大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)

大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市) 大澤山 常陽院 明圓寺は(1240年)に隠居の為に建立された浄土真宗のお寺です。 住職 土井千浩(どいちひろ)
法名 釋千浩(しゃくせんこう)

02/06/2026

今月(6月)の言葉

「春は花、夏ほととぎす秋は月、冬雪さえて冷しかりけり」

     道元禅師

この歌は、道元禅師が、日本の四季を永平寺の夜空を眺め、詠われたものです。

自然の美をありのまま、素直に賞でる気持ちが、そのまま、仏の御いのちに通じる事を表したものでその言葉自体が禅を説いております。

禅では、これを「不立文字(ふりゅうもんじ)
教外別伝(きょうげべつでん)、以心伝心(いしんでんしん)、直指人心(じきしじんしん)、見性成仏(けんしょうじょうぶつ)」等と要約され、言葉を超越し、教義体系にしばられず、自分の胸中をじかにつかむ事かによって、
その中に仏の御いのちが見出されると説き、禅の世界に解け込んで行く事を指しています。その境地に成り切る事が、坐禅の姿であります。

現代人は、本当に有るべき自己を見失い、我が身を飾り、言葉をも持ち遊んで、あたかもそれに実体があるかの様に考えている所に、自己疎外や断絶の要因がある様に思えます。

最近、游心庵に別離の悲しみの中、お参りに来ていた方から、又 少しお墓が荒れて来た様に思えますと言われました。

游心庵を管理をお願いしている業者さんにその旨をお伝えした時に返って来た言葉を思い出し綴った歌であります。

管理費を負担されている游心庵の利用者の方々の想いを、胸の片隅に何時も持ち
お寺に携わり働かせて頂く事の意味を取り違えたり、見失うこと無い様に気をつけなければと、改めて自分を見つめるご縁を頂いたと思った次第で有りました。

もう少し、自分を見つめ良く考える事に、この禅の言葉の意味が有るのであろうと感じさせられました。

道元禅師は、眼前のすべての現象のありのままの姿を仏法の現れとし、「正法眼蔵」を著し、人は、名利を捨て、俗塵(ぞくじん)を離れ、理想とした禅の生活を勧められた方であります。

親鸞聖人とは考え方が少し異なるところが有りますが、私共がお寺で生活をする上で、名利を先にするのでは無く、お参りする方の立場、思いに心をよせ、その代償としての対価が働く(自分が仕事させて頂く事は、他人様が喜び、楽しく思ってくれ事で有る)との認識を持つ事を忘れてならないと改めて心に留めた事でありました。

お寺の法務や作務に当たる事は、人間の生死に関わる仕事をさせて頂いていると云う事実をわすれてはいけないと、坊守とお互いに確認させて頂いたことでした。

   南無阿弥陀           

   南無阿弥陀
    

     合  掌

30/04/2026

今月(5月)の言葉

「人身受け難し、今已(いま、すで)に受く
仏法聞き難し、
今已に聞く。
此身(このみ)今生に向かって度せずんば
さらにいずれの生に向かってか此身を度せん。
大衆諸共に至心に三宝に帰依したてまつるべし」
       
礼賛文(三帰依文)

先日、行年百歳になるお婆ちゃんのお葬儀を勤めました。

亡くなられてから、3ヶ月が過ぎており百カ日法要も、併せてお勤め致しました。

我々は、死んだらお葬式をして遺体を火葬にしそれをお墓に納めます。

どんな葬儀をするか、どんな墓をつくるかと言う事に頭が一杯になっているのではないでしょうか?

そんな事より、今生きている間にこそ仏法に出会わなくては、まことの生きがいは無いのではないかと思うのです。

問題は、墓場に行くまでの人生の道案内人を見つけた生き方をしているかと言う事であると思うのです。

その生き方を教えてくれるのが
三宝(仏・法・僧)に帰依することなのです。

余談ですが、三宝帰依の文は「華厳経」によった文の様であります。

真宗においては、「仏に帰依」するとは、阿弥陀仏に帰依(帰命)することであり、「法に帰依」するとは、よきひとの仰せに帰依することであり、「僧に帰依」するとは、聞法の道場に集う人々は勿論、道場を荘厳(しょうごん)する全体に帰依することでありましょう。

我々は、仏法に今現に会っているのに、又、人身も今現に受けているのに、その事が良くわからず、迷っているのです。

勿体なく、早く仏法をいただくことに目ざめなさいと云う趣旨を示して下さっているのです。

三宝との本当の出遇いこそが、墓場へ行くまでの人生の道案内人なのです。

「親鸞においては、ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。」

            歎異抄 第二章

親鸞聖人の教えによれば、聖人はご自身の所信を同行衆に、この様に語っておられ、仏 法 僧の三宝に帰依すると云う表白は一言で言えば
「ただ念仏する」と言う事で、南無阿弥陀の名号が三帰依文であり、それは遇法(ぐうほう)の喜びと仏弟子の「如来の真実義を解したてまつらん」と云う、仏弟子の生涯の歩みで有ると終始しておられます。

お念仏申しましょう。

南無阿弥陀  

南無阿弥陀 

  合  掌

03/04/2026

今月(4月)の言葉

「長寿百歳 尊きにあらず、今を永遠に生きることが肝要」

 佐々木 蓮麿

今年(令和八年)に入って、20歳代から40歳代のお葬儀を勤める事が多く続いております。

私も、今年は僧侶になって49年になりますが、若い方の葬儀を勤めるのは、ちょっと苦手なところが有ります。

「人生は長いだけが能でない 長さに加えて広さ、
広さに加えて深さ、長くて広くて深い人生をおくりたい」

誰しも、長生きしたい気持ちは持ち合わせておりますが、人生は深さが肝要であり、人生の過去の上に、しかも、未来を展望して現在を永遠に生きねばならぬ事であるべきなのです。

人生の広さというのは、空間の世界で、自分だけの事を考えるのでは無く、隣人をはじめとして、地球上に存在するあらゆる動物や植物、さらに、地球上の資源にまで思いを寄せ、その中にある自分という存在を考える世界観が必要とされると思われます。

私たちは、自己中心的で、自分だけ、今日だけを考えがちで、人生の長さや幸せを追い求める狭い人生に陥りがちですが、永劫の世界の中の人生を過ごす事を心がけ、長いだけで事足る人生では無く、広く、しかも、深い人生を歩む事が肝要であると思うのです。
                   
    合 掌

13/03/2026

今月(3月)の言葉

「いのちの波は 世々生々の親から子へと伝わり
私もこの一波となりうねり光っている
いのちの波のゆくえはしらず」

  いのちの波

今年3月8日、往西寺住職の導師により、明圓寺のお墓の建碑式並び、一昨年暮れ(12月22日)に亡くなった母親の納骨を、やっと済ます事が出来ました。

「亡き人を案ずる私が、亡き人から案じられている」という言葉が有りますが、先立った亡き父母を思うよりも、何十倍も、父母の方が私を思ってくれているのでしょう。

生命の連鎖(つながり)は、世々生々と親から子や孫へと綿々と続いているのです。

私が今有る命は、その連鎖(つながり)の中に有るのです。
遡れば、私の生命は父母から祖父母と、七代前で128人、十代前で1,024人、
二十代前で1,408,157人のご先祖さまのつながりが有り、その中で一人でも欠けていたならば、今の私は
存在していないのです。

誠に尊い、有り難い生命を今生かされているのです。

そんな事を思うと、人生を無駄に過ごしたり、自他の生命をあやめたりする事は、計り知れない沢山のご先祖様を悲しめる事になります。

一茶ではありませんが、私の人生を振り返って考えますに、「月花や六十五年のむだ歩き」と、愚痴ってしまいがちですが、「何もないが心安さよ涼しさよ」と、
仏法を通して生命の尊さ、不可思議さ、有難さといただき、悔いのない人生を歩むことが、亡き先祖様が、いちばん望まれついる事であるでしょう。

「花ちるや末代無智の凡夫衆」

私も、一茶の様に如来さまの大慈悲を深く味わい、自らも生きとし生けるものに同悲の思いをいだきつつ、生死の大海を悠々と生きたいものですね。

   合  掌

04/02/2026

今月(2月)の言葉

「わりなしや 氷る筧の水ゆゑに
思ひ捨ててし春の待たるる」

   西 行

私も、観念して山寺に籠った心算でしたが、筧の水も凍る厳しい冬の寒さに身を震わすと、春の暖かさが恋しく待たれます。

山家集に「世の中を捨て得ぬ心地して都離れぬ我が身なりけり」と
詠んだ和歌も有り、現世を捨て忘れきれず、都を思い出さずには居られない滑稽でだらしない感じが、現在の自分の姿を写し出している様に思えました。

「生かさるる  よろこび匂う春の梅」

   中村 久子

我々は、寒さに身を震わすと暖かい春を求め、暑さに汗すると涼しさ求めたりします。

春の梅や桜、秋の紅葉と実り、どちらかの価値や好みを云々したがり、寂しさに身を置くと孤独で心細い思いになり、現世の都に身を置くと嫉妬や羨望から逃れようと山に籠ったりしたくなるものです。

いずれにせよ、何方にも良さが有り、意義が有るのです。

のはなのなかよりは、三十六百千億の光明に照らして、朗らかに和歌や和讃の心を頂きたいと思うのです。

そもそも、苦しみの原因は自分の外では無く、自分自身の心が生み出しているもので有り、苦しみを生み出す原因は、ものの本当の在り方を知らない事に有るのだと思えます。

我々の愚痴の生活は、自己中心性の思いによる事で有り、人が何よりも執着せんとするものが自己で有るのです。

その自分の姿に気づく事が大切で有ると思うのです。
お念仏申しましょう。

南無阿弥陀、

   合  掌

15/01/2026

R8 今月(1月)の言葉

「浄土真宗に帰すれども、真実の心はありがたし虚仮不実のわが身にて、清浄の心もさらになし」

 正像末和讃

我々は、神や仏を信じて、その力や教えを依り処にすること(宗教の帰依)とは、自分が真実になる様に思っている事が多い様に窺えます。

しかし、親鸞聖人は、むしろ帰依すればするほど、我が身の不実さを知らされる事に出遇った方であり、「虚仮不実の我が身」と云う言葉には、偽善に満ち、自己中心的で清らかさなど微塵も無い私である事への懺悔で有り、阿弥陀様がその事を教えて下さった事への讃嘆が表されています。

お念仏という教えが鏡と成って本当の自分の姿を知る事、その教えが無いと、自分勝手な振る舞いや自己の正当化をしている姿に気づけない私に出遇う事なのです。

我々は、苦しみの原因を他人のせいにしたり、置かれた環境のせいにしがちで有ります。
本当の苦の原因は、自身の中に有る事を阿弥陀様に教えられて生きる事、それこそが、親鸞聖人の帰依した浄土真宗の教えなのだと思うのです。

「わたしにさとりはございません
弥陀のおひかりに 自分のこのぼんのうが、照らされて みえるだけ」

念念光照
   榎本 栄一

無量寿経下巻には、

人、世間愛欲の中にありて独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来る
行に当たり苦楽の地に至り赴く
身みづからこれに当くるに代わるものあるものあることなし。

と、自らの行いによって苦楽を生じ、他の人に代わってもらう事が出来無いと有ります。

我が身に、金剛堅固な信心が定まった時、阿弥陀様の智慧の光明が、煩悩具足の我々を摂めとって迷いの世界から、さとりの世界へ導いて下さると誓われているのです。

お念仏申しましょう。

  南無阿弥陀

   合  掌

23/12/2025

今月(12月)の言葉

「南無阿弥陀仏」

ご法事の時に、良く話す事ですが、私達は南無阿弥陀仏とお念仏を称えるているのですが、何故でしょうか。と、訪ねると皆んな首を傾げてしまいます。

浄土真宗だけではなく、各宗派で南無の言葉を称えます。

真言宗は、南無大師金剛、日蓮宗では、南無妙法連華経、禅宗では南無釈迦牟尼仏などと称え
浄土宗、浄土真宗など浄土系の教えでは、南無阿弥陀仏と称えます。

南無とは、インドの言葉でサンスクリット語で、
namas(ナマス)又は、namo(ナーモ)の音写で有り、南無自体に意味は無く、身体を折り曲げて敬意を表する表します。
つまり、一切を任せるとか、人生を委ねる意味なのです。

ですから、南無阿弥陀仏と称える事は、阿弥陀さま、一切をお任せしますとか、
人生を委ねますと言っているのです。
その事を忘れてお念仏を称えている方もいるのではないでしょうか?

では、何故私どもは阿弥陀さまに人生を委ねたり、一切を任せる事が出来ると言える身かと言う事に気づいて行きたいと思います。

親鸞聖人は、九歳で両親を失い
激しい無常を感じ、出家の志を心に固められ、叔父の日野範綱(ひののりつな)卿に伴われて、京都の粟田にある青蓮院の門をくぐり、出家得度を院主の慈円(慈鎮和尚)のもとで臨まれました。

その時、夕暮れ時となっていたため、慈円院主が明日にしましょうと言われた時に詠まれた歌が、

「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」

意味

今、咲き誇っている桜も、今晩嵐にあって散ってしまうかも知れません。

九歳で両親を亡くした親鸞にとって、この世には明日は無いと云う厳しい思いだったのでしょう。

その童子の心根に感嘆された慈円院主は、その夜 得度出家の儀を行い、僧名を範宴(はんねん)と名づけられました。

その後、比叡山に登り血のにじむ修行と研鑽をされのですが、
当時、源平の合戦が有り、平家の落人たちが山に隠り、夜な夜な街に夜遊びに出ていたと云う荒れた状況も手伝って、聖人は山を降りたのでした。

その時に詠まれた歌が、

「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」

と、詠まれています。

山を降りて、行も中断してしまった(どの様な修行もやり遂げることの出来無い私なのだから)地獄こそ、棲家の様に決定的に定まった居場所で有ると、聖人は自分の立場を見極め、吉水の法庵で法然上人の法座を聞き、私の様な救われ無い者をことにあわれみ救いたもう阿弥陀仏の存在を知ったのでした。

地獄こそが私の居場所といただいている聖人にとっては、「たた念仏して阿弥陀仏に助けていただくしか、すくわれる道は無いと受け取って信じ、すがる思いで、南無阿弥陀仏とお念仏の世界に入って行かれたのでしょう。

私どもも、自分がお浄土などには到底生まれる事など出来ぬ身で有り(比叡山で20年も修行んされ、千日回峰行もされている親鸞聖人でさえ、そう思われて)、
又、「親鸞におきては念仏以外に救われる道は無い」と言われいるので有るのだから、五戒の一つも守れず、何していない私どもなど地獄行きは決まっている事に気づき、阿弥陀さまの呼び声に耳を傾けて、お念仏を頂ける身に成る事が寛容で有ると思えます。

「地獄は一定すみかとかぞかし」と心からいただけた時、お念仏の声は、私に響いて来るのでは無いでしょうか。

私にとって、お念仏こそが頼りで有るといただけた時、空念仏から報恩感謝のお念仏に転換されて行くのでしょう。

合掌

追伸

今年も、一年色々と有りましたが、お付き合い頂き有難うございました。

来年は、もっと良い年に成ります様に念じております。
又、宜しくお願い申し上げます。

🙇🏻‍♂️

06/11/2025

今月(11月)の言葉

「如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし

親鸞聖人「正像末和讃」

11月に入り報恩講の季節になって参りました。
当山でも、11月9日(日)、13時半から勤まります。

ご講師に正念寺住職 佐竹知信師を迎え、お勤めの後、講話を頂きます。
皆様、お楽しみにしていて下さい。

人間として生まれて来る事は容易な事では無いのに、人はそれを知らず、日々、感謝の心も生ぜす、不平不満を言いながら明け暮れている人生を歩んでいる事が多いのです。

仏教は、人間として生まれた真の意味を味わってもらう事を示し、又 生き年生きる者(人間)は、生者必滅である事を示し、意味ある人生に転じ、そういう生き方が人生の歓びであり、感謝の心を持つ事が大切な事であると示しております。

感謝とは、漠然とした感じの言葉ですが、構成している文字を見ますと、謝り(アヤマリ)を感じると言う事なのです。

今、生かされている歓びにも気づく事無く、今の私が有る事を当たり前の様に思い過ごしております。

私達は、大宇宙の中で、銀河系に そして地球に生まれ、何十億と言う人類の中で、自分の親やご先祖が有る事の不思議に感謝し、今有る事に感謝する事が大切な事なのです。

お念仏、本願他力の教えは、死を超えて生きる事、アミダ如来の本願に自己を任せ、委ねる事、
現実の生活を生き、命終わる時六道輪廻に沈む事無く、安楽浄土に生まれ(往相廻向)、しかも、シャバ世界に還って来て、生き年生きる者を救いとる(還相廻向)働きをするのです。

それゆえに、他力念仏の人は、死ぬのでは無く
本願力によって無限の世界に生きるのです。

この事に気づけた時、前記の恩徳讃の言葉が身に沁み入り、本心から出て来る言葉に成るのでは無いかと思うのです。

   
  合  掌

02/10/2025

今月(10月)の言葉

「一葉知秋」

一葉落ちて天下の秋を知る

意味

わずかな前触れから将来の大きな動きを予想出来る事。

葉が一枚落ちるのを見て秋が来たことを察するように、ほんの少しの変化から、この先に起きる大事なことを、いち早く察することが出来ると云うことわざ。

「人間性の矛盾」

人間の心は常住
常念では有りません!
賢そうな時も有りますが、愚者にも豹変したりします。
あるいは、今は健康であっても病弱になる事も有ります。
人間は、矛盾でいっぱいなのです。

この様な矛盾性に早く気づきなさいと仏法では私たちに教えているのです。

親鸞聖人は、「教行信証」信巻に、真実に近づこうと願いながらも愛欲の世界を離れられない身の罪悪性を嘆かれたのでした。

私は、この自釈を親鸞聖人の自己内省(自分を見つめて省みる)の思いで有ると受け止め、又、自己のあるがままの姿、自分が今まで生きて来た姿で、自分の姿を偽らず飾らず見つめる中で、自身を照らし出している阿弥陀如来の慈悲心を描き出していると思われます。

阿弥陀如来の真実の教えに触れても、喜べない自分がいるとおっしゃっているのです。

阿弥陀様を疑い逃げている私をも、阿弥陀如来は捨てずして包んでいてくださっている真実を知ったのです。

だからこそ、「ありがたい」と感謝するのではなく、「恥ずべし 傷むべし」と云う自信が感じた痛みを告白されたのだと思います。

この事が、現代の私たちに響いているのは、自分自身に出遇い阿弥陀如来に出遇った人の言葉だからなのでしょう。

親鸞聖人は、愚禿の私が阿弥陀様の救いの中に有るのだから、誰でも阿弥陀如来に救われる(遇える)と、確信しているのです。

人間は、真摯な生き方を忘れないようにしたいものですね。

南無阿弥陀仏

08/09/2025

今月(9月)の言葉

「やどせりし人のかたみか藤袴 わすれがたき香ににほいつつ」

     紀貫之

現代語訳

我が家に宿った人の形見だろうか、この藤袴は。 忘れがたい香りを匂わせている。

三十六歌仙の1人であります紀貫之は、「古今和歌集」の撰者の1人でも有ります。

秋の七草の一種である藤袴は、薄い紫色の花をつける美しい植物です。
藤袴は、貫之にとって、誰か忘れがたい人を想わせる花なのかも知れませんね。

その美しさや香を感じながら、亡き人に想いを巡らせる貫之の姿が、目に浮かんで来る様です。

「秋の日は、釣瓶落とし」

私も、昨年の暮れに、九十七歳に成る母親を亡くして、初めての秋を迎えます。

私も、今年六十五歳を迎えますが、曠日弥久、長い間一緒に居てくれたにもかかわらず、何もしてあげられず無駄に歳月を経てしまった事を日が短く成るに連れて、物悲しく想えて来ます。

「母となり、なほなつかしむ千代紙の、たぐひと見ゆる紅荻の花」

   みだれ髪
    与謝野晶子

夏も終わりを迎え、秋へのうつろいを感じながら、私も紅荻の花に子供の頃に好きだったものに、懐かしさや愛しさを覚え、亡母を偲んだりしております。

    合  掌

住所

真家1055
Ishioka-shi, Ibaraki
315-0121

ウェブサイト

アラート

大澤山 常陽院 明圓寺(茨城県石岡市)がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

共有する

カテゴリー