バプテスト障がい者伝道協力会

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05/06/2021

【視点・死角】
 「病気」とどう向き合うか
 今回は「病の神学(ジョン=クロード・ラルシェ著/教友社)」を通して、二、三考えて見たい。
 まず訳者あとがきにより、内容を紹介しよう。
第一章「病気の淵源」。病気や痛みは、神がおつくりになったのではない。人間が自由意志の乱用によって「楽園からの追放」、すなわち神から離れ、病気を招き入れたのである。そしてこれは、人類全体の宿命となる。こうして罹病は人間が負わなければならない災いだが、キリストの十字架と復活によって再生され、病気から解放される。しかし最終的には、神の定めた「終わりの時」である。
 第二章「病気の霊的意味」。
 病気が持つ深い意味についての考察である。病気であっても、そこから大きな霊的かじつを得ることができる。そのためには病気が神から離れた出来事、すなわち人間の思い上がりを思い起こす必要がある。病気によって人間は正気にかえるのであり、神は病気において人間を救う意志を示している。
 
 こういう言い方は、第一章の「神は人間に苦痛を与えようとはなさらない」ことと矛盾し、病気や障がいのあるものには、かなりの抵抗があろう。だから、多くの人は口にするのをはばかっている。しかし聖書は、人間すべてが取り組むべき課題として、問題を赤裸々に示している。人々は心に思っていても口に出せない。卑怯にもその勇気がない。どちらが正直か。神は現実をあいまいにするのではなく、現実をあらわにして、人間を救おうとされるからである。神は人間を愛しておられるから。それは口先だけの愛ではない。御子イエス・キリストを人間の罪の身代わりにつけた十字架を見よ!

第三章「キリスト教的な治癒」
 まずキリスト教世界は、世俗的な医術を取り入れながら広まった(こういう表現は訂正が必要であろう。もちろん医術は世俗的な領域から始まったのだが、その精神はホスピス(修道院などの宿泊所)にあるー内藤註)。だがその根底には「神こそただ一人の医者である」事を確認して置かねばならない。キリスト者にとって治癒は(医者を通してと言ってもいいかも知れない)、神がもたらすのである(この感染世界にあって、医療従事者、患者のために祈らなくてはならない。これは全キリスト者の責任である)。
 以上が内容の要約だが、最後に著者ラルシェのメッセージに耳を傾けよう。
序文
 生きていて病気を患わない人間はいない。病気は、人間であることの条件と不可避的に関連づけられている。完全に健康な器官はない。健康とは、わずかながら優位を保つ人間の生命力と、これに抗するほかの力との一時的な均衡に過ぎない。
 マルセル・サンドライユ教授はその「病気の文化史」の中で次のように記している。生命は「その本質からして死に対する挑戦である。われわれの各細胞は、それを破壊しようとする力との絶えざる闘いによってのみ持ちこたえている。すでに若い頃から、われわれの身体組織には崩壊したり、摩耗したりした部位がひろく存在する。それらの組織の死期を早めることになる要因がすでに誕生の段階から刻み込まれている。病気は、持続する肉体のその筋書きの一部となっている。健康という装いのもとですら、生物学的な諸現象は、正常の範囲をたえず超えている。病因の発現が生命の最も基本的な営みと組み合わさっていることは、医師が日常的に観察している事柄である」と。
 自分が健康であると思うまさにその時に病気はすでにわれわれに滞在するのであり、ある抵抗力が弱まるだけで、それはなんらかのかたちをとって発症する。われわれがそれと気づく前に、病気はときに重大な事態を引き起こしていることもあるのである。

 この認識と謙遜こそが、予想外の試練にてんてこまいの私たちには必要な特効薬であろう。。

02/06/2021

【poem world】

イースターの朝
 イースターおめでとう
 アチコチで聞こえてくる
 『わたしはいのちだ』と言う声が
 おやおや教会の小さな庭に
 水仙が咲き出した
 おやおやクリスマスローズも
 負けじと蕾がハレルヤと歌っている
 今朝は
 バッハの「キリストは死の縄目につながれたり」を聴きたい
 あの人 この人どうしているかな
 おやおや 死に打ち勝ちたもうお方が
 わたしに語りかけておられる
 もしもし 聞こえますかと
(野の花3号より)

【メッセージ】      死のとげ 肉体のとげ                                                             Ⅰコリ15章15:55 「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。死よ、おま...
29/05/2021

【メッセージ】  
  死のとげ 肉体のとげ
Ⅰコリ15章
15:55 「死よ、おまえの勝利はどこにあるのか。死よ、おまえのとげはどこにあるのか。」
15:56 死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
Ⅱコリ12章
12:7 その啓示のすばらしさのため高慢にならないように、私は肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高慢にならないように、私を打つためのサタンの使いです。
12:8 この使いについて、私から去らせてくださるようにと、私は三度、主に願いました。
12:9 しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
12:10 ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

 「とげ」は抜かねばなりません。わたしも「とげ」に刺されたことがあります。「とげ」はずるがしこい奴で、抜けたとおもったら、チクッと刺すのです。パウロという宣教師は、二つのとげについて語っています。共通点もありますが、違う点もあります。『肉体のとげ』はパウロ個人のとげですが、『死のとげ』は全人類共通の痛みであります。もっとも『肉体のとげ』は個人的なものであっても、パウロの体験を通して同じ弱さを抱える者に多くの励ましと挑戦を与えてきたことは否定できません。

    死の歴史
 フランスの歴史家P・アリエスが死の歴史を考察しています。人々は中世中頃までは、「飼い慣らされた死」と呼んでいますが、生と死の断絶は今日ほど深刻ではなく、近代・現代になると「転倒された死」として「死」は隠され、それが逆に死への恐怖心が大きくなり、死の暴力性、つまり「野生の死」がすぐそこまで迫って来ているとアリエスは指摘しています。
 コロナ禍に生きる私たちは、感染者・死者の数が毎日報道され、隠されていた「死」が社会の前面に出て来た感じです。文明社会の快適に慣れ切っている私たちの前にー十四、十五世紀の七五年間も黒死病(ペスト)が社会を覆い、死の舞踏の図像が描かれたようにー隠されていた「死」が躍り出て来ているように思われます。このように「死」は「向こうに行ってらっしゃい」と追いやっても、つきまとってきます。、

  でも死のとげはぬかれた!
 キリスト教というと、その名の通り教えの宗教のように受け取られている向きもあります。右の頬を打たれたら左の頬も差し出しなさい。確かに聖書にはよい教えがいっぱい詰まっている宝の箱のようです。しかし人生の現実を打ちのめすもの、それは『死』です。ヨブはこの死を有無を言わせず、手当たり次第全人類をひとり残らず飲み込んで来た『恐怖の王18:14』と呼んでいます。私たちは、この恐怖の王のもとに一生恐れおののいて奴隷のように生きるのです。
 あのイスラエルの民はほとんど同じ境遇の中で、うめきの叫びをあげたのでした。この時モーセが現れたように、イエス・キリストが死より三日目によみがえり、この恐怖の王を滅ぼして下さったのです。
 『死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。死よ。おまえの勝利はどこにあるのか』、絶対的な宣言です。私たちは人類の初めから『死』を克服しようとあらゆる努力を重ねて来ました。でもできなかった!これからもできない!
なぜでしょうか。『死のとげは罪であり、罪の力は律法です』、ここに解決の秘密があります。罪というとげをぬかない限り、死という『恐怖の王』から解放されることは絶対に不可能です。主イエス・キリストが私たちの罪の身代わりに十字架に死なれた理由が、ここにあります。
 この勝利宣言と、オランダの画家ブリューゲルの「死の勝利」を見比べてみますと興味深いものがあります。十四世紀中頃ヨーロッパ全土に広がったペストの大流行は、人々の生死観に大きな影響を与えました。この世の地位・武力・富もこの『恐怖の王』の前には意味をなさず、「メメント・モリ(死を覚えよ)」が一つの警句として定着したのです。主イエス・キリストは十字架にかかられたとき、あたりは暗やみに閉ざされましたが、この暗やみの中でこの『恐怖の王』と戦い抜いて勝利をして下さいました。その証拠に主イエス・キリストは死の三日目に復活されました。

     でも肉体のとげは抜かれなかった
 パウロは、『肉体に一つのとげを与えられました』と告白しています。その前に『第三の天に引き上げられた』経験を語っていますが、その啓示があまりにもすばらしかったために、高ぶることのないようにと注釈をつけています。『高ぶることのないように』が二回も使われています。パウロは大きな働きをしました。大きな働きをすると、人は高慢になりやすい。そして高慢はその働きを破壊するのを、パウロは知っていたのです。パウロは別の手紙で『私は使徒の中で最も小さな者であって・・・・・なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。・・・・・私はほかの使徒たちよりも多く働きましたーⅠコリントⅠ5:10』と書いています。多く働いたが、多くの成果を得たとは言わないのです。彼ほど多くの成果を得た人はいませんのに、そう言わないところにパウロの性格を見ることができます。
 この肉体のとげは、「肉体に刺さり込んだとげ」の意味があります。激しい肉体的苦痛をともなう十字架を指します。中世では、パウロの肉体的欲望などと解釈するふざけた人もいましたが、現代では文字通りの意味として受け取られています。それにしても私が驚かされるのは、神さまは『死のとげ』は抜かれたが、『肉体のとげ』を抜かれませんでした。どうしてだろうと悩みます。悩んでいる内に、人はみな「強さ」にあこがれますが 神さまは逆に「弱さ」を通してご自分の働く余地を残して置くために、抜かれなかったのではなかろうかと私流に思うのです。。つまり、肉体のとげの痛みを負いつつ、『死のとげを抜かれた方』のために戦いながら生きた人物がパウロだったのではないかと。天国にたどり着いた時、直接聞いて見たいと思っているのですが。皆さんはどう思われますか。。


  

今年大統領に就任したライデン氏は、「今は、闇だが、やがて光は来る」と演説の中で語りました。信頼のできる政治家だなと思いました。
 わたしは二十二歳の時、母を亡くしました。これからどうやって生きて行けばいいのか、悩みに悩みました。そしてある日、かたわらにあった睡眠薬をがぶ飲みしました。気づいた時は、病室にいました。その時、同じ障がいのある牧師が見舞いに来て、次の聖書の言葉を読み祈って下さいました。
Ⅰコリ10章
10:13 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。
 この言葉は、わたしの八十二歳の生涯を支える杖となりました。繰り返しの試練の中に、『神の真実』が輝いて見えたからです。
 しばらくして、日本人の宣教師が訪ねて来ました。母のまだ生きていた頃、悩みを書いて近くの教会に出した一枚のハガキをもって。何かの書類の中にまぎれこんでいたと思われます。『神のなさることは時にかなって美しい』と言う言葉通りです。宣教師はたびたび訪ねて来て、主イエス・キリストをあなたの『救い主』と信ずれば新しく生まれ変わることができます。ただし主イエス・キリストがあなたのために、何をして下さったかを知る必要があります。彼は、あなたの罪の身代わりになって、ご自身なにひとつ悪いことはなさらないのに、あのむごい十字架におかかりになったのです。しかも、神さまはあなたの罪が確実に取り除かれ赦されたということを明らかになさるために、主イエス・キリストを死より復活させられたのです。あなたは今障がい者として悩んでいるが、障がい者として生きる道があります。神さまがお出来になります、とお話下さいました。振り返って見ますと、障がい者として生きる道、その通りになりました。

 イエス様はあるとき、評判のよくない女性に『あなたの信仰があなたを救ったのですールカ七・五十』と申されました。評判のよくないから、こう言われたのではありません。改心したからこう励まされたのです。『救う』は「いやす」とか「完全にする」など幅広い意味があります。わたしの姪の子どもは医者をしていますが、家族に事故があり、電話で報告があった時「またイエス様から愛されちゃった」と言うことばを聞きました。不慮と愛されるとは、どう言う関係なんだろうと誤解されやすいですが、聖書のこの女性を思い起こした次第です。

 宗教改革者のマルチン・ルッターは、私たちの身近な出来事を通して次のように教えました。
ーーそれはちょうど、病んでいる人が、医者の完全によくなると言う約束を信じるようなものだ。・・・・・さて、この病人は、今健康なのだろうか。実際、彼は病んでおり、同時に健康でもある。現実には病んでいる。しかし、彼は、医者の確かなやくそくのゆえに健康なのである。彼は、医者を信じているし、また医者も彼をすでにいやされたと見ているのであるーーと。
 ルターは十六世紀の人ですが、そのころは今よりも病院の比喩は身近でなかった医者と患者との関係を通して、聖書の救いの意味を明らかにしているのはさすがです。アウグスティヌスは、教会を病院にたとえました。病院には病気になったら行くところです。ですが今の教会はどうでしょうか。病人を歓迎するでしょうか。わたしが障がい者だからこう言うのではありません。教会を批判するつもりもありません。教会は病院であると主張した大先輩の声を振り返って見たいのです。これらの考え方は、何もとっぴなものではなく、イエス様のことばを受け継いでいると言えましょう。彼はこうおっしゃいました。『医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人です。わたしが来たのは、正しい人ではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためですーマタイ五・三十一、二』と。この時イエス様のまわりには、にせ健康者がとぐろを巻いていたのです。コロナ禍の今ほど、医者は毎日のように報道にあらわれます。以前は病院に行かなければ接することもできなかった医者がです。今こそ、身も魂に触れて下さる偉大な医者のもとに馳せ参じたいものであります。
。。

ヨブの身に何が
 旧約聖書に「ヨブ記」があること自体、神さまの偉大な配慮だとわたしは思っています。ヨブは『神を恐れて、悪から遠ざかって』いました。そして『東の人々の中で一番の有力者』と言われています。ここに悲劇が始まる原因があったのです。場面は、地から天に変わります。
 ある日、神の前で御前会議が開かれました。神はヨブの人格と信仰をほめられました。集まった一人にサタンという者がいましたが、「ヨブの信仰には裏がある」と言い放ちました。ヨブは財産が神さまに守られているから、『それを打ってごらんなさい。彼の本心が分かりますよ』。神さまはヨブを信頼していましたから、しばらくして財産は全滅、十人の子どもは大嵐で亡くなったという知らせが届きました。普通ならば「神も仏もあるものか」と神をのろうでありましょう。サタンの言う通りになりました。しかしヨブはそうしませんでした。『私は裸で母の胎から出て来た。【主】は与え、【主】は取られる。【主】の御名はほむべきかな』。そして『神に対して愚痴』をこぼすようなことはしませんでした。
 またしても神はヨブをおほめになりました。サタンは業を煮やして、ヨブのからだを打てと提案します。ヨブは悪性の腫物で、全身を土のかけらで引っ掻く程のかゆみに悩まされることになりました。妻のひとこと。『神を呪って死になさい』。言ってはならない言葉です。現代もSNSを通してこの言ってはならない言葉が飛び交っているではありませんか。
 次に、三人の友人が、慰めようと遠方からやって来ました。友人たちは一週間も、何も話しかけずにヨブのそばにいました。その痛みが大きいのを見て、慰めのことばも見つからなかったにちがいありません。しかし慰めに来た友人がヨブの心をズタズタに引き裂くことになるのです。それで私たちがこの偉大な書にふれる幸いにあずかれるのです。
 しかしついにヨブは口を開き、自分の生まれた日をのろうのです。友人たちの長い長い論争が始まります。その主張は複雑ですが一貫しているのは「因果応報」、ヨブが何か悪いことをしたから、その報いを受けているのだと言う思想です。
       
    路傍の人に何が
  この思想は新約聖書にも出て来ます。イエスと弟子たちが一人の視力障がい者を見かけます。弟子たちはイエスにたずねます。『この人が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか』。イエスの答はそれを全面的に否定して、『神のわざがこの人に現れるためであるーヨハネ九・三』と言われている。多くの人が待ち望んだ答です。ここで注意したいことは、この人本人から出た疑問ではないことです。もちろん生まれついてからですから、何度も疑問を繰り返したと思われます。しかしここでは、この疑問は本人の口からではなく、第三者からでした。
 確かにヨブは自分の身に振りかかった災難に愚痴一つこぼしませんでした。妻のひとことにも、『私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか』と、ヨブはたしなめています。幸いを受けるのは当然という人間のおごりが、ここにあります。ヨブ記が語ってくれる、幸福感、災い感がここにあると言えましょう。
 
     ベテスダの人に何が
もうひとりの人を紹介しましょう。ベテスダの池のほとりにいた三十八年間病気にかかっていた男です。この池の水が動いた時、真っ先に入った者はどんな病気でも直るときいて、彼は来ました。イエスは彼に『よくなりたいか』と問いかけられました。病人はこのように答えました。『(池の中に)、行きかけると、もう他の人が先に降りていくのです』。答えになっていない答です。よくなりたいという思いも、四十年近くの歳月を経るとどこかへ消えてしまったようです。
 イエスは「おお!哀れな人よ」とは言われませんでした。『起きて、床を取り上げて歩きなさい!』、待ったなしです。力強い声がむしばんだ三十八年間の生涯をふるい立たせたのです。ここでもこの病人は、自分の苦難の意味を問うていません。
   
   主なる神に何が、
 友人たちは退場して、今度は主なる神が登場して来られます。神はこう申されます。『さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。あなたはわたしのさばきを無効にするつもりか。自分を義とするため、わたしを不義と定めるのかーヨブ記四十・七、八』。苦難にあった人は得てして弱虫です。ヨブは友人の間違いをたたいているうちに、自分は正しいんだという自己義に陥っていたのです。自己義と隣り合わせは自己憐憫です。
 あのベテスダの男もくだくだ言いましたが、イエスはひとこと『床を取り上げて、歩め』とおっしゃいました。ヨブは友人と論争しているうちに神を責めていました。神はそれを見抜いて、何だ、そのへっぴり腰は、男らしくせよ、今度はわたしがたずねる。答えよと言われるのです。私たちは何かあると、神に問いかけますが、ある場合は「なぜですか」と食ってかかることがあります。そんな時、神は必ず「わたしに答えられるか。答えて見よ」と挑戦されます。そして強い口調で「あのカルバリの丘に立っている十字架を見なさい。十字架の光に照らされる時、苦難の意味が分かって来る」と雷鳴に似た激しい声が世界中を揺るがし駆け巡るのです。

15/02/2021
30/01/2021

【詩の世界】
      巣ごもりさん
  世はまさに「巣篭もり」時代に突入
  パスカル曰く
  「人間の不幸はすべて、部屋に静かにとどまっていられないことに由来する。」
   なんとまあ 今の嘆きを適格に表現しているだろう
   十七世紀の先人がどんぴしゃり 今の苦悩を預言する
   人間と人間は 感染という橋で近づくことが遮断されている
あの橋さえ爆破できれば!
   今日も礼拝の動画が送られて来る
   牧師がひとり 賛美歌が流れる中
   みことばを語り出す
   会衆のいない礼拝堂の中で 何とかしてよきおとずれを伝えたいと
   妨げるものはひとつもない
   天から大合唱が聞こえて来た
2021/01/18 16:57

    不思議な一年
 梅が咲くと 春が来るという
 不思議だ
 トンネルを抜けると海が見える
 真っ黄色の菜の花畑
 不思議だ
 コロナの光の奥に何が見える?
人類が楽園から追放されて以来
 細菌との闘いが始まった
 主イエス・キリストの十字架と復活
 生命の夜明けだ
 勝利 勝利と叫ぶ声が
 天から 地から地響きのように
 聞こえて来る
 不思議な一年が始まる
                             野の花332号

30/01/2021

【メッセージ】  
  あなたは苦難の意味を問えるか

【主】は嵐の中からヨブに答えられた。
さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。
あなたはわたしのさばきを無効にするつもりか。自分を義とするため、わたしを不義に定めるのか。                         ヨブ記四十・六ー八
 聖書に登場する三人の人物を通して、考えて見たいと思います。

    ヨブの身に何が
 旧約聖書に「ヨブ記」があること自体、神さまの偉大な配慮だとわたしは思っています。ヨブは『神を恐れて、悪から遠ざかって』いました。そして『東の人々の中で一番の有力者』と言われています。ここに悲劇が始まる原因があったのです。場面は、地から天に変わります。
 ある日、神の前で御前会議が開かれました。神はヨブの人格と信仰をほめられました。集まった一人にサタンという者がいましたが、「ヨブの信仰には裏がある」と言い放ちました。ヨブは財産が神さまに守られているから、『それを打ってごらんなさい。彼の本心が分かりますよ』。神さまはヨブを信頼していましたから、しばらくして財産は全滅、十人の子どもは大嵐で亡くなったという知らせが届きました。普通ならば「神も仏もあるものか」と神をのろうでありましょう。サタンの言う通りになりました。しかしヨブはそうしませんでした。『私は裸で母の胎から出て来た。【主】は与え、【主】は取られる。【主】の御名はほむべきかな』。そして『神に対して愚痴』をこぼすようなことはしませんでした。
 またしても神はヨブをおほめになりました。サタンは業を煮やして、ヨブのからだを打てと提案します。ヨブは悪性の腫物で、全身を土のかけらで引っ掻く程のかゆみに悩まされることになりました。妻のひとこと。『神を呪って死になさい』。言ってはならない言葉です。現代もSNSを通してこの言ってはならない言葉が飛び交っているではありませんか。
 次に、三人の友人が、慰めようと遠方からやって来ました。友人たちは一週間も、何も話しかけずにヨブのそばにいました。その痛みが大きいのを見て、慰めのことばも見つからなかったにちがいありません。しかし慰めに来た友人がヨブの心をズタズタに引き裂くことになるのです。それで私たちがこの偉大な書にふれる幸いにあずかれるのです。
 しかしついにヨブは口を開き、自分の生まれた日をのろうのです。友人たちの長い長い論争が始まります。その主張は複雑ですが一貫しているのは「因果応報」、ヨブが何か悪いことをしたから、その報いを受けているのだと言う思想です。
       
    路傍の人に何が
  この思想は新約聖書にも出て来ます。イエスと弟子たちが一人の視力障がい者を見かけます。弟子たちはイエスにたずねます。『この人が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか』。イエスの答はそれを全面的に否定して、『神のわざがこの人に現れるためであるーヨハネ九・三』と言われている。多くの人が待ち望んだ答です。ここで注意したいことは、この人本人から出た疑問ではないことです。もちろん生まれついてからですから、何度も疑問を繰り返したと思われます。しかしここでは、この疑問は本人の口からではなく、第三者からでした。
 確かにヨブは自分の身に振りかかった災難に愚痴一つこぼしませんでした。妻のひとことにも、『私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか』と、ヨブはたしなめています。幸いを受けるのは当然という人間のおごりが、ここにあります。ヨブ記が語ってくれる、幸福感、災い感がここにあると言えましょう。
 
     ベテスダの人に何が
もうひとりの人を紹介しましょう。ベテスダの池のほとりにいた三十八年間病気にかかっていた男です。この池の水が動いた時、真っ先に入った者はどんな病気でも直るときいて、彼は来ました。イエスは彼に『よくなりたいか』と問いかけられました。病人はこのように答えました。『(池の中に)、行きかけると、もう他の人が先に降りていくのです』。答えになっていない答です。よくなりたいという思いも、四十年近くの歳月を経るとどこかへ消えてしまったようです。
 イエスは「おお!哀れな人よ」とは言われませんでした。『起きて、床を取り上げて歩きなさい!』、待ったなしです。力強い声がむしばんだ三十八年間の生涯をふるい立たせたのです。ここでもこの病人は、自分の苦難の意味を問うていません。
   
   主なる神に何が、
 友人たちは退場して、今度は主なる神が登場して来られます。神はこう申されます。『さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。あなたはわたしのさばきを無効にするつもりか。自分を義とするため、わたしを不義と定めるのかーヨブ記四十・七、八』。苦難にあった人は得てして弱虫です。ヨブは友人の間違いをたたいているうちに、自分は正しいんだという自己義に陥っていたのです。自己義と隣り合わせは自己憐憫です。
 あのベテスダの男もくだくだ言いましたが、イエスはひとこと『床を取り上げて、歩め』とおっしゃいました。ヨブは友人と論争しているうちに神を責めていました。神はそれを見抜いて、何だ、そのへっぴり腰は、男らしくせよ、今度はわたしがたずねる。答えよと言われるのです。私たちは何かあると、神に問いかけますが、ある場合は「なぜですか」と食ってかかることがあります。そんな時、神は必ず「わたしに答えられるか。答えて見よ」と挑戦されます。そして強い口調で「あのカルバリの丘に立っている十字架を見なさい。十字架の光に照らされる時、苦難の意味が分かって来る」と雷鳴に似た激しい声が世界中を揺るがし駆け巡るのです。
野の花332号メッセージ

15/12/2020

【詩】
 夜は暗い
    けれども光が君を照らすとき

 ひとりのみどりごが私たちのために生まれる
 ひとりの男の子が世界を変えた
 ひとりの男の子が八十四年前
 母の胎から取り出された
 その子の名は脳性小児マヒ
 何度も暗やみを通った彼だったが
 世界を変えた不思議な男の子に見出され
 その生涯に奇跡が起こった
 世界を変えた男の子の誕生を
 ひかりの祭り クリスマスという
 やみの中に光がかがやく
 試練にあるわれらにも
 メリークリスマス!とあいさつをしよう
野の花331号より

13/12/2020

【絵画に見るクリスマス】
 「レンブラントのクリスマス」という本がある。その作品を通して、聖誕を黙想したステキな書である。その作品の一つに「ベツレヘムの馬小屋でのヨセフの夢」がある。クリスマスになると、感動して読む一節である。
 その前に聖書による背景が必要であろう。
 ベツレヘムでお生まれになった「世界の救い主」のグッドニュースを聞いて、東方から博士たちが祝いに訪れました。最初博士たちは、王様が生まれるならばきっと都だろうとおもってエルサレムに来ました。『拝みに来ました』と言っています。ところが都は、全く冷淡でした。ことに時の為政者ヘロデは猜疑心の強い男でしたので、ライバルが現れたとばかり不安をつのらせました。エルサレム中の人たちも、この王が怒り出したら何をやらすか分かったものではないと息をひそめていたのです。案の定ヘロデは大変な事を考えていたのでした。博士たちが帰って行ったあと、ヨセフが夢で、『立って、エジプトへ逃げなさい。ヘロデこの幼子を捜し出して殺そうとしています』との声を聞いたのです。
 
 レンブラントの作品は、ここから始まります。解説者は語ります。
 愛する妻の死後、画家にとって、骨の折れるもめ事にさみしさが募り始めた時、この作品は生まれたと。
  ヨセフは疲れ、力も尽き果て、壁のそばの床の上に腰を降ろしている。マリアはヨセフに背を向け、幼子を寝かせた方向に身を向けている。ここでは、彼女とヨセフとは、あたかも無関係のように思われる。そこで、天使はヨセフの肩に触れ、左手が指し示す方を見るように促す。
 ーーそこにはマリアがいるではないか。幼子がいるではないか。起きなさい。もし、お前が起き上がらなければ、すべてが危険にさらされる。

 ヨセフが目覚めた時、彼はこう問うだろう。私は夢を見ているのだろうか。ともかく、出発の時だ。その光がどこから射し込んで来るのか。

 クリスマスは、このようにして逃亡から始まった。『逃げなさい』の声が聞こえて来る。障がいに老化が加わって、どのように逃げたらよいのか。しかし聖家族は逃げた。明日を待たなかった。このわたしもヨセフのように疲れ切って、こごんでいる。どこからか、「長生きしすぎたのかなあ」と声が聞こえて来る。私は寝返りマットの中で身が縮んだ。『生きることはキリスト。死ぬるも益なり』と言い返せなかったこの身のふがいなさ。しかしこの時は逃げたが、ゲッセマネで自ら手を差し伸べて十字架に己の身を委ねた。いまも世界中を逃げ回っている人がいる。この人のために、まだ幼子の時なのに、逃げて下さったキリスト。「そこにはマリアがいるではないか。幼子がいるではないか」と言う声に合わせて「コロナ禍から逃げまどう人がいるではないか」と天から大音響のように聞こえて来るのはわたしだけか。
  それでも、今年もクリスマスは来た。メリークリスマス!
   。

13/12/2020

【音楽に聴くクリスマス】
 世界中で歌われる「きよしこの夜」はどうして生まれたんでしょう。オーストラリア・オーベンドルフの聖ニコラウス教会助ヨゼフ・モールによる詞に、同教会のオルガニスト兼小学校教師のフランツ・グルーバーが曲をつけました。1818年12月24日のイブ礼拝に、二人の独唱によって、ギター演奏により初演された。
 ギター演奏となったのは、ネズミがかじってオルガンが故障したと逸話が語られていますが、もう少し複雑な背景があったようです。当時のヨーロッパは二十年にもわたるナポレオン戦争によって、荒廃・疲弊していたが、ザルツブルク郊外、この小いさな村もオルガンの修理費すら出せなかったと思われます。イエス様の誕生当時の貧しい時代と同様に、イエス様を愛する者達がこの賛美をつくって、今や世界中の人たちが歌っているのは感動すべき事でありましょう。このクリスマスキャロルは、百四十カ国に翻訳され、、1995 年にはユネスコにより無形文化遺産に認定されています。
 さて日本語では、由木康氏は「救いの御子は、御母の胸に」と英詞をそのまま訳しています(1931年版「賛美歌」収録)。しかし、「賛美歌21」264番では、「すくいの御子は、まぶねの中に」と母マリアが消えてしまっている。プロテスタントの由木康氏が、改訳にあたりカトリックの聖母信仰を思わせる表現を省いたと考えられます。彼の代表作「馬槽の中」にはキリストの誕生から十字架の死までを、わずか四節の詞に見事に表現して多くの人に愛唱されています。第一節には「まぶねのなかに うぶごえあげ (中略) 貧しき憂い 生くるなやみ、つぶさになめし この人を見よ」と歌う。救い主、神の子イエス・キリストは、人としての「貧しき憂い 生くるなやみ」をともに味わって下さるために、宮殿や豪華なベビーベッドではなく、「馬槽のなかに」、すなわち、世の中から拒絶された、冷たい石の家畜用餌箱に生まれたのです。
 「きよしこの夜」の訳詞においても、原詞にはない「まぶねの中に」と言う句を取り入れることで、由木氏は聖書が伝えるこのメッセージを伝えようとしたではないでしょうか。
          (この項「よく分かるクリスマスー教文館」を参考させて頂いた)。
   ◇◆ ◇◆
 わたしの「きよしこの夜」を振り返って見よう。十七歳の時、はじめて燭火礼拝に出た。車いすのなかった時分で、教会の方に負ぶわれて出席した。それから自宅でも、伊澤記念男先生(脳性マヒの牧師)を招いて二十名位集まっただろうか。二十代になり、新宿の施設でリハビリを受けることになる。生涯歩けないと諦めていたわたしに歩く事が出来ると希望を与えてくれた医師を頼って。その代わり二年間のうち半分以上は手術、手術で寝たきりの毎日だったが、クリスマスの夜、数人の教会の方々がローソクを手に持ち、静かに「きよしこの夜」を賛美して下さったことが忘れられない。
 神学校を卒業して翌々年、青森三戸の教会に遣わされたが、その年のクリスマスイブ礼拝には、雪の降る中、大家さんが出席下さったのを今思い出しても喜びにふるえる。美浜教会に仕えさせて頂いて二十三年、先輩で友人の先生が、ハーモニカと声楽を交えて「キャロルの夕べ」を毎年継続して開いて下さったことも忘れることのできない感動である。それと数年前、背骨に水がたまってそれを抜いた夜、病室でケーキが出たが食欲もなく喉に通ることも出来なかった。教会の集会に想いを馳せながら、感謝と涙の入り交じった聖夜を過ごしたことも記憶に留めて置きたい。。

コロナ禍のクリスマスですが心からおめでとうございます。
02/12/2020

コロナ禍のクリスマスですが心からおめでとうございます。

紅葉はもう終わっていました。銀杏の写真は通りがかりのご婦人に。お礼に野の花を差し上げました。京成線の千葉寺で降りて。ロータリーまで豪快なスロープが。駅員さんがバリアフリーはまだまだですねと。車中は車いすの席が、しばしばの散歩でした。帰りに向...
02/12/2020

紅葉はもう終わっていました。銀杏の写真は通りがかりのご婦人に。お礼に野の花を差し上げました。京成線の千葉寺で降りて。ロータリーまで豪快なスロープが。駅員さんがバリアフリーはまだまだですねと。車中は車いすの席が、しばしばの散歩でした。帰りに向かいの障がい者福祉館に寄りました。

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