日本イエス・キリスト教団 姫路城北教会

日本イエス・キリスト教団 姫路城北教会 日本イエス・キリスト教団 姫路城北教会の情報をみなさまにお伝えします。

08/03/2026

2026年3月8日 礼拝説教要旨

「天にいます私たちの父」(マタイ6:9-13)

 主の祈りは、初代教会から始まって現在に至るまで、全世界の教会で祈られています。原語のギリシア語の順序にそって、その深い意義を学んでみましょう。

1、父なる神に呼びかける祈り
 意外なことですが、旧約聖書には神さまを「父」と呼び掛ける表現は一度も出てきません。しかし主イエスは「わが父」と何度も祈られています。それが弟子たちにも伝わったのです。厳格な神が慈愛に満ちた神のイメージに変わったことは、新約聖書の大変革と言えるでしょう。

2、私たちと祈る理由
 当時の教会には、貧しい人々も多くいました。「私たちの」日ごとの糧が与えられるようにとの祈りは、自分だけの満足を求めることではありません。罪の赦しの祈りも、悪よりの救いの祈りも、互いに助け合い、祈り合うことこそ、神さまのみ旨であることを示しています。

3、天にいますお方との交わり
「毒親」と言われる人もいるでしょう。しかし天の父はそうではありません。主イエスが父なる神と交わる時を求められたのは、神と共に歩むためでした。現在の私たちも主イエスと親しく交わることで生きていけるのです。
たとえ苦難の中にあっても、「父よ」と呼び掛けましょう。このお方は鳥や花以上に私たちを愛しておられます。

08/03/2026

2026年3月1日 礼拝説教要旨

「神の訪れの時」(ルカ19:37-44)

 イエス様がエルサレムに近づかれたとき、弟子たちは喜びの賛美を神にささげた一方、都の人々の多くはイエス様を拒絶しようとしていました。

1.弟子たちによる喜びの賛美
 エルサレムの町が近づくのを見たとき、弟子たちは喜び神を賛美しました。それを見たパリサイ人たちはイエス様に弟子たちを諫めるよう求めましたが、イエス様は「この人たちが黙れば、石が叫びます」と言われました。イエス様がメシアであることはそれ程に確かなことでした。

2.エルサレムによる拒絶と将来の悲劇
 他方、エルサレムの都に住む人々の多くはイエス様をメシアとして受け入れようとはしていませんでした。神との和解の道は備えられていましたが、彼らの目から隠され、彼らはイエス様を拒絶しようとしていました。その結果、都には悲劇的な将来が待ち受けていました。「神の訪れの時を…知らなかったから」でした(44節)

3.主イエスの涙、神の悲しみ
都の悲劇的将来を語るイエス様の目には涙がありました。イスラエルの民を通して神の祝福が全世界にというご計画は逆転、選民イスラエルの前に異邦人が救われるという事態に。神様は今もイスラエル、また全世界の人々が、イエス様を通して神に立ち返るよう招いておられます。

08/03/2026

2026年2月22日 礼拝説教要旨

「最も重要な命令」(マルコ12:28―34)

 宗教は戒めを守ることを要求すると思われています。ユダヤ教はまさに戒めを守ることで人は救われる当時は考えられていました。イエスの教えはその考えを革新されたのです。

1, 正直な求め
 この律法学者は正直に主に質問しました。あまりに多い戒めに悩んでいたのでしょう。主ははっきりと答えられました。真剣な求めには必ず答えてくださいます。

2,神を愛すること
主は申命記6章4―5節を引用されました。心、思い、知性、力を尽くすことは最高の物をもって神を愛せよ、という命令でした。夫婦関係のように、唯一の関係で、神の愛に応じて愛することが大切です

3,人を愛すること
 さらに主はレビ記19章18節を引用して、隣り人を愛することが次に大切な戒めと教えられました。隣り人とは敵さえも含む広い範囲の人々です。しかもあなた自身のように、愛すべきなのです。神に愛されている自分を愛し、神に愛されている隣り人だから、その隣り人を愛する。それは相手を受け入れ、その人のために祈ることです。
 神を愛し、人を愛する者となりましょう。

08/03/2026

2026年2月15日 礼拝説教要旨

「幸福な家庭」(ルツ1:1―22)

 ルツ記は、ユダヤ人ではない異邦人女性ルツが主人公です。士師の時代の実話と言われています。ナオミとその家族が飢饉のため、故郷ベツレヘムからモアブの地に移住したことから物語は始まります。

1, 生きる苦しみを経験した家庭
 飢饉から生き伸びるために移住したのに、夫の死や息子たちの死という大きな困難を、ナオミは味わいます。ついに故郷に帰る決心をして、モアブで迎えた嫁たちにモアブに留まるよう説得しました。

2,別れの苦しみを経験した家庭
弟嫁オルパは泣く泣く離れていきましたが、兄嫁のルツは、姑ナオミの生き方の中に真の神を知り、「あなたの神は私の神」と告白するようになりました。年老いた姑を一人にはできない、という優しさもあったことでしょう。

3,再会の苦しみを経験した家庭
 ナオミとルツは故郷ベツレヘムに着きましたが、懐かしい再会を喜ぶのではなく、苦しみの経験の中から「自分をマラと呼んで」というほどでした。しかし、全能者が与えたという信仰のゆえに、最後は大きな喜びへと導かれたのです。長い歴史の中で、異邦人も神の救いの歴史に加えられることが実現しました。神の目からみた幸福を知りましょう。

08/02/2026

2026年2月8日 礼拝説教要旨

   「本当の勇気」(士師6:11―18)

 イスラエルに与えられた「約束の地」は神の国をこの地上に実現することでした。でもいまだに実現していません。神と人を愛する生活から背いている世界を変えるために、何が必要かを学びましょう。

1, 過去の歴史を受け入れる
当時は、ミディアン人により略奪されるみじめな生活をしていたイスラエルでした。隠れていたギデオンに主のみ使いは「主があなたと共におられる」と語りかけられました。ギデオンは反論したのですが、聖書の歴史を見ると、神の働きは明確です。

2,自分の無力を受け入れる
ギデオンは自分の無力さ、自分の氏族の弱さを自覚していました。士師記の12人の勇士たちは、みな自分の弱さを認めていました。本当の勇気とは、自分の弱さを認めて受け入れることから始まります。それがないと神様は用いられません。

3,主の派遣を受け入れる
 ギデオンの言葉に対して、み使いは「私はあなたと共にいる」と宣言します。ギデオンは目前の悲惨さにとらわれ、主に捨てられたと思っていましたが「共にいて、あなたを遣わす」と約束されました。その約束を、ギデオンは信頼したのです。
 神は弱い者を用いて、神の計画を成就されます。

08/02/2026

2026年2月1日 礼拝説教要旨

「人生の記念日」(ルカ19:1―10)

 イエス・キリストは、神の国は地上の国とは異なることを示されました。経済的に豊かでも、孤独な日々を過ごしていたザアカイに対して、主は人生の記念日になることをされたのです。

1,考え方が変わった日
彼は超エリートである取税人のかしらにまで登り詰め、不正な方法で金持ちになりました。不正に徴収した税金で私腹を肥やしていたので同胞から嫌われていました。背が低いというコンプレックスもありました。お金持ちでも孤独で、虚しさを感じていました。そんな人に主は近づいて下さったのです。

2,真の愛を知った日
 「噂されているイエス様になんとか会いたい」と木に登って待っていたザアカイに、主は、彼の名前を呼んで声をかけ、「泊まることにしている」と言われました。ザアカイは、自分を知り愛してくださっている方がおられることを初めて知りました。

3,生まれ変わった日
 ザアカイは喜んで主を迎え入れ、自ら進んで悔い改め、不正の償いを約束しました。愛されていることを知って、生まれ変わったのです。主は、失われた者を探し出して、関心を示し、愛し、新しい人生へと導いてくださるお方だと知ってください。

01/02/2026

2026年1月25日 礼拝説教要旨
「幼な子に対して」(マルコ10:13―16)

 イエスキリストは、神の国がどういうものかを目で見えるように示されました。病気の癒し、悪霊からの解放、様々な奇跡を通して、神が人々を愛しておられることを教えられました。幼子に対してどのように対応するかも神の国の本質を示しています。

1, 親の考え方
親たちは、イエス様のすばらしさを知り、子どもたちに触れていただきたいと願いました。信仰の継承の大切さが箴言などで言われています。幼いころから聖書に親しむよう、子供のために祈るのです。

2,弟子の考え方
 ところが、弟子たちは子供を連れてきたことを叱りました。騒がしい子供たちが、イエス様の働きを邪魔すると思ったのでしょう。弟子たちは子供より大人が大切と考えていました。しかし、子供も大人も同じようにみ言葉を聞くことが大切です。子どもを受け入れる大人、教会となりたいものです。

3,主イエスの考え方
 弟子たちの態度に主は憤られました。未熟な子供たちも、み言葉により成長し、神の国を受け入れる者となります。子供も大人も共に、罪を認め悔い改め成長し、神の国を受け入れる者となりましょう。

22/01/2026

2026年1月18日 礼拝説教要旨

「感謝する人」(ルカ17:11―19)

 当時、ツァラアト(ライ病)は最も恐れられていた病でした。その患者は神に捨てられた人といわれ、町の中で生活できませんでした。彼らの住む地域の近くを通られたイエス様に彼らは叫び求めました。

1, 十人の求め
 「汚れています」と叫ばねばならなかった彼らでしたが、イエスさまには「私たちを憐れんでください」と訴えました。自分のみじめさ、汚れを知れば知るほど、主に強く求めるようになります。

2,十人の癒し
 癒しを求める彼らにイエス様は「祭司の所に行って自分の体を見せなさい」と言われました。まだ治っていないので、行くことを躊躇した人もいたでしょう。でも主の言葉に従った時、奇跡は起こりました。教会も、信じて従うよう、励ましあう所です。

3,一人の応答
 祭司の所に向かう途中、彼らは癒されました。しかし、主への感謝を表わしたのは、一人でした。祭司の所に行くことは大切ですが、まず主に感謝することが最も重要なことを覚えましょう。
日々の歩みは当たり前ではありません。主イエスの恵みを喜ぶことが信仰であり、信頼です。そのような主とのつながりを持ち続けましょう。

22/01/2026

2026年1月11日 礼拝説教要旨

「主イエスへの信頼」(ヨハネ9:1―12)

 イエス様は、公生涯の間に多くの奇跡をなさいました。神の国の実現のためのメシヤとして来られたことを、身をもって示されたのです。

1, 肉体の目が開かれること
この盲人は、物乞いをするというみじめな日々を過ごしていました。主は彼に近づき、泥を塗りシロアムの池に行かせました。彼は主の言葉に信頼し、実行したとき、見えるようになったのです。

2, 霊の目が開かれること
 弟子たちは当時の人々と同様、「生まれつき盲目なのは誰の罪のせいか」と尋ねました。パリサイ人たちはイエスの奇跡を見ても、それは安息日を守らないことだと、主を咎めました。「見える」と偉そうに主張するのは、霊の目が見えてない証拠でした。

3, 神の子を信頼すること
 神を信頼しない人に心を痛め、神は主イエスを遣わされました。これを受け入れる霊の目が開かれることが大切です。神の国は肉体も心も魂も新たになる所です。目にみえない神と一緒に過ごす所です。
 
どんな人も霊の目が開かれなければ、主イエスを神の子と認め信頼することはできません。常に神を見て、全てを善にして下さる主を信頼しましょう。

18/01/2026

2026年1月4日 礼拝説教要旨

「われらは恐れない」(詩篇46:1-11)

新年を迎えました。この年がどんな年になるかは分かりません。しかし、神様に目を向けるとき、私たちは恐れずに一年の歩みへと踏み出すことができます。

1.避け所なる神
「地が変わり山々が揺れ海のただ中に移る」(2節)といったことも時には起こり得ます。しかし、「神は われらの避け所 また力。苦しむとき そこにある強き助け」ですので(1節)、われらは恐れずに進むことができます。

2.都は揺るがない
ユダヤ人にとって都エルサレムは、神の臨在を確認する場所。神様がともにおられる以上「都は揺るがない」と信仰に立つことができました。しかし、後に国が神のみ心に背き続けたとき、神の臨在は失われ都は滅びました。私たちの希望は、イエス様のご再臨後現れる永遠の都。その希望の中に、「都は揺るがない」という信仰を持って生きていくことができます。

3.国々の間であがめられる神
「主は 地の果てまでも戦いをやめさせる。」(9節)完全な世界平和の実現は、世の終わりのことでしょう。しかし、部分的なみわざは歴史の中で繰り返しなされてきました。「やめよ。知れ。わたしこそ神。」(10節)全地を治めておられる神様はやがて「国々の間であがめられ 地の上であがめられ」ます(10節)。信仰をもって新年の歩みへと踏み出しましょう

02/01/2026

2025年12月28日 礼拝説教要旨

  「主をほめたたえよ」(詩篇135篇)

 詩篇は、終わりに近づくほど賛美と感謝の歌が多くなります。135篇は3回も「ハレルヤ」(主をほめたたえよ)と歌って、その理由を示しています。

1,主は自然を支配されているから(5~7節)
天も地も海も、主によって創造されました。現在も、雲や雨や風の動きを支配しておられます。温暖化の理由は科学的に説明されますが、二酸化炭素の増加は人間が快適な生活を求めてきたゆえであることを知りましょう。人間の益のためだけにこの地球は創造されたのではありません。

2、主は歴史を動かされているから(8~12節)
出エジプトの歴史には、主のなさった奇跡が随所に見られます。また、約束の地は彼らに「ゆずり」(相続)として預けられたものなので、決して自分だけのものと考えてはなりません。私たちの命や家族も預けられたものと知るなら、主の恵みをほめたたえずにはおられないでしょう。

3、主は今も生きておられるから(13~18節)
 人間が造った偶像の神々には、命はありません。財力や軍事力も偶像の一つです。それらに信頼する者は、たとえ「ご自分の民」であろうともさばかれます。全能の主に謙遜に従う者こそ主の「しもべ」なのです。だからこそ私たちは、現在の生活を感謝して主と共に歩みたいのです。
 この一年、良いことも悪いこともあったでしょう。しかし、すべては主の御手の中にあります。そのことを心から感謝し、「ハレルヤ」と賛美する者となりましょう。

28/12/2025

2025年12月21日 礼拝説教要旨

「クリスマスの光と影」(マタイ2:1-12)
 クリスマスにおいては、光が重要な意味を持ちます。三人の博士たちが星の光に導かれてユダヤにやってきたことにも、それが現れています。

1,博士たちの光
東方の博士たちは、バビロンで天文研究をしていた人々と推測されます。彼らは明るい星の出現を偉大な人物の誕生のしるしと思い、はるばる千キロの道を歩いてやってきました。暗い夜だからこそ、星は目標となります。私たちも、光に導かれて歩みましょう。

2、ヘロデ王の影
 ヘロデ王は、自分の王座が危うくなるのを恐れていました。それで、自分の地位をまもるため、幼な子を殺そうとさえしたのです。王の自己保身の影と、博士たちを導く星の光は対照的です。

3、キリストの輝き
 博士たちは不思議な星に導かれて、幼な子イエスに出会い、黄金・乳香・没薬を捧げました。ユダヤ人の王にふさわしい宝物です。しかしヘロデ王の陰謀により、幼な子らの虐殺という残酷な結果となりました。
 光を求めるか、闇に留まるか、今も選択が求められています。私たちは世の光である主イエスキリストを心の中に迎え、わたしたち自身も光となって輝きましょう。

 クリスマスおめでとうございます。

住所

伊伝居馬場崎70− 1
Himeji-shi, Hyogo
670−0871

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