高野山真言宗別格本山 清光山 常福寺 Jyofukuji Temple

高野山真言宗別格本山 清光山 常福寺 Jyofukuji Temple (開基)
当山の寺伝は、聖武天皇の天平三年(731 年)、行基菩薩がこの地に来られて一棟の建物を建て、
自ら本尊千手観世音菩薩を刻んで奉安したのが当寺の開祖であると伝えています。

不動明王さくらと思われる縦一材から頭部、体部はもとより、両手先、三鈷剣の柄の下半、両脚部の大半まで彫り出し、内刳りは施していません。地蔵の『摂津豊嶋郡青光山常福寺縁起』(慶長16年・1611年)に長徳4年(998年)に七堂伽藍が整ったとの記...
24/11/2018

不動明王

さくらと思われる縦一材から頭部、体部はもとより、両手先、
三鈷剣の柄の下半、両脚部の大半まで彫り出し、内刳りは施していません。
地蔵の『摂津豊嶋郡青光山常福寺縁起』(慶長16年・1611年)に
長徳4年(998年)に七堂伽藍が整ったとの記載があるため、
本像の造立もその頃と考えられます。
不動明王は、大日如来が化身したものとされ、右手に剣、左手に綱を持ち、
火焔で汚れを焚き浄め、人々を守るとされています。
大阪・池田市の重要文化財になっています。

本尊 十一面千手観世音菩薩 寺の縁起によると、天平時代行基菩薩一刀三礼の作と称されています。他方、数度にわたる専門家の研究によると、平安朝時代貞観期の造立と言われています。貞観期は八百五十年から八百七十年頃で、約千百四十年前の造立になります...
24/11/2018

本尊 十一面千手観世音菩薩

寺の縁起によると、天平時代行基菩薩一刀三礼の作と称されています。
他方、数度にわたる専門家の研究によると、平安朝時代貞観期の造立と言われています。
貞観期は八百五十年から八百七十年頃で、約千百四十年前の造立になります。
御丈五尺三寸の等身仏、寄木造りで、頭上に二本の手を組んで、その上に本地仏である
阿弥陀如来の化身を頂いておられるのがめずらしく、一般に清水式といわれています。

住所

神田3-11/2
Ikeda-shi, Osaka
563-0043

アラート

高野山真言宗別格本山 清光山 常福寺 Jyofukuji Templeがニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

共有する

カテゴリー