川棚町 常在寺(日蓮宗)

川棚町 常在寺(日蓮宗) 長崎県

30/05/2026

本日=旧暦の卯月望日🌕(四月十五日)、朝勤にて『禮法華儀式』を営みました🙏

本日常在寺に於いて法式声明の研鑽会「鍊聲会(れんしょうかい)」を開催しました。研鑽の締めくくりに『船守弥三郎殿ご夫妻第七百五十遠忌法要』を営みました🙏遠くは福岡県宗像市・熊本県宇土市より何時間もかけてこの研鑽会に参加されます。少しでもお役に...
27/05/2026

本日常在寺に於いて法式声明の研鑽会「鍊聲会(れんしょうかい)」を開催しました。

研鑽の締めくくりに『船守弥三郎殿ご夫妻第七百五十遠忌法要』を営みました🙏

遠くは福岡県宗像市・熊本県宇土市より何時間もかけてこの研鑽会に参加されます。

少しでもお役に立てますよう日々精進あるのみです🙏

「唱題行とおそうじの会🧹」(旧暦卯月二日🌚)ご参加頂きありがとうございました🙏次回は6/15(月)午前8時からです🧹🙏
18/05/2026

「唱題行とおそうじの会🧹」(旧暦卯月二日🌚)

ご参加頂きありがとうございました🙏
次回は6/15(月)午前8時からです🧹🙏

17/05/2026

明日5月18日午前8時「唱題行とおそうじの会」🧹🙏今日が旧暦卯月朔🌚ですが町内一斉清掃と重なった為変更しました

虚空蔵山に架かる虹🌈ダブルレインボー🏳️‍🌈🌈
12/05/2026

虚空蔵山に架かる虹🌈ダブルレインボー🏳️‍🌈🌈

本日=旧暦弥生(三月)二十五日に当たり、第三百二十九遠忌祥月命日當山開山 性善院日清上人に御回向申し上げました。南無妙法蓮華経🙏以下本日の回向文>上来 同門の行人と共に慎み敬って修し奉る法要一筵、鳩る所の功徳を以て、元禄十一年戊寅(つちのえ...
10/05/2026

本日=旧暦弥生(三月)二十五日に当たり、第三百二十九遠忌祥月命日當山開山 性善院日清上人に御回向申し上げました。南無妙法蓮華経🙏

以下本日の回向文

>上来 同門の行人と共に慎み敬って修し奉る法要一筵、鳩る所の功徳を以て、元禄十一年戊寅(つちのえとら)三月二十五日 第三百二十九遠忌 征当御命日に相値う 当山開山 性善院日清上人に回向し慈恩に報謝し奉る。

夫れ惟れば 万治元年(※1658)、齢二十五の若き僧 性善院日清上人、大村法華根本寺 万歳山本経寺の命により 肥前佐賀より当地に来たりて数日説法ありし処、宗門帰依の輩数多出来、遂に草庵を取り立て一寺建立の願を達すと古文書に云う

翌 万治二年(※1659)十月十三日 宗祖御報恩会式の御聖日、第四代藩主大村純長公の允許により要法山常在寺と寺号公称し、開堂供養を厳修、日清上人は初代住職となる。在位三十八年也。

 爾来三百六十有余年、法華経お題目の燈は連綿として絶えず 此処に二十七代を重ね 歴代先師・檀信徒の外護丹精の功により今日に至る。また日清上人は、天正二年 大村地方キリシタンによる一斉寺社破壊により根絶されし「お社」の復興に尽力され、當山開山されし後に、常在寺末社として中組郷 長濱大明神宮、白石郷 豊姫大明神宮、石木郷 川棚八幡宮 等、実に二十数社を復興、これ特筆すべき事歴なり。

沙門等輩 この道場に座し 法味を言上し、追悼報恩の一分に擬し奉る

冀わくは上人、時に此の土に還来して広く諸の群生を導き、別して当山に冥護を垂れ、密に檀信徒を利益し給わんことを。

若親近法師 速得菩薩道 随順是師学 得見恒沙佛
願以此功徳、普及於一切、我等与衆生、皆共成佛道。乃至法界平等利益。南無妙法蓮華経。

明日5月8日(金)は月遅れでお釈迦様のお誕生日『花まつり』を行います。どうぞご参詣ください🙏午前5時半より『釈尊降誕会』法要を営み、その後午前10時より定例「鬼子母神祭御祈祷会」を行います。「甘茶」もございます。誕生仏に甘茶をおかけしてお祝...
07/05/2026

明日5月8日(金)は月遅れでお釈迦様のお誕生日『花まつり』を行います。どうぞご参詣ください🙏

午前5時半より『釈尊降誕会』法要を営み、その後午前10時より定例「鬼子母神祭御祈祷会」を行います。

「甘茶」もございます。誕生仏に甘茶をおかけしてお祝いしましょう。お持ち帰りは一家庭一リットルを目安にお願いしています。
(なくなり次第終了)

本日5/1=旧暦弥生(三月)十五日🌕で、当山開基有縁の「霊鷲院日審上人(壺審師)」の第三百六十一遠忌祥月ご命日🙏に当たります。(寛文六年=1666年御遷化)壺審師は大村藩に三度来錫、大村法華根本寺本経寺や彼杵妙法寺に長逗留され、そこを拠点と...
01/05/2026

本日5/1=旧暦弥生(三月)十五日🌕で、当山開基有縁の「霊鷲院日審上人(壺審師)」の第三百六十一遠忌祥月ご命日🙏に当たります。(寛文六年=1666年御遷化)

壺審師は大村藩に三度来錫、大村法華根本寺本経寺や彼杵妙法寺に長逗留され、そこを拠点として大村藩内に広く布教をされ、大村法華興隆に大きく寄与されました。

殊に第二代大村藩主室・寿徳院殿、第三代室・究竟院殿は壺審師の薫陶により深い法華経・お題目信仰に入られました。

今朝5時半からの朝勤にて
「礼法華儀式」併修「壺日審上人第三百六十一遠忌法要」を営みました。

平成二十七年=審師三百五十遠忌の時に当山でもご尊像を造立し開眼法要・稚児行列をし、大切にお祀りしております。あれから11年が経ちました。

深草元政上人は『草山集』に「京師立本寺日審上人行録」を認められております。

この文章は審師御遷化後の約40日後
、元政上人がお書きになったもので、知り合って20年、二十四歳年長の敬愛してやまない壺審師を心から讃える歎徳文、心からのお別れの言葉であります。(以下現代語訳は小衲)

「審師の弟分である私が(元政)、上人の事跡を明らかにしてここに語ります。

私は上人を知ること二十年、上人の弘教者としての生き方に最も敬意を表するものです。

上人は日々精進の心を決して忘れることなく、勇ましさと健やかな力を持ち、智慧に溢れ、何者も畏れず教えを説くその姿は菩薩さながらでした。

今ここにその生涯を綴って物語にしようと思います。

ただ恐らくは私の筆がかなわず、上人の本当の姿を表せないかも知れませんが、ここで上人の遺徳に少しでも光を当てることで、後世の皆様に上人のお心を受け継ぐことができればと思います。

上人は幼名を文嘉といい、日審と号されました。生家は京都の江村家、父の名は久茂といい三人兄弟でした。長男は儒学者、次男は中山法華経寺第二十八世になられた日養上人で、三番目が上人でした。

上人は幼い時から高く抜きん出ておられ、戯れることはあっても決して弱い者いじめはせず、人に分け与えることを好み、皆と仲良く喜んで楽しく遊ぶことを好まれていたそうです。
木登りをして美しい花が咲いていると、それを摘んで皆に手渡し、実がなっているとそれを往来の人に取ってあげるような子供でした。

八歳になられて初めて慧光寺の日玄上人を師と仰ぎ仏門に入られます。
日玄上人は幼くして光る上人を法器と見做され、懇ろに教えを授けて大切に育てられました。
日玄上人は毎日「どうかこの子が説法に秀で、末法の世を救う立派な僧侶となりますように」と願をかけ、丁寧で行き届いた教導を授けました。

10年の修行をして十七歳となった上人は、京都松ヶ崎檀林に学び、次いで京都本国寺求法院檀林に学びます。その修行の間、上人は自分を一生懸命育ててくれた、あの痩せこけた養母がどこに居るのか知りませんでしたが、偶々南都法華寺に居ることを耳にしてすぐに養母を訪ねました。その再会を悦んだ上人は養母を連れ帰り、そばに置いて養いました。貧しかった上人は益々貧しくなり、裸足で足袋も履かず、人のために経を読んでは少ない施しものを受け、養母を養うことで精一杯でした。

上人は幼い頃より向学心に溢れ、遠くで学びたいと願っておられ、遂に総州飯高檀林に修学されました。
上人は人柄も優れ、論争を仕掛けられたりしても温かい優しいお顔で言葉柔らかにこれを諭されました。

ある時民家で争いごとが起きているのを聞いた上人は、すぐにお酒を持って駆けつけてその場を和ませました。

一緒に修行していた仲間たちから「和睦の文嘉」とあだ名されるほどでした。師匠である日玄上人は上人にこう言われました。

「私はお前がこの人情薄い乱れた世の中に教えを説く導師となって日本国中にその教えの雨を降らしてくれることを強く望んでいる。そうなる様に、私はいつもいつも祈っているのだ。おまえ自身もどこに居ようとも、日本第一の説法者になし給えと数百遍口にし唱え、祈りなさい。」、、、(このあとも続きます)

若州長源寺第十三世住職として大村藩に来られた壺審師はその後京都にお帰りになり、本圀寺求法院檀林第六世化主・京都本山立本寺第二十世貫首となられました。

草山集に曰く「法を演ること一万余座、席上の法譚又一万余座、親ら曼荼羅を書すること十万余幅、受法の者九万余人」

心性院日遠上人曰く「本化の宗興ってより蓋し一人のみ」

「説法人中最為第一の人」・「富楼那日審」と讃えられたご生涯でした。

南無妙法蓮華経🙏

お坊さんの研修会昨日当山に於いて「鍊聲会(れんしょうかい)」=法式声明(ほっしきしょうみょう)の研修会を営みました。締めくくりに新暦四月二十八日で『第七百七十四年 立教開宗会』を厳修致しました。「昼夜常精進」日夜朝夕怠らず励む心の勇猛精進🙏...
28/04/2026

お坊さんの研修会

昨日当山に於いて「鍊聲会(れんしょうかい)」=法式声明(ほっしきしょうみょう)の研修会を営みました。

締めくくりに新暦四月二十八日で『第七百七十四年 立教開宗会』を厳修致しました。

「昼夜常精進」日夜朝夕怠らず励む心の勇猛精進🙏また頑張ります💪

住所

長崎県東彼杵郡川棚町中組郷1465
Higashisonogi-gun, Nagasaki
859-3614

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