01/09/2026
(9月)の言葉
「足ることを知る」
慈雲(江戸時代に正法律を創唱した
真言宗の僧侶)
私達は現在 情報社会と言われる中で、
損得感情が働き情報を求め、餓鬼の様に
いつまでも欲求を追い求め満足する事なく
「もう少し金を儲けなければ」と、心せわし
く、忙しく働いているのではないのでしょう
か?
潤いとか、思いやりとか、愛情とか満足とか
が無かったら、人間として生まれてきた甲斐
がないと思えるのです。
我々は老少不定に生きる存在ですから、
明日、交通事故で亡くなってしまう可能性
を持った生き物なのです。
多くの事を知り、経済的に利益を得たとして
も、満足を知る事が無ければ必ずしも幸せな
状態に導かれないのです。
慈雲は、「足るを知る者は常に富み、怒らざ
る者は寿也」と、『慈雲短篇法話』の中で、
興味深い教えを説いている。
つまり、満足を知ることの出来る者は富む
者であり、怒ることの無い者は長寿を得るこ
とが出来ると言っているのである。
我々は現代社会の中にあって、知識・情報
と共に、英知とか智慧というものを持たない
と、真の富む者になれないと思われます。
フランス革命の時、殺された王妃である
マリー・アントワネットが、重税に苦しめら
ていた国民が「パンをくれ」と声を大にして
いった時、国民の言葉の意味を理解出来ず
「パンがないならお菓子を食べれば良いでは
ないか」と答えたと言う。
なに不自由も無く生きてきた王妃に、国民の
言葉を理解する事が出来なかったのも当然に
思えるが、実は 彼女には英知とか智慧を持
ち合わせず、国民の痛みを理解出来なかった
のだと思われます。
我々人間は、社会のあり方、自分自身のあり
方、すなわち物事の本質を正しく見る目、
英知・智慧を身につけるべく、人生を学んで
行く事が大切である様に思えるのです。
自分自身を見つめる事により、自分自身の本
質を十分に知り、うなずける存在になれば、
自ずと足るを知り、充実した人生を歩む事が
出来る様に思えます。
つまり、小欲・知足で毎日を歩む事の大切
さ重要さを知らされ、お金とか物とかに振り
回されている今の私たち日本人、自分とか
物事の本質を見きわめる英知・智慧を身に
つけ、人生を毎日歩むことが、真の幸せに
導かれる道であるのでは無いでしょうか?
「未得の財において小欲あり。巳得の財に
おいて知足あり」
「行住坐臥 飲食衣服等、みな準じて
これを守る。この心ざし断絶ずして
三界に独歩し、十方に遊歴すぺし。」
慈雲は、その事を涅槃経のこの文を引いて
強調されております。
寺の住職たる私どもも、大きな伽藍、
綺麗な荘厳や境内の護持に心を奪われ
本来すべき仏法の土地を耕し、その土地に
信心の芽を育てる事を怠り、住職や寺族と
同行門徒との往き交いをはかり、人生を
朋に語り、人間を見つめ、法味を愛楽する
人間同志の心と心のつながりを持つ大切さに
気づかなければならないと反省するところで
有ります。
合 掌