日本基督教団 千葉北総教会

日本基督教団 千葉北総教会 宗教法人 日本キリスト教団 千葉北総教会

千葉ニュータウンにある あなたの居場所

宗教法人 日本キリスト教団 千葉北総教会
牧師 山内慎也(やまうち しんや)

〒270-1337
千葉県印西市草深天王脇1139-7
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*毎週日曜日10:30-11:30、14:00-15:00、18:00-19:00に礼拝を行っています。
*午後2時からの「ワーシップ礼拝」は、「ワーシップソング(新しい賛美歌)」を用いた礼拝で、ギター、ピアノ、ドラム等による伴奏で賛美します。
*10:30からの礼拝を千葉北総教会のフェイスブックでライブ配信しています。

日曜日に、さつまいもの苗を植えました🍠さつまいもは11月1日に収穫し、11月15日の子ども祝福礼拝の後の収穫感謝食事会でいただく予定です。
02/06/2026

日曜日に、さつまいもの苗を植えました🍠

さつまいもは11月1日に収穫し、11月15日の子ども祝福礼拝の後の収穫感謝食事会でいただく予定です。

今週も父なる神様の子どもとされている平安と喜びのうちに歩ませていただくことができますように。2026年5月31日主日礼拝https://www.youtube.com/live/bb7aK1Vynb8?si=sbME-FAsr38qOcE5...
31/05/2026

今週も父なる神様の子どもとされている平安と喜びのうちに歩ませていただくことができますように。

2026年5月31日
主日礼拝
https://www.youtube.com/live/bb7aK1Vynb8?si=sbME-FAsr38qOcE5
ローマの信徒への手紙8章12−17節
「父なる神様の子ども」



 先週の日曜日は、「聖霊降臨日(ペンテコステ)」でした。今日は教会の暦では、聖霊降臨節第二主日、「三位一体主日」です。今日の主日日課のテーマは「神の子とする霊」です(15節「神の子とする霊」)。聖霊は私たちを父なる神様の子どもとしてくださいます。父なる神様の子どもとしてくださる霊、神様を「父」と呼ぶことのできる霊、それが私たちに与えられている聖霊です。



 今日は「三位一体主日」ですが、父なる神様、子なるイエス・キリストと比べて、聖霊というのは、クリスチャンである私たちにとっても少しわかりにくいかもしれません。神様、イエス様、聖霊も「様」をつけた方がいいのか? 呼び捨てにしてはいけないのか?という疑問も湧いてきます。日本語には、「精霊」(しょうりょうとも読みます)という言葉もあります。辞書では、「① 物質的な身体をもたないが、ある種の個性を備えた超自然的存在や力。草木河川等に宿るとされる。 ② 死者の霊魂。肉体を離れた死者の魂。」と書かれていました。

聖霊を知ろうとするときに、その「実体」について知ろうとするよりも、その「働き」について知ろうとする方がわかりやすいと思います。例えば、今日の聖書箇所の14節では、私たちを「導く」働きをします。また15節では、私たちを「神の子とする」、わたしたちが「父よ」と呼ぶことのできるようにする。16節では、「わたしたちが神の子どもであることを証しする」そのような「働き」をするのが聖霊です。

15節 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。

 救い主イエス・キリストを信じている私たちは、父なる神様の子どもとされています。そして、救い主イエス・キリストを信じている私たちは聖霊を受けています。その聖霊によって、私たちは父なる神様を「父」と呼ぶことができます。父なる神様のことを「アッバ」と呼ぶ方はおられないかもしれませんが、「アッバ」というのは、幼い子どもが父親を呼ぶ時に使っていた言葉(アラム語)です。「パパ」という感じでしょうか?「アッバ、父よ」、主イエスも十字架にかかられる前に、「ゲツセマネの祈り」と呼ばれる祈りの最初に、そのように父なる神様に語りかけられました(マルコによる福音書14章36節)。主イエスを信じて、私たちも父なる神様の子どもとされていますので、主イエスが「アッバ、父よ」と祈られたように、私たちも「父よ」と神様に語りかけることができます。

14節 「神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。」

 父なる神様の子どもとされている私たちは、神の霊、聖霊によって導かれます。「神の霊に導かれる生き方」と対照的なのが、「肉に従う生き方」です。8章の初めから「肉」という言葉が頻繁に使われていますが、「肉」というのは、自己中心的な罪の性質、父なる神様に敵対する性質のことです(8章7節「肉の思いに従う者は、神に敵対しており」)。

主イエス・キリストを信じ、聖霊が与えられ、父なる神様の子どもとされている私たちは、神の霊、聖霊によって導かれます。聖霊は、私たちに主イエス・キリストについて教え、主イエス・キリストを思い起こさせ、キリストへと導きます。聖霊は、主イエスの教えを思い起こさせ、父なる神様の御心を示し、その御心にかなった歩みをすることができるように、私たちを導いてくださいます。しかし、主イエス・キリストを信じて聖霊が与えられていても、肉に従って、自己中心的で、父なる神様に反抗的な生き方をしてしまうことがあります。7章14-25節には、この手紙の著者のパウロの葛藤が記されています。



神の霊に導かれて、父なる神様の御心にかなった歩みをしたと願いつつも、父なる神様に反抗的な生き方をしてしまう・・・ 父なる神様を悲しませ、人を傷つけ、自分自身も傷つけてしまう・・・ パウロだけでなく、誰もが経験することです。



15節で、パウロは「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。」と記しています。

 自分の思い、言葉、行いに目を向けると、自分はまだ罪の奴隷のままのように感じてしまうことがあります。しかし、父なる神様は、そのような弱さを抱えた私たちをご存知な上で、私たちをご自身の子としてくださり、大きな愛で受け入れてくださいます。



 旧約聖書の出エジプト記14章に、映画「十戒」でも有名な葦の海が二つに分かれて、エジプトの軍隊からイスラエルの民が救い出される場面が描かれています。その劇的な奇跡の直後、出エジプト記16章には、荒野での生活に対する神の民の不満の声が記録されています。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている。」(16章3節)民数記11章4-5節には、このような不満の声も残されています。「誰か肉を食べさせてくれないものか。エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない。今では、わたしたちの唾は干上がり、どこを見回してもマナばかりで、何もない。」自分もその場にいたら、同じように不平不満を言っていたかもしれません。



 「エジプトで奴隷として生活していた方がマシだった!」と不平を言う神の民に対して、出エジプト記20章で、主なる神様は「十戒」を授けられました。その十戒の第四戒は、「安息日規定」です(出エジプト20章8-11節、申命記5章12-15節)。エジプトで「働け、働け」と言われ続けてきたイスラエルの民に対し、主なる神様は「週の七日目は働いてはならない。私の救いの恵みを思い起こしなさい。」と言われました。働き続ける生活を送ってきたイスラエルの民にとって、働きをやめて休むということは、そう簡単なことではなかったと思います。

ちょうど6年前の今頃は、新型コロナウイルスの感染拡大で、オンライン礼拝を行なっていましたが、毎週、日曜日の朝に教会に集い、礼拝をささげてきた私たちにとって、「日曜日の朝に家で過ごすというのは、どうも落ち着かない」という方が多かったのではないでしょうか。長年のライフスタイルを変えるのは、大変なことです。長年、エジプトで奴隷生活をしてきたイスラエルの民にとっても、ゆっくりと体を休めて、救いの恵みを思い起こすというのは、簡単なことではなかったのではないかと思います。「一日も早く約束の地に到達したい。少しでも前に進みたい。七日目も旅を続けたい。」そういう思いもあったかもしれません。しかし、主なる神様は、週の七日目が来るたびに、全てのことをやめ、救いの恵みを思い起こすようにと命じられました。



イスラエルの民は、七日目ごとに働きをやめ、救いの恵みを思い起こすことによって、自分自身が何者であるのか、自分のアイデンティティも同時に思い起こすことができたのではないでしょうか。イスラエルの民は長い間、エジプトの奴隷として扱われ、生活してきました。彼らは救いの恵みを思い起こすことによって、自分自身が神の民であることを思い起こすことができました。週の七日目に、日常の営みを止め、救いの恵みを思い起こすことによって、自分が「罪の奴隷」ではなく、「父なる神様の子ども」とされていることを思い起こすことができたのだと思います。



 キリスト教の救いとは何か?と問われた時に、いろいろな答え方があると思います。「主イエスを信じて天国へ行ける」、「主イエスの十字架によって罪が赦される」など、答えは一つではありません。私にとっての「救い」というのは、「父なる神様の子どもとされていること」、それが一番の恵みです。私にとっての一番の喜びは、「父なる神様の子どもとされていること」です。父なる神様に愛され、守られ、生かされている。それが私にとっての一番の喜びです。毎週の礼拝では、そのことを喜び、その喜びを一人でも多くの方に知っていただきたいと願っています。



 おそらく父なる神様の思い、主イエスの願いも同じだと思います。父なる神様が私たちに命を与えられた目的は、私たちが父なる神様に愛され、守られ、生かされていることを信じ、そのことを喜びながら生きるため、ということを礼拝の中でも何度もお話ししています。母の胎内にいる時から、この世界が造られる前から父なる神様は私たちを神様の子どもとして選んでくださいました。私たちに命を与えてくださった父なる神様は、私たちが父なる神様の子どもとされていることを心から喜んで生きることを喜んでおられるはずです。



父なる神様のお姿は、私たちの目で見ることはできませんが、神様が私たちを愛しておられ、いつもそばにいて、守ってくださるということを聖霊が思い起こさせてくださいます。聖霊は、私たちが父なる神様に愛され、守られ、生かされていることを信じさせてくださり、私たちの心に平安を与えてくださいます。父なる神様の子どもとされている平安と喜びの中で、今週も歩ませていただきましょう。

3週ほど合同礼拝が続きましたが、31日は通常通り、3回礼拝(10:30-11:30、14:00-15:00、18:00-19:00)を行います。礼拝はどなたでも参加することができます。お気軽にお越しください。10時半からYouTubeで礼拝...
29/05/2026

3週ほど合同礼拝が続きましたが、31日は通常通り、3回礼拝(10:30-11:30、14:00-15:00、18:00-19:00)を行います。

礼拝はどなたでも参加することができます。

お気軽にお越しください。

10時半からYouTubeで礼拝をライブ配信いたします。
https://www.youtube.com/@%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%9B%A3%E5%8D%83%E8%91%89%E5%8C%97%E7%B7%8F/streams

2026年5月31日
主日礼拝



前  奏  

招きの言葉 詩編29編1、2節

讃 美 歌  351

主の祈り  93-5A 

信仰告白  使徒信条 93-4A

牧会祈祷 

讃 美 歌   342

聖書朗読  ローマの信徒への手紙8章12−17節(新約聖書p.284)

説  教  「父なる神様の子ども」 

讃 美 歌  463

献  金 

祈  祷 

讃 美 歌  88

頌  栄  29

派遣・祝祷

後  奏

今日は「聖霊降臨日(ペンテコステ)」でした。聖霊の力によって、これからもイエスさまと共に神の国の働きに励むことができますように。2026年5月24日ペンテコステ聖餐礼拝使徒言行録2章1−11節「神の偉大な業を語る」 今日は「聖霊降臨日(ペン...
24/05/2026

今日は「聖霊降臨日(ペンテコステ)」でした。

聖霊の力によって、これからもイエスさまと共に神の国の働きに励むことができますように。

2026年5月24日
ペンテコステ聖餐礼拝
使徒言行録2章1−11節
「神の偉大な業を語る」



今日は「聖霊降臨日(ペンテコステ)」です。今年の教会の暦では、4月5日が主イエス・キリストの復活日(イースター)でした。そのイースターから五十日目が、今日「聖霊降臨日(ペンテコステ)」です。「ペンテコステ」というのは、新約聖書が書かれたギリシャ語で「五十」という意味です。今日の聖書箇所、使徒言行録2章1節で、「五旬祭」と訳されている言葉が「ペンテコステ」です(英語では「Pentecost」)。「五旬祭(ペンテコステ)」の日に起きたということで、「聖霊降臨」の出来事が「ペンテコステ」と呼ばれるようになりました(「ペンテコステ」という言葉自体に「聖霊降臨」という意味はありません)。



今日、「聖霊降臨日(ペンテコステ)」は、教会が誕生した日でもあります。使徒言行録2章41節に「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。」とあります。5月11日は千葉北総教会の創立記念日ですが、ペンテコステ、聖霊降臨日は、イエス・キリストを救い主と信じる「信仰共同体としての教会」が誕生した日です。



主イエスの誕生を祝うクリスマス、主イエスの復活を祝うイースターと並んで、聖霊降臨日(ペンテコステ)は、キリスト教会では大切な日です。ペンテコステ(聖霊降臨)の出来事が起こらなかったら、クリスマスもイースターも祝われていなかったかもしれません。救い主イエス・キリストの誕生と復活を伝えるために、使徒たちの上に降ったのが聖霊です。聖霊が与えられた弟子たちは、救い主イエス・キリストの誕生と復活を人々に伝え、そして、そのクリスマスとイースターの出来事は世界中に伝えられました。そして、今、世界中で、クリスマスとイースターが祝われています。



主イエスが復活されてから五十日目の五旬祭、主イエスが昇天されてから十日後のペンテコステの日に起こった聖霊降臨の出来事、場所は「エルサレム」です(使徒言行録2章5節)。その様子が使徒言行録2章に記されています。

2-4節 「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」



主イエスの誕生の出来事(クリスマス)は、静かにひっそりとしたものでした。主イエスの復活の出来事(イースター)もそうです。しかし、聖霊降臨の出来事(ペンテコステ)は、主イエスのご降誕と復活とは対照的に、ダイナミックで、大勢の人の前で起こりました。激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、人々が座っていた家中に響き、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。さらに、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。彼らが何を語っていたのかといいますと、11節に「神の偉大な業」を語っていたとあります。

11節 「ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」



聖霊に満たされた人々が、様々な国の言葉で、神の偉大な業を語りだした。それが五旬祭、ペンテコステに起きた出来事です。神の偉大な業、父なる神様が、御子イエス・キリストをこの世界にお遣わしになった「クリスマス」の出来事、そして、父なる神様が、御子イエス・キリストを十字架に架け、よみがえらせたイースターの出来事。聖霊によって、その神の偉大な業が様々な国に伝えられ、様々な国の言葉で、神の偉大な業が語られ、神様がたたえられる。これから起こる福音の世界的な広がりを予告する出来事です。聖霊によって、様々な国の言葉で、神の偉大な業が語られ、神がたたえられる。聖霊降臨日の今日、今まさに全世界で起きている出来事です。



世界ウィクリフ同盟という聖書翻訳を中心に行なっている団体があります(日本にも日本ウィクリフ聖書翻訳協会があります)。ウィクリフというのは、14世紀に聖書を英語に翻訳した宗教改革の先駆者のような人です。世界ウィクリフ同盟によりますと、2025年8月の時点で、「世界の言語数:7,396言語、世界の総人口:約81億人、聖書全巻:776言語、新約聖書のみ:1,798言語、分冊等のみ:1,433言語、聖書翻訳を進める必要がある:544言語」「2025年8月で、すでに何らかの形でみことばが訳されている言語数は4,007言語なりましたが、聖書全巻が訳されている言語数は776言語のみで、約19億人の人々が話す6,620言語には、まだ聖書全巻が訳されていません。」だそうです。

日本ウィクリフ聖書翻訳協会ホームページ
https://www.wycliffejapan.org/2025/09/blog-post_3.html



2009年にプロテスタント日本宣教150年ということで、さまざまな集会が開催されました。1859年に、長崎と横浜(ヘボン式ローマ字のヘボン)にプロテスタントの宣教師が到着したということで、その年から日本でプロテスタントの宣教が始まったとされていますが、その13年前、1846年に、ベッテルハイムという人が、琉球で伝道を開始したということで、その時から日本でのプロテスタント宣教が始まったのだと考える方もおられます。いずれにしましても、今年でベッテルハイムの琉球伝道が始まって、180年になります。ちなみに、日本で最初に、プロテスタントの牧師になったうちの一人が、かつて印西の大森にあった大森長老教会に赴任した戸田忠厚(1851年 - 1922年5月26日)です。



日本聖書協会のホームページ(https://www.bible.or.jp/know/know16.html)には、ベッテルハイムの琉球伝道に関して、このような説明があります。

ベッテルハイムは、ハンガリー人であるが、英国人の妻の国籍に入った医師であり、英国の琉球海運伝道会の命を受け琉球に派遣された。1846(弘化3年)年5月1日、彼は妻と子供3人の家族を伴い那覇に着いた。琉球では迫害に会いながら、「路加傳福音書」(ルカ)、「約翰傳福音書」(ヨハネ)、「聖差言行傳」(使徒言行録)、「保羅寄羅馬人書」(ローマ書)を翻訳、1855(安政2年)年香港で出版した。



ベッテルハイムはもともとユダヤ教のラビになるために勉強をしていたそうですが、彼が洗礼を受けたのは、沖縄に到着する6年前だったようです。35歳で、3人の子どもを連れて、はるばる沖縄まで伝道のためにというのは、そうとうな覚悟だったと思います。



今からちょうど100年前の1926年、ベッテルハイムの沖縄到着80年を記念して、ベッテルハイムの記念碑が沖縄に建てられました。その事業に、渋沢栄一さんが協力したそうです。

渋沢栄一記念財団ホームページ
https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/yukarinochi/topic/J-0645.html



福音を伝えたいという思いをもって、琉球へと向かい、福音を伝えるために聖書を翻訳したベッテルハイムですが、180年後の現在、神の偉大な業が語り継げられて、今日、日本各地で喜びの礼拝がささげられています。聖霊は福音の「言葉」を届けますが、それだけでなく、福音を伝えたいという私たちの「思い」も一人一人に届けてくださるのだと思います。



今から約2000年前に、主イエスの弟子たちに与えられた聖霊、主イエス・キリストを信じる私たちも同じ聖霊が与えられています。誰に何をどのように伝えれば良いのか、自分にできることを日々、祈りの中で教えていただきながら、語る言葉を聖霊によって与えていただきたいと願います。最後に、マルコによる福音書13章10-11節の主イエスの言葉を聴いて終わります。



マルコによる福音書13章10-11節
しかし、まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない。引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。

5月24日は「聖霊降臨日(ペンテコステ)」です。この日も「合同礼拝」(10:30-11:30)になります。午後のワーシップ礼拝と夕拝は行いませんので、ご注意ください。午前10時半から、ペンテコステ礼拝をYouTubeでライブ配信いたします...
22/05/2026

5月24日は「聖霊降臨日(ペンテコステ)」です。

この日も「合同礼拝」(10:30-11:30)になります。

午後のワーシップ礼拝と夕拝は行いませんので、ご注意ください。

午前10時半から、ペンテコステ礼拝をYouTubeでライブ配信いたします。
https://www.youtube.com/@%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%9B%A3%E5%8D%83%E8%91%89%E5%8C%97%E7%B7%8F/streams

2026年5月24日
ペンテコステ聖餐礼拝(合同礼拝)

前  奏  

招きの言葉 使徒言行録1章8節

讃 美 歌  352

主の祈り  93-5A 

信仰告白  日本基督教団信仰告白

牧会祈祷 

讃 美 歌   343

聖書朗読  使徒言行録2章1―11節(新約聖書p.214)

説  教  「神の偉大な業を語る」 

聖  餐

讃 美 歌  405

献  金 

祈  祷 

讃 美 歌  88

頌  栄  29

派遣・祝祷

後  奏

今日は朝から暑かったですが、8時から1時間ほど、教会の草取りと地域のゴミ拾いを行いました。
20/05/2026

今日は朝から暑かったですが、8時から1時間ほど、教会の草取りと地域のゴミ拾いを行いました。

今日から始まる新しい一週間も、イエスさまの祈りに守られ、イエスさまから離れることなく、しっかりと結び合わされ、イエスさまと共に歩むことができますように。2026年5月17日合同礼拝https://www.youtube.com/live/r...
17/05/2026

今日から始まる新しい一週間も、イエスさまの祈りに守られ、イエスさまから離れることなく、しっかりと結び合わされ、イエスさまと共に歩むことができますように。

2026年5月17日
合同礼拝
https://www.youtube.com/live/rJ_EfKty-UQ?si=R-5f2XZ9_8ry_pQQ
ヨハネによる福音書17章1−13節
「守ってください」



 来週は「聖霊降臨日(ペンテコステ)」です。今年の「主イエス・キリストの復活日(イースター)」は、4月5日でした。使徒言行録1章3節には、復活された主イエスは「四十日にわたって使徒たちに現れた」とあります。その後、主イエスは天の父なる神様のもとに帰られました。イースター(主イエスの復活)から四十日後、今年の教会の暦では、先週の木曜日5月14日が、主イエスの「昇天日」でした。そして、その「昇天日」の十日後、イースターから五十日目が、「聖霊降臨日(ペンテコステ)」になります。今年は、来週の日曜日が「聖霊降臨日」です(「ペンテコステ」というのは、新約聖書が書かれたギリシャ語で「五十」という意味です)。



今日の主日日課のテーマは「キリストの昇天」です。主イエスが天へ昇られたのは、復活されて四十日後ですが、今日の聖書箇所は、主イエスが十字架にかかられる前の言葉、父なる神様への祈りの言葉です。



主イエスが十字架にかかられる前日、弟子たちとの「最後の晩餐」が、ヨハネによる福音書の13章に記されています。その後、弟子たちへの「告別説教」が16章まで続き、17章は父なる神様への「祈りの言葉」です(1節「イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。」)。そして、続く18章は、主イエスがイスカリオテのユダに裏切られ、捕らえられる場面が描かれています。



先週の礼拝説教の聖書箇所は2026年度の教会の年間聖句で、説教題は今年度の教会の基本方針「祈る」でしたが、ヨハネによる福音書17章は「大祭司の祈り」と呼ばれる主イエスの祈りです。大祭司イエス・キリストから父なる神様への「執り成しの祈り」です。長い祈りの言葉ですが、1−5節「ご自身のための祈り」、6-19節「弟子たちのための祈り」、20−26節「信仰者のための祈り」という構成になっています。



11-13節 わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。わたしは彼らと一緒にいる間、あなたが与えてくださった御名によって彼らを守りました。わたしが保護したので、滅びの子のほかは、だれも滅びませんでした。聖書が実現するためです。しかし、今、わたしはみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。



11節「わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。」13節「今、わたしはみもとに参ります。」と、主イエスは父なる神様に語りかけられます。弟子たちを残し、父なる神様のもとへと向かわれる主イエス、その主イエスの願いは、主イエスの弟子たちが、父なる神様によって守られることでした。



11節「聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。」

15節「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。」



弟子たちを残し、父なる神様のもとへと向かわれる主イエスは、「悪い者から弟子たちを守ってください」と父なる神様に祈られました。毎週、礼拝の中でお祈りしている「主の祈り」でも、「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。」と祈りなさいと、主イエスは教えられました(マタイによる福音書6章13節)。「迫害に遭っても、悪い者に苦しめられても、弟子たちの信仰が守られるように」、主イエスはそのように父なる神様に祈られました。



2週間前(5/3)の礼拝説教の聖書箇所は、ヨハネによる福音書の15章でした。ヨハネによる福音書15章5節で、主イエスは「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」と言われました。「わたしにつながっていなさい」(15章4節)、「わたしの愛にとどまりなさい」(15章9節)と、主イエスは教えられました(「とどまる・つながる」というのは、ヨハネによる福音書のキーワードです)。それは、弟子たちを主イエスから離そうとするものがあったからです。主イエスから弟子たちを離そうとするもの、それは「迫害」でした。ヨハネによる福音書15章18節-16章4節、新共同訳聖書には「迫害の予告」という表題がつけられていますが。主イエスは「わたしにつながっていなさい。わたしの愛にとどまりなさい。」と教えられた直後、やがて弟子たちに対して迫害が起こることを予告しておられます。



今日の聖書箇所の1節前、ヨハネによる福音書16章33節でも、「あなた方には世で苦難がある。」と主イエスはおっしゃっています。「迫害に遭っても、しっかりと主イエスとつながっているように。誘惑に遭っても、主イエスの愛にとどまっているように。弟子たちが守られるように。」それが主イエスの願いです。そして、それは主イエスの弟子たちに対する願いだけではなく、私たちに対する願いでもあります。「私たちが、しっかりと主イエスとつながっているように。主イエスの愛にとどまっているように。私たちが守られるように。」



 先週の礼拝説教で、「祈ることによって、父なる神様の心と私たちの心が一つになる。父なる神様の思いと私たちの思いが一つとなる。」ということをお話ししました。「父なる神様の心と私たちの心を一つにする。主イエスの心と私たちの思いを一つにする。そのために、祈るといっても良いかもしれません。」ということをお話ししました。



主イエスの思い、主イエスの願いというのは、「私たちが、しっかりと主イエスとつながり、主イエスの愛にとどまり、私たちが守られること」です。主イエスは「弟子たちを守ってください」と父なる神様に祈られましたが、主イエスにとどまる「ために」、つながる「ために」、守ってくださいと祈られたと言えるのではないでしょうか。主イエスにとどまり、つながっていられるように、守ってください。そのような思いが込められているのではないでしょうか。その主イエスの思いを私たちの思いとしたい。主イエスの心と私たちの心を一つにしたいと思います。



ヨハネによる福音書のキーワードの一つが「とどまる・つながる」です(ヨハネによる福音書の中で、40回使われています)。ヨハネによる福音書17章には、「とどまる・つながる」という言葉はありませんが、「一つになる」という言葉を主イエスは、17章の祈りの中で多く使われています。



11節「わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。」
21節「すべての人を一つにしてください。」
22節「彼らも一つになるためです。」
23節「彼らが完全に一つになるためです。」



ヨハネによる福音書15章5節で、主イエスは「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」と言われ、ご自身と私たちを「ぶどうの木とぶどうの枝」に喩えられました。「主イエス」という一本の「ぶどうの木」に、「私たち」という「たくさんの枝」がつながっているイメージです。

私たちが主イエスを信じ、主イエスにつながることによって、私たちが「一つになる」。それが、主イエスの思い、主イエスの願いです。その主イエスの思いを私たちの思いとしたい。主イエスの心と私たちの心を一つにしたいと思います。



 私は、27年前のイースターに洗礼を受けて、クリスチャンになりました。あきっぽくて長続きしない私にとって、27年間、クリスチャンとして歩むことができたのは、本当に奇跡だと思います。クリスチャンになって、27年間、礼拝を休むことはあっても、礼拝に行かなかった期間はありません。「礼拝に出席すること=主イエスにつながっている」とは単純に言うことはできませんが、礼拝に出席し続けることができたのは、自分の性格からすると、父なる神様の恵み、奇跡としか言いようがありません。この27年間、特に自分が何か努力をしたわけでもありません。しっかりと主イエスが私の手をつかんでいてくださった。そうとしか思えません。皆さんもご自身のこれまでの信仰の歩みを振り返ってみると、おそらく私と同じように、思っておられるのではないでしょうか(6月28日の教会リトリートでは、東京基督教大学の大和昌平先生を講師にお招きして、信仰の歩みを振り返る時間を持ちます)。



先ほどもお話ししましたが、ヨハネによる福音書17章は「大祭司の祈り」と呼ばれる主イエスの祈りです。主イエスが「弟子たちのために祈られた祈り」ですが、「私たちのために祈られた祈り」として、聴きたいと思います。



毎週、礼拝の中で告白している「使徒信条」にも、「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。」とあります。天に昇られた主イエスは、父なる神様の右に座って、ただ私たちを遠くから眺めておられるのではありません。天に昇り、全能の父なる神の右に座しておられる主イエスは、私たちのために執り成しておられます(ヘブライ人への手紙7章24,25節)。主イエスは永遠に生きておられ、私たちが悪から守られ、しっかりと主イエスとつながっていられるように、私たちのために執り成しておられます。主イエスのお姿は、私たちの目には見えませんけれども、確かに主イエスは生きておられ、私たちのために執り成しておられます。

その主イエスの祈りによって、私たちの信仰は守られています。これからも主イエスの祈りに支えていただき、父なる神様に守っていただきながら、主イエスから離れることなく、しっかりと結び合わされ、主イエスと共に歩んでまいりましょう。

5月17日の礼拝も「合同礼拝」(10:30-11:30)になります。ワーシップ礼拝と夕拝は行いませんので、ご注意ください。10時半からYouTubeで礼拝をライブ配信いたします。https://www.youtube.com/@%E6%9...
15/05/2026

5月17日の礼拝も「合同礼拝」(10:30-11:30)になります。

ワーシップ礼拝と夕拝は行いませんので、ご注意ください。

10時半からYouTubeで礼拝をライブ配信いたします。
https://www.youtube.com/@%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%9B%A3%E5%8D%83%E8%91%89%E5%8C%97%E7%B7%8F/streams

2026年5月17日
合同礼拝



前  奏  

招きの言葉 詩編150編1節

讃 美 歌  6

主の祈り  93-5A 

信仰告白  使徒信条 93-4A  

牧会祈祷 

讃 美 歌   494

聖書朗読  ヨハネによる福音書17章1―13節(新約聖書p.202)

説  教  「守ってください」 

讃 美 歌  462

献  金 

祈  祷 

讃 美 歌  88

頌  栄  29

派遣・祝祷

後  奏

日曜日は「母の日」でしたので、子どもの教会では、母の日のカードを作りました。
12/05/2026

日曜日は「母の日」でしたので、子どもの教会では、母の日のカードを作りました。

11/05/2026

住所

草深1139/7
Inzai-shi, Chiba
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