カトリック福知山教会 (Fukuchiyama Catholic Church)

カトリック福知山教会 (Fukuchiyama Catholic Church) Religious Organization

05/09/2026

年間第23主日【被造物を大切にする世界祈願日】(2026. 9. 6)

エゼキエルの預言(エゼキエル33・7~9)

(主の言葉がわたしに臨んだ。)「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたが、わたしの口から言葉を聞いたなら、わたしの警告を彼らに伝えねばならない。わたしが悪人に向かって、『悪人よ、お前は必ず死なねばならない』と言うとき、あなたが悪人に警告し、彼がその道から離れるように語らないなら、悪人は自分の罪のゆえに死んでも、血の責任をわたしはお前の手に求める。しかし、もしあなたが悪人に対してその道から立ち帰るよう警告したのに、彼がその道から立ち帰らなかったのなら、彼は自分の罪のゆえに死に、あなたは自分の命を救う。」

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ13・8~10)

(皆さん、)互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

マタイによる福音(マタイ18・15~20)

(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。
はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」

29/08/2026

年間第22主日(2026. 8. 30)

エレミヤの預言(エレミヤ20・7~9)

主よ、あなたがわたしを惑わし
わたしは惑わされて
  あなたに捕らえられました。
あなたの勝ちです。
わたしは一日中、笑い者にされ
人が皆、わたしを嘲ります。
わたしが語ろうとすれば、それは嘆きとなり
「不法だ、暴力だ」と叫ばずにはいられません。
主の言葉のゆえに、わたしは一日中
恥とそしりを受けねばなりません。
主の名を口にすまい
もうその名によって語るまい、と思っても
主の言葉は、わたしの心の中
  骨の中に閉じ込められて
火のように燃え上がります。
押さえつけておこうとして
  わたしは疲れ果てました。
わたしの負けです。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ12・1~2)

 兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。 自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。 これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。 あなたがたはこの世に倣ってはなりません。 むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、 何が神の御心であるか、 何が善いことで、神に喜ばれ、 また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。

マタイによる福音(マタイ16・21~27)

 (そのとき、)イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、 長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、 三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。 すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。 「主よ、とんでもないことです。 そんなことがあってはなりません。」 イエスは振り向いてペトロに言われた。 「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。 神のことを思わず、人間のことを思っている。」 それから、弟子たちに言われた。 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、 自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、 わたしのために命を失う者は、それを得る。 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。 自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。 人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、 そのとき、それぞれの行いに応じて報いるのである。」

21/08/2026

年間第21主日(2026. 8. 23)

イザヤの預言(イザヤ22・19~23)

 (主は、宮廷を支配しているシェブナに言われる。)
わたしは、お前をその地位から追う。
お前はその職務から退けられる。

 その日には、わたしは、わが僕、ヒルキヤの子エルヤキムを呼び、彼にお前の衣を着せ、お前の飾り帯を締めさせ、 お前に与えられていた支配権を彼の手に渡す。 彼はエルサレムの住民とユダの家の父となる。 わたしは彼の肩に、ダビデの家の鍵を置く。 彼が開けば、閉じる者はなく、彼が閉じれば、開く者はないであろう。 わたしは、彼を確かなところに打ち込み、かなめとする。 彼は、父の家にとって栄光の座に着く。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ11・33~36)

 ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。 だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。
「いったいだれが
  主の心を知っていたであろうか。
  だれが主の相談相手であっただろうか。
  だれがまず主に与えて、
  その報いを受けるであろうか。」
すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。 栄光が神に永遠にありますように、アーメン。

マタイによる福音(マタイ16・13~20)

 イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、 「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。 弟子たちは言った。 「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。 ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 イエスが言われた。 「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」 シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。 すると、イエスはお答えになった。 「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。 あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。 わたしも言っておく。 あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。 陰府の力もこれに対抗できない。 わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。 あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。 あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」 それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。

聖母マリアの被昇天の祭日に幼児洗礼式が行われました。イエスさまに導かれて、光の子として歩み続けることが出来ますように。おめでとうございます。
15/08/2026

聖母マリアの被昇天の祭日に幼児洗礼式が行われました。
イエスさまに導かれて、光の子として歩み続けることが出来ますように。
おめでとうございます。

15/08/2026

年間第20主日(2026. 8. 16)

イザヤの預言(イザヤ56・1、6~7)

主はこう言われる。
正義を守り、恵みの業を行え。
わたしの救いが実現し
わたしの恵みの業が現れるのは間近い。
また、主のもとに集って来た異邦人が
主に仕え、主の名を愛し、その僕となり
安息日を守り、それを汚すことなく
わたしの契約を固く守るなら
わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き
わたしの祈りの家の喜びの祝いに
   連なることを許す。
彼らが焼き尽くす献げ物と
   いけにえをささげるなら
わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。
わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ11・13~15、29~32)

 (皆さん、)あなたがた異邦人に言います。 わたしは異邦人のための使徒であるので、自分の務めを光栄に思います。 何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです。 もし彼らの捨てられることが、世界の和解となるならば、 彼らが受け入れられることは、死者の中からの命でなくて何でしょう。
 神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。 あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、 今は彼らの不従順によって憐れみを受けています。 それと同じように、 彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、 それは、彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。 神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、 それは、すべての人を憐れむためだったのです。

マタイによる福音(マタイ15・21~28)

 (そのとき、)イエスは、ティルスとシドンの地方に行かれた。 すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、 「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。 娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。 しかし、イエスは何もお答えにならなかった。 そこで、弟子たちが近寄って来て願った。 「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」 イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか 遣わされていない」とお答えになった。 しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。 イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、 女は言った。「主よ、ごもっともです。 しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」 そこで、イエスはお答えになった。 「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」 そのとき、娘の病気はいやされた。

14/08/2026

聖母マリアの被昇天(2026. 8. 15)

ヨハネの黙示(黙示録11・19a、12・1~6、10ab)

 天にある神の神殿が開かれて、 その神殿の中にある契約の箱が見え〔た〕。
 また、天に大きなしるしが現れた。 一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、 頭には十二の星の冠をかぶっていた。 女は身ごもっていたが、 子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた。 また、もう一つのしるしが天に現れた。 見よ、火のように赤い大きな竜である。 これには七つの頭と十本の角があって、 その頭に七つの冠をかぶっていた。 竜の尾は、天の星の三分の一を掃き寄せて、地上に投げつけた。 そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、 産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。 女は男の子を産んだ。 この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。 子は神のもとへ、その玉座へ引き上げられた。 女は荒れ野へ逃げ込んだ。 そこには、神の用意された場所があった。
わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。 「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。 神のメシアの権威が現れた。」

使徒パウロのコリントの教会への手紙(一コリント15・20~27a)

(皆さん、)キリストは死者の中から復活し、 眠りについた人たちの初穂となられました。 死が一人の人によって来たのだから、 死者の復活も一人の人によって来るのです。 つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、 キリストによってすべての人が生かされることになるのです。 ただ、一人一人にそれぞれ順序があります。 最初にキリスト、 次いで、キリストが来られるときに、 キリストに属している人たち、 次いで、世の終わりが来ます。 そのとき、キリストはすべての支配、すべての権威や勢力を滅ぼし、 父である神に国を引き渡されます。 キリストはすべての敵を御自分の足の下に置くまで、 国を支配されることになっているからです。 最後の敵として、死が滅ぼされます。 「神は、すべてをその足の下に服従させた」からです。

ルカによる福音(ルカ1・39~56)

 そのころ、マリアは出かけて、 急いで山里に向かい、ユダの町に行った。 そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。 マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、 その胎内の子がおどった。 エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。 「あなたは女の中で祝福された方です。 胎内のお子さまも祝福されています。 わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、 どういうわけでしょう。 あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、 胎内の子は喜んでおどりました。 主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、 なんと幸いでしょう。」
 そこで、マリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも
   目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人も
   わたしを幸いな者と言うでしょう、
力ある方が、
   わたしに偉大なことをなさいましたから。
その御名は尊く、
その憐れみは代々に限りなく、
主を畏れる者に及びます。
主はその腕で力を振るい、
思い上がる者を打ち散らし、
権力ある者をその座から引き降ろし、
身分の低い者を高く上げ、
飢えた人を良い物で満たし、
富める者を空腹のまま追い返されます。
その僕イスラエルを受け入れて、
憐れみをお忘れになりません、
わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、 自分の家に帰った。

08/08/2026

年間第19主日(2026. 8. 9)

列王記(列王記上19・9a、11~13a)

 (その日、エリヤは神の山ホレブに着き、) そこにあった洞穴に入り、夜を過ごした。 主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。 見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。 主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。 しかし、風の中に主はおられなかった。 風の後に地震が起こった。 しかし、地震の中にも主はおられなかった。 地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。 火の後に、静かにささやく声が聞こえた。 それを聞くと、エリヤは外套で顔を覆い、出て来て、洞穴の入り口に立った。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ9・1~5)

 (皆さん、) わたしはキリストに結ばれた者として真実を語り、偽りは言わない。 わたしの良心も聖霊によって証ししていることですが、 わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。 わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、 キリストから離され、 神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。 彼らはイスラエルの民です。 神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。 先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。 キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン。

マタイによる福音(マタイ14・22~33)

 (人々がパンを食べて満足した後、)イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、 向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。 群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。 夕方になっても、ただひとりそこにおられた。 ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、 逆風のために波に悩まされていた。 夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、 「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。 イエスはすぐ彼らに話しかけられた。 「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」 すると、ペトロが答えた。 「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、 水の上を歩いてそちらに行かせてください。」 イエスが「来なさい」と言われたので、 ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。 しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、 「主よ、助けてください」と叫んだ。 イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、 「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。 そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。 舟の中にいた人たちは、 「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。

31/07/2026

年間第18主日(2026. 8. 2)

イザヤの預言(イザヤ55・1~3)

(主は言われる。)
渇きを覚えている者は皆、
   水のところに来るがよい。
銀を持たない者も来るがよい。
穀物を求めて、食べよ。
来て、銀を払うことなく穀物を求め
価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。
なぜ、糧にならぬもののために銀を量って払い
飢えを満たさぬもののために労するのか。
わたしに聞き従えば
良いものを食べることができる。
あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。
耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。
聞き従って、魂に命を得よ。
わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。
ダビデに約束した真実の慈しみのゆえに。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・35、37~39)

 (皆さん、)だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。 艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
 しかし、これらすべてのことにおいて、 わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。 わたしは確信しています。 死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、 高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、 わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、 わたしたちを引き離すことはできないのです。

マタイによる福音(マタイ14・13~21)

 イエスは(洗礼者ヨハネが死んだこと)を聞くと、舟に乗ってそこを去り、 ひとり人里離れた所に退かれた。 しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。 イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、 その中の病人をいやされた。 夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。 「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。 群衆を解散させてください。 そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。」 イエスは言われた。 「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。」 弟子たちは言った。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません。」 イエスは、「それをここに持って来なさい」と言い、 群衆には草の上に座るようにお命じになった。 そして、五つのパンと二匹の魚を取り、 天を仰いで賛美の祈りを唱え、 パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。 弟子たちはそのパンを群衆に与えた。 すべての人が食べて満腹した。 そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。 食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。

24/07/2026

年間第17主日(2026. 7. 26)

列王記(列王記上3・5、7~12)

 その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、 「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。 (ソロモンは答えた。)「わが神、主よ、 あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。 しかし、わたしは取るに足らない若者で、 どのようにふるまうべきかを知りません。 僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、 その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。 どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、 この僕に聞き分ける心をお与えください。 そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰にできましょう。」
 主はソロモンのこの願いをお喜びになった。 神はこう言われた。 「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、 また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。 見よ、わたしはあなたの言葉に従って、 今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。 あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。」

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・28~30)

(皆さん、)神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、 万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。 神は前もって知っておられた者たちを、 御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。 それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。 神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、 召し出した者たちを義とし、 義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。

マタイによる福音(マタイ13・44~52、または13・44〜46)

(そのとき、イエスは人々に言われた。) 「天の国は次のようにたとえられる。 畑に宝が隠されている。 見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、 持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。
 また、天の国は次のようにたとえられる。 商人が良い真珠を探している。 高価な真珠を一つ見つけると、 出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」
   《「また、天の国は次のようにたとえられる。 網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。 網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、 座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。 世の終わりにもそうなる。 天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、 燃え盛る炉の中に投げ込むのである。 悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」 弟子たちは、「分かりました」と言った。 そこで、イエスは言われた。 「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、 自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」》

18/07/2026

年間第16主日(2026. 7. 19)

知恵の書(知恵12・13、16~19)

(主よ、)
すべてに心を配る神はあなた以外におられない。
だから、不正な裁きはしなかったと、
  証言なさる必要はない。
あなたの力は正義の源、
あなたは万物を支配することによって、
  すべてをいとおしむ方となられる。
あなたの全き権能を信じない者に
あなたは御力を示され、
知りつつ挑む者の高慢をとがめられる。
力を駆使されるあなたは、寛容をもって裁き、
大いなる慈悲をもってわたしたちを治められる。
力を用いるのはいつでもお望みのまま。

神に従う人は人間への愛を持つべきことを、
あなたはこれらの業を通して御民に教えられた。
こうして御民に希望を抱かせ、
罪からの回心をお与えになった。

使徒パウロのローマの教会への手紙(ローマ8・26~27)

(皆さん、“霊は”)弱いわたしたちを助けてくださいます。 わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、 “霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。 人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。 “霊”は、神の御心に従って、 聖なる者たちのために執り成してくださるからです。

マタイによる福音(マタイ13・24〜43、または13・24~30)

(そのとき、)イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。 「天の国は次のようにたとえられる。 ある人が良い種を畑に蒔いた。 人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。 芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。 僕たちが主人のところに来て言った。 『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。 どこから毒麦が入ったのでしょう。』 主人は、『敵の仕業だ』と言った。 そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、 主人は言った。 『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。 刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。 刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、 麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」
  《イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、 空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
 また、別のたとえをお話しになった。 「天の国はパン種に似ている。 女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
 イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、 たとえを用いないでは何も語られなかった。 それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
 「わたしは口を開いてたとえを用い、
  天地創造の時から
    隠されていたことを告げる。」
 それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。 すると、弟子たちがそばに寄って来て、 「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。 イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、 畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。 毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、 刈り入れる者は天使たちである。 だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、 世の終わりにもそうなるのだ。 人の子は天使たちを遣わし、 つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、 燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。 彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。 そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。 耳のある者は聞きなさい。」》

住所

620-0940 京都府福知山市駅南町1-247-1 (620-0940 Eki Nancho 1-247-1)
Fukuchiyama-shi, Kyoto
620-0940

営業時間

月曜日 10:00 - 15:00
火曜日 10:00 - 12:00
水曜日 10:00 - 15:00
木曜日 10:00 - 15:00
金曜日 10:00 - 12:00
土曜日 10:00 - 12:00
日曜日 10:00 - 12:00

電話番号

+81773222347

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