを行なっていない人たちを裁いているのです。
そこで、ステパノは「あなた方は律法によって生きていると言われるが、それを守ったことはありません。」と言った。
54~57節;彼らは律法の義によって生きているので、それを聞いて激怒した。しかし、聖霊に満たされていたステパノは天を見つめて、神の右に立っているイエスを見て、「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」と言った。
 ここで、イエス様を十字架に付けた人々は、もう我慢の限界、激怒して大声で叫びながら一斉にステパノに殺到した。
 私たちは神の義である律法を知っているので、何が御心で、何がそうでないかを知ることができます。しかし、律法を知らない人と同じように私たちも律法を全うできないので、イエス様の恵みによって救われたのです。ですから、律法を行わない人を裁くのではなく、愛をもって諭すようにしましょう。裁くことは律法学者、パリサイ人たちと同じになってしまいます。
58~60節;さて、そこで彼らはステパノを町の外に追い出して、石で打った。彼らが石を投げつけている間、サウロという青年が石を投げる人たちの着物の番をしていました。
 一方、彼らから石を投げつけられているステパノは主を呼んで、「主イエスよ。私の霊をお受け下さい。そして、この罪を彼らに負わせないでください。」と言って眠りについた。
 そういう状況下で、全てをイエスに委ねたステパノは、内なるキリストによって「この罪を彼らに負わせないでください。」と、キリストと全く同じように宣言して息を引き取りました。
 自分の敵を愛し、迫害する者のために祈るとき、そこで神は豊かに働き神の御業が現れます。やがて、ステパノを殺すことに賛同し、彼に石を投げる者たちの着物を預かって、この状況を見ていたサウロに主が働かれるようになるのです。
 その場でサウロが救われたわけではありませんが、サウロの中には生涯この出来事があり、ステパノを通してイエス様ご自身を迫害してきたことを肝に銘じ、最後まで自分を捨てて主に仕えることができたのです。

19/04/2026

4月19日「イスラエルの歴史を通したステパノの明快な回答」
使徒7:44~50
今週は御霊と知恵に満ちた執事の一人であるステパノの活動について学んでいきましょう。ステパノは恵みと力とに満ちていたので、大胆にみ言葉を語り、素晴らしい不思議な業としるしを行って、沢山の人々を主に導いていました。
しかし、従来のユダヤ人の宗教的指導者たちは、彼の活動に苛立ちを覚えて、何とか彼の活動ができないようにしようと画策しました。そして、彼を襲って捕らえ、議会に引っ張って行って、偽りの証人たちを立てて、陥れようとしました。
そこで、彼が訴えられた罪状は2つ、一つは神様の住まわれる聖所を汚す言葉を言っている。もう一つは、神様がモーセを通して与えて下さった律法を守らなくて良いように教えているでした。
彼らユダヤ人は神に選ばれた選民であって特別な存在であり、特にその宗教的な指導者は神に選ばれた人々だと自負していた。そして、ユダヤ人には大切な守るべきものが2つあった。一つは神殿であり、犠牲はここだけで捧げられた。すなわち、神が真実に礼拝されるのはここだけであると思っていた。もう一つは、律法であった。律法は永遠に変わることのない、守るべき神の規則であると、確信していた。
それにステパノは違反しているというのが彼の罪状で、それについてのステパノの弁明が本日の聖書7章全体です。
彼はユダヤ人たちが尊敬し、頼りにしているアブラハムの歴史から始めます。アブラハムがまだメソポタミヤにいる時、神の栄光が彼に現れて、そこからカナンの地に行くように命じられました。そして、そこでイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブに12人の族長が生まれました。
12人の兄弟の中で11番目のヨセフは、彼の兄さんたちから嫌われて、エジプトに奴隷として売られてしまいました。しかし、エジプトでも神さまは彼と共にいて下さり、彼を特別に祝福して下さったので、エジプトの王は彼を総理大臣に任命しました。
そのころ、この地方一帯に飢饉が起こったのですが、エジプトは彼の知恵によって備えができていました。すると、周りの国々からエジプトに食料を買いに来るようになり、彼の兄弟たちもカナンから食料を買いに来ました。そして、ヨセフがエジプトの総理大臣であることを知り、父ヤコブを含めた親族75人でエジプトに移住してきました。そして、彼らの子孫イスラエル人はエジプトの中で増え広がりました。
そのうち、ヨセフのことを知らない王が出てイスラエル人がエジプトに反逆しないように、彼らを虐待するようになりました。そのような中で生まれてきたのがモーセです。
やがて、モーセはミデアンの地に行き、そこで40年が経ったとき、シナイ山で羊を飼っていると、いつまでも燃え続ける芝を見たので、そこに行ってみました。そこで、主は彼にこう言われたのです。「あなたの足のくつを脱ぎなさい。あなたの立っている所は聖なる地である。」
皆さん。ステパノはイスラエルの歴史をずーっと宣べてきました。そして、議会の人々も良く知っている出来事でしたが、実はこの中でしっかりと、この世界は神が造られたものであり、神の存在するところは神殿だけではないことを話してきているのです。
アブラハムはメソポタミヤにいる時「わたしの示す地に行け」と主に語りかけられた。ヨセフはエジプトの奴隷の時に主が共にいて祝福された。そして、モーセはミデアンの地で神に語り掛けられ、「そこは聖なる地だ」と言われました。すなわち、この世界はどこでも神の臨在するところなのだという事を彼は示してきたのです。
やがて、ソロモンが神の神殿を建設します。しかし、次のように言っています。
しかし、いと高き方は、手で造った家にはお住みになりません。預言者が語っているとおりです。「主は言われる。天はわたしの王座、地はわたしの足の足台である。あなたがたは、どのような家をわたしのために建てようとするのか。わたしの休む所とは、どこか。わたしの手が、これらのものをみな、造ったのではないか。」使徒7:48~50

住所

喜入町7208/1
Kagoshima-shi, Kagoshima
891-0203

営業時間

水曜日 09:30 - 11:00
19:30 - 21:00
日曜日 09:00 - 11:30

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