熊本県南部、清流 球磨川の流れる街 "人吉市 " の中心部、国宝青井阿蘇神社社門前に当山は構えます。大正15年に開創され、当時より " お大師さん "や " 高野さん "と呼ばれ地域の皆様に親しまれております。
山門入りまして左手に『 新四国八十八ヶ所霊場 』の八十八体の尊像が鎮座。
正面には、真新しくなった御身堂(おんみどう)と呼ばれる本尊「弘法大師」の座します蓮の花を模した八角の本堂を見据えます。
令和2年7月豪雨災害では、球磨川添いにある市町村が広範囲に浸水。流域にある当山も甚大な被害を被り、本堂、庫裏、集会所の全てが水没、全壊となりました。(県測定値4.3m水没)
屋根と柱だけを残した痛々しい本堂…
「本堂は解体させない」
「地域の拠り所たる本堂を、痛々しい姿のまま新たな年を迎えさせない」
との思いで努め、業者様、ボランティアの方々他、多くの皆様のご尽力、ご支援、ご協力により僅か5ヶ月で本堂の再建が成り、令和2年12月15日「高野寺本堂再建記念・被災地域復興祈願法要」を厳修。
新たに息吹を込められ再建された当山は、被災地復興の希望となるべく新たな歩みを始めました。
本堂を見据えた正面左手には「 釈迦如来立像 」。台座部には、弘法大師の御筆跡を元に記された『 らしく 』の文字。筆跡を手で触れると、筆が上達されるとも「 学芸成就 」が成るとも言われます。「 正観世音菩薩立像 」永代供養塔が釈尊像横にございます。
釈尊像の後ろには、子供達を抱いた愛らしい「 水子地蔵尊 」がおられます。「 おすいしさま 」と呼ばれるこの水子地蔵は「 子宝成就 」にご利益があるとされます。
災害では、本尊『 弘法大師 』、脇侍『 出世不動 』『 愛染明王 』も被災損傷。
本堂再建に合わせ、本尊、須弥壇、御社も修復。
激しく破損した弘法大師坐像は、製作された江戸初期、寛永十七年のその当時の彩色、そのお姿で修繕されました。
脇侍の2体は泥を洗い流したままの、被災者と痛みを共とされたお姿のままで安置されます。
庫裏、集会所は解体。
寺族は仮設住宅に入居しています。
参拝の皆様にはご不便をおかけしますが宜しくご理解の程をお願い申し上げます。
当山との縁が、皆様のお幸せな人生を歩まれる一助となれば幸いです。
青井山 高野寺 味岡 戒孝
南無大師遍照金剛 合掌九拝