空楽寺

空楽寺 大分県日田市の農村部にある真宗大谷派の仏教寺院です。
寺号を菅原山 空楽寺(クウラクジ)と称し、阿弥陀如来及び親鸞聖人・蓮如上人のお姿をお祀りしています。 真宗大谷派 空楽寺

納骨堂に御加入頂ける方を追加募集しております。(10壇)納骨壇は耐火性・耐湿性・耐震性に強いアルミ合金製で仏具一式が標準装備されております。また当寺納骨堂はエアコン完備で年中快適にお参り頂けます。詳しくは下記URLより御覧くださいませ。ht...
04/11/2022

納骨堂に御加入頂ける方を追加募集しております。(10壇)

納骨壇は耐火性・耐湿性・耐震性に強いアルミ合金製で仏具一式が標準装備されております。また当寺納骨堂はエアコン完備で年中快適にお参り頂けます。
詳しくは下記URLより御覧くださいませ。
http://www.kuraku-ji.asia/noukotudo.html
納骨堂見学会も随時受け付けております。

今年の除夜の鐘は新型コロナウイルス感染症まん延防止のため本堂を閉鎖することになりましたが、鐘はご自由におつき頂けます。3密防止のため人との距離はできるだけ2mあけ、鐘をつく前後で手指の消毒、鐘をつくときもマスクを着用をお願いいたします。当寺...
31/12/2020

今年の除夜の鐘は新型コロナウイルス感染症まん延防止のため本堂を閉鎖することになりましたが、鐘はご自由におつき頂けます。
3密防止のため人との距離はできるだけ2mあけ、鐘をつく前後で手指の消毒、鐘をつくときもマスクを着用をお願いいたします。

当寺ではこの大変な状況の中、医療を続けてくださっている医療従事者の皆様、そして支えるご家族の皆様に心から感謝の気持ちをお伝えするとともに、新型コロナウイルス感染症の1日も早い終息をお祈りしています。

22/10/2020

御門徒の皆様にお知らせがございます。

報恩講 中止の御案内

新型コロナウイルス感染症への不安が拭えない現状や、今後も感染者が増加する可能性もあることから、当寺では御門徒様の健康と安全を考慮し、今年の11月28日に予定しておりました報恩講を中止とさせて頂きます。
当寺では11月28日朝から夕方まで本堂及び納骨堂を開放しておりますので、各自お参り頂くことは可能です。

仏具磨き について
上記のとおり報恩講中止にともない、仏具磨きも延期とさせて頂きます。今後、新型コロナウイルス感染症の感染状況にも寄りますが、予定では春・彼岸前に仏具磨きを計画しています。 御門徒の皆様には後日に改めてご連絡申し上げます。

おとりこし について
コロナウイルス感染症の関係及び各地区により形式も異なりますので、公正を期して今年は中止とさせて頂きます。

除夜の鐘に ついて
本堂の開放時間は午後11時~午前1時30分とさせて頂き、本堂では三密にならないよう、今年度は飲み物や菓子類の提供を控えさせて頂きます。何卒ご理解・ご協力のほど宜しくお願い申し上げます。

令和2年10月
真宗大谷派 空楽寺

03/09/2020

新型コロナウイルス感染症への不安が拭えない現状や、今後も感染者が増加する可能性もあることから、当寺では御門徒様の健康と安全を考慮し、今年の9月22日に予定しておりました秋・彼岸を中止とさせて頂きます。

当寺では彼岸中日(9月22日)朝から夕方まで本堂及び納骨堂を開放しておりますので、各自お参り頂くことは可能です。

急な御案内となり、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。ご理解のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。そして新型コロナウイルス感染症の一日も早い終息を祈念いたしております。
        令和2年9月 真宗大谷派 空楽寺

06/06/2020

お盆参り 中止 の御案内

新型コロナウイルス感染症への不安が拭えない現状や、今後も感染者が増加する可能性もあることから、当寺では御門徒様の健康と安全を考慮し、7月、8月に予定していましたお盆参りを初盆を除き全て中止とさせて頂きます。

当寺ではお盆の期間中(8月12日~16日)朝から夕方まで本堂及び納骨堂を開放しておりますので、各自お参り頂くことは可能です。

急な御案内となり御迷惑をおかけしますが、何卒ご理解、ご協力賜りますようお願い申し上げます。
            
令和2年6月 真宗大谷派 空楽寺

25/02/2020

彼岸・永代経 中止 の御案内

新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大を受け、当寺では御門徒様の健康と安全を考慮し、3月20日(金曜日)に予定していました春のお彼岸法要を中止とさせて頂きます。

当寺では彼岸のお中日(3月20日)朝から夕方まで本堂及び納骨堂を開放しておりますので、各自お参り頂くことは可能です。

急な御案内となり御迷惑をおかけしますが、何卒ご理解、ご協力賜りますようお願い申し上げます。
            
令和2年2月 真宗大谷派 空楽寺

15/01/2020

2020年1月1日午前0時過ぎに空楽寺(大分県日田市)で突如開催されたジャイアンリサイタル。

15/01/2020

2020年1月1日午前0時過ぎに空楽寺(大分県日田市)で突如開催されたジャイアンリサイタル。

空楽寺の新しい納骨堂、この度20基の加入者募集を始めます。・・近年、後継者問題、地域の過疎化、高齢化、墓所の不足などで納骨堂の重要性が見直されています。空楽寺納骨堂「東見堂(とうげんどう)」は宗旨、宗派、国籍を問わず、遠方にお住まいの方、海...
18/12/2019

空楽寺の新しい納骨堂、この度20基の加入者募集を始めます。


近年、後継者問題、地域の過疎化、高齢化、墓所の不足などで納骨堂の重要性が見直されています。空楽寺納骨堂「東見堂(とうげんどう)」は宗旨、宗派、国籍を問わず、遠方にお住まいの方、海外に移住されてる方、ご門徒(檀家)様以外の方でも、どなたでも加入頂ける納骨堂です。高齢化社会に対応して、バリアフリー、車椅子等による参詣も可能です。


納骨堂ですので、跡継ぎがいない、子供がいない方でも無縁仏にならず法要、供養します。終活の問題、次の世代に負担をかけない生前加入契約をご希望される方も多くいらっしゃいます。また最近多い、お墓から納骨堂へのお引っ越しも、お墓の片付けから納骨まで承ります。


当寺は博多から車で約1時間、日田市内から車で15分とお参りしやすい立地です。空楽寺納骨堂「東見堂」は住職が心を込めて供養いたします。


納骨壇の永代使用料は50万円/区画
納骨堂維持管理費2万5千円(5千円/年✕5ヵ年分)
代金支払い方法は一括・分割・クレジットカード・銀行引き落としに対応しています。


※パンフレットをご希望の方は拝送させて頂きます。
真宗大谷派 空楽寺
https://www.kuraku-ji.asia/

お足元の悪いなか、多くの御門徒様と共に当寺で報恩講が勤修されました。昨年に引続き講師として上津江診療所の 山崎先生をお迎えし議題1「お寺と私、終活を考える」、議題2「歌」として大変有難い講話及び歌を頂きました。また前久留米大病院長で現大分大...
24/11/2019

お足元の悪いなか、多くの御門徒様と共に当寺で報恩講が勤修されました。

昨年に引続き講師として上津江診療所の 山崎先生をお迎えし議題1「お寺と私、終活を考える」、議題2「歌」として大変有難い講話及び歌を頂きました。
また前久留米大病院長で現大分大学医学部附属病院高度救命救急センター長である 坂本先生からも貴重なスピーチを頂きました。

今年一年間、多くの皆様に御参詣頂き本当にありがとうございました。当寺の年内の行事としては12月31日の除夜の鐘を残すのみとなりました。
来年も皆様の御参詣お待ち申し上げております。南無阿弥陀仏 🙏
https://www.kuraku-ji.asia/

23/09/2019

今朝は10:30から当寺にて秋の彼岸法要が勤まりました。
昨日の台風が心配でしたが、朝早くから多くの御門徒様に参詣頂きました。

先週から法話で何を話そうかと考えておりましたが、悩み悩んだあげく「往生極楽とは」という題材でお話しをさせて頂くこととなりました。その資料作成の時から自分でも「難しい内容だな」と思っておりましたが参考文献を引用させて頂き、少しでも分かりやすい内容にしたつもりです・・・!?

往生極楽とは

往生とは
「往生」という言葉は往復の「往」と言う字で、目的地にユクという意味である。そして往生の「生」と言う文字は生まれると言う意味である。どこに往って生まれるのかと言うと極楽に生まれると言うことである。
 
極楽とは
  極楽というのは何かというと、楽の極まり、最高の楽しみというのが極楽です。
(三明智彰『歎異抄講義・上』三六頁)
   
  従(じゆう)是(ぜ)西(さい)方(ほう)、過(か)十(じゆう)万(まん)億(おく)仏(ぶつ)土(ど)、有(う)世(せ)界(かい)、名(みよう)曰(わつ)極(ごく)楽(らく)
   (これより西方に、十万億の仏土を過ぎて、世界有り、名づけて極楽と曰う)
(真宗聖典『阿弥陀経』一二六頁)
   
その土に仏まします、阿弥陀と号す。いま現にましまして法を説きたまう。舎(しや)利(り)弗(ほつ)、かの土を何のゆえぞ名づけて極楽とする。その国の衆(しゆ)生(じよう)、もろもろの苦あることなし。但(ただ)もろもろの楽を受く、かるがゆえに極楽と名づく。
(真宗聖典『阿弥陀経』一二六頁)

つまり極楽とは阿弥陀の住する世界と言うことがお経に書かれています。

こうして「往生」や「極楽」について調べてみると、現代人(私達)が日常使ってる言葉の意味と、本来の語句の意味が違うのがわかります。

楽しいことよりも苦しいことの方が多い・・・そのように思われてる方も多いと思いますが、いわば私たちは日常的に地獄で生活してると言っても過言ではないわけで、その地獄生活の中でも一瞬極楽と思えるようなことは多くあります。例えば歩き疲れたと思ったとき、目の前に椅子があったとします。私たちは椅子に座って休憩を取ることが出来ます。しかし長時間座っていると腰やお尻が痛くなります。お腹が空いたときには食事を頂くこともできます。が、しかし、そのまま飲み食いをしてると、やがてお腹一杯になり、それ以上は身体が受け付けなくなります。暑いと感じたらエアコンを付ければ涼むことも出来ます。だが、エアコンの効いてる部屋に長時間いると、逆に身体が冷えてきます。お酒も美味しいと思ううちはいくらでも飲めますが、やがて酒に飲まれて気分が悪くなります。自分が「極楽」と感じてることは、以外と長くは続かないのであります。と言うことは、人が生きていく上での基礎である衣・食・住の楽しみには限界があると言うことでもあります。
衣・食・住に限らず、お金は無いよりは有る方がよいと思いますが、あればあるで、様々な苦しい思いをしなければならないし、子供がいれば賑やかだが反面、面倒をみなければいけません。私たちの思う「極楽」とは、無常で相対的なのであり、まさに「人生楽ありゃ苦もあるさ」という歌のとおりです。これは本当の極楽ではなく、私たちの表面上の願いから生まれた極楽の世界でないでしょうか。

では本当の楽とはなんでしょうか。それは「真のさとりの世界」です。

真の楽を求める心の底からの願いに応えてある世界、それが「極楽浄土」です。極楽浄土の本当の幸せに比べたら、私たちの表面上の幸せなど、本当にちっぽけなものです。なので、「真のさとりの世界」が極楽であり、そこに往って、生まれるのが「往生極楽」ということであります。命終わるときが極楽浄土に往き生まれるときであれば、命終わるときが往生ということになります。世間一般的に「死ぬ」や「亡くなる」という言葉が好まれないので、「往生」というようになったようです。やがて「往生」といえば人が亡くなること、として使われるようになったわけです。

しかし、歎異抄の第二章の始めに書かれている
   おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。
(真宗聖典『歎異抄』六二六頁)

と書かれていますが、それは親鸞聖人の門弟たちが親鸞聖人のもとへ困ったり、死んだりするために訪ねていったのではなく、真実を求めてやってきた証であります。往生極楽のみちを尋ねてきたのであり、真の救いということについて問いに来たのであります。「往生」と示してる言葉は「往く」、「生まれる」、そして「生きる」という言葉の意味も隠されています。
また往生というのは、極楽に向かって歩いている状態でもあります。例えば、生きとし生けるものすべてがいつの日か必ず寿命が来るように、私たち人間も生まれたときからすでに往生極楽のみちが始まっているということではないでしょうか。つまり「往生」とは「真の生き方」を意味する事ではないでしょうか。よって 往生極楽のみちは「真の救い」と言う意味でもあり、往生極楽したということは、もう仏様になるということです。仏様になると言うことは、真のさとりを頂くことです。これは往生極楽の結果であります。

歎異抄 第2章(本文)地獄は一定すみかぞかし

おのおの十(じゆう)余(よ)か国(こく)のさかいをこえて、身(しん)命(みよう)をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御(おん)こころざし、ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存(ぞん)知(じ)し、また法(ほう)文(もん)等(とう)をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておわしましてはんべらんは、おおきなるあやまりなり。もししからば、南(なん)都(と)北(ほく)嶺(れい)にも、ゆゆしき学(がく)生(しよう)たちおおく座せられてそうろうなれば、かのひとにもあいたてまつりて、往生の要(よう)よくよくきかるべきなり。親(しん)鸞(らん)におきては、ただ念仏して、弥(み)陀(だ)にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子(し)細(さい)なきなり。念仏は、まことに浄(じよう)土(ど)にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地(じ)獄(ごく)におつべき業(ごう)にてやはんべるらん。総(そう)じてもって存(ぞん)知(じ)せざるなり。たとい、法(ほう)然(ねん)聖(しよう)人(にん)にすかされまいらせて、念仏して地(じ)獄(ごく)におちたりとも、さらに後(こう)悔(かい)すべからずそうろう。そのゆえは、自(じ)余(よ)の行(ぎよう)もはげみて、仏(ぶつ)になるべかりける身(み)が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一(いち)定(じよう)すみかぞかし。弥(み)陀(だ)の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚(きよ)言(ごん)なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善(ぜん)導(どう)の御(おん)釈(しやく)、虚(きよ)言(げん)したまうべからず。善(ぜん)導(どう)の御(おん)釈(しやく)まことならば、法(ほう)然(ねん)のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親(しん)鸞(らん)がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。詮(せん)ずるところ、愚(ぐ)身(しん)の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面(めん)々(めん)の御(おん)はからいなりと云(うん)々(ぬん)。

歎異抄 第2章(私訳)五木寛之

あるとき、親(しん)鸞(らん)さまは、はるばる関東から訪ねてこられた念(ねん)仏(ぶつ)者たちをまえに、こう言われた。

みなさんがたは、十数ヵ国の国(くに)境(さかい)を超えて、いのちがけでこの親鸞のところへやってこられた。そのひたむきなお気持ちには、わたしも感動せずにはいられません。

しかし、さきほどからうかがっておりますと、あなたがたは、なにか念仏以外にも極(ごく)楽(らく)往(おう)生(じよう)の道があるのではと考え、それをわたしにおたずねになりたい一心から、ここへおいでになったように見うけられます。

素直に申しあげるが、それは大きなまちがいです。わたしたちが救(すく)われて極楽浄土へ導かれる道は、ただ念(ねん)仏(ぶつ)する以外にありえない。そのことのほかに、もっと大事な極(ごく)意(い)があるかもしれないとか、特別な秘法についての知識をわたしがもっているのではないか、などと勘(かん)ぐっておられるとしたら、それはまことに情(なさ)けないことです。

そういうお気持ちなら、奈良や比(ひ)叡(えい)山(ざん)などに、有名なすぐれた学(がく)僧(そう)たちがたくさんいらっしゃいます。そのかたがたにお会いになって、極楽往生のさまざまな奥(おう)義(ぎ)をおたずねになってはいかがですか。

わたし親(しん)鸞(らん)は、ただ、念仏をして、阿(あ)弥(み)陀(だ)仏(ぶつ)におまかせせよという、法(ほう)然(ねん)上(しよう)人(にん)のおことばをそのまま愚直に信じているだけのこと。

念(ねん)仏(ぶつ)がほんとうに浄(じよう)土(ど)に生まれる道なのか、それとも地(じ)獄(ごく)へおちる行(おこな)いなのか、わたしは知らない。そのようなことは、わたしにとってはどうでもよいのです。

たとえ法(ほう)然(ねん)上(しよう)人(にん)にだまされて、念仏をとなえつつ地獄におちたとしても、わたしは断じて後悔などしません。

そう思うのは、このわたしが念仏以外のどんな修(しゆ)行(ぎよう)によっても救(すく)われない自分であることを、つね日ごろ身にしみて感じてるからです。

ほかに浄土に救われる手段があり、それにはげめば往(おう)生(じよう)できる可能性がもしあるというのなら、念仏にだまされて地獄におちたという後悔もあるでしょう。愚(おろ)かにも念仏にたよったという口(く)惜(や)しさものこるでしょう。

しかし、煩(ぼん)悩(のう)にみちたこのわたしにとって、念仏以外のほかの行(ぎよう)は、とてもおよばぬ道です。ですから地獄は、わたしのさだめと覚悟してきました。

阿(あ)弥(み)陀(だ)仏(ぶつ)の約束を真実と信じるならば、釈(しやく)尊(そん)の教えを信じ、また善(ぜん)導(どう)の説を信じ、そして法(ほう)然(ねん)上(しよう)人(にん)のおことばを信じるのは自然のことではありませんか。その法然上人の教えをひとすじに守って生きているこの親(しん)鸞(らん)なのですから、わたしの申すこともその通り信じていただけるのではないか、と思うのです。

要するに、わたしの念(ねん)仏(ぶつ)とは、そういうひとすじの信(しん)心(じん)です。ただ念仏して浄(じよう)土(ど)に行く。それだけのことです。

ここまで正直にお話ししたうえで、みなさんがたが念仏の道を信じて生きようとなさるのか、またはそれをお捨てになるか。その決断はどうぞ、あなたがたそれぞれのお心のままになさってください。
(五木寛之『歎異抄の謎』六一頁)

改めて自分自身読み返しても、大変難しく奥深い内容です。
本当に100%理解してるのかと問われますと、自分でも自信はありませんが、実はこの資料を作成するにあたり、この先に話は続いていきました。その内容は来春の春彼岸でお話しさせて頂ければと思います。
南無阿弥陀仏🙏

03/08/2019

スタッフ募集🔴髪型・髪色・服装・ネイル・Tattoo自由 💁‍♀️💃👱‍♀️👩‍🎤
※女子限定

仕事内容:空楽寺本堂 参詣客への給仕。
資格:未経験、海外の方、学生OK。
35歳まで。
場所:大分県日田市大鶴本町(空楽寺)
日時:08月13日(13:00~19:00)
給与:時給1,250円
待遇:駐車場完備、服装自由、まかない有
応募:Facebookページ又はメールでご応募ください([email protected])
宗教法人 空楽寺(担当/菅)

住所

4754番地
Hita-shi, Oita
8771104

営業時間

月曜日 09:00 - 17:00
火曜日 09:00 - 17:00
水曜日 09:00 - 17:00
木曜日 09:00 - 17:00
金曜日 09:00 - 17:00
土曜日 09:00 - 17:00
日曜日 09:00 - 17:00

電話番号

+81973282050

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