長弓寺 円生院

長弓寺 円生院 長弓寺 円生院, 仏教寺院, 上町4442 , Ikoma-shiの連絡先情報、マップ、方向、お問い合わせフォーム、営業時間、サービス、評価、写真、動画、お知らせ。

神武天皇、長髄彦(ながすねひこ)の古跡豊かな真弓山には現在三塔頭が院門を構え、長弓寺を護持しています。
寺号縁起は奈良時代、この地の名族である小野真弓長弓(おのまゆみたけゆみ)が養嗣、長麻呂とともに聖武天皇に従って度々この鳥見郷で狩猟されたことに始まります。神亀五年(七二八年)のある日のこと、森より飛び立った異鳥を追いこれを射落とそうとした長麻呂は、誤って父である長弓を射殺してしまいました。自責の念から、その場で自らの懐剣により父の後を追おうとしたところをおとめになられたのが聖武天皇でした。陛下はその悲運な最後をご覧遊ばされ、深く憐れみを垂れ給い、行基に命じてその冥福を祈るためにこの長弓寺を建立なさいました。
その後、長麻呂は父の菩提を弔うため陛下の御命に従い出家し、法名発心房と号しました。 彼の妻であり長弓の実娘、白菊姫と呼ばれていた大神円生姫も同じく髪を切り仏門に帰依し円生法尼と号しました。
円生院はこの尼僧の旧室であり長弓寺創建以来絶え間なく続く塔頭御坊であります。

長弓寺円生院平成三十一年 表千家 茶道 初稽古
12/01/2019

長弓寺円生院

平成三十一年 表千家 茶道 初稽古

出来上がったCarp Streamer ‼️
21/04/2018

出来上がったCarp Streamer ‼️

21/04/2018

今日のテンプリッシュはCarp Streamer

Hideリーダーの障子ボード風景です。

こんにちは、テンプリッシュ事務局です。2017年、最後のアクティビティは書家の今柄紫峰先生を迎えたカレンダー作り。ナイストさんや特別ゲスト、某新聞社の取材も入り楽しい最後を飾りました。templishkidsは今日カレンダーに書いた目標に向...
17/12/2017

こんにちは、テンプリッシュ事務局です。

2017年、最後のアクティビティは書家の今柄紫峰先生を迎えたカレンダー作り。
ナイストさんや特別ゲスト、某新聞社の取材も入り楽しい最後を飾りました。
templishkidsは今日カレンダーに書いた目標に向かって、2018年も躍進するでしょう‼︎

【以下hideリーダーのFacebookより】
2017年最後のTemplishは2018年のカレンダー作り。空白に墨で木を描いたところに色とりどりの蓮根スタンプと好きな言葉を書くというアクティビティ。NAISTからはマレーシアとフランスからのボランティア留学生に来ていただき、なかなか面白い光景でした。何年かやって思うのは、こういうクラフトは心配するよりも子供たちに任せるのが一番。子供たちは我々が思うより遥かに野心的で、大胆なアーティストです。

The last Templish program in 2018 was "Making a Calendar". After drawing a tree with black ink they put colorful "lotus root" stamps and wrote their favorite words. Both volunteer NAIST international students from Malaysia and France helped us so much. Craft activity used to make us feel nervous about its outcome but at some point we realized that the kids were much more adventurous artists. I wanted to keep all the great works!

円生院 寺子屋新聞 vol.65【悠々日記】日野原重明先生「命のメッセージ」 -その3-(前回からの続き)先ず授業が始まると黒板に“いのち”と書き、「いのちはどこにあるの?」と問いかけます。「心臓、頭、心、体」と様々な意見が出ると、子供たち...
14/12/2017

円生院 寺子屋新聞 vol.65
【悠々日記】

日野原重明先生「命のメッセージ」 -その3-
(前回からの続き)
先ず授業が始まると黒板に“いのち”と書き、「いのちはどこにあるの?」と問いかけます。「心臓、頭、心、体」と様々な意見が出ると、子供たちに聴診器を持たせ、友だち同士で互いに心音を聴かせてあげます。そうすると皆が熱心に心音に耳を傾け、“いのち”からのメッセージを受け取ろうとするそうです。中には「なんだか怖い」とつぶやく子もいます。それは「もしこの音が止まれば死んでしまう」と“死”への想像力を働かせるからだそうです。そのあとは先生の創作絵本を使って読み聞かせをしてあげます。
その中で「“いのち”とは君たち一人一人が持っている時間でもあるんだよ。つまりこれから生きていく時間が君たちの“いのち”なんだ。残念だけどその時間には限りがある。だから大切に使わないといけない。今はその時間(=自分のいのち)を自分の為に使うといいけれど、大人になったら誰かの為に自分の時間(=自分のいのち)を使ってあげてください」と、先生は優しく語り掛けられていました。
蝉の鳴く真夏の空を見上げても、半年先の真冬には同じ空から雪が降ることなど思い浮かばないこと、ましてや若葉が芽吹いたばかりの小学生にとっては夢想だにしないことです。そのような捉え難いテーマに始めは不安がっていた面々も、授業が終わる頃には、霧が晴れたような清々しい顔つきに変わっていました。そして一皮むけて成長したような子どもの顔を見て、優しく微笑んでいる先生の顔が印象的でした。
ライフワークとして、このような「いのちの授業」を行っていたのは、次の時代の人材を育てる使命感、社会のために働く責務を担っていたからに他なりません。では何故このようなミッションを自身に貸すようになったか。そこには偶然という言葉では物足りない天の計らいとも思えるような大事件に遭遇し、そこから運命なるものを得たからだそうです。それは1970年3月31日、日本を震撼させた我が国最初の航空便ハイジャック事件、所謂 “よど号ハイジャック事件” です。先生はハイジャックされた航空便に偶然乗り合わせて、生死の境をさまようような恐怖の中で4日間を過ごしました。
無事に解放され5日ぶりに自宅へ帰り驚いたことがあったそうです。それは先生の身を案じて送られた花により応接室が埋め尽くされていたのです。この花々を目にしたとき、亡くしたはずの命を再びいただいたような感謝が込み上げ「私の命は全て与えられたものであるのだ」と思えるような、かつて味わったことのない敬虔な気持ちになったそうです。
偶然繋ぎ止められた命、与えられた命をこれからどう活かすべきなのか。その答えは妻である静子さんから示されました。心配してくださった方々に対し書いた礼状に、静子さんはこんな一文を書き添えたのです。「いつの日か、何処の場所かでどなたかに、この受けました大きなお恵みの一部でも、お返しできればと願っています」。そして夫の重明先生には「これからは与えられた命を広く社会のために使ってほしい」、そう伝えられたそうです。この言葉が先生の心の中で生き続け、先生の時間(=いのち)を他人の為に与える原動力となったのです。
晩年静子さんは認知症を患いました。記憶が衰えてからは意思の疎通が困難になりましたが、先生が家に帰ったら真っ先に車椅子に座る静子さんの手を握り「ただいま、帰ったよ」と話しかけます。
100歳を前に日野原先生は密着取材を受けていました。ある日、記者がこんな質問をしました。「奥さんに沢山話しかけておられますが、返事がないのにそれを続けるのは辛くなったり虚しくなったりすることはないですか」と。すると先生はこう答えられました。「病気によって夫婦の関係性が遮断されたわけではないんです。私と静子には今まで一緒に生活し一緒に苦労をしてきた連続性がある。どんな状態になっても傍にいてくれていること自体が私に生きる力を与えてくれているんですよ」と。
この密着取材が始まり1年近くなるころ自身の心の不安について語られました。「家に帰り、帰ったよと言い、静子の手を握ることが出来なくなる。そんな静子のいない家になるかもしれない将来の不安や恐ろしさをこの頃感じ出しました。自分が望んでも自分の力ではそれを止めることが出来ないような事態が起こる。家内の死の足音、音のない音が聞こえ、その時の自分のやるせなさを感じてしまう。そういう気持ちが浮かんだら、考えないでおこうと努めています」
何千人もの病に寄り添い看取ってきた名医、日野原先生も死を超越した特別な人間ではなく、静子さんとの間では1人の夫であることが伺えます。だからこそ患者さんは「わがままも先生には言ってみたい」「温かい気持ちになった」「先生から100歳のパワーをもらった」と心からの感謝をされていたのではないでしょうか。
先生は患者さんに「ふやすなら不安ではなく微笑みのしわを増やしなさい。笑って“笑いじわ”を増やしなさい」こんな言葉をよくかけられていました。
最後まで現役の医者として、生きる力を生まれさせる医者として今何が出来るか考えぬいた日野原重明先生。超高齢化社会に向けて進んでいく日本において、混沌とした分厚い“不安”が空を覆いだしています。だが、もし先生のような“いきいきと生きる”お年寄りが沢山いれば、もし先生のように“生きる力を生まれさせる”お坊さんなどの宗教に携わる方々が沢山いれば、明るい陽射しが射しこむに違いありません。
人生の指針を示していただいた日野原重明先生へ心より感謝し、冥福をお祈り申し上げます。そして先生のように“善く生きる”ことが出来るお年寄りになれるよう、精進していきたいと思います。

円生院 寺子屋新聞 vol.64【悠々日記】日野原重明先生「命のメッセージ」 -その2-(前回からの続き)日野原先生は負けず嫌いであった性格にも助けられて京大医学部に入学したものの、大学1年生の頃に肺結核を患って寝たきりの状態になり1年間を...
12/12/2017

円生院 寺子屋新聞 vol.64
【悠々日記】

日野原重明先生「命のメッセージ」 -その2-
(前回からの続き)
日野原先生は負けず嫌いであった性格にも助けられて京大医学部に入学したものの、大学1年生の頃に肺結核を患って寝たきりの状態になり1年間を棒に振ってしまい、肉体的にも精神的にも苦しみの中にいました。その時はまさに我が身に突然降りかかった“不運”として捉えていました。しかし物事は受け止め方ひとつで変わるものです。医者になってからはこの1年が「神の恩寵だった」と180度転換した考えに変わったようです。というのも病に苦しむ患者さんにとって、若い健康な医者が「頑張りなさい」と声をかけたところで、その言葉はなかなか心に届きません。心を通わすきっかけとなったのが、幸いにして自分自身も結核を患ったことだと思えるようになったそうです。手を握る、肩に手を置く、そうするだけで気持ちは伝わっていく。「治してあげるから我慢しなさい」ではなく「あなたの痛みを一緒に耐えましょう」。こういった気持ちが医者にとっては大切だとおっしゃっていました。
これは何も医者と患者だけの眼目ではなく、僧侶にとっても言えることです。最愛の方との今生の別れで愛別離苦の中、生きる気力を失っている方に「頑張って供養しなさい」という言葉が救いとなるのか。時には強く苦しみから救い上げることも必要でしょうが、大前提は近くに寄り添い共に菩提を祈る、冥福を祈ることだと思います。
また先生は今の医療現場に関してもこう言っておられます。病めば心もふさぐというのに、病院という環境は患者さんに平気で緊張や負担を強いている、と。このことも僧侶の当該の教訓として受け止めなければいけないことです。
先生の書籍や過去のテレビ番組を拝見していると、優しい語り口や謙虚な姿勢によってか時折高僧ではないかと見紛うことがあります。先生は仏教に対しても造詣が深かったのであろうと拝察します。『おとなのいのちの教育』という著書の中で、仏教の四苦を取り上げられておられます。『4つの苦しみを告げることで仏教はどのようにして生き、どのようにして老い、病み、死すべきか問いかけてくれている。生きるも死ぬも同じ線上にあり、善く生き善く老い善く病むことは善く死んでいくことにもつながっているのです。そして最後に周囲の方々に対して感謝の気持ちを表明しながら亡くなったならば、人生の最後が“感謝”で表現できれば、遺された人たちも救われることでしょう』と。
また『生きかた上手』という著書では“いきいきと生きる”秘訣としてお釈迦様の伝授された呼吸法も紹介されています。
同著書の中でこのような思い出も披露されています。『医師になり今までゆうに4千人を超える人を看取ってきたが、私がいまもって忘れえないのは医師として初めて受けもった16歳の少女の死です。彼女は仏教への信心の深い子でしたが、自分の命の灯が間もなく消えてしまうと悟った時に、自分に母への別れの伝言を託そうとしました。しかし私は彼女に「死にはしない、しっかりしなさい」と繰り返すばかりだったのです。なぜ「お母さんにはあなたの言葉を伝えるから、安心して成仏なさい」と、勇気をもって言えなかったのか。脈をとるその手で、どうして彼女の手を握ってあげられなかったのか。私に医者としての慢心に気づかせてくれた死でした』
先生は聖路加国際病院の名誉院長でありながらキリスト教だけでなく、仏教や哲学者の言葉もしばしば引用されながら“いのち”について語られています。善き祈りには、個人の年齢、性別、宗教の垣根なく思想を容れる雅量が伺えます。だからこそ直接会わずとも著書やメディアを通じて一人一人に寄り添うような言葉に多くの方が救われたのだと思います。
また日野原先生はライフワークとして全国各地の小学校をまわり「いのちの授業」というものを行っていました。お医者さんの書かれた出版物を子ども自ら手に取って読むことはあまりないはずです。しかしそういった子ども達にこそ“いのち”を感じてもらうことが必要だと感じておられました。
(次号に続く)

ただいま次回のテンプリッシュ(12月17日)のミーティング中です!アクティビティはカレンダー作り‼️蓮根判子でオリジナルツリーを描きます
11/12/2017

ただいま次回のテンプリッシュ(12月17日)のミーティング中です!

アクティビティはカレンダー作り‼️

蓮根判子でオリジナルツリーを描きます

円生院 寺子屋新聞 vol.63【悠々日記】日野原重明先生「命のメッセージ」 -その1-恥ずかしながら私がこの方を知ったのはご逝去されたその日でした。平成29年7月18日、北海道にあるお寺のお盆棚経の助法のため車で旭川市を走っているとラジオ...
10/12/2017

円生院 寺子屋新聞 vol.63
【悠々日記】

日野原重明先生「命のメッセージ」 -その1-

恥ずかしながら私がこの方を知ったのはご逝去されたその日でした。平成29年7月18日、北海道にあるお寺のお盆棚経の助法のため車で旭川市を走っているとラジオからこんなニュースが流れてきました。

― 予防医学の普及に努めた日野原重明さんが呼吸不全のため105歳で亡くなりました。日野原さんが名誉医院長だった東京の聖路加国際病院が会見を開き、主治医を務めた福井次矢医院長がこの度のことを明らかにしました。「胃に管を入れて栄養分を補う胃婁設置の延命治療を提案したところ、日野原先生は明確に拒否され自宅での療養を望まれました。自分の命が無くなるプロセスを客観的に眺めている、そんな余裕もあったのではないでしょうか」
日野原重明さんは「“死”とは生き方の最後の挑戦」や「歳を取ること自体が、未知の世界に一歩ずつ足を踏み入れていくこと。こんな楽しい冒険は無い」など、人生の名言を数多く残された方です。-

 このニュースを聞き終わると急いで車を路肩に止め、耳に入った情報を殴り書きしました。それほど衝撃的な情報だったんです。
仏教の死生観をあらわす言葉に“生死一如”という言葉があります。“生きること”と“死ぬこと”は反対の言葉であり遠い存在だと思いがちです。芸人さんのギャグに「ブラジルの人聞こえますか~」というのがありましたが、健康な子供にとって自己の死は地球の裏側ように呼び掛けても聞こえるはずもない遠い遠い存在でしょう。しかしこの言葉はそれを否定しています。“生”と“死”は日本とブラジルのようにかけ離れたものでなく、紙の表と裏のように“一体”なんだという真実を表した言葉です。裏のない紙など存在しないように“生きている”裏側には常に“死”が寄り添っているのです。仏教ではそのことを真摯にみつめることで限られた人生を精一杯生きる糧に、一息一息充実した日々を過ごすきっかけにできるよう勤めます。
 しかし紙を机に張り付け、裏側を無理矢理見えなくするように、近代医療は切っても切れない存在の2つを分離してきたのだと思っていました。
だが私が抱く死生観や既存の医療とは違ったものを感じ驚いた、先生の「“死”とは生き方の最後の挑戦」ということば。“死”について縁遠い若者や、命を軽んじる自虐的な者が言った言葉ではありません。あたかも“死”を山登りのように“挑戦”や“楽しい冒険”と表現できる名医は一体どんな人生を歩まれてきたのか。今までで何千人と看取った医師が放ったその言葉の深層を探るべく、先生の著書を拝読しました。
結論から申し上げますと、この場でその素晴らしさを伝えることに匙を投げだしたくなるほど大変感銘を受けるものでした。
私のように日野原先生のことを知らなかった人には是非とも著書や講演録などに接していただきたく思います。特に子育て真っ最中の方は、自身にとっても子供にとっても価値ある人生の案内標示を沢山得ることが出来ると思います。
今回は臆面もなく図々しいことではありますが、私のように1人でも先生のファンが増えるように、また“生死一如”があらわすように“死”を見つめ心豊かに生きる糧になるように、一端をご紹介させていただきたく思います。
医師になるきっかけとなったのは日野原先生が10歳の頃、母親が尿毒症で命の危険に陥った時、かかりつけの小児科医が診察代もほとんど取らずに往診してくれてました。おかげでお母さんは命をとり止め、自身に「このお医者さんに母は救われた」という思いが沸き起こり、医者を目指すようになったそうです。
(次回へ続く)

こんにちはテンプリッシュ事務局です。本日の産経新聞朝刊 奈良紙面にテンプリッシュが紹介されました。来月は12月17日、平成30年カレンダー作りを予定しています。年の瀬の “師走” ですが、テンプリッシュ開催のこの日ばかりは “子走” に代わ...
17/11/2017

こんにちはテンプリッシュ事務局です。

本日の産経新聞朝刊 奈良紙面にテンプリッシュが紹介されました。

来月は12月17日、平成30年カレンダー作りを予定しています。

年の瀬の “師走” ですが、テンプリッシュ開催のこの日ばかりは “子走” に代わりそうです。

こんにちは Templish事務局です。昨日開催した11月アクティビティは「茶道(Tea Ceremony)」でした。今回はNHK「あさイチ」さん、生駒市の広報誌「いこまち」さんの取材が入り、特別ゲストにプロフィギュアスケートの村上佳菜子さ...
12/11/2017

こんにちは Templish事務局です。

昨日開催した11月アクティビティは「茶道(Tea Ceremony)」でした。

今回はNHK「あさイチ」さん、生駒市の広報誌「いこまち」さんの取材が入り、特別ゲストにプロフィギュアスケートの村上佳菜子さん、NHKアナウンサー原大策さん、表千家西田よし子先生、先端技術大学留学生ナイストの皆さんがお越しになられました。

茶道のお点前をナイスト(留学生)さんに教えるという難しいアクティビティーにもかかわらず、村上佳菜子を交えたテンプリッシュキッズは落ち着いて指導してくれました(笑)。

NHK(あさイチ)放送予定日時は11月30日(木曜日)、朝8時15分からの全国放送です。

過去の活動はこちらから
円生院ホームページ
http://www.chokyuji-ensyouin.jp/terakoya/

こんにちは Templish事務局です。11月アクティビティは「茶道(Tea Ceremony)」でした。この度はNHK「あさイチ」さん、生駒市の広報誌「いこまち」さんの取材が入り、特別ゲストにプロフィギュアスケートの村上佳菜子さん、NHK...
12/11/2017

こんにちは Templish事務局です。

11月アクティビティは「茶道(Tea Ceremony)」でした。

この度はNHK「あさイチ」さん、生駒市の広報誌「いこまち」さんの取材が入り、特別ゲストにプロフィギュアスケートの村上佳菜子さん、NHKアナウンサー原大策さん、表千家西田よし子先生、先端技術大学留学生ナイストの皆さんがお越しになられました。

茶道のお点前をナイスト(留学生)さんに教えるという難しいアクティビティーにもかかわらず、村上佳菜子を交えたテンプリッシュキッズは落ち着いて指導してくれました(笑)

過去の活動はこちらから
円生院ホームページ
http://www.chokyuji-ensyouin.jp/terakoya/

住所

上町4442 
Ikoma-shi, Nara
630-0131

電話番号

0743-78-3071

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