26/02/2022
浄土法門の特殊な特性
慈法法師
浄土教は、すべての衆生に仏果を味わわせ、仏果を活かさせ、さらに仏果を心の支えにさせる目的で、これは不思議な利益です。類似の方法を教えるほかの法門はあるかというと、ありますが、ほんの僅かです。浄土教は一切の有情に、直接に仏果の不思議な効用を体験させ、醍醐味を楽しませ、日常生活で運用させ、または仏の果地の覚悟を修行の縁起とさせる方法です。対照的に、ほかの法門は仏果の運用に多少制限をかけています。例えば、よく話題になる密教の修行方法では、修行者、時間と方法をそれぞれ選定しなければならなく、また、修行者は前行を行わなければなりません。
平凡な有情にしろ、聖人にしろ、九界のすべての有情は浄土教の対象で、「九界の有情は同じ帰途につき、凡人も聖人も同じ方法で修行できる」というのは浄土教だけがもつ特性です。
皆さんにぜひこの特殊な法門の特性を知ってほしいのです。皆さん、阿弥陀佛のこの無限の慈悲を知らなければなりません。仏陀はこの世に現れるのは、すべての衆生を憐憫(れんびん)(注1)し、すべての衆生に本当の利益をもたらそうとするためです。浄土教はまさにすべての衆生にこの上なくすぐれた道を授け、仏陀の本当の目標を達成させることができる教えです。浄土教だけあって、衆生に本当の利益をもたらすという目標を達成できます。
みなさん、この特性をよく観察してください。かつて、ほかの法門の文字、教法と解説に触れたことがありますが、これらの法門は、本当に前提条件があります。例えば、師匠と弟子はお互いに適切な対象を選ばなければなりません。修行者は自分の現状をよく把握し、現状に適切な修行方法を選ばなければなりません。
浄土教はそういうものにこだわらず、どの種類の有情であれ、平等に仏果を施しており、いわゆる「果地覚為因地心(かじかくいいんじしん)」(注2)という方法を提供しています。「九界の有情は同じ帰途につき、凡人も聖人も同じ方法で修行し、すべての有情は平等に摂取され、みんな往生できる」というのは、まさに浄土法門という特殊法門の特性です。一方、ほかの法門では必ず何かの条件が設けられています。これらの法門を敬うにしろ、見下すにしろ、必ず条件があります。条件を満たさなければ、これらの法門に入門さえできません。
(注1)憐憫(れんびん) とは、かわいそうに思うこと。あわれむこと。
(注2)「果地覚為因地心」とは、仏は円満な覚悟を衆生に授け、衆生にその円満な覚悟を自分の修行の起点にさせる方法です。
生命之光
Light of Life
2021/11/05