日本イエス・キリスト教団 知多教会

日本イエス・キリスト教団 知多教会 ▼主日礼拝 日曜日
午前10時30分~11時頃

▼聖書研究祈祷会 水曜日
午前10時30分~11時頃

2026年6月14日花の日礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書 第19章16~22節【 金  言 】永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをすればよいのでしょうか。         マタイの福音書 第19章16節神に対する悔い...
14/06/2026

2026年6月14日花の日礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書 第19章16~22節

【 金  言 】
永遠のいのちを得るためには、
どんな良いことをすればよいのでしょうか。
       マタイの福音書 第19章16節

神に対する悔い改めと、
私たちの主イエスに対する信仰
       使徒の働き 第20章21節

【 説教要旨 】
「永遠のいのちを得るには」
      木村勝志牧師

 「永遠のいのちを得るためには、どんな良いことをすればよいのでしょうか」と問う青年の目は、「良いこと」、善行、自分自身に向いていました。主イエスは、「良いこと」ではなく、真に「良い方」、神ご自身に目を向けさせ、続いて「いのちに入りたいと思うなら戒めを守りなさい」と言われました。これは、青年が設定した土俵の上でお答えになったもので、律法を守れば救われるということでは決してありません。もし律法を守ることによって救われると考えるのなら、本気で守ったらよかろうという、いわば青年に対する挑戦でした。青年にとっては目新しいことなど何もない答えでしたが、「私はそれらすべてを守ってきました」と言いながらも確信を得られない青年は、「何がまだ欠けているのでしょうか」と問わずにはいられませんでした。やはり自分自身に目が向いたままです。
 青年の心を見抜いていた主イエスは単刀直入、「完全になりたいのなら、帰って、あなたの財産を売り払って貧しい人たちに与えなさい」と言われました。彼の場合、「多くの財産」への信頼と執着が妨げとなっていることを見抜いていたからそう言われたのであって、どこかのカルト宗教のように、全財産を献げなければ救われないということでは決してありません。主イエスは青年に、自分の善行に頼るのではなく、自分の無力さに気付いて「心の貧しい者」(5:3、自分は神の前に無一物であることを認め、ひたすら神に拠り頼んで生きる者)になること、「天の御国はこのような者たちのもの」(14節)という恵みの世界に目が開かれることを期待しておられたのです。主イエスが来臨されたのはまさにそのためでした。十字架と復活によって、「神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰」による救いの道を開くためでした。
 「確かに、私たちは十戒のたった一つでさえ完全には守ることができません。主の掟を実行できないと言って、主イエスから立ち去る必要はまったくありません。そこでこそ、幼子のようにすがりつくべきなのです。なぜなら神は、私たちを祝福しようと、何でもしようと、きょうも父としての御顔を向けていてくださるからです」(リジョイス)。

明日2026年6月14日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:永遠のいのちを得るには(木村勝志牧師) 聖書箇所:マタイの福音書 第19章16~22節 ※主日礼拝出席が難しい方は、YouTub...
12/06/2026

明日2026年6月14日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:永遠のいのちを得るには(木村勝志牧師)
聖書箇所:マタイの福音書 第19章16~22節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

来週6/14~6/20の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
6月14日(日) ヘブル8
15日(月) ヘブル9
16日(火) ヘブル10
17日(水) ヘブル11
18日(木) ヘブル12
19日(金) ヘブル13
20日(土) ヤコブ1

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<先週の週報より>

「貪欲」
(1)貪欲は「十分」という言葉の意味をとりちがえることから出て来る。ギリシャの
哲学者エピキュロスは言った。「もしもあなたが人を幸福にしてあげたいなら、そ
の人の持っているものを増やしてあげるのではなく、その人の欲望を取り除いて
あげなさい。わずかで足ることを知らない人には、いくら増やしてあげたところで
キリはない」。何でも金銭の面からのみものを考える人間にとっては、どこまでい
ったところで「十分」ということは決してあり得ない。
(2)貪欲は幸福の源泉をとりちがえている考えから出て来る。物質的なものは、そ
れ自体が幸福を生み出すということはない。
(3)貪欲は金銭こそ安心のもとであるという考えから生じる。地に宝を積むことに
気をとられ、神に対して富もうとしないことは愚かしいことだということを、どんな
に善良で賢明な人も常に忘れないようにしなければならない。
…W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.50~52

2026年6月7日聖餐式礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書 第19章16~22節【 金  言 】信じる者は永遠のいのちを持っています。          ヨハネの福音書 第6章47節 【 説教要旨 】「永遠のいのちとは」    ...
07/06/2026

2026年6月7日聖餐式礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書 第19章16~22節

【 金  言 】
信じる者は永遠のいのちを持っています。
       ヨハネの福音書 第6章47節

【 説教要旨 】
「永遠のいのちとは」
      木村勝志牧師

①現在的な永遠のいのち
 「永遠のいのち(永遠の初めから終わりまで存在される神ご自身の終わりのないいのち)とは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストとを知ることです」(ヨハネ17:3)。永遠のいのちは、主イエスをキリスト、私の罪のための救い主と信じることによって与えられます。しかもこれは、死んだ後はじめて与えられるものではなく、「信じる者は永遠のいのちを持っています」(ヨハネ6:47)とあるように、信じて救われたその瞬間にすでに与えられているものです。キリストを信じている人も信じていない人も、同じように生きているように見えますが、いのちの質が異なっているのです。それは次のような面に現れます。
(1)永遠のいのちにあずかっている者は、故意に罪を犯し続けることができなくなります(Ⅰヨハネ3:9)。罪を憎み、罪から離れたくなり、神のみことばに従うことが喜びとなります。
(2)十字架と復活
によって悪魔を打ち破られた主イエスの勝利に結び合わされているので、世に勝ちます(Ⅰヨハネ5:4~5)。

②未来的な永遠のいのち
 永遠のいのちを得ている者は、やがて天国に迎え入れられ、屠られた小羊キリストの御前に立ちます。そのとき御手と御足、脇腹と頭に残る傷跡を見て、私の罪のためにキリストがどんなに大きな犠牲を払われたかを思い起こし、声の限り賛美をささげることでしょう(黙示録4:8~11、5:11~14)。一方、福音を拒絶した者は永遠の滅
びです(黙示録20:11~15)。「地上には多くの選択肢がありますが、永遠にはたった二つの選択肢しか用意されていません。すなわち、天国か地獄かです。この地上においてあなたが神とどのような関係を築いたかによって、永遠における神との関係が決まってくるのです。この地上の人生だけがすべてではありません。この地上にお
ける人生は、本番前のリハーサルのようなものです。死の向こう側で過ごす時間の方が遥かに長いのです。この世は次の人生への準備なのです」(リック・ウォレン師)。それゆえ、先に永遠のいのちにあずかっている者には大きな使命があるのです。「みことばを宣ベ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい」(Ⅱテモテ4:2)。

明日2026年6月7日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:永遠のいのちとは(木村勝志牧師) 聖書箇所:マタイの福音書 第19章16~22節※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネ...
05/06/2026

明日2026年6月7日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:永遠のいのちとは(木村勝志牧師)
聖書箇所:マタイの福音書 第19章16~22節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

来週6/7~6/13の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
6月7日(日) ヘブル1
8日(月) ヘブル2
9日(火) ヘブル3
10日(水) ヘブル4
11日(木) ヘブル5
12日(金) ヘブル6
13日(土) ヘブル7

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<先週の週報より>

「妬み」
妬みには私たちが気をつけていなければならない三つのことがある。
(1)私たちの他人に対する批判のどれだけ多くが無意識の妬みによっていること
か。、もしも心の中に妬み心のほんのかすかな色合いでも見つけたなら、口をつ
ぐんで沈黙を守ろう。
(2)妬みは自分自身の幸せな点を考えてみないことから起こってくる。妬み心は私
たちができること、しかもすばらしくよくやれることがあることを認識しないことか
ら起こってくる。小さなリスが大きな山に向かって言った言葉を思い出しなさい。
「私は森を背負うなんてことはできませんが、でもあなただってクルミを割ること
はできないでしょう」。
(3)妬みの根本の原因は自己の思い上がりである。私たちが自分の名声や評
判、重要度とか権利などを考える限り、必然的に妬み心は起こってくるだろう。分
け与え、尽くそうとする気持ちになれば、妬み心はなくなってくる。
…W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.44~45

2026年5月31日オンライン教区合同 礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】ルカの福音書第18章35~43節【 金  言 】「わたしに何をしてほしいのですか」。するとその人は答えた。「主よ、目が見えるようにしてください」。          ル...
31/05/2026

2026年5月31日オンライン教区合同 礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
ルカの福音書第18章35~43節

【 金  言 】
「わたしに何をしてほしいのですか」。
するとその人は答えた。
「主よ、目が見えるようにしてください」。
       ルカの福音書第18章41節

【 説教要旨 】
「見えるようになる」
      船田献一牧師

 見える世界も見えない世界も混沌とした時代の中で、
いよいよ主によって信仰の目を開いていただき、希望に
生かしていただきたい。今日の聖書記事には、ある盲人
(マルコにはバルテマイと表記)が見えるようになった姿
が描かれている。彼の目が開かれるに至った祝福の経
緯を、この記事に記された、三度にわたる彼の叫びと行
動を手がかりに見る。

①彼は求める方を知っていた
 バルテマイの祝福の第一歩は求める方を知っていたことだった。彼は大声で「ダビデの子のイエス様。私をあわれんでください」と言った。それは、主イエスが救い主であるとの自覚であり、主イエスへの直接的な叫びだった。彼は主に目を向け、必要に答え得る方との確信をもって主に迫った。

②彼は求める方法を知っていた
 バルテマイの祝福の第二歩は、叫び続けたことだった。先を行く人たちが、黙らせようとしてたしなめたが、彼はますます激しく「ダビデの子よ、私をあわれんでください」と叫んだ。38節の「叫び」は人の注意を促す大声で、39節の「叫び」は感情丸出しの金切り声。本当に手に入れたいものを目の前にした時に大切なことは激しく求める熱心であり、彼はそれを実践した。

③彼は求める内容を知っていた
 バルテマイの祝福の第三歩は、自分の求めを知っていたことだった。主イエスから「私に何をしてほしいのですか」と問われた時、彼は即座に「目が見えるようになることです」と答えた。彼は主が見えるようにしてくださる、との信仰のゆえに目が開かれ、願いが叶えられた。

 肉体の目は開いていても、心の目が閉ざされて見る
べきもの、見るべき方が閉ざされてはいないだろうか。解
決は主にある。「私に何をしてほしいのですか」との問い
かけに、バルテマイの熱心で応答し、「主よ。目が見える
ようにしてください」と求め、祈ろう。



本日は、オンラインによる教区合同礼拝でした。京都教区の教会は同じ説教を聴き礼拝を守りました。
礼拝後、名古屋教会において「食べり場」で名古屋東教会も一緒に3教会の交流を行いました。豊臣ミュージアムを見学したり賛美をしました。

明日2026年5月31日(日)のオンライン教区合同礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:見えるようになる(船田献一牧師) 聖書箇所:ルカの福音書 第18章35~43節 ※明日は教区合同礼拝で、YouTu...
29/05/2026

明日2026年5月31日(日)のオンライン教区合同礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:見えるようになる(船田献一牧師)
聖書箇所:ルカの福音書 第18章35~43節
※明日は教区合同礼拝で、YouTube教区チャンネルでの配信となります。
※当日午後は東海地区の食べり場が名古屋教会で行われます。午前の礼拝は、同じものを名古屋教会で視聴することもできます。

来週5/31~6/6の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
5月31日 (日) テモテⅡ 2
6月 1日(月) テモテⅡ 3
2日(火) テモテⅡ 4
3日(水) テトス1
4日(木) テトス2
5日(金) テトス3
6日(土) ピレモン

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<先週の週報より>

「思いがけないすばらしさ」
ある種の石があって、はじめ手にとって眺めたときはどうということもないぱっとし
ない石に見えるが、ひっくり返しとっくり返しして、光がある角度でその石に当た
るような位置を掴むと、ダイヤモンドのように輝き出すという。
あなたが根気よくためしさえすれば、石は不意に輝き出す。
人間も同じことである。誰にでも天分はある。
誰でも何かをすることはできる。誰にでも取り柄はあるものだ。
いつもあらばかり探していないで、よいところを探しはじめると、
この世はまったく一変するであろう。
そういうふうにすれば、確実にびっくりするような発見がある。
びっくりし、そしてうれしくなる。というのは、
たいてい思いもかけないところにすばらしいものが見つかるからである。
…W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.36

2026年5月24日ペンテコステ(聖霊降臨日)礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】ヨエル書 第2章28~29節 【 金  言 】その後、わたしは すべての人にわたしの霊を注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、青年は幻を見る。    ...
24/05/2026

2026年5月24日ペンテコステ(聖霊降臨日)礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
ヨエル書 第2章28~29節

【 金  言 】
その後、わたしは すべての人にわたしの霊を注ぐ。
あなたがたの息子や娘は預言し、老人は夢を見、青年は幻を見る。
       ヨエル書 第2章28節

【 説教要旨 】
「老人は夢、青年は幻」
      木村勝志牧師

 旧約時代、「わたしの霊」=聖霊は、特別な人に特別な目的で注がれましたが、「その後、わたしは すべての人にわたしの霊を注ぐ」。世の終わりの聖霊の時代とはいえ、無条件で「すべての人」に聖霊が注がれるわけではありません。聖霊は、「神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰」(使徒20:21)によって救われた者の内に与えられます。しかしそれだけではパウロ同様、「私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っています…私は本当にみじめな人間です」(ローマ7:19、24)と嘆くことはお互い経験済みです。しかし聖書は、勝利の道があることを約束しています。それが、聖霊によってきよめられ、満たされる恵みです。その妨げとなっているものを明け渡して従う者の内に、聖霊は王の王として内住し、すべてのすべてとなってくださいます。
 そうすると、「息子や娘は預言」する、神の御心を悟り、神を証しするようになります。まさに主イエスが昇天前に弟子たちに語られた、「聖霊があなたがたの上に臨むとき…あなたがたは力を受け…わたしの証人となります」という約束の成就に他なりません(使徒1:8)。さらに、「老人は夢を見、青年は幻を見る」ようになります。現代は夢の持てない時代です。「しかし現実はそうではない」とすぐに現実の厳しさを持ち出しがちです。「夢…幻を見る」とは、そんな時代の真っただ中で、神がいかに恵み深いお方であるか、いかにすばらしいご計画を持っておられるかを信仰の目をもって見ること、信じること、受け入れることです。今こそ私たちは神の約束を本気で受け止め、どんなにすばらしい希望があるのかを再確認し、その希望に堅く立つべきです。老人こそ大きな夢や希望を持つべきです。老人が夢を見ない教会で、どうして青年が希望を抱けるでしょうか。もう少しで神のみわざが起こるというときに、祈ることをやめてしまってはいないでしょうか。「遠い夢を追い、近くの目標を見つめ、
今できることに全力を尽くす」(サッカー日本代表元監督・岡田武史氏)。「神から大いなることを期待せよ。神のために大いなることを試みよ」(ウィリアム・ケアリ師)。




本日の礼拝では、聖歌隊による特別賛美と聖餐式がありました。

明日2026年5月24日(日)ペンテコステ(聖霊降臨日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:老人は夢、青年は幻(木村勝志牧師) 聖書箇所:ヨエル書 第2章28~29節  ※主日礼拝出席が難しい方...
22/05/2026

明日2026年5月24日(日)ペンテコステ(聖霊降臨日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:老人は夢、青年は幻(木村勝志牧師)
聖書箇所:ヨエル書 第2章28~29節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

来週5/24~5/30の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
5月24日(日) テモテⅠ 1
25日(月) テモテⅠ 2
26日(火) テモテⅠ 3
27日(水) テモテⅠ 4
28日(木) テモテⅠ 5
29日(金) テモテⅠ 6
30日(土) テモテⅡ 1

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<先週の週報より>
「贖われた―代価を払って」
神が私たちを贖われたのだから、私たちは神のものである。
私たちは、借りたものや、誰か他の人のものを使うときは、特に注意して使う。
私たちは人生に対してもそのようであるべきである。
私たちの人生は私たちのものではないのである。
私たちが創ったのでもないし、私たちが贖ったものでもない。
この人生は神のものである。
私たちは敬意と配慮とをもって人生を扱わねばならない。
私たちのものではないからである。
自分たちのものではなく、
そしてまた非常に高価な代価を払って贖われたものを、
無駄にしたり、汚したりしてはならないのだ、ということを忘れてはいけない。
…W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.34

2026年5月17日礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書 第25章14~30節【 金  言 】その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。         コリント人への手紙第一 第4章2節 【 説教要旨 】「...
17/05/2026

2026年5月17日礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書 第25章14~30節

【 金  言 】
その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。
       コリント人への手紙第一 第4章2節

【 説教要旨 】
「主人の喜び」
      杉山俊一牧師

①二つの備え
 主イエスが再び来られる再臨の準備のために、ここにおいて二つの備えをするように教えています。一つは良い品性を身につけること、二つ目は忠実な働きをすることです。なぜなら主イエスは地上での私たちの姿をご覧になって、再臨の時にそれらを評価され、天国での働きをそれぞれに任せられるからです。「最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実であり、最も小さなことに不忠実な人は、大きなことにも不忠実です」(ルカ16:10)と言われているように、小さいことである主に対する地上での働きいかんによって、大きいことである天国での働きがあなたに任せられるか否か決定されるからです。

②主との面接
 主イエスが再臨される時、各自一人ひとりと面接(信者に対する裁き)が行われます。各自主から預かっているタラント(あなた自身とあなたの全所有物のこと)をどのように使用したかが清算されます。地に隠しておき、主人(タラントの真の所有者)のために使おうとしなかったしもべは、「悪い、怠け者のしもべ」と叱られて外の暗闇に追い出され、主人を愛し主人の喜びを喜びとするしもべは、タラントを主人のために使用して主人に喜ばれます。

③品性と忠実さ
 主人である神は、私たち一人ひとりに賜物を預けておられます。それぞれの賜物の差はありますが、「よくやった。良い忠実なしもべだ」と主人に褒められたのは、儲けたタラントの多少ではなく、主人を愛し、主人に喜んでいただきたいと願う、しもべとしての品性と主人に対する忠実さに対してなのです。私たちの品性と忠実さは如何に?

明日2026年5月17日(日)の礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:主人の喜び(杉山俊一牧師) 聖書箇所:マタイの福音書 第25章14~30節※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本...
15/05/2026

明日2026年5月17日(日)の礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:主人の喜び(杉山俊一牧師)
聖書箇所:マタイの福音書 第25章14~30節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

来週5/17~5/23の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
5月17日(日) ペンテコステ1 ヨハネ7:38-39、イザヤ1:18
18日(月) ペンテコステ2 ヨハネ20:21-22
19日(火) ペンテコステ3 エペソ5:18
20日(水) ペンテコステ4 ローマ5:5
21日(木) ペンテコステ5 コロサイ1:27
22日(金) ペンテコステ6 ガラテヤ5:16
23日(土) ペンテコステ7 ガラテヤ5:22-23

---

<先週の週報より>

「この危険な人生」
神が私たちを造られたのだから、私たちは神のものである。
神だけが生命の創造主であり、
私たちが亨受しているこの人生は神によって与えられたものである。
神が私たちを保護してくださるゆえに、私たちは神のものである。
私たちが誰でありどこにいようと、神は、
私たちが、人生の様々な場合や変化を通ってこの現在に至るように導かれた。
時折、私たちは過去を振り返り、自分が通って来た道を眺めて、
「もしも何が起こるかがわかっていたら、自分はとてもそれには立ち向かえないと
言っていただろう」と言わずにはいられない。
だが神はそういうことのすべてを通して私たちを導かれ、
私たちはなお自分の足で頑張って来ることができたのである。
人生はまことに危険なものであるが、神は私たちを危険の中で守ってくださり、
悲しみの中で励まし、病の中で癒やし、
そして私たちの何人かを死の門からさえ連れ戻してくださる。
神は私たちを守っていてくださる。私たちは神のものである。
   …W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.33

住所

愛知県知多市八幡新町1丁目12/12
Chita-shi, Aichi
478-0052

アラート

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