Universal Ryuzenji

Universal Ryuzenji ユニバーサルキリスト教会龍禅寺の公式アカウント

01/06/2026
29/05/2026

ユニソーシャル活動は、多くの困っている方に手を差し伸べる活動です。皆さんも活動に興味がある方は是非連絡を入れてください。

「第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』」
‭‭マタイによる福音書‬ ‭22‬:‭39‬

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エジル•マセド監督 著 「365日間の私たちの糧」148日目5月28日それぞれの役割「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。植える者...
28/05/2026

エジル•マセド監督 著 「365日間の私たちの糧」

148日目
5月28日

それぞれの役割

「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。植える者と水を注ぐ者は一つとなって働き、それぞれ自分の労苦に応じて自分の報酬を受けるのです。私たちは神のために働く同労者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。」(コリント人への手紙 第一 3:6-9 新改訳2017)

神は御自らの民が約束された地を征服できるように、必要な条件をすべて準備してくださいました。神は成長させてくださるのです。神は、私たちに神のみことばと、聖霊と、神の御名をお与えになりました。私たちには他に何が必要だというのですか?こういった手段が私たちの手の届くところにあるなら、不可能なことは何もありません。

当然ですが、神のみことばも、神の御霊も、神の御名も、神を信じる人たちが関与しないことには機能しません。何しろ、私たちは神の同労者なのですから。もし誰も種を蒔かず、誰も水を与えなければ、刈り取れるものは何もありません。

言い換えれば、あなたが協力しなければ、神はあなたの人生で何もしてくださらないということです!モーセが葦の海の前に立っていたとき、ただ祈っていたわけではありません。彼は叫び求めたのです!すると神はこうお応えになりました。「なぜ、あなたはわたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの子らに、前進するように言え。」(出エジプト記 14:15) もしかすると、あなたは今、祈り、断食し、神が何かしてくださるのを待っているのかもしれません。しかし聖書に「神を待ち望め」と書いてあるのは、何もせずただ座って待てという意味ではありません。それは、神に望みを置き、信頼し、神が勝利をもたらしてくださることを信じ、その信念に基いて行動せよという意味です。あなたが神の役割を果たすことができないのと同じように、神もあなたの役割を果たすことが決してできないのです!

私たちは神の協力者であり、神の同労者です。神の御心を示していただくように、そしてそれを実行する勇気をあなたに与えていただくよう神に求めなさい。そして実行しなさい。

エジル•マセド監督 著 「365日間の私たちの糧」147日目5月27日中途半端は許されない「これらの出来事の後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨んだ。「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたへの報いは非常に大きい。」アブラ...
26/05/2026

エジル•マセド監督 著 「365日間の私たちの糧」

147日目
5月27日

中途半端は許されない

「これらの出来事の後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨んだ。「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたへの報いは非常に大きい。」アブラムは言った。「神、主よ、あなたは私に何を下さるのですか。私は子がないままで死のうとしています。私の家の相続人は、ダマスコのエリエゼルなのでしょうか。」さらに、アブラムは言った。「ご覧ください。あなたが子孫を私に下さらなかったので、私の家のしもべが私の跡取りになるでしょう。」(創世記 15:1-3 新改訳2017)

「わたしはあなたの盾である。あなたへの報いは非常に大きい。」と神に仰せられたなら、誰だって感極まってひざまずき、「ハレルヤ!」と叫ぶはずです。しかし、アブラハムは冷静に常識を働かせました。いいえ、それだけではありませんでした。神はどういう意味で「報い」と仰せられたのですか?神からの賜物?アブラハムが一番望んでいたものをまだ頂いていなかったのに、なぜ贈り物を与えられたというのですか?

アブラハムは自分が答えることで神に挑戦しました。すべての真のクリスチャンの人生には、実際に決断しなければならない日があります。つまり、神は実在するのか、実在しないのか?という決断です。神は実在するのか、しないのか、当然いるのか、絶対にいないのか、生きるか死ぬかという決断です。私たちが絶対に避けなくてはいけないのは中途半端に迷うことです。

もし、あなたが今直面している状況に反抗しなければ、何も変わりません。それを解決できるのは、あなただけです。神から与えられたのではないと分かっている問題に、私たちはいつまで相手をし続けるのですか?解決する方法がどこにもない時があります。つまり、そうなのか、そうでないかのどちらかです!私たちは本当に神のものなのか、そうではないのか!神が私たちと共におわすのか、おわさないのか!私たちは、どうやってそれを断言できるのですか?神のみことばを試すことによってだけです!神はアブラハムを無礼だとはお考えになりませんでした。つまり、神はアブラハムを雷で打ったのではありません。まったく反対です!神はアブラハムの誠実さをお喜びになったのです。

アブラハムの行動によって、神はアブラハムと契約をなさいました。困難な状況の時には、挑戦をすることと、信仰の行動を試すことが必要とされます。こういった行動は偽善者を排除し、神に選ばれた人を選り分けることができます。これが、神のものである人たちに与えられた解決方法なのです!

エジル•マセド監督 著 「365日間の私たちの糧」146日目5月26日売れ残り「幸いなことよ 悪しき者のはかりごとに歩まず 罪人の道に立たず 嘲る者の座に着かない人。」(詩篇 1:1 新改訳2017)不安とは、悪魔が疑いや、恐れや、悩み事を...
25/05/2026

エジル•マセド監督 著 「365日間の私たちの糧」

146日目
5月26日

売れ残り

「幸いなことよ 悪しき者のはかりごとに歩まず 罪人の道に立たず 嘲る者の座に着かない人。」
(詩篇 1:1 新改訳2017)

不安とは、悪魔が疑いや、恐れや、悩み事を呼び起こし続けることによって起こります。続いて、不安はいくつかの「親切な」忠告を通してお手軽な解決策を投げつけて来るのです。砂の上に建てられた家の話は、その良いたとえです。「どうして君はまだ結婚しないの?へ〜!それはマズいね!このままだと売れ残っちゃうよ!」こんな状況や、他の多くの似たような状況が、神が祈りに応えてくださらないのではないかという不安をあなたに焚き付けるのです。時が経つにつれて不安は大きくなり、悪魔によって利用された人々からあおられるとさらに悪化します。だからこそ、毎日の信仰に力を注ぐことが必要なのです。疑いや恐れ、不安を取り除けるのは信仰だけです。

イエスはペテロに仰いました。「下がれ、サタン!」(マタイの福音書16:23)皆さん、決して忘れてはいけません。良くない人たちは、悪事を広めるために使われる可能性が常にあります。そういった人に近づいてはいけません!たとえその人が「神のものである」ように見えてもです。今すぐに離れなさい!そういった人たちに愚かな無駄話を投げ込まれることによって、あなたの信仰が穢されないようにしなさい。人の疑いに決して惑わされないように、神から与えられた理性という賜物を使いなさい。

良くない人たちは、いつも悪を広めるために使われています。決して人の疑いに惑わされないように、神から与えられた理性の賜物を使いなさい。

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中区竜禅寺町 622
Hamamatsu-shi, Shizuoka
430-0924

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