02/03/2026
今日は8回目です。
前回は唯識が説く心のメカニズムと如来蔵(tathāgata-garbha)という如来となる本性があるという話でした。
仏になる本性があるならば煩悩(kleśa)は何?
という問いになるかと思います。
煩悩、随惑は皆なこれ客塵、法性はこれ主
とお経には説かれております。
煩悩はこのときは貪・瞋・痴といわれている三毒のことを指します。根本的なものです。
随惑とは随煩悩ともいい、付随する枝末の煩悩のことを指します。これを細分化したものに108あると言われていることから108の煩悩と言われているわけです。
客塵(きゃくじん)とは客塵煩悩とも言い、心の外から汚すのです。
つまりお客さんとして煩悩は来るので、元々煩悩が備わっているわけではないのです。
例えば
クリスタルの曇りないグラスがあるとします。
空気に触れていますと
やがては外から曇ってしまいます。
法性とは仏性のことで
これが主(あるじ)で
曇りなきグラスであると
説いているわけです。
このように
大乗仏教は性善説に立脚した教えであるということになるでしょう。
よって聖徳太子は十七条憲法の第二条で
篤く三宝を敬え。人はなはだ悪しき者すくなし。よく教えればこれに従う。
と言われているわけです。
西洋のほうでは煩悩という言葉は使いませんが欲望は悪と単純に断じております。
しかし東洋思想のほうでは
儒教は徳というものを強調したり
道教は欲を減らすことで自然に戻る
といったようなことで
決して悪と見なしているわけではないようです。
さて
この東洋と西洋との根本的な違いに
何があるのかということになりますが、
今から50年ほど前に
ヨーロッパに禅の普及に尽力された
鈴木大拙さんが
西洋は物を分ける
東洋は物を分けない
という考えが根本にあると言われました。
仏教には輪廻という言葉あるように
循環(ループ)という考えをしています。
鍼灸の先生に教えていただいたことですが
西洋医学では病原体というものを特定し
そこに集中的に治療します。
病と身体と分けた考え方です。
東洋医学では身体全体を免疫力を上げることよって病気を治療をするということです。
身体全体を使うという考え方です。
昨今、分断という言葉がよく聞くようになりました。
東洋と西洋との考え方に
どのような違いがあるのかを
学ぶことはこれからの時代を生きていく上では知識の上でも重要ではないでしょうか?
また
トラブルに巻き込まれないためにも
彼らの宗教観を知っておかないといけない時代ではないでしょうか。
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