真宗大谷派 照陰山 西勝寺

真宗大谷派 照陰山 西勝寺 真宗大谷派・東本願寺のお寺です。

昨年5月の「母の日参り」に続いて、今年も羽生知央さんにお越しいただきます
01/05/2026

昨年5月の「母の日参り」に続いて、今年も羽生知央さんにお越しいただきます

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】日時 2026年5月28日(木)午前10時から12時まで場所 西勝寺本堂前回は「信ずる心」についてお話ししました。「光が声をもった。人間を超えた智慧が、人間にとどく道ができた。それが南無阿弥陀仏である」「容...
01/05/2026

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】
日時 2026年5月28日(木)午前10時から12時まで
場所 西勝寺本堂
前回は「信ずる心」についてお話ししました。
「光が声をもった。人間を超えた智慧が、人間にとどく道ができた。それが南無阿弥陀仏である」「容易に下がらぬ頭が下がった時、光をもった声がきこえ光の中に私たちはいる」(米澤英雄)それが「信ずる心」です。
今回は「七人の高僧がた」です。
「お経を世に弘めてくださった高僧がた」が「悪世で苦しむ数限りない人びとを拯(すく)いとり、本当の安楽に済(わた)らせようとしてくださいました」

毎月第4木曜日午前10時~12時
正信偈を学んでいます
この学習会は
目的「ともに正信偈のこころ、親鸞聖人のこころに学ぶ」
目標「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」(永六輔)
を心掛けています
どうぞお気軽にご参加ください

2026年5月のことば見えないものを探すためにぼくらは生まれた                             若松英輔【住職感話】「自分と他人の境界線をどうすれば取り払えるのか」という問いをいただきました。私たちはつい、目に見える...
01/05/2026

2026年5月のことば
見えないものを探すために
ぼくらは生まれた
若松英輔
【住職感話】
「自分と他人の境界線をどうすれば取り払えるのか」という問いをいただきました。私たちはつい、目に見えるものだけで世界を測り、自他の間に壁を作ってしまいます。詩人の若松英輔さんは、現代に生きる私たちの苦悩をこう詠われました。
「しあわせになりたい そのためには もっとお金が必要だ 人に評価もされたい そのためには……きわだった能力が必要だ」
私たちは日々、物事を分け、比べ、判断する「よこの眼」すなわち「分別知(ふんべつち)」の中で生きています。しかし、この眼で見る限り、境界線は厚くなるばかりです。若松さんはその生き方を「どちらかが倒れるまで競争を続けなくてはならない」道だと語られました。
そんな私たちの心に、詩は「ほんとうの望みは なに?」と問いかけます。お金も評価も、分別の世界で測れる「見えるもの」に過ぎません。私たちが魂の底で渇望しているのは、形もなく、買うこともできないけれど、決して私を孤独にさせない「何か」ではないでしょうか。
本来、いのちに国境はなく、いのちに境界線はありません。その「見えない真実」を仰ぐ道こそ、仏さまの「たての眼」である「無分別智(むふんべつち)」に触れる道です。それは優劣や損得、立場を超えて、あらゆるいのちを「あるがまま」に照らし出す阿弥陀さまの智慧の光です。その光の中では、誰もが「そのままで、ここにいてよい」と、丸ごと抱きとめられています。だからこそ、他者のいのちもまた、自分と地続きのものとして感じられてくるのです。
新緑の風が吹く季節、南無阿弥陀仏と称えながら、私を包む「見えない光」に身を任せてみませんか。

02/04/2026
【同朋会(どうぼうかい)のご案内】日時 2026年4月23日(木)午前10時から12時まで場所 西勝寺本堂前回は「疑いの心」についてお話ししました。若松英輔氏は、その詩の中で「見えないものを探すために ぼくらは生まれた」と詠いました。目に見...
02/04/2026

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】
日時 2026年4月23日(木)午前10時から12時まで
場所 西勝寺本堂

前回は「疑いの心」についてお話ししました。
若松英輔氏は、その詩の中で「見えないものを探すために ぼくらは生まれた」と詠いました。目に見える数字や結果に一喜一憂する日々の中で、真実の光(仏様)に出遇うこと。それこそが、私たちがこの世に生を受けた本当の意味ではないかと確かめました。
今回は「信ずる心」です。
本当の安楽の境地には、疑いのない信心によって、必ず速やかに入ることができるのです。

毎月第4木曜日午前10時~12時
正信偈と「仏事のハテナ」を学んでいます
この学習会は
目的「ともに正信偈のこころ、親鸞聖人のこころに学ぶ」
目標「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」(永六輔)
を心掛けています
どうぞお気軽にご参加ください

2026年4月のことばこちら側とあちら側があるうちはそこには同情しか生まれない          藤川幸之助【住職感話】私たちは無意識に、自分と他人の間に境界線を引いています。「私はまともで、あの人はおかしい」「私はできるが、あの人はできな...
02/04/2026

2026年4月のことば
こちら側とあちら側があるうちは
そこには同情しか生まれない
          藤川幸之助
【住職感話】
私たちは無意識に、自分と他人の間に境界線を引いています。「私はまともで、あの人はおかしい」「私はできるが、あの人はできない」。これを「よこの比較」と呼びます。
詩人の藤川幸之助氏は、認知症の母親との生活の中で気づかされました。正常な「こちら側」から母を憐れんでいるうちは、傲慢な同情しか生まれないのだと。母はただ、自分の頭の中に広がる世界を懸命に生きている。それは、自分の都合という世界を生きる私たちと、何ら変わりがないのです。
この「人間はみな同じ」という視点は、聖徳太子の「共に是れ凡夫(ただひと)ならくのみ」(『十七条憲法』)という言葉に通じます。私たちは誰もが、執着を捨てきれない「凡夫(ぼんぶ)」です。丸い輪に端(はし)がないように、正しさも間違いも、立場が変わればすぐに入れ替わります。
自分と他人を比べる「よこの眼」から、仏様の光に照らされる「たての眼(大慈悲の眼差し)」に転ぜられるとき、景色は一変します。阿弥陀様からご覧になれば、健常者も認知症の方も、等しく救わねばならぬ愛おしい存在です。そこには優劣も、分断もありません。
念仏詩人の榎本栄一氏は、次のように詠われました。
  この世 あの世と申すは 人間の我見
  ごらんなさい この無辺の光の波を 境界線はどこにもない
「あちら側」と「こちら側」を分けていたのは、私の勝手な物差し(我見)でした。認知症の母との生活は、私自身が引いてしまった冷たい境界線に気づかせてくれるものでした。どんなに違って見えても、私たちは皆、同じ無辺の光の中に生かされている、共に浄土への道を歩む「仲間(御同朋御同行)」なのです。

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】日時 2026年3月26日(木)午前10時から12時まで場所 西勝寺本堂前回は、「選択本願」でした。お念仏を称えると、群生海(群れをなしながらも、バラバラで孤独に生きる私たち)から、本願海(私は独りで生きて...
03/03/2026

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】
日時 2026年3月26日(木)午前10時から12時まで
場所 西勝寺本堂

前回は、「選択本願」でした。
お念仏を称えると、群生海(群れをなしながらも、バラバラで孤独に生きる私たち)から、本願海(私は独りで生きているのではない、広大な命の海の一滴として、すべてと響き合って生きている)へ転ぜられるお話をしました。
今回は「疑いの心」です。
私たちが迷い悩むのは、仏の教えを疑っているからだと法然上人そして親鸞聖人が教えておられます。

毎月第4木曜日午前10時~12時
正信偈と「仏事のハテナ」を学んでいます
この学習会は
目的「ともに正信偈のこころ、親鸞聖人のこころに学ぶ」
目標「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」(永六輔)
を心掛けています
どうぞお気軽にご参加ください

2026年3月のことば浄土って 日々初事          和田 稠【住職感話】85歳になる認知症の母(前坊守)は、週に5日、デイサービスにお世話になっております。母は毎朝「今日どこに行くの?」と尋ねてきます。「9時にデイサービスに行くよ」...
03/03/2026

2026年3月のことば
浄土って 日々初事
          和田 稠
【住職感話】
85歳になる認知症の母(前坊守)は、週に5日、デイサービスにお世話になっております。母は毎朝「今日どこに行くの?」と尋ねてきます。「9時にデイサービスに行くよ」と答えると、母は決まって「初めて行くから、どこへ行くのかわからへんわ」と言うのです。私はつい、「えっ、もう4年も毎日行ってるやんか」と返してしまいますが、母は「そうやったっけ」と真顔で返してくる。そんな「噛み合わない日常」に、どこかしらけてしまう毎日でした。
ところが先日、ふと亡き祖母(前々坊守)のことを思い出しました。祖母は好物のエビフライを食べるたび、必ず「あー美味しかった。こんなに美味しいもの、生まれて初めて食べたわ」と言っていたのです。当時の私は「おばあちゃん、よう嘘言うわ。今まで何百匹食べてきたんよ」と笑い飛ばしていました。
その記憶が蘇ったとき、私の心に和田稠(わだ・しげし)先生の「浄土って、日々初事」という言葉が降りてきました。
何千匹のエビフライを食べても、一匹として同じエビはいません。90歳を超えても、昨日と同じ自分もいません。細胞も心も日々刻々と生まれ変わり、常に「新しい私」が「新しい事実」に出遇っている。それに気づかないのは、私の心が「慣れ」や「思い込み」で世界を塗りつぶしていたからではないか。そう気づかされたのです。
和田先生は、晩年の法話の中でこうおっしゃっています。
「生きるということは感動するということです。驚くということです。毎日驚く。この驚くということが生活感覚の一番ビビットな(生き生きとした)生きておる証拠ですよ。人間に生まれたということはね、腹一杯驚きたいんです。驚きのない世界は退屈です。驚くものに出遇いたいんです。」
母の「初めて行く」という言葉は、認知症ゆえの錯覚ではなく、今この瞬間の出遇いを全身で受け止めている「驚き」の声だったのかもしれません。同じことの繰り返しに見える日常の中に、仏様が日々「新しい命」を届けてくださっていたのです。

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】日時 2026年2月26日(木)午前10時から12時まで場所 西勝寺本堂前回は、「同朋会200回・住職在住22年の歩み」と題し、テーマ「ひかり輝くいのち―本当の自分に出遇う―」として、お話させていただきまし...
02/02/2026

【同朋会(どうぼうかい)のご案内】
日時 2026年2月26日(木)午前10時から12時まで
場所 西勝寺本堂
前回は、「同朋会200回・住職在住22年の歩み」と題し、テーマ「ひかり輝くいのち―本当の自分に出遇う―」として、お話させていただきました。「いまどき、大谷派の住職をやるものは蛮勇だ」との宮戸道雄師の言葉が、今も私を歩ませてくれています。
今回は「選択本願」です。
阿弥陀仏が、助かるはずのない人を助けたいと願われた「本願」、それが「選択本願」なのです。そしてまた、それが、仏教の「真宗」(まことのみむね)です。

毎月第4木曜日午前10時~12時
正信偈と「仏事のハテナ」を学んでいます
この学習会は
目的「ともに正信偈のこころ、親鸞聖人のこころに学ぶ」
目標「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」(永六輔)
を心掛けています
どうぞお気軽にご参加ください

2026年2月のことば今日なにをするの?今日どこに行くの?         後藤秀美【住職感話】ここ一年ほどの間、認知症を患う母から、毎朝何十回と繰り返される言葉があります。「今日なにをするの?」「今日どこに行くの?」何かをするはずなのに、...
02/02/2026

2026年2月のことば
今日なにをするの?
今日どこに行くの?
         後藤秀美
【住職感話】
ここ一年ほどの間、認知症を患う母から、毎朝何十回と繰り返される言葉があります。「今日なにをするの?」「今日どこに行くの?」何かをするはずなのに、それが思い出せない。どこかへ行くはずなのに、行き先がわからずソワソワし、落ち着かない様子が伝わってきます。
私はその都度、「今からご飯を食べて、9時にデイサービスに行くんだよ」と答えます。しかし、何度答えても母は忘れてしまい、再び同じ問いを繰り返します。正直なところ、何度も答えるのが馬鹿らしくなってきます。どう言えば納得してくれるのか、どうすれば憶えてくれるのか……。
しかし、そうした葛藤の中でふと、気づかされたのです。これは母の物忘れの問題ではなく、私自身への問い掛けではないか、と。

「そもそも私は、何をするために生まれてきたのか?」
「私は、どこへ向かって生きているのか?」

米沢英雄先生は、対象を客観的に見る視点を「もの」、自分に迫ってくる意味として受けとめる視点を「こと」と説かれました。母の問いを単なる症状(もの)として見ていた時は、私はただ苛立っていました。しかし、それが仏様から私への「根源的な問い(こと)」として響いてきたとき、母との時間は、真実を語り合う場へと一変したのです。
だから最近は、母の問いにこうも応えています。「お母さん、今日は『お念仏』をするんだよ」「お母さん、私たちは『極楽浄土』へ行くんだよ」すると母は、ふっと穏やかな顔になり「そうか。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」と手を合わせたり、「極楽はまだ早いね」と笑って応えたりしてくれます。

住所

船津町4803
Himeji-shi, Hyogo
679-2101

電話番号

079-232-1880

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