キリスト兄弟団 旭川栄光教会

キリスト兄弟団 旭川栄光教会 Asahikawa Glory Church 旭川市神楽にあるプロテスタントの教会です♪
「神楽4条11丁目」バス停すぐそば
旭川駅前「1条7丁目」から旭川電気軌道バス 80番 81番 共栄バスセンター行き 約10分

小さな子どもから大人までみんな仲よく、あたたかな雰囲気の教会です。
どなたでも心から歓迎しますので、お気軽におでかけください。

【グッドモーニングバイブル】2026.06.04Ⅰコリント12:1~11 「告白の前に」12:3 ですから、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも「イエスは、のろわれよ」と言うことはなく、また、聖霊によるのでな...
03/06/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.06.04
Ⅰコリント12:1~11 「告白の前に」

12:3 ですから、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも「イエスは、のろわれよ」と言うことはなく、また、聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません。

 口先だけの告白にならないようにするには、告白の瞬間よりも、普段の態度が誠実であることが重要です。それは、勢いではなく、ことばの強さではなく、心が整えられている必要があるからです。真実は告白を聞くのは、うれしいです。

 今日の聖書では、聖霊による信仰告白について教えています。聖霊の働きによっては、「イエスは、のろわれよ」というイエスを否定する告白は出てきません。それは、イエスよりも上に立ち、イエスをさばく態度です。その正義感は、ゆがんだものです。自分の都合、利益を土台にしたもので、真理とはほど遠いものです。
 逆に聖霊によらなければ、「イエスは主です」という告白には至りません。聖霊は、告白の瞬間にだけ働くわけではありません。日常生活をとおして、いつも関わっていてくださり、常にイエスがどのようなお方であるのかを、示し続けていてくださるのです。「イエスは主です」という告白は、短い単純なことばですが、その意味するところは豊かです。

 知識としてわかったから告白するというよりは、経験的にイエスを必要とし、罪から救われて、永遠のいのちを与えらえた喜びを味わっていることの告白です。普段からイエスと関わり続けているからこそ、口にできる告白です。

 どんなに知識があっても、どんなに社会的な地位があっても、どんなに成功していたとしても、力のない偶像に引き寄せられてしまうのです。人間の知恵や力を土台にしているのでは、偶像礼拝に傾くことから、逃れられません。

 聖霊の働きによって、イエスに近づくことができます。そして、イエスを主と告白することができます。いつも導き続けていてくださる聖霊の働きを、覚える者となりましょう。

 今日もいい一日が待っています。自分を主張することが、聖霊の働きを留めてしまうことになります。聖霊の働きにいつも心を開いていることを覚えて、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.06.03Ⅰコリント11:27~34 「本物かどうかを吟味」11:27 したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。11:28...
02/06/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.06.03
Ⅰコリント11:27~34 「本物かどうかを吟味」

11:27 したがって、もし、ふさわしくない仕方でパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。
11:28 だれでも、自分自身を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。

 最近の詐欺の被害は、莫大な数字になっています。本物そっくりの偽サイトに誘導されて、騙されることがあります。公的機関、金融機関を装って、「未払い料金があります」と騙される。なりすましが多発しているので、本物かどうかを、常に確認する必要に迫られています。くれぐれも注意をお願いします。

 今日の聖書では、自分自身に対して吟味するように命じています。「ふさわしくない」態度で、聖餐式に臨むならば、罪を犯すことになると教えています(27)。

 吟味するというのは、本物かどうかを調べるということです。それは、弱い立場にある方々に、どのような態度を示すかで、明らかになります(30)。教会の中で、配慮がどこまでできているかが問われています。教会に、多くの弱い者、病気の方がいるのは、そのためです。

 自分のことしか考えないのでは、キリストの十字架によって救われ、神の子どもになっている態度ではありません。弱い立場にある方々に、愛の配慮ができているかどうかが、本物の神の子どもかどうかを吟味するポイントです。

 神さまは、罪を暴露して罰しようとするのではなく、本物であることを確認して、祝福の中を歩ませるためです。一度の点検で済ませてしまうのではなく、幾度も点検して、本物かどうかを確かめることが、求められています。

 自分の弱さ、足りさなに気づいたときには、素直に神さまの前に出ることです。神さまは、知恵を与え、力を与え、愛を注いでくださいます。教会の中でも、外でも、愛の配慮ができる者となりましょう。

 今日もいい一日が待っています。互いに配慮し合う関係を深めて、キリストの教会としてふさわしく成長していくように、祈りましょう。愛の配慮を示すことを心に留めて、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.06.02Ⅰコリント11:17~26 「我先にと動くのは違います」11:25 食事の後、同じように杯を取って言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行...
01/06/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.06.02
Ⅰコリント11:17~26 「我先にと動くのは違います」

11:25 食事の後、同じように杯を取って言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」

 「今動かないと手に入らない」と思うと、我先にという行動になります。「早く動いた者が勝ち」、「先に言った方が有利」など、我先になる場面はいくつもあります。不安な心が、我先に動くことになるようです。「安心していい」とわかれば、違った行動になります。

 今日の聖書では、パウロはコリントの教会に「ほめるわけにはいかない」(17)と、警告していることがあります。それは、教会内に分裂があることです。特に食事の場面で、顕著でした。我先にと食事をしている人がいて、酔っている人がいれば、貧しい人が空腹なままという分裂があるというのです(21-22)。教会でも、我先にという事態が起こることを、警戒する必要があります。

 教会が、このような集まりになっていれば、益にならずに害になっている(17)とまで、パウロは断言します。その原因は、罪にあります。自分を中心にしようとするのが、罪です。それを神さま中心の生活に変えるように、主イエスは、人がかかえている罪を十字架で身代わりになって罰を受けられ、その罪を赦してくださったのです。

 罪赦されていることを確認して、主イエスに感謝するのが聖餐式です。パンは、主イエスの十字架にくぎ付けられた「からだ」を覚え、杯は、十字架で流された「血」を覚えることになります。実際に十字架につけられたのは、主イエスですが、自分もその十字架に重ねて、繰り返し十字架の意味を新しく覚える者になるのが、聖餐式の意味です。

 以前はみな罪びとであったのに、今は罪赦され、神の子どもとされている喜びを分かち合う共同体が、教会です。ですから、教会に分裂なく、一つになっているというのが、神さまの栄光を現す姿になります。
 
 今日もいい一日が待っています。我先にという態度が、自分の中にないかチェックしましょう。互いへの配慮ができる愛の交わりに進むことができるように、祈って、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.06.01Ⅰコリント11:1~16 「男と女」11:11 とはいえ、主にあっては、女は男なしにあるものではなく、男も女なしにあるものではありません。11:12 女が男から出たのと同様に、男も女によって生...
31/05/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.06.01
Ⅰコリント11:1~16 「男と女」

11:11 とはいえ、主にあっては、女は男なしにあるものではなく、男も女なしにあるものではありません。
11:12 女が男から出たのと同様に、男も女によって生まれるのだからです。しかし、すべては神から出ています。

 女性の「聞いてほしい」は、「共感してほしい」という意味です。男性の「聞いてほしい」は、「アドバイスしてほしい」という意味です。同じことばでも、まるで意味が違います。ことばが通じないという非劇的な事件が、女性と男性の間で起こるのです。要注意です。

 今日の聖書では、男と女が同じ立場にあることを教えています。カギになるのは、「主にあって」です。聖書は、神のかたちとして男と女に創造された(創世記1:27)と教えています。ともに神のかたちに等しく造られたので、価値も使命も同じです。男と女に上下関係があるように考えるのは、間違いです。

 男と女は、「主にあって」対等なパートナーとして、歩むように造られました。女は男なしにはあるものではなく、男は女なしにはあるものではない、とパウロは宣言します。お互いを必要としている関係で、もしお互いがいなければ、生きていけないような事態になってしまいます。

 パウロは、さらに「すべては神から出ています。」と説明します。元をたどれば、神さまに行き着くというのです。ですから、どちらが優れているかという議論をするのは、無意味です。さまざまな違いは、優劣を競うものではなく、対立をうながすものでもありません。互いに補い合うべき存在なのです。

 男と女の違いを超えて、調和していくのが、神さまの計画です。私たちは、「二人は一体となる」(創世記2:27)というミッションを与えられています。違いを意識することで、関係を悪化させるのではなく、神さまがぞれぞれに与えられた賜物を発見しながら、一つになっていく喜びを味わうことができるように、祈りましょう。

 今日もいい一日が待っています。神さまによって、男と女に創造された意味を、もう一度黙想してみましょう。違うからこそ、補い合う思いをもって、一日を始めましょう。

今日(5/31)の礼拝は、CGN日本と韓国のスタッフが、9名も来てくださるメディア宣教特別礼拝です。礼拝メッセージのテーマは、「宣教の前進のために祈ろう」です。①宣教の働き人が用いられるように。②救いの喜びが伝えられるように。③みことばが相...
30/05/2026

今日(5/31)の礼拝は、CGN日本と韓国のスタッフが、9名も来てくださるメディア宣教特別礼拝です。

礼拝メッセージのテーマは、「宣教の前進のために祈ろう」です。①宣教の働き人が用いられるように。②救いの喜びが伝えられるように。③みことばが相手の心に届くように。パウロの「祈ってください」にことばに応えたいと願います。

メディアは、現代においては欠かせない福音の道具です。神さまの恵みと愛を伝えるものとして、有効に使うことができるようにと願います。

旭川栄光教会では、スペシャル企画が続きます。

【グッドモーニングバイブル】2026.05.30Ⅰコリント10:14~22 「いっしょにできないもの」10:16 私たちが神をほめたたえる賛美の杯は、キリストの血にあずかることではありませんか。私たちが裂くパンは、キリストのからだにあずかる...
29/05/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.05.30
Ⅰコリント10:14~22 「いっしょにできないもの」

10:16 私たちが神をほめたたえる賛美の杯は、キリストの血にあずかることではありませんか。私たちが裂くパンは、キリストのからだにあずかることではありませんか。

 「まぜるな危険」と表記されているものがあります。塩素系漂白剤と酸性タイプの洗剤です。有毒な塩素ガスを発生させます。人体に大きな影響をもたらす恐れがあります。混ざらないように注意が必要です。

 今日の聖書では、偶像礼拝を避けるように命じられています(1)。それは、大目に見るというレベルではないからです。「あなたがたは、主の杯を飲みながら、悪霊の杯を飲むことはできません。主の食卓にあずかりながら、悪霊の食卓にあずかることはできません。」(21)と、パウロは教えます。

 神さまを礼拝しながら、偶像礼拝をするのは、神さまと悪霊を一緒にしてしまうことで、あり得ないことなのです。さまざまな慣習の中で、偶像に関することが、あいまいにされてしまう傾向があります。一緒にしてしまうことの危険性を知っておく必要があり、「偶像礼拝を避けなさい」と命じています。

 パウロは、クリスチャンでありながら、偶像礼拝をしているコリントの教会の人たちに、「主のねたみを引き起こすつもりなのですか」(22)と尋ねます。神さまは、ねたむ神であり、神以外のものを神とすることには、さばきを行われるお方です。わざわざさばかれるような愚かなことをしないように、警告をしています。

 今日もいい一日が待っています。高慢になると、自分中心になり、大切なことが見えなくなってしまいます。まことの神さまと偶像を一緒にしてしまうようなことをしていないか、チェックして、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.05.29Ⅰコリント10:1~13 「高慢が招く悲劇」10:13 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいませ...
28/05/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.05.29
Ⅰコリント10:1~13 「高慢が招く悲劇」

10:13 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。

 タイタニック号は、絶対に沈まないと過信したため、救命ボートを減らし、速度を落とさず、警告を無視して、氷山にぶつかり沈没します。人間の高慢さが原因だと言えるでしょう。

 今日の聖書では、先祖たちの失敗を振り返って、戒めの教訓とするように教えています。

 イスラエルの先祖たちは、奴隷生活をしていたエジプトを脱出することができました。神さまの特別な守りと導きを体験します。海の底を歩き(1)、荒野でも食べ物や水を得ることができました(4)。でも、神さまから離れて、罪の道を歩みます(5)。

 当時のコリント教会も同じように、偶像礼拝によって、神から離れていました(7)。淫らなことを行い(8)、キリストを試み(9)、不平を言って、滅びの道を歩んでいました(10)。

 これらのことは、「立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」という教訓とすることでした。人は、高慢になってしまう時に、神から離れ、滅びの道を歩むことになります(15)。世の終わりの時代に生きているということは、神のさばきが近いことを覚えて、自分自身を戒める必要があります。

 試練にあう時に、自分の力で何とかしようとして、神さまから離れやすくなります。自分は間違っていないと思って、神から離れる現実の危険が見えなくなってしまいます。神と関係が薄らぐと、自分できると思って、神の導きが見えなくなってしまいます。

 神さまは、試練とともに脱出の道も備えてくださるお方です。試練の時こそ、神さまに近づき、守りと導きを求めましょう。

 今日もいい一日が待っています。高慢になって失敗してしまう現実を、心に留めましょう。神さまとの関係がより深められる、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.05.28Ⅰコリント9:19~27 「あえて弱い人になる」9:22 弱い人たちには、弱い者になりました。弱い人たちを獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。何とかして、何人かでも救うた...
27/05/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.05.28
Ⅰコリント9:19~27 「あえて弱い人になる」

9:22 弱い人たちには、弱い者になりました。弱い人たちを獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。何とかして、何人かでも救うためです。
9:23 私は福音のためにあらゆることをしています。私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。

 有名人が持っていたグッズや、着ていた服が、注目されて、検索や購入でバズってしまうことがあります。それは、あの有名人のようになりたいと思うからです。同じ服を着ても、同じようになれないのは、十分承知の上ですが。

 今日の聖書では、パウロは、「○○のようになりました」という表現を繰り返しています。最初に出てくるのは、「奴隷のようになりました」です(19)。普通に考えれば、奴隷を目指す人は、まずいないと思います。パウロは自由人であるのに、あえて奴隷のようになることを選択しました。それは多くの人を獲得するためでした。

 パウロは、福音を宣べ伝えるためには、相手と同じようになることが、必要だと考えていました。押し付けにならないように、上から目線にならないように、誤解されないように、配慮をしていたのです。福音を正しく伝えるとともに、伝え方も大切にしていました。

 ユダヤ人のように、律法の下にある者のように、と続きました(20)。ユダヤ主義、律法主義は、パウロが福音のゆえに放棄したものでした。けれども、福音を伝えるために、同じようになったのです。また、パウロは、律法を熟知していましたが、律法を持たない者のようにもなりました(21)。自分のこだわりを捨てて、相手を理解して、相手に合わせることを大切にしたということです。

 さらに、弱い者になりました。百戦錬磨の強いパウロです。でも、あえて弱い者になることができました。強いのに、弱くなるというのは、本当の強さを持っている証拠です。弱さを見せることは、相手とつながるきっかけになります。相手の心が開かれ、信頼が深まります。
 
 弱さを見せることは、自分の価値を下げることにはなりません。確かな神さまの愛と導きの中にあるからです。弱い者でも神さまの支えがあるから大丈夫だという生き方を示すことが、福音を伝えることにつながります。

 今日もいい一日が待っています。完璧な強い人を目指すのではなく、弱さを抱えながらも、神さまとともに平安の中を歩んでいる生き方を現す、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.05.27Ⅰコリント9:11~18 「使命に立つと、誇りは小さくなる」9:15 しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は権利を用いたくて、このように書いているのでもありません。それを...
26/05/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.05.27
Ⅰコリント9:11~18 「使命に立つと、誇りは小さくなる」

9:15 しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は権利を用いたくて、このように書いているのでもありません。それを用いるよりは死んだほうがましです。私の誇りを空しいものにすることは、だれにもできません。
9:16 私が福音を宣べ伝えても、私の誇りにはなりません。そうせずにはいられないのです。福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいです。

 自分の優位性をアッピールすることばが、「マウントを取る」です。ただマウントを取る人は、不安や不足感があって、心が揺れていることが多いようです。表面的には強く見えても、実際は違うということです。

 今日の聖書は、パウロが、「私が福音を宣べ伝えても、私の誇りにはなりません。」と宣言している箇所です。パウロの伝道旅行を通して、各地に教会が建て上げられていました。その働きは、注目すべきことです。

 パウロは、「そうせずにはいられない」働きだったと説明します。さらに、「福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいです。」とまで言います。自分の働きを全く誇ろうとしない姿勢を、貫いています。

 パウロが福音を宣べ伝えても、無報酬でいたのは、「何の妨げにもならないように」(12)と、効果的に働きを進めるためでした。神さまの働きを通して報酬を受け取るのは、旧約聖書時代からの当然の権利でした(13)。でも、パウロはその当然の権利を放棄していたのです。それは、福音を宣べ伝える使命を、いかに果すかだけに思いが集中したことが分かります。

 私たちは、人からどう見られるかを、気にしてしまう弱さがあります。そのために、頑張っている姿を示して、高い評価を受けることができるようにしたくなるのです。福音を宣べ伝えることが、自分を誇る材料になってしまうのは、使命から外れていることになります。

 パウロは、人の評価よりも、神さまの使命に生きることを大切にしていました。福音を伝えるには、メッセージをうまく伝えることよりも、その人の生き方が伝わっていくことを意識することが必要です。自分を誇ろうとするのは、福音の妨げになります。

 今日もいい一日が待っています。福音の喜びを日々味わって、整えられた心をもって福音を、伝えることができるように、祈りましょう。福音に生かされている者としてふさわしく、一日を始めましょう。

【グッドモーニングバイブル】2026.05.26Ⅰコリント9:1~10 「○○らしく見えなくても」9:1 私には自由がないのですか。私は使徒ではないのですか。私は私たちの主イエスを見なかったのですか。あなたがたは、主にあって私の働きの実では...
25/05/2026

【グッドモーニングバイブル】2026.05.26
Ⅰコリント9:1~10 「○○らしく見えなくても」

9:1 私には自由がないのですか。私は使徒ではないのですか。私は私たちの主イエスを見なかったのですか。あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。
9:2 たとえ私がほかの人々に対しては使徒でなくても、少なくともあなたがたに対しては使徒です。あなたがたは、私が主にあって使徒であることの証印です。

 私は、「牧師らしくない牧師」を目指しています。牧師という肩書きでは、何の力もありません。牧師らしさが、強く完璧な人で、何でも答えを出すような人でなくて、人間味のある人として接するところに、神さまの働きがあるように思っているのです。

 今日の聖書では、パウロは使徒として疑われ、攻撃を受けていましす。それは、使徒として受けるべき権利を放棄していたので、使徒らしく見えなかったからです。偉そうにしていなかったことが、使徒として疑われることになりました。

 パウロを使徒として証明するのは、パウロによって福音を受け取った人たちの姿です。パウロの伝えた福音が本物ならば、福音を受け取った人たちが、福音にふさわしい歩みをしているはずだからです。パウロは、「あなたがたは、主にあって私の働きの実」だと言います。そして、「あなたがたは、私が主にあって使徒であることの証印」だとも言います。

 パウロは、人からどのように見られているかよりも、神さまがどう見ているかが問題でした。使徒としての肩書きや、理想を示すのではなく、福音の実を結ぶことを示すのが、使命でした。

 自分がどんなに頑張ったかを、周囲の人に認めさせようとすることがあります。そして、ほめられたり、報酬を受け取ることを求めようとするのです。それは、福音を聞いた者としては、ふさわしくない態度です。

 今日もいい一日が待っています。福音が真実なものであることを示す器になることを、神さまは期待しています。福音を受け取った者らしく歩むことができるように求めて、一日を始めましょう。

住所

神楽4条11丁目4/3
Asahikawa-shi, Hokkaido
070-8004

電話番号

+81166623321

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