日本イエス・キリスト教団 知多教会

日本イエス・キリスト教団 知多教会 ▼主日礼拝 日曜日
午前10時30分~11時頃

▼聖書研究祈祷会 水曜日
午前10時30分~11時頃

2026年8月16日 礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書 第20章29~34節【 金  言 】「わたしに何をしてほしいのですか」。「主よ、目を開けていただきたいのです」。         マタイの福音書 第20章26~27節 【...
16/08/2026

2026年8月16日 礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書 第20章29~34節

【 金  言 】
「わたしに何をしてほしいのですか」。
「主よ、目を開けていただきたいのです」。
       マタイの福音書 第20章26~27節

【 説教要旨 】
「主イエスは深くあわれんで」
      木村勝志牧師

 主イエス「一行がエリコを出て行くと…道端に座っていた目の見えない二人の人(一人はマルコ10:46「バルティマイ」)が…『主よ、ダビデの子よ。私たちをあわれんでください』と叫んだ」。「ダビデの子」とは、約束のメシアを指す称号で、二人もメシア待望信仰に生きていたのでしょう。と同時に、自分たちがメシアに近づけるような者でないことも自覚していました(ヨハネ9:2)。もしそんな自分たちがメシアに近づけるとするなら、メシアのあわれみ以外の何ものでもない、と考えていたのでしょう。「主よ、ダビデの子よ」と呼びかけた直後、「私たちをあわれんでください」と言いました。案の定、「群衆は彼らを黙らせようとたしなめた」。それでも二人は諦めず、この千載一遇のチャンスを逃すまいと、「ますます、『主よ、ダビデの子よ。私たちをあわれんでください』と叫んだ」。
 そんな二人を「イエスは立ち止まり…呼」び寄せ、二人の必要を明確にさせるため、「わたしに何をしてほしいのですか」と問いかけられました。同じような問いかけが以前もあり(21節)、そのとき弟子たちは利己的な願いをしましたが、二人は、盲人の目を開けるという、人間には到底不可能なことを躊躇なく求めました。「イエスは深くあわれんで、彼らの目に触れられた」。主イエスは、人が悩み苦しんだり、嘆き悲しんだりするのを見ると、はらわたが揺り動かされるほど「深くあわれんで」、親身になって関わってくださるお方です。二人は目が開かれただけでなく、救い(マルコ10:52)とともに、「イエスについて行った」という新しい人生も与えられました。多くの人は、自分の願望を果たすまでは必死に祈りますが、それがかなうと神から離れ去ります。しかし二人は違いました。
 「苦難の日に わたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出し あなたはわたしをあがめる」(詩篇50:15)。苦難の日に主を呼び続けていると、主が私を呼んで助けてくださいます。二人の何が何でもという熱心さ・ひたむきさ・泥臭さに対して、私たちはあまりにも常識で、物分かりが良すぎて、上品でお行儀が良すぎるのではないでしょうか。「苦難の日に」こそ、主にとことん信頼し、すぐに答えが得られなくても、諦めないで祈り続けたいものです。やがて最善の時に最善の方法で主が祈りに答えて「助け出し」、御名を「あがめる」ようになるでしょう。

次回2026年8月16日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:「主イエスは深くあわれんで」(木村勝志牧師) 聖書箇所:マタイの福音書 第20章29~34節 ※主日礼拝出席が難しい方は、You...
10/08/2026

次回2026年8月16日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:「主イエスは深くあわれんで」(木村勝志牧師)
聖書箇所:マタイの福音書 第20章29~34節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

※明日8月12日(水)は聖書の学びと祈りの会(祈祷会)が午前10時30分からあります。こちらもYoutubeチャンネルで視聴できます。

来週8/16~8/22の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
8月16日(日) ヨブ35
17日(月) ヨブ36
18日(火) ヨブ37
19日(水) ヨブ38
20日(木) ヨブ39
21日(金) ヨブ40
22日(土) ヨブ41

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<先週の週報より>

「クリスチャンの世界」
初期キリスト教徒は神の恵みによって三つのことをなすことができた。
(1)この世からは外れた生き方をした…私のために神のひとり子は死なれた、と言うことができた人は皆、新しい尊厳と新しい価値を獲得した。キリストがその人のためにも死なれた、その人を助けたいと思った。
(2)この世の常識にはない死に方をした…ごく普通の男女が迫害の死を選び得たとき、彼らが死を賭けたものには何かがあるに違いないと人々に思わせた。
(3)この世とは違う考え方をした…恐れることなく自由に勇気をもってものを考え、発言したことは、多くの人々が伝えているところである。
奉仕においても、慈善においても、純潔においても、喜びにおいても、私たちはこの世の常識とは違った生き方をすべきである。

…W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.128~13

2026年8月9日 礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書 第20章25~28節 【 金  言 】皆に仕える者になりなさい…皆のしもべになりなさい。          マタイの福音書 第20章26~27節 【 説教要旨 】「仕えるた...
09/08/2026

2026年8月9日 礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書 第20章25~28節

【 金  言 】
皆に仕える者になりなさい…皆のしもべになりなさい。
       マタイの福音書 第20章26~27節

【 説教要旨 】
「仕えるために来られた主イエス」
      木村勝志牧師

 弟子たちが皆、上に上にのし上がろうとしていることを知った「イエスは彼らを呼び寄せて言われた」。主イエスが大切なことを語られるときにはいつも御許に「呼び寄せ」られました。異邦の世界では当たり前のことであったとしても、「あなたがたの間では、そうであってはなりません」。でも今のあなた方は少し違う、「異邦人の支配者たち」と同じようなことを願い求めているではないか、と。
 「偉くなりたいと思う…先頭に立ちたいと思う」こと自体を否定しているのではありません。何事も控えめに、いつでも末席に、ということでもありません。事実、弟子たちはペンテコステ後、教会の先頭に立つ指導者になりました。いくら謙遜ぶっていても、その心の中では面白くない感情や妬みが渦巻いているということがないでしょうか。ここで言う「皆に仕える者になりなさい…皆のしもべになりなさい」とは、目に見える行動や態度のことではなく、心の姿勢のことです。私たち人間は生来自己中心で、へりくだることを好まず、他人より少しでも上に立ちたいと願う高慢な心があり、時には怒りが爆発し、時には妬みやひがみが内にこもります。そうした中で私たちは否応なく自分自身と向き合うことになり、自分の愛のなさ、自己中心に気づかされます。自分に絶望して神を仰ぎ、神の助けを祈り求めずにはいられなくなります。
 そうしたときに示されるのが、神の御子イエスがしもべとして人々に仕えられた姿です(ピリピ2:3~5)。主イエスご自身、「仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来た」と言ったことばを文字通り実践されました。罪深い私たちのためにご自分のいのちを差し出してまでも、私たちに罪を悟らせ、悔い改めと信仰に導こうとされる主イエス。そこまでしないとわからないほどに私たちの罪は深く、そこまでしてでもわからせたいほどに主イエスの愛は深いということです。本当に神がわかってくると、自分の真相がわかってきます。本当に自分がわかってくると、神がわかってきます。そうすると、無理に謙遜ぶろうとしなくても、ごく自然に謙遜になるはずです。横暴な「ボス」が少なくない世界で、私たちが遣わされたところで主イエスのしもべの精神で生きていくなら、そこはまさに神の国、神の恵みが支配するオアシスとなります。主イエスは私たちにそのことを期待しておられるのです。

次回2026年8月9日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:「仕えるために来られた主イエス」(木村勝志牧師) 聖書箇所: マタイの福音書 第20章25~28節※主日礼拝出席が難しい方は、Yo...
04/08/2026

次回2026年8月9日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:「仕えるために来られた主イエス」(木村勝志牧師)
聖書箇所: マタイの福音書 第20章25~28節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

※明日8月5日(水)は聖書の学びと祈りの会(祈祷会)が午前10時30分からあります。こちらもYoutubeチャンネルで視聴できます。

来週8/9~8/15の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
8月9日(日) ヨブ28
10日(月) ヨブ29
11日(火) ヨブ30
12日(水) ヨブ31
13日(木) ヨブ32
14日(金) ヨブ33
15日(土) ヨブ34

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<先日の週報より>

「愛の心で批評する」

アラ探しをすることが唯一の能力であるような人々がいる。
こういう人々の目は欠点を探すことにばかり焦点が合ってしまい、
舌は批判にばかり動く。
おかしなことには、そういう人たちは
いつも人がしなかったことばかり目をつけて、人がしたことはみな忘れてしまう。
彼らはどんな場合でも、人がまちがいをすれば、それを決して忘れないし、
その人に対しても忘れることを許さないのである。
批評の目的は常にその人をよくさせるように勇気づけることであるべきだ。
人を落胆させて、もう二度とやるまいという気にしてしまうのが一番いけない。
批評は結構。ただし、愛の心で批評しなさい。

…W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.112~113

2026年8月2日 礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書 第20章17~24節【 金  言 】何を願うのですか。         マタイの福音書 第20章21節【 説教要旨 】「何を願うのですか」      木村勝志牧師  「イエ...
02/08/2026

2026年8月2日 礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書 第20章17~24節

【 金  言 】
何を願うのですか。
       マタイの福音書 第20章21節

【 説教要旨 】
「何を願うのですか」
      木村勝志牧師


 「イエスは弟子たちの先に立って行かれた。弟子たちは驚き…恐れを覚えた」(マルコ10:32)。弟子たちの「驚き…恐れ」が頂点に達したとき、「イエスは…十二弟子だけを呼んで、道々彼らに話された」。三度目の受難予告です(16:21、17:22~23)。これまでと比べて、より具体的で詳細、あからさまな内容でした。それもそのはず、主イエスにとってこれが最後のエルサレム行き、十字架上で死ぬためのエルサレム行きだったからです。
 「そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、息子たちと一緒にイエスのところに来てひれ伏し…『私のこの二人の息子があなたの御国で、一人はあなたの右(王座に次ぐ第二の地位)に、一人は左(第三の地位)に座れるように、おことばを下さい』」と願い出ました。「ゼベダイの息子たち(ヤコブとヨハネ)の母」は、聖書の記述をたどると、主イエスの母マリアの姉妹サロメと推測できます(マルコ15:40、16:1、ヨハネ19:25)。この推測が正しければ、いつもペテロに先を越される我が子のために、主イエスとの親族関係を利用して、主イエスの両隣の座を今のうちに確保しておこうとしたのかもしれません。「ほかの十人はこれを聞いて、この二人の兄弟に腹を立てた」とは、ヤコブとヨハネだけでなく十二弟子全員がことごとく出世欲・名誉欲の塊であった、ということです。主イエスは下へ下へ下る道を歩んでおられるのに、弟子たちは上へ上へのし上がろうとしていた、ということです。
 「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ」(マルコ1:11)との神の声を全身全で受け止めて喜んでいるでしょうか。あなたを支えているもの、あなたが持っているもの、誇りとしているもの等のすべてを失ったとしても、裸の自分のままで、「あなたはわたしの愛する子。わたしはあなたを喜ぶ」という御声だけに満足できるでしょうか。そうできない何かがあるため、この世的な成
功や物質的な豊かさ、他人からの称賛等を追い求めるのではないでしょうか。「自分がどのような生き方をしたいかをはっきりさせたければ、誰のために生きるかを明確にすることだ、と言った人があります。そこがはっきりすれば、人生の焦点も自ずから定まって来る、と。それはつきつめれば、誰に仕えて生きるか、ということです」(吉村和雄師)。自分の心の奥底に潜んでいるものを真実に見つめ、軌道修正していただきながら歩み続けまし

次回2026年8月2日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:「何を願うのですか」(木村勝志牧師) 聖書箇所:マタイの福音書 第20章17~24節 ※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチ...
28/07/2026

次回2026年8月2日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:「何を願うのですか」(木村勝志牧師)
聖書箇所:マタイの福音書 第20章17~24節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

※明日7月29日(水)の祈祷会はお休みします。

来週8/2~8/8の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
8月2日(日) ヨブ21
3日(月) ヨブ22
4日(火) ヨブ23
5日(水) ヨブ24
6日(木) ヨブ25
7日(金) ヨブ26
8日(土) ヨブ27

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<先週の週報より>

「水をさす」
他人の気をそぎ、勇気を失わせるやり方で歩きまわることほど、
クリスチャンらしくない生き方はない。
英国海軍に一つの規則がある。
士官たるものは他の士官に対して、
その気をくじいて仕事を放棄したくなるようなことを口にしてはならない、
というのである。
世の中には人の意気を沮喪させる人がたくさんいるものだ。
大きな計画、大きな夢を打ち砕くような人々がいる。
人の夢に水をさすことを専門にしているような人々がいる。
特に教会にはこういう人がたくさんいるもので、
彼らの一八番の言い草は、「もうだめだ」であり、「お手あげだ」である。
どんな企てでも全然手をつけないよりは、
やって失敗した方がずっとよいのである。
もし人々が水をさすことをやめさえしたら、
世の中には、また教会の中でも、何が起こるかは神のみぞ知る、である。

  …W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.111~112

2026年7月26日 礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】創世記 第11章1~9節【 金  言 】ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。         ペテロの手紙第一 第5章6a節【 説教要旨 】「バベルの塔」    ...
26/07/2026

2026年7月26日 礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
創世記 第11章1~9節

【 金  言 】
ですから、あなたがたは神の力強い御手の下にへりくだりなさい。
       ペテロの手紙第一 第5章6a節

【 説教要旨 】
「バベルの塔」
      杉山俊一牧師

①人種の祖先
 聖書は啓示の書であって、神がご自身の思いや考え、ご計画などを人間を通して記されました。それゆえ、私たちは聖書を通して神の御心を知ることができ、正しい道を聖書によって歩むことができるのです。今の人間がおおむね白人、黒人、黄色人種に分かれているのも、洪水の後、地に分かれたノアの3人の息子たちによります。セムは黄色人種、ハムは黒人、ヤフェテは白人の先祖になったからです。

②神抜きの世界
 大洪水の後、神は彼らに向かって「生めよ。増えよ。地に満ちよ」(9:1)と命じられました。しかし、彼らの子孫はバビロニアの平原に集まって自分たちの計画を立てました。それは、全員で一致して塔を建て、神が命じられた「地に満ちる」ことを拒むことでした。自分を造られた神から離れた人間たちは、神との交わりをも失っていました。しかし、神のかたちに造られている人間は、交わりなしには生きられません。そこで創造主の代わりに権力や知識や偶像を神として、その交わりの中に基を置きました。バベルの塔は創造主との交わりの代替として建てた人間の歪んだ交わりの追求、一致の追求の姿なのです。

③わたしたちの平和
 神は天から下ってこられ、塔を完成できないようにしました。その方法は言語の混乱です。お互いに言葉が通じなくなり、互いの意思疎通ができなくなったからです。彼らは塔を建てることやめ言葉の通じる者同士、地の表に散っていきました。神抜きの「人の計画する一致と交わり」は、自己中心と高慢の罪が基なので、成り立ちません。神は、真の人の一致と交わりをイエス・キリストによって与えようとされました。キリストは私たちの平和です。神抜きの交わりではなく、イエス・キリストを基とした交わりを追い求めていきましょう。

次回2026年7月26日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:バベルの塔(杉山俊一牧師) 聖書箇所:創世記 第11章1~9節 ※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス...
20/07/2026

次回2026年7月26日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:バベルの塔(杉山俊一牧師)
聖書箇所:創世記 第11章1~9節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

※明日7月22日(水)は聖書の学びと祈りの会(祈祷会)があります。午前10時30分です。こちらもYoutubeチャンネルで視聴できます。

来週7/26~8/1の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
7月26日(日) ヨブ14
27日(月) ヨブ15
28日(火) ヨブ16
29日(水) ヨブ17
30日(木) ヨブ18
31日(金) ヨブ19
8月 1日(土) ヨブ20

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<先日の週報より>

「良い父親」
両親に関して私たちに課されている二重の義務がある。
(1)私たちにまだ両親がいる間は、両親に敬意を払うべきである。
(2)子どもたちが感謝と喜びをもって振り返ってくれるような親に、私たち自身がなろうと努力する義務がある。
両親には重い責任がある。
私たちは神を呼ぶのに「父」という名をもってする。
そして子どもは、自分自身の父親によって得た父親像、父親という概念だけを「父」という言葉の中に見出すのである。
父親像から子どもがどういう影響を受けるかを示す最も厳しい例の一つはルターの場合である。
ルターは彼の父があまりにも厳格で残酷でさえあったために、主の祈りを唱えて、「われらの父よ」と言うことがとてもできなかったという。
ナザレのヨセフ、この人のことはあまり知られていないが、福音書の背景になくてはならない人である。
このヨセフは、きっとすばらしい父親であったにちがいない。
イエスがあれほど自然に、あれほど単純に、神に対して「わが父よ」と呼びかけたのだから。

  …W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.110~111

2026年7月19日 礼拝のメッセージ【 聖書箇所 】マタイの福音書第20章1~16節【 金  言 】私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです。         マタイの福音書第20章1~14節【 説教要旨 】「気前のよい神」 ...
19/07/2026

2026年7月19日 礼拝のメッセージ

【 聖書箇所 】
マタイの福音書第20章1~16節

【 金  言 】
私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです。
       マタイの福音書第20章1~14節

【 説教要旨 】
「気前のよい神」
      木村勝志牧師

 「ぶどう園の主人」は「朝早く」市場へ行き、「一日一デナリの約束を」して労働者を雇いました。その後、「相当の賃金を払うから」という漠然とした約束で、九時、十二時、三時にも雇い、さらに報酬については全く触れないで、五時にも雇いました。夕方六時、一日の仕事を終えて日当を支払う段になり、主人は五時に雇った人から始めて、三時、十二時、九時に雇った人、そして最後に早朝に雇った人に、それぞれ同じ一デナリずつ支払いました。それに対して不満をぶつけたのが、早朝から一日中汗水たらして働いた人々です。たった1時間しか働いていない者たちが、自分たちと同じ報酬とは、あまりにも不公平ではないか、自分たちはもっともらえて当然ではないか、と。主人は「友よ」(20:13、22:12、26:50の3回。皮肉と警鐘を込めた呼びかけ)…私が気前がいいので、あなたはねたんでいるのですか」、他人の祝福を妬む心があなたの目を曇らせている、「私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです」と言いました。
 私たちが置かれているのは、点数や偏差値、売上成績等、ことごとく数字の論理に支配されている世界ですから、この譬え話を矛盾だらけと感じるのも無理ありません。この譬え話を読んで不公平だと感じるのは、自分が早朝に雇われた者の側に立っているからです。しかし神の目から見るなら、私たちは所詮五時に雇われ、一時間しか働けないような者です。しかしそんな私たちにも神は「私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです」と言ってくださるのです。このように底抜けに気前のよい神の恵みが支配するところ、それが神の国です。
 主イエスとともに十字架につけられた強盗は、もはや何のよい働きもできませんでしたが、最後の最後にただ主イエスを信じるだけで神の国に入れられました(ルカ23:39~43)。パウロは、五時に雇われた者に過ぎないことを生涯忘れず、神の恵みに感動して、いのちがけで神のために働きました(Ⅰコリント15:8~10)。私たちには、結果が出ても出なくても、存在そのものを喜んでくださる神がおられ、「私はこの最後の人にも、あなたと同じだけ与えたいのです」という神の恵みが注がれています。そんな神なら、「あなたがたもぶどう園に行きなさい」という神の愛の呼びかけにお応えしたいと思うでしょう。

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※毎土曜日(ないしは金曜日)に投稿していた次回礼拝のご案内は、毎週火曜日(ないしは水曜日)に変更となります。

次回2026年7月19日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。礼拝時間:午前10時30分~11時30分礼拝説教:「気前のよい神」木村勝志牧師) 聖書箇所:マタイの福音書 第20章1~16節※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル...
13/07/2026

次回2026年7月19日(日)の主日礼拝を下記の通り行います。
礼拝時間:午前10時30分~11時30分
礼拝説教:「気前のよい神」木村勝志牧師)
聖書箇所:マタイの福音書 第20章1~16節
※主日礼拝出席が難しい方は、YouTubeチャンネル「日本イエス・キリスト教団 知多教会」で礼拝を同時配信していますので、ご活用ください。後日視聴することもできます。

※明日7月15日(水)の聖書の学びと祈りの会(祈祷会)は、午前10時30分から開催されます。

来週7/19~7/25の聖書日課
(日本イエス・キリスト教団 ベラカ閲覧サイト聖書通読表より)
7月19日(日) ヨブ7
20日(月) ヨブ8
21日(火) ヨブ9
22日(水) ヨブ10
23日(木) ヨブ11
24日(金) ヨブ12
25日(土) ヨブ13

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<先週の週報より>

「私たちの弱点と美点」
 私たちは自分の弱点を知らなければならない。自分の弱点を知れば、私たちは二つのことから救われるであろう。
 第一に、誘惑から救われるだろう。自分の弱点を知れば、自分が避けるべき状況がわかるだろう。自分の弱点を知り、それを忘れないようにしていれば、誘惑との戦いは半ば勝ったも同然である。
 第二に、欲求不満から救われるだろう。自分の弱点を知れば、自然と自分に適しないようなものは望まず、手を出さないようになるだろう。多くの人がもし自分のできる仕事に満足し、また自分の力以上の仕事をしようとはせずにいたら、人生はずっと幸せなものになっていただろう。そういう仕事に手を染めれば、いらいらしたり失敗したりするだけのことだから。  私たちはまた自分の美点も知るべきである。自己不信があまりに強いのは、自信があり過ぎるのと同じように悪い。人々が自分にできる仕事をしないでいるために世の中が失うものは計り知れない。とりわけ教会において、奉仕することのできる人が引っ込んでしまって奉仕を拒んだなら、これは計り知れない損失である。

  …W.バークレー著『喜びの信仰に生きる』p.107~108

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愛知県知多市八幡新町1丁目12/12
Chita-shi, Aichi
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