日本キリスト教団 福岡弥生教会

日本キリスト教団 福岡弥生教会 福岡市早良区弥生2丁目にあるプロテスタントのキリスト教会です。付属の弥生幼稚園があります。
聖日礼拝は日曜あさ10時30分からです。

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<集会ご案内>
・聖日礼拝 毎週日曜あさ10:30~11:30 ※現在時間を短縮して行っています
 礼拝堂にて
・子どもの教会 毎週日曜あさ9:15~9:45
 礼拝堂にて
・聖書研究・祈祷会

教会へは、どなたでもお越しください。

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5月31日(日) 聖日礼拝今回は、松崎牧師のお祈りを掲載します。 天と地と全てのものを創られた主なる神様 新しい週を迎え、日曜日の朝、御堂に集い御名をあがめ主を礼拝することのできます幸いを感謝申し上げます。今朝もキリストの十字架の前にひざま...
31/05/2026

5月31日(日) 聖日礼拝

今回は、松崎牧師のお祈りを掲載します。

 天と地と全てのものを創られた主なる神様
 新しい週を迎え、日曜日の朝、御堂に集い御名をあがめ主を礼拝することのできます幸いを感謝申し上げます。今朝もキリストの十字架の前にひざまずき、悔い改めの思いをもって心からの礼拝をささげることができますように。キリストの十字架の贖いにより私たちの罪が赦され救いへと導かれました。さらに、今や神の子の位を授かり主と共に生きる者とされました。その救いの御業をほめたたえ御名を賛美致します。
 神は我らにキリストをお与えになったほどに愛して下さいました。しかし、一方でキリストが犠牲とならなければならないほどに私たちの罪は深いものでした。どうか、私たちが自らの罪の重さを自覚しつつ、私たちに変わりキリストが担って下さった十字架の苦しみを覚え、新たな思いをもってキリストに従うことができますように。キリストに倣い、愛の奉仕に励み、弱き者の隣人となって主を証しすることが出来ますように。そして、神の福音に生きる者とならしめて下さいますように。
 先週の聖日礼拝は、弟子たちに約束の聖霊が降されたことを記念するペンテコステ礼拝として守りました。弟子たちはその日を境に聖霊によって力づけられ、福音を力強く人々へ語る者に変えられました。この聖霊降臨の出来事によって教会は誕生し、時代を越えて十字架によるキリストの救いの御業をこれまで指し示し伝えてきました。旧約聖書ヨエル書には、「わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。あなたたちの息子や娘は預言し、老人は夢を見、若者は幻を見る」(3:1)と記されています。神の霊によってすべての者に希望が与えられ、老いも若きも神による生きる喜びが与えられることがこの言葉に示されています。どうか、私たちもキリストにのみ希望をもって歩むことができますように。困難の中にあっても神に依り頼み、強い足取りをもってキリストに従うことができますように導いて下さい。
 ウクライナとロシア、パレスチナとイスラエル、イランとアメリカ・イスラエルで続く戦争が早く終息しますように。戦争は殺戮と破壊でしかなく、長引けば長引くほど人々の尊い命と生活が失われてしまいます。悲惨な戦争が早く無くなりますように。神の平和が訪れますように祈ります。
 病床の方々、高齢の方々の健康をお守り下さい。日々穏やかに過ごすことができますように。苦しみや悲しみを抱えておられる方々に主の励ましと平安がありますように祈ります。
 この祈り、主イエス・キリストの御名によって御前におささげ致します。
アーメン

【次週の礼拝】6月7日(日)10:30~11:30
説教「キリストの名によって立ち上がりなさい」松崎牧師
使徒言行録3章1~10節

【集会のおしらせ】
・6月14日(日)10:30~11:30 子どもと大人の合同礼拝
 ふだんは9時半からひらいている「子どもの教会」と合同で礼拝をします
・6月21日(日)11:30~13:30 平和を考える取り組み お話し会
 「福島原発事故の真相とその後について学ぼう!」
 講師:廣西雅子さん(カトリック西新教会) 
 参加費:300円(軽食あり)※学生の方は無料

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

5月24日(日)10:30~11:45ペンテコステ礼拝説教「聖霊に満たされる」松崎牧師使徒言行録2章1~13節 キリストが天に昇られた後、弟子たちは約束の聖霊が下されるその時を待ち望んでいました。そして、過越祭から50日目にあたる五旬祭の日...
24/05/2026

5月24日(日)10:30~11:45
ペンテコステ礼拝
説教「聖霊に満たされる」松崎牧師
使徒言行録2章1~13節

 キリストが天に昇られた後、弟子たちは約束の聖霊が下されるその時を待ち望んでいました。そして、過越祭から50日目にあたる五旬祭の日、弟子たちが家の中で一つとなっていると、突然、突風が吹き荒れるような轟音が響き渡り、炎のような舌が分かれ弟子たち一人ひとりの上に留まったのでした。使徒言行録では、約束の聖霊が下された時の様子をそのような特別な出来事として描いています。
 一方、旧約聖書では、モーセがシナイ山に登って神から十戒を授かった場面を、「主が火の中を山の上に降られたからである。煙は炉の煙のように立ち上り、山全体が激しく震えた。角笛の音がますます鋭く鳴り響いた。」と伝え、神から特別なものが与えられる時には、日常では起こりえない超自然現象が神の業として起こったことが記されています。同じように、弟子たちに聖霊が降された時も神による特別な力が働いたことがその描写に表されていたのでした。聖霊が降った様子は、炎の舌が弟子たちの上に下され、彼らは聖霊によって外国語で神の言葉を話し出したというものでした。それは、その後弟子たちがユダヤから他の国々に出て行き、神の福音を世界に宣べ伝えることを暗示するものでもありました。また、聖霊の働きは、何より弟子たちの中にあった不安や恐れを取り除き、力強く神の御言葉を伝える力を与えてくれるものであったのです。弟子たちは聖霊が降されたことによって、人々の前に出て行き、恐れなく神の言葉を大胆に語ることが出来るようになりました。この出来事は、教会の誕生の時でもありました。
 聖霊は、かつての弟子たちと同じように、今も私たちを導いて下さっています。その聖霊による力を受け、これからもキリストに従って行きたいと思います。

【次週の礼拝】5月31日(日)10:30~11:30
説教「苦しみのかなたに」高木総平牧師(弥生幼稚園理事長、中部学院宗教総主事)
ヨハネによる福音書9章1~12節

【集会のおしらせ】平和を考える取り組み お話し会
「福島原発事故の真相とその後について学ぼう!」
講師:廣西雅子さん(カトリック西新教会) 
とき:6月21日(日)聖日礼拝後(11:30~13:30)
ところ:福岡弥生教会2階集会室
参加費:300円(軽食あり)※学生の方は無料

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

5月17日(日)聖日礼拝説教「イエスの昇天」松崎牧師使徒言行録1章6~11節 弟子たちは、キリストの十字架の死によって、一時は希望を失い、キリストの弟子として生きていくことを諦めかけていました。しかし、キリストが復活され、再び弟子として招い...
17/05/2026

5月17日(日)聖日礼拝
説教「イエスの昇天」松崎牧師
使徒言行録1章6~11節

 弟子たちは、キリストの十字架の死によって、一時は希望を失い、キリストの弟子として生きていくことを諦めかけていました。しかし、キリストが復活され、再び弟子として招いて下さったことにより、今度こそキリストの弟子として歩んでいく思いを強くしました。
 弟子たちは「主よ、イスラエルのために国を立て直してくださるのは、この時ですか」とイエスに尋ねました。すなわち、キリストが復活されたことによって神の国が実現することを期待し、これからその働きを進めていくものと思っていました。しかし、イエスは弟子たちに「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」と言われ、弟子たちの期待とは別のところに神のご計画があることを明らかにしました。すなわち、キリストご自身が先頭に立って福音の働きを進めて行くのではなく、弟子たち自身によって神の福音が宣べ伝えられていく時代となることをキリストは示されたのでした。そして、その後イエス・キリストは天に昇り、弟子たちから離れて行かれます。弟子たちにとって、復活されたイエス・キリストと再会し、今度こそ弟子としての働きを全うしようと心に決めたにも関わらず、その矢先にキリストがおられなくなることは、彼らに不安をもたらすものでありました。
 しかし、弟子たちはキリストが天に帰られたことで、改めて神が共におられることの意味を教えられ、キリストの言葉を信じ聖霊が降される時を祈り待ち望んだのでした。そして、キリストが目には見えなくても、生きて働かれる神とキリストが共におられ導いて下さることを信仰において確信したのでした。
 私たちもキリストが傍らにおられ導いて下さっていることを確信しつつ、信仰の歩みを進めたいと思います。

【次週の礼拝】5月24日(日)10:30~11:45
ペンテコステ礼拝
説教「聖霊に満たされる」松崎牧師
使徒言行録2章1~13節
イエス・キリストの弟子たちに聖霊がくだされたペンテコステの出来事を思いながら礼拝をまもりたいと思います。

【集会のおしらせ】
平和を考える取り組み お話し会
「福島原発事故の真相とその後について学ぼう!」
講師:廣西雅子さん(カトリック西新教会) 
とき:6月21日(日)聖日礼拝後(11:30~13:30)
ところ:福岡弥生教会2階集会室
参加費:300円(軽食あり)※学生の方は無料

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

5月10日(日)聖日礼拝説教「再び弟子として招かれる」松崎牧師ヨハネによる福音書21章15~19節 かつて弟子として招かれた時と同じガリラヤ湖で、同じくおびただしい数の魚が網に掛かった出来事が再現された状況に、弟子たちはイエスの復活を確信し...
17/05/2026

5月10日(日)聖日礼拝
説教「再び弟子として招かれる」松崎牧師
ヨハネによる福音書21章15~19節

 かつて弟子として招かれた時と同じガリラヤ湖で、同じくおびただしい数の魚が網に掛かった出来事が再現された状況に、弟子たちはイエスの復活を確信し喜びで満たされました。そのような中、イエスはペトロに「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と問われました。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えると、イエスは「わたしの小羊を飼いなさい」と言われました。そして、イエスは再び「わたしを愛しているか」とペトロに問われ、その問いは三度続いたのでした。
 イエスが十字架に架かられる前、ペトロはイエスがユダヤ教の議会で裁判を受けていた際、人目につかないようにその様子を密かに見守っていましたが、周りの人々からイエスの仲間であると指摘されると、三度イエスのことなど知らないと否定してしまったのでした。その出来事のゆえに、イエスの「わたしを愛しているか」との言葉は、ペトロにとってイエスを否定したことを叱責されているようにも感じるものでした。そのため、ペトロは深い悲しみを覚えたのでした。
 しかし、イエスが「わたしを愛するか」とその後の「わたしの羊を飼いなさい」という言葉は、かつて弟子としてペトロを招いた時に言われた「人間をとる漁師にしよう」という言葉と同じ意味を表すものでした。同時に、「わたしを愛しているか」との問いにペトロが、「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」と応えていますが、自分の力に依らず、すべてをキリストに委ねて従って行きますというそのペテロの信仰をこそキリストは求めておられたのでした。そのペトロの言葉によって、改めてイエスは彼を弟子として招かれたのでした。そして、仮にイエスを「知らない」と否定したとしても何度でも赦し、あなたを愛するとキリストご自身が明らかにして下さったのでした。
 私たちもキリストによって弟子として招かれています。その招きの中にはすべてを捨てて、またすべてを神に委ねて従う信仰こそ神によって求められていることを教えられます。そのことを覚えつつ、キリストの跡に続きたいと思います。

【次週の礼拝】5月17日(日)10:30~11:30
説教「イエスの昇天」松崎牧師
使徒言行録1章6~11節

【5月の集会】
・ペンテコステ礼拝 5月24日(日)10:30~11:45
・聖書研究・祈祷会 5月27日(水)10:30~
 新年度から「よくわかるキリスト教の礼拝」をテキストに学んでいます。

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

5月3日(日)聖日礼拝説教「生きる糧」松崎牧師ヨハネによる福音書21章1~8節 復活のイエスに出会った弟子たちではありましたが、今後の進むべき道筋はまだ明確になっておらず、ペトロをはじめ弟子たちは、ガリラヤの地で主の導きが示されるのをただ待...
03/05/2026

5月3日(日)聖日礼拝
説教「生きる糧」松崎牧師
ヨハネによる福音書21章1~8節

 復活のイエスに出会った弟子たちではありましたが、今後の進むべき道筋はまだ明確になっておらず、ペトロをはじめ弟子たちは、ガリラヤの地で主の導きが示されるのをただ待つしかありませんでした。
 ある日、ペトロは「漁に行く」と言いました。イエスによる歩むべき方向性が明らかにされるのを待ちつつも、生活のためには日々の糧を得る必要があったからでした。そのため、他の弟子たちもペトロに続き、一緒に漁に出たのでした。ところが、その日は夜通し網を下ろしてみたものの魚は一匹も入りませんでした。賃金を得るための魚を捕ることができず、失意のうちに弟子たちは岸に戻っていくしかありませんでした。彼らは生きる糧を得られない苦しみを味わっていたのでした。しかし、そのような弟子たちのところにイエスは来て下さいました。ところが、弟子たちの目は遮られていてその人がイエスだとは分かりませんでした。
 イエスは弟子たちに「何か食べるものがあるか」と聞かれました。すなわち、今日の漁はどうだったのかということでした。しかし、不漁で一匹も魚が捕れなかったため弟子たちは「ありません」と言わざるを得ませんでした。そんな弟子たちにイエスは、「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」と言われました。語るその人がイエスであると気づかなかった弟子たちではありましたが、その言葉に従ってもう一度言われたとおり網を降ろしてみました。すると、驚くことに引き上げることが出来ないほどのおびたたしい量の魚が網にかかったのでした。この時、一人の弟子が「舟の右側に網を打ちなさい」と言われた人がイエスであることに気づき「主だ」と叫んだのでした。かつてガリラヤ湖で漁師をしていたペトロをはじめ弟子たちが、夜通し漁をしたにも関わらず一匹も魚が捕れなかった状況から、イエスがもう一度「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われると多くの魚が捕れた出来事が正に再現されたかのようでした。そのことで、目の前の人がイエスであることを弟子たちは認識したのでした。また弟子たちにとって、生きる糧はイエスの口を通して語られる言葉、すなわち御言葉であることを理解したのでした。
 私たちも人間を生かすものは、神の言葉であることを覚え、イエスによって日々与えられる真に私たちを生かす糧を得つつ信仰の歩みを続けたいと思います。

【次週の礼拝】5月10日(日)10:30~11:30
説教「再び弟子として招かれる」松崎牧師
ヨハネによる福音書21章15~19節

【5月の集会】
・ペンテコステ礼拝 5月24日(日)10:30~11:45
・聖書研究・祈祷会 5月27日(水)10:30~
 新年度から「よくわかるキリスト教の礼拝」をテキストに学んでいます。

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

4月26日(日)聖日礼拝説教「心の目が開かれる」松崎牧師ルカによる福音書24章36~49節 イエスは復活され、弟子たちの前にその御姿を表されました。その時、彼らに先ずかけられた言葉は「平和があるように」でした。それは、イエスの十字架による死...
02/05/2026

4月26日(日)聖日礼拝
説教「心の目が開かれる」松崎牧師
ルカによる福音書24章36~49節

 イエスは復活され、弟子たちの前にその御姿を表されました。その時、彼らに先ずかけられた言葉は「平和があるように」でした。それは、イエスの十字架による死によって弟子たちの心は混乱と絶望に支配され、彼らの心に平安はなかったからでした。しかし、その彼らの心に平和の光が灯されたのは、復活のイエスに出会うという出来事によってでした。 イエスは家の中に閉じこもっていた弟子たちの真ん中に立たれ、「平和があるように」と語りかけられました。ところが、亡霊を見ていると驚き怪しんでいる弟子たちは、すぐに復活のイエスであると理解することが出来ませんでした。そのためイエスは、ご自身の手と足を見せ、「まさしく私だ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」と言われました。それでも疑いの思いを払拭出来ない弟子たちを前に、イエスは「何か食べ物があるか」と言われ、焼いた魚を彼らの前で食されたのでした。イエスは食べるという行為で生身の人間であることを示されたわけですが、弟子たちにとってはかつてイエスと一緒に食事の席につき、そこで語られた御言葉を再び心のうちに取り戻す経験をし、弟子としてもう一度復活させられたのでした。その意味では、イエスの復活は弟子の復活の出来事でもあったのです。
 私たちも御言葉を通して復活のイエスに出会い、弟子として新しき人とされています。その恵みを覚えつつ、これからも主に従って行きたいと思います。

礼拝後に教会の総会をひらきました。1年間の活動や会計報告、今年1年間の活動方針や予算について教会員皆で聞き、承認しました。

【次週の礼拝】5月3日(日)10:30~11:30
説教「生きる糧」松崎牧師
ヨハネによる福音書21章1~8節

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

4月19日(日)聖日礼拝説教「平和があるように」松崎牧師ヨハネによる福音書20章24~29節 復活されたキリストは、弟子たちの前にその姿を現されました。しかし、弟子のトマスは、まだその復活の主を見ていませんでした。そのため、他の弟子たちがイ...
02/05/2026

4月19日(日)聖日礼拝
説教「平和があるように」松崎牧師
ヨハネによる福音書20章24~29節

 復活されたキリストは、弟子たちの前にその姿を現されました。しかし、弟子のトマスは、まだその復活の主を見ていませんでした。そのため、他の弟子たちがイエスが復活されたことを話しをしてもそのことを信じようとはしませんでした。むしろ、イエスの十字架での傷に触れてみることなしには、決して私は復活など信じないと断言したのでした。トマスは、おそらく弟子たちはイエスを失って悲しみのあまり、少しでも悲しみが緩和されるように復活したと言っているのではないか、すなわち、イエスの十字架の死という現実から目を逸らし、現実逃避しているに過ぎないと考えたのでした。しかし、トマス自身も現実をどのように直視したら良いのか迷っていました。イエスの死によって、これから先どのように生きてゆけば良いのか判断出来ずにいました。一方でイエスの弟子たちから離れて行くことも出来なかったのです。
 そのようなトマスにも復活されたイエスは、その姿を現して下さいました。しかも、「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私のわき腹に入れなさい。」と言われました。イエスのこの言葉は、もしあなたが信じないのであれば、あなたが信じられるまで何度でも十字架に架かろうと言われたことに等しいものでありました。すなわち、十字架による救いこそが神の福音であり、それを受け入れる者が、キリストの弟子とされるということでありました。
 私たちもキリストの十字架の贖いによる救いが与えられています。今も生きて私たちを導いておられるキリストがおられることを信じ従ってゆきたいと思います。

【次週礼拝】4月26日(日)10:30~11:30
説教「心の目が開かれる」松崎牧師
ルカによる福音書24章36~49節

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

4月12日(日)聖日礼拝説教「復活のイエスに出会う」松崎牧師ルカによる福音書24章13~24節 イエスの十字架による死によって、すべてを捨てて従ってきた弟子たちにとっては、これからの人生をどのように生きれば良いのか分からず、そのため弟子たち...
12/04/2026

4月12日(日)聖日礼拝
説教「復活のイエスに出会う」松崎牧師
ルカによる福音書24章13~24節

 イエスの十字架による死によって、すべてを捨てて従ってきた弟子たちにとっては、これからの人生をどのように生きれば良いのか分からず、そのため弟子たちの中には故郷に帰り元の生活に戻ることを決断した者もいました。その中にはクレオパともう一人の弟子もいましたが、彼らは他の弟子たちのもとを離れ生まれ故郷に向かったのでした。元の生活に戻るということは、イエスと歩んだ日々があたかも無かったことになりかねないものでしたが、彼らにとってそれ以外の選択肢は見つからなかったのでした。しかし、そんな弟子たちをもキリストは見捨てず、イエスご自身から復活された姿を現して下さったのでした。
 故郷へと向かう二人の弟子たちは、全てを忘れるように家路についたはずでしたが、イエスの十字架の死について語らずにはおれず、エマオへの道すがらも結局そのことを話題にしながら歩いていたのでした。そこに復活のイエスが現れ、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と尋ねられました。二人の弟子たちは、目の前の人がイエスであるとは気づかず、この数日間のエルサレムで起こった出来事を知らないという人がいることを不思議に思いながらも、イエスに対する思いを語り始めたのでした。それは、偉大な教師であったイエスをユダヤ教の指導者たちは憎み、最終的に死刑にするためローマの総督に引き渡して十字架に付けてしまったこと、また、イエスがイスラエルを解放してくれる預言者であると信じていたけれども、その希望がイエスの十字架の死によって打ち砕かれてしまったということでした。ただし、女性の弟子たちが伝えるところによれば、イエスの納められた墓に行くと、中は空でイエスの遺体は無くなっており、神の使いから「イエスは生きておられる」と告げられたとのことでした。
イエスは弟子たちが語る言葉を聞き終えると、改めてご自身の十字架の死の意味を聖書によって解き明かされたのでした。弟子たちもその言葉を熱心に聞き、日が暮れて宿を取ろうとした時にも一緒に泊まるように「イエス」を引き留めたほどでした。その後、夕食を一緒にするため席に着くと、イエスはパンを取って祈り弟子たちに渡されました。その時に目の前の人がイエスであることを弟子たちは理解したのでした。彼らは失いかけていたイエスへの信仰を取り戻し、イエスをしっかりその目で見えるようになり、故郷ではなくイエスの弟子としてもう一度生きて行くことの意志を確かなものとして、すぐにエルサレムへ引き返して行ったのでした。
 復活のイエスに出会った弟子たちは、失いかけて信仰を甦らされる経験をしました。その意味では、イエスの復活は、弟子たち自身が信仰とともに弟子として復活する出来事であったのです。私たちも復活のイエスと出会い、信仰者としての歩む足取りを強くされることを祈りたいと思います。

【次週の礼拝】4月19日(日)10:30~11:30
説教「平和があるように」松崎牧師
ヨハネによる福音書20章24~29節

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

4月5日(日) イースター礼拝説教「信仰の原点」松崎牧師マルコによる福音書16章1~8節 十字架上で非業の死を遂げたイエスは、アリマタヤのヨセフという一人の議員の申し出によって遺体が引き取られ、岩を掘って作った墓に納められ、入口は大きな石で...
05/04/2026

4月5日(日) イースター礼拝
説教「信仰の原点」松崎牧師
マルコによる福音書16章1~8節

 十字架上で非業の死を遂げたイエスは、アリマタヤのヨセフという一人の議員の申し出によって遺体が引き取られ、岩を掘って作った墓に納められ、入口は大きな石で塞がれました。
 イエスが墓に納められたのは安息日の前日でしたので、イエスに従っていた女性たちは安息日が明けた日曜日の明け方、イエスの遺体が少しでも傷まないように油を塗るために墓に向かったのでした。彼女たちが墓に着くと入口の大きな石が脇に転がしてあり、中に入ると白い服を着た若者がそこに座っていたのでした。そして、「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われていたとおり、そこでお目にかかれる』。」と女性たちに告げたのでした。すなわち、神の使いによって、イエスが甦られたことを知らされたのでした。ただし、天の使いの言葉に対して女性たちは怯え震え上がり、「弟子たちとペトロに告げなさい」と言われたにも関わらず、恐ろしさのあまり誰にも言わなかったのでした。マルコ福音書は、それをもって一区切り付けています。イエスの復活の出来事が十分に語り尽くされぬままの状態に置かれます。
 しかし、マルコ福音書は、復活のイエスは先にガリラヤへ行かれるとの言葉によって、甦られたイエスに出会うためには、イエスと出会った場所ガリラヤにいかなければならない、すなわちイエスに従う決心をした信仰の原点に立ち返ることなしには、復活の主に会うことはできないということでした。復活のイエスに出会うためには、弟子たち自身ももう一度信仰を復活させなければならないということだったのです。
 私たちも信仰の原点に立ち返って復活の主に出会いたいと思います。

【次週の礼拝】4月12日(日)10:30~11:30
説教「復活のイエスに出会う」松崎牧師
ルカによる福音書24章13~24節

弥生幼稚園のお庭の桜がほぼ満開です。

#福岡弥生教会 #日本基督教団 #日本キリスト教団 #聖日礼拝 #日曜礼拝

住所

早良区弥生2丁目3/21
Fukuoka-shi, Fukuoka
814-0014

電話番号

+81928519275

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アラート

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