愛多キリスト教会 eda christ church

愛多キリスト教会 eda christ church プロテスタント教会てす。

  #ゴスペル #イエス #素晴らしい #主を賛美 #賛美 #愛 #イエス様
07/04/2022

#ゴスペル #イエス #素晴らしい #主を賛美 #賛美 #愛 #イエス様

piano:Mami Tsukishirovocal: Momoko Misu , Xuma Wangguitar: Xuma Wang動画撮影: Mei Nakajima【素晴らしい主を】日本語訳:Tsuguru Nakayama愛する主の御手の中でいつでも 安らぎを得る目覚めの時から 眠るまで素晴らしい...

 #聖書 #十字架 #教会 #礼拝 #今日の御言葉 # #聖書の言葉
07/04/2022

#聖書 #十字架 #教会 #礼拝 #今日の御言葉 # #聖書の言葉

#聖書 #礼拝 #福岡 #九州 #教会 #御言葉 #聖書勉強 #プロテスタント 本文:ヨハネによる福音書11:1-44題目:二日とどまられた今日の本文には、イエス様を愛する者が「イエス様に対する愛はあるけれど、神様の子、キリストとして信じ切...
24/03/2022

#聖書 #礼拝 #福岡 #九州 #教会 #御言葉 #聖書勉強 #プロテスタント 

本文:ヨハネによる福音書11:1-44
題目:二日とどまられた

今日の本文には、イエス様を愛する者が「イエス様に対する愛はあるけれど、神様の子、キリストとして信じ切ることが出来ない」ことでイエス様の心の痛みとなってしまった出来事が描かれています。

私たちはイエス様を愛しています。その方を愛する、信じると告白しながら従っています。しかし、艱難や苦難、自分の力の限界を超えた出来事にぶつかった時、私たちはどうなるでしょうか。

自分の限界を超えているからと絶望し、その状況を恨んで生きることが多いのではないでしょうか。イエス様が本当に私たちを救ってくださる救い主であることを信じて、その方に頼ることが出来ているでしょうか。

イエス様がそばにいて、一緒にいるけれどイエス様を信じることが出来ない人々を見ながらイエス様は本当に悲しまれました。イエス様は、愛はあるけれど信仰のない人々を見ながら心のうちに憤りを覚え、涙を流されたのです。

私たちはイエス様をどのように信じているでしょうか。今日の本文の御言葉をよく黙想しながら、イエス様に対する愛だけではなく、堅い信仰を現わし、主イエス・キリストは私の救い主であり、神様の子だと告白出来る私たちとなることを願います。

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24/03/2022

#今日の御言葉 #聖書の御言葉 #聖書 #聖書の言葉 #聖書のことば #福岡 #教会 #イエス様 #愛 

だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」
マタイによる福音書 6:34 新共同訳

23/03/2022

#今日の御言葉 #教会 #クリスチャン #プロテスタント #イエスキリスト #十字架 #復活祭 #聖書 #聖書の御言葉 #聖書の言葉 #聖書のことば

御言葉が力になり、
今日も主の中で勝利しますように。

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23/03/2022

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#福岡 #教会 #神様 #ウィリアムケアリー #宣教 #偉大な 「神から大いなることを期待して、神のために大いなることを企てよ。」Expect great things from God Attempt great things for G...
23/03/2022

#福岡 #教会 #神様 #ウィリアムケアリー #宣教 #偉大な 

「神から大いなることを期待して、
神のために大いなることを企てよ。」

Expect great things from God
Attempt great things for God.

ウィリアム・ケアリー
(William Carey、1761-1834年)

ヨハネによる福音書15:9父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。今日の本文は主が十字架にかかる前に、弟子たちに仰った告別の説教の中の一部です。主はご自分が十字架にかかることを知っておられ...
21/03/2022

ヨハネによる福音書15:9
父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。

今日の本文は主が十字架にかかる前に、弟子たちに仰った告別の説教の中の一部です。主はご自分が十字架にかかることを知っておられ、死なれることまで全て知っておられました。それで自分の愛する子のような弟子たちを集めて仰った言葉です。

皆さんがもう少ししたらこの世を去り、愛する人々と別れることになる状態にあるとしましょう。皆さんの一番愛する子に何を話したいでしょうか。その言葉は多分一番話したいこと、その子に一番必要で大切な言葉を話すと思います。

今、主は死を目前にして愛する弟子たちに一番必要な大切な言葉を仰っています。主が仰った言葉を黙想しながら、主が弟子たちに願っておられる世界、イエス様が何を一番大切に思っておられるのかを悟る時間となることを願います。

#エダキリスト教会#愛多キリスト教会#福岡#教会
18/03/2022

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エペソ人への手紙12わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。13だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具...
17/05/2018

エペソ人への手紙
12わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。
13だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。

クリスチャンは目に見えない霊的な戦いの真ん中に生きています。

敵サタンは、アダムの時から今まで数多くの戦略を使って、私たちを崩してきました。

しかし、イエス・キリストの十字架の場で、サタンの戦略は、完全に崩れてしまいました。イエス様ご自身は救いの道となられました。イエス・キリストを受け入れる者は救われたのです。イエス・キリストの話が伝わるところには、サタンが離れていくしかありません。

ところが、世の中の支配者であったサタンは簡単にあきらめていません。イエスの話である福音が伝えられないように最善を尽くして防ごうとします。そして、サタンは、私たちが信仰を失ってしまって、時間を無駄にするように新たな戦略を持って攻撃します。

ここで負けると終わりだという恐怖で、より強く攻撃します。

エペソ書を書いた使徒パウロは、この霊的な戦いに対してよく知っていました。彼は祈る人でした。そして聖霊の導きに従って異邦ミッションをしました。多くの困難の中で神様を頼るしかありませんでした。

12. わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。
13. だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。
この御言葉は、戦いのような異邦ミッションの現場で得られた教訓なのです。世界の邪悪な力者とサタンがいつも私たちを攻撃するので、完全な霊的な武装をしなければならないということです。

私たちは、今後集中的に学ぼうとしてるパウロのローマ書は面白いニックネームを持っています。 「クリスチャンの兵器倉庫」です。

霊的な戦闘をするクリスチャンに必要なのは、鋭い御言葉の剣とどんな攻撃も防ぐことができる盾と鎧です。そして、神様から選ばれた民であるという固い兜が必要です。

このような武器がローマ書にあります。ローマ書を勉強すれば霊的な戦いのために必要な武器を、私たちが持つことができるのです。

クリスチャンの歴史を見ると、このローマ書を介して力を得た数多くの人々が大きな歴史を引き起こしました。
宗教改革の開始となったルター、メソジストの創始者であるジョン・ウェクスラー彼らがローマ書を介して大きな力を得て驚くべきほどの歴史を起こしたのです。

霊的な戦いの兵器倉庫であるローマ書を一緒に勉強しましょう!

教会を一つにしてくださる。「使徒の働き10章」1.さて、カイサリアにコルネリウスという人がいた。「イタリア隊」と呼ばれる部隊の百人隊長で、2.信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた。3.ある日の午後三時...
19/04/2018

教会を一つにしてくださる。

「使徒の働き10章」
1.さて、カイサリアにコルネリウスという人がいた。「イタリア隊」と呼ばれる部隊の百人隊長で、2.信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた。3.ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、神の天使が入って来て「コルネリウス」と呼びかけるのを、幻ではっきりと見た。                       

百人隊長コルネリウスはどうして神様を信じるようになったのか。

百人隊長コルネリウスはローマの執政官を多く排出した名門の出身だそうです。表面的には何もうらやましいことのない百人隊長コルネリウスはどうしてイスラエル民族の神様を信じるようになったのでしょうか。

信仰の先祖であるアブラハムの話を見れば、神様に会う前に、コルネリウスがどんな心だったのかを推測してみることができます。

「創世記11章」
29.アブラムとナホルはそれぞれ妻をめとった。アブラムの妻の名はサライ、ナホルの妻の名はミルカといった。ミルカはハランの娘である。ハランはミルカとイスカの父であった。30.サライは不妊の女で、子供ができなかた。          

アブラハムは、偶像商売デラの一番の息子として生まれました。いつもアブラハムの周りには偶像がいっぱいあったはずです。時になり、アブラハムがサライと結婚したが、子供を得ることができませんでした。アブラハムは、子供を生むために偶像に祈ったかもしれません。

しかし、アブラハムの切実な祈りに偶像は何の答えもありませんでした。アブラハムは絶望して、偶像には何の力もないというのが分かりました。この絶望と悟り。これが接点になって、アブラハムは、神様から呼びかけられたのです。

コルネリウスは名門に生まれ、百人隊長という高い身分まで上がりました。しかし、百人隊長という地位と豊かな環境は彼の魂を満足させることができませんでした。結局この虚しさが、神様に会う接点になったのです。

堕落した世界の限界を知って、神様に出会えたので、コルネリウスの信仰の姿勢は非常に真剣でした。

「使徒の働き10章」
2.信仰心あつく、一家そろって神を畏れ、民に多くの施しをし、絶えず神に祈っていた。3.ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、神の天使が入って来て「コルネリウス」と呼びかけるのを、幻ではっきりと見た。              



箴言1:7 主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。



イザヤ書1:17 善を行うことを学び/裁きをどこまでも実行して/搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り/やもめの訴えを辯護せよ。



詩篇141:5 主に従う人がわたしを打ち/慈しみをもって戒めてくれますように。わたしは油で頭を整えることもしません/彼らの悪のゆえに祈りをささげている間は。



「使徒の働き10章」
3.ある日の午後三時ごろ、コルネリウスは、神の天使が入って来て「コルネリウス」と呼びかけるのを、幻ではっきりと見た。              

ユダヤ人には一日三回の定時祈りがありました。第三時(午前9時)、第六時(午前12時)、第九時(午後3時)このように三回がありました。その中の最後の祈りの時間である第九時 祈りの時間は、ユダヤ人たちもよく守ることができなかったそうです。しかし、異邦人であるコルネリウスが第九時祈りの時間を守る姿を見ることができます。彼は本当に切なかったからです。

住所

中央区 六本松 3-10-30 2F
Fukuoka-shi, Fukuoka
8100044

電話番号

092-791-8848

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