曹洞宗 蒼龍寺

曹洞宗 蒼龍寺 秋田市土崎港の曹洞宗寺院。
「港の子宝寺」として親しまれております。
日々の最善を積み重ね、感謝と誠実さを大切に歩み、地域の皆様に寄り添う寺院でありたいと願っています。
また寺院運営の傍らで創作活動も行っています。
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秋田市土崎港の曹洞宗寺院。
「港の子宝寺」として親しまれております。 地域の皆様に寄り添う寺院でありたいと願っています。

黒龍物語 第八話:人龍倶忘(にんりゅうぐぼう):己という存在さえも忘れ、真理と一体になる 激しかった雨は、いつしか音のない霧雨へと姿を変えていました。黒龍が消え去った地には、もはや村人たちの狂乱もなく、ただ泥にまみれた「空っぽの鳥籠」と、黄...
04/06/2026

黒龍物語 第八話:人龍倶忘(にんりゅうぐぼう):己という存在さえも忘れ、真理と一体になる

激しかった雨は、いつしか音のない霧雨へと姿を変えていました。

黒龍が消え去った地には、もはや村人たちの狂乱もなく、ただ泥にまみれた「空っぽの鳥籠」と、黄金の鱗(うろこ)を虚しく濡らす玄龍が残されていただけ。

「俺は……一体何をしていたのか」

友を救うために力を磨き、友を追うために山を降りた。
しかし、その結末がこれだ。
救いたかった友は魔王へと堕ち、守りたかった約束は、泥濘(ぬかるみ)の底へと沈んだ。

玄龍は、その場に力なく膝を折りました。
かつてあれほど誇りとした黄金の巨躯も、鋼のような意志も、今はただの鉛(なまり)のような重荷にすぎません。

「龍」など、どこにもいなかった。
そして、そんな幻を追い求めていた「俺」という存在も、何一つ、意味など持たなかったのだ。

玄龍は、深い静寂の淵へと沈んでいきました。
怒りも、悲しみも、後悔さえも、絶え間なく降り注ぐ雨がすべてを洗い流していく。
自分が誰であるか。何を目指していたのか。それら一切の執着が、白く煙る霧の中に溶けて消えていく感覚。

そこにいたのは、黄金の龍ではなく、ただ冷たい大地の上に置かれた、一つの石塊のような「無」の存在。

どれほどの時間が流れたことか。
ふと、玄龍は気づいた。

自分という器を空にしたとき、そこには、世界を包み込む雨音だけが響いていました。
枯れた大地に染み込む水の音。遠くで芽吹こうとする命の微かな息吹。
自分を「特別な者」だと信じていた慢心が消え去ったとき、初めて彼は、世界そのものと一つに溶け合っていたのです。

追い求めた理想(龍)を忘れ、それに執着していた自分(人)をも忘れる。
そこには、もはや葛藤はなく、ただ「あるがまま」の真実だけが横たわっていました。

玄龍は、ゆっくりと目を開けます。
黄金の鱗は、もはやギラついた虚飾の光を放ってはいません。泥に汚れ、雨に打たれ、周囲の風景に静かに馴染んでいました。

「……そうか。最初から、何も無かったんだな」

言葉は、湿った風に消える。
しかし、その胸の奥に、かつてのような焦燥に満ちた空洞はありません。
すべてを失い、空っぽになったからこそ、世界を丸ごと受け入れられる広大な心が広がっていたのです。

玄龍は、泥の中から「空っぽの鳥籠」を静かに拾い上げました。
それはもはや、失われた過去の象徴ではなく、ただの古びた竹細工。けれど、そこには確かな竹のぬくもりがありました。

玄龍は立ち上がり、静かに歩み出します。
もはや、力強く大地を蹴る必要はない。
ただ風が吹くように。ただ雨が降るように。
彼は、新たな「一歩」を刻みました。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

自分という執着を捨て、追い求める理想さえも忘れ去る。
それが、十龍図における「人龍倶忘(にんりゅうぐぼう)」の境地です。
すべてを失ったことで、お山の玄龍さまは初めて、世界と一つになる「空」の入り口に立ちました。

しかし、物語はここで終わりではありません。
「空」を知った者は、再び日常の景色の中へと戻っていくことになります。

次回、第九話「返本還源(へんぽんかんげん)」。
戻ってきた道場で、玄龍が手にするのは剣ではありません。
修行の果てに辿り着いた、あまりにも「当たり前」で、あまりにも尊い結末とは。

完結まで残り二話!

第七話:忘筌(ぼうせん):手段を捨て、ただ真実だけに向き合う玄龍は泥を蹴り飛ばし、激しい雨のカーテンを強引に切り裂いて突進します。目の前では、人間たちの強欲な刃が、尽き果てて地に伏した黒龍の鱗を今まさに切り裂こうとしていました。修行で得た筌...
01/06/2026

第七話:忘筌(ぼうせん):手段を捨て、ただ真実だけに向き合う

玄龍は泥を蹴り飛ばし、激しい雨のカーテンを強引に切り裂いて突進します。

目の前では、人間たちの強欲な刃が、尽き果てて地に伏した黒龍の鱗を今まさに切り裂こうとしていました。

修行で得た筌(わざ)の形さえ、この時の玄龍からは消え去り。ただ、友を救いたい一念のみが、彼を一点へ穿つ弾丸へと変えていたのです。

「そこをどけえっ!」

放たれた凄まじい衝撃波が、黒龍を囲んでいた村人たちを木の葉のように吹き飛ばしました。ようやく、親友のすぐ傍らへ辿り着きます。

しかし――そこで玄龍が目にしたのは、安堵の表情ではありません。

泥にまみれた黒龍の瞳からは光が失せ、その体から溢れ出すどす黒い霧は、降り注ぐ雨を腐らせ、周囲の地面を無惨に枯らしていました。

「……玄(げん)。君は、いつも遅いんだ」

一粒の涙と共に漏れた言葉。
それは、かつての穏やかな響きではありません。弱々しく震えながらも、芯まで冷え切った悲しみがそこにありました。

「俺は信じていたんだ。この者たちのために命を捧げれば、素晴らしい世界が来ると。でも、違った。俺が守ろうとしたのは、醜い獣(けもの)たちだったんだ」

「違うんだ、黒(こく)! こいつらは正気を失っているだけだ。俺と一緒に、もう一度やり直そう!」

泥に沈む黒龍の手を、玄龍は必死に握ろうとします。

しかし、その指先が触れる直前。
黒龍の全身が、爆発的な闇の奔流に包み込まれました。
純粋すぎた光が、あまりに深い裏切りに遭ったことで、途方もない闇へと転じてしまったのです。

「もういい。すべてを壊して、余(よ)がこの世界の王になろう。他者に期待などしてはいけない。それが――この世の真理だ」

そう言い残すと、黒龍の姿は、膨れ上がった闇の向こうへと音もなく消え去っていきました。

友に並ぶために磨いてきたその掌(てのひら)には、黒龍が大切にしていた、主(あるじ)のいない「空っぽの鳥籠」だけが、虚しく取り残されます。

玄龍は、降りしきる激しい雨の中で、ただ叫ぶ。

自らの無力さ。そして、黒の優しさを誰よりも知っていながら、間に合わせられなかった自分への、激しい怒り。混じり合う雨と涙が、彼の黄金の鱗を、虚しく、冷たく濡らし続けていました。

《あとがき》

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

手段を忘れ、ただ一念に生きる「忘筌(ぼうせん)」。
しかし、その一念さえ届かないほどに、黒龍(こくりゅう)の絶望は深いものでした。信じていたものに裏切られたとき、純粋な心ほど、激しく、深い闇へと染まってしまう。

残された「空っぽの鳥籠」は、失われた黒龍(こくりゅう)の心の象徴かもしれません。玄龍(げんりゅう)の心に刻まれた、消えない傷跡の物語。

次回、第八話「人龍倶忘(にんりゅうぐぼう)」。
友も、自分も、修行の成果さえもすべて失った玄龍(げんりゅう)は、ただ降りしきる雨の中で独り、立ち尽くします。すべてが消え去った「空(くう)」の果てに、彼は何を見出すのでしょうか。

玄龍物語 第六話:騎龍帰家(きりゅうきか):己の心と力を一つにし、目的に向かって駆ける山を駆け降りる玄龍の足取りは、かつてないほどに鋭く、そして静かでした。自分の中に棲む荒ぶる龍をなだめ、その背を自在に乗りこなすかのように、心と体が完全に一...
28/05/2026

玄龍物語 第六話:騎龍帰家(きりゅうきか):己の心と力を一つにし、目的に向かって駆ける

山を駆け降りる玄龍の足取りは、かつてないほどに鋭く、そして静かでした。

自分の中に棲む荒ぶる龍をなだめ、その背を自在に乗りこなすかのように、心と体が完全に一つになった感覚。迷いは消え、ただ「親友の黒(こく)を救う」という一念だけが、彼を弾丸のように突き動かしていました。

村へ向かう道中、玄龍は己の内に宿り始めた「驀直(まくじき)」の力を確信します。
それは、相手を粉砕するための破壊の力ではなく。どんな障害も恐れず、最短距離で大切な場所へと辿り着こうとする、純粋な意志の光でした。

しかし、胸騒ぎは激しくなる一方。
あの村人が放った「黒龍さまを逃さない」という不気味な呪言が、脳裏に張り付き、離れません。

「待っていろ、黒。今、オレが行く」

玄龍は黄金の鱗を風になびかせ、大地を飛び越えるように、ただ前だけを見据えて走り続けました。

かつての玄龍なら、己の速さに酔い、己の力に溺れていたかもしれません。しかし、今の彼には己の力に愉悦する心の隙など微塵もありませんでした。ただ、友が背負わされた不当な重圧を、一刻も早く取り除きたい。その一心で、自らの限界を超えて加速します。

そして村の入り口が見えたとき、玄龍は世にも凄惨な光景を目の当たりにしました。

空には黒龍が呼び寄せた雨雲が重く立ち込め、待望の恵みの雨が降り注いでいます。しかし、雨に打たれる村人たちの顔に、感謝の情など一露(ひとつゆ)もありません。

彼らは鎌や鍬(くわ)を凶器として手に取り、泥濘(ぬかるみ)の中に力なく横たわる黒龍を、飢えた獣のように囲んでいたのです。

そこには、あの湖畔で見た神々しい面影はありません。人々のために全霊を使い果たし、指一本動かすことさえままならない、傷だらけの龍の姿がありました。

「黒ーー!!」

玄龍は喉が裂けるほどに叫びましたが、その声は激しい雨音に無慈悲にかき消されます。
一人の村人が、あざ笑うような狂声を上げました。

「さあ、黒龍さま! あなたが死ねば、その肉と血で我らは永遠の命を得るのだ。これこそが、あなたを救い主と崇めてきた我らへの、最後の奉仕というものでしょう!」

黒龍は、ただ悲しそうに、泥に濡れる地面を見つめていました。

その時です。
黒龍の全身から、これまで見たこともないような「真っ黒な霧」が、じわりと滲み出し始めました。

玄龍は、あと数丈の距離を埋めるために、全霊を込めて最後の一歩を踏み込みます。
この距離、この一瞬に、自分の「驀直」を間に合わせなければならない。
親友の心が、完全な闇に塗り潰されてしまう前に――。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

自分の心(龍)を自在に乗りこなし、一心不乱に目的地へと向かう。それが「騎龍帰家」の境地です。しかし、玄龍さまが辿り着いた場所は、あまりにも残酷な光景でした。

親友・黒龍から溢れ出し始めた、不気味な真っ黒い霧。それは、あまりに純粋だった魂が絶望の淵で上げた、最後の悲鳴だったのかもしれません。

次回、第七話「忘筌(ぼうせん)」。
泥濘を駆け抜けた玄龍の前に立ちはだかるのは、強欲な人間たちと、闇に呑まれゆく親友の心。手段を捨て、ただ一念で手を伸ばしたその先に待っていた結末とは。

玄龍物語 第五話:飼龍(しりゅう):手にした力を人格の一部として育てる断崖での死闘にも似た修行を経て、玄龍は、自分の中に渦巻く強大な力を少しずつ「飼い慣らす」術を学び始めていました。これまでは、力を出せば出すほど周囲を傷つけ、自分自身もその...
25/05/2026

玄龍物語 第五話:飼龍(しりゅう):手にした力を人格の一部として育てる

断崖での死闘にも似た修行を経て、玄龍は、自分の中に渦巻く強大な力を少しずつ「飼い慣らす」術を学び始めていました。

これまでは、力を出せば出すほど周囲を傷つけ、自分自身もその制御不能な勢いに振り回されていました。しかし、今の玄龍は違います。

一歩歩くごとに。一回呼吸をするごとに。
己の力と対話し、それを人格の深奥へと静かに落ち着かせていくのです。

玄龍は、かつて救えなかったあの小鳥の姿を、片時も忘れてはいませんでした。

「本当の強さとは、暴れる龍を力でねじ伏せることではない。その龍を自分の一部として認め、優しく抱きかかえることなのだ」

そんなある日。
玄龍の修行場に、黒龍が雨乞いを続けている村から、一人の使いが現れます。

男の顔に宿っていたのは、救済を喜ぶ清々しさではありません。それは、どこか異様な熱を帯びた、どす黒い「欲」の色でした。

「げ、玄龍さま……黒龍さまは、実に素晴らしい御方だ。あ、雨を降らせるだけではない。あのお方の鱗や血には、いかなる病も治し、不老不死にする力があるという噂です。わ、我ら村人は、あのお方を決して逃しはしませんぞ……ふひ、ふひひ」

その言葉を聞いた瞬間、玄龍の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けます。

黒龍が捧げた純粋な善意は、救われたはずの人々の心の中で、恐ろしい「強欲」の種へと変質していたのです。

「……逃さないだと? 黒(こく)は、お前たちを救うために自らの命を削っているんだぞ!」

玄龍は怒りに突き動かされ、男を突き飛ばそうと拳を固めましたが、寸前でその動きを止めました。

今、ここで負の感情に身を任せれば、これまでの修行はすべて灰塵に帰す。飼い慣らし始めたはずの龍が、再び憎しみの炎を吐き散らしてしまう。

玄龍は震える拳を静かに下ろし、深く、長く、熱い息を吐き出しました。

「俺が行かなければならない。黒が、あまりにも純粋すぎるがゆえに、自らが生み出した光に呑み込まれてしまう前に」

玄龍は、まだ不完全ながらも手応えを感じ始めていた「驀直(まくじき)」の一念を胸に、一気に山を駆け降ります。

黄金の鱗は、かつての刺々しい威圧感を失っていました。今はただ、静かで深い決意を秘めた、重厚な輝きへと変わりつつあります。

しかし。
村へ急ぐ玄龍の耳に届いたのは、恵みを祝う歓喜の歌声ではありませんでした。

それは、空腹と強欲に狂った人間たちが、疲れ果てて地に伏した黒龍へと向かって放つ――。

醜い罵声と、肉を断つ刃(やいば)の音だったのです。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

自分の中の龍を飼い慣らす。それは感情を押し殺すことではなく、感情という手綱をしっかりと握り、人格の力に変えていくことです。玄龍が寸前で怒りの拳を止めたのは、その修行の確かな成果でした。

しかし、山の外では、人間の醜い心が制御不能なまでに暴走を始めています。力尽きた親友に迫る残酷な刃。物語は、避けることのできない大きな悲劇へと向かっていきます。

次回、第六話「騎龍帰家(きりゅうきか)」。

己の心と力を一つにした玄龍は、親友を救うため、嵐の中を最短距離で駆け抜けます。辿り着いた村で彼を待ち受けていたのは、恵みの雨に濡れた「地獄」の光景でした。

玄龍物語 第四話:得龍(とくりゅう):己の中の荒ぶる力を捕らえる黒龍と別れた玄龍は、人里離れた険しい断崖の地へと足を踏み入れていました。湖畔で目にした、親友のあの気高く、透き通るような献身。それに引き換え、自分の中に渦巻いているのは、依然と...
21/05/2026

玄龍物語 第四話:得龍(とくりゅう):己の中の荒ぶる力を捕らえる

黒龍と別れた玄龍は、人里離れた険しい断崖の地へと足を踏み入れていました。

湖畔で目にした、親友のあの気高く、透き通るような献身。
それに引き換え、自分の中に渦巻いているのは、依然として「誰よりも強くなりたい」という荒々しく、独りよがりな渇望です。

「黒(こく)は、誰かのために命を削ろうとしている。なのに俺は、まだ自分の力の使い道すら掴めていない……」

玄龍は己の未熟さに苛立ち、巨大な岩壁に向かって拳を叩きつけます。
黄金の鱗が火花を散らし、凄まじい衝撃音が山々に響き渡りました。
しかし、どれほど岩を砕き、古木をなぎ倒しても、心の中の霧が晴れることはありません。

それどころか、力を振るえば振るうほど、玄龍の体からは制御不能な奔流のようなエネルギーが溢れ出します。その熱は周囲の緑を焼き、土を深く抉り、ただ破壊の跡だけを広げていきました。

「違う。俺が求めているのは、こんな無意味な破壊ではないはずだ」

玄龍は、暴走する自らの力を力ずくで抑え込もうともがきます。
それは、自分の中に棲むもう一頭の「荒ぶる龍」と、命がけで組み伏せ合っているかのようでした。

ある嵐の夜。
玄龍の元に、一羽の小さな鳥が迷い込みます。
翼を怪我し、激しい雨風に打たれて震えていました。

玄龍は咄嗟に、その鳥を救おうと手を伸ばします。
しかし――あまりに強大すぎる彼の指先は、繊細な命に優しく触れることさえ許してくれません。

助けたいと願う心に、鍛え上げた巨躯が追いつかないのです。

結局、玄龍が近寄るだけで、その威圧感に怯えた鳥は、闇の向こうへと消えていきました。

玄龍は、自分の大きな掌を見つめ、初めて底知れぬ恐怖を感じました。

「このままでは、俺は何かを救うどころか、近づくものすべてを壊してしまう」

彼は泥濘(ぬかるみ)に膝をつき、必死に自らの呼吸を整えます。
外側へと撒き散らされていた全エネルギーを、自分の内側の芯へと、一点に鋭く集中させていきました。

「力とは、外へ放つものではない。ただ一本の矢のように、己の信念を貫くために研ぎ澄ますものだ」

玄龍は、闇を切り裂く雷鳴の中で、静かに立ち上がります。

これまでの「自分を誇示するための力」を捨て、ただ「迷いなく真っ直ぐに進む」という一念だけを胸に宿そうと決意したのです。

まだその輪郭は朧げでしたが、玄龍の右拳には、これまでの破壊的な光とは違う、澄み渡った一筋の輝きが宿り始めていました。

後の蒼龍くんが戦いで見せる、あの迷いなき一撃。
その原初となる「驀直(まくじき)」の光を、玄龍はこの時、自らの内側に確かに捕らえたのでした。

しかし――。

その修行場の遥か彼方。
黒龍が祈りを捧げる村の空には、雨を待つ人々の「期待」が、いつしかどす黒い「執着」へと姿を変え、渦巻き始めていたのです。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

自分の力をコントロールできずに苦しむ玄龍。その葛藤の中で見つけた「驀直(まっすぐに、ただ進む)」という心。それは、お山の玄龍さまが今でも大切にされている、禅の真髄の一つでもあります。

力は外へ放つものではなく、内側へと研ぎ澄ますもの。ようやくその入り口に立った玄龍ですが、修行の平穏を破る不穏な影が忍び寄ります。

次回、第五話「飼龍(しりゅう)」。
自分の中に棲む龍を「飼い慣らす」術を学び始めた玄龍の元へ、親友・黒龍の危機を告げる者が現れます。善意が強欲に塗り替えられていく恐怖。
物語は一気に加速していきます。

玄龍物語 第三話:見龍(けんりゅう):目指すべき自分の姿を捉える老龍が遺した言葉を噛み締めながら、玄龍は独り、歩みを止めることなく進んでいました。力任せに地面を蹴るのをやめ、土の柔らかさや風の冷たさを肌で感じるようになると、不思議な変化が訪...
18/05/2026

玄龍物語 第三話:見龍(けんりゅう):目指すべき自分の姿を捉える

老龍が遺した言葉を噛み締めながら、玄龍は独り、歩みを止めることなく進んでいました。

力任せに地面を蹴るのをやめ、土の柔らかさや風の冷たさを肌で感じるようになると、不思議な変化が訪れます。あんなに自分を支配していた焦燥が、凪いだ海のように静まっていくのが分かりました。

ある日、玄龍は水の枯れ果てた湖のほとりに辿り着きます。
ひび割れた土底が剥き出しになったその場所で、彼は見覚えのある、懐かしい後ろ姿を見つけました。

「……黒(こく)じゃないか」

それは、かつて同じ道場で切磋琢磨した無二の親友、黒龍でした。
声をかけようとした玄龍は、しかし、その場に釘付けになります。漂ってくるあまりに神々しい気配に、思わず息を呑んで立ち尽くしてしまいました。

黒龍は干上がった湖に向かって静かに座り、精神を深淵へと研ぎ澄ませています。

聞けば、近隣の村では峻烈な旱魃(かんばつ)が続き、人々が飢えと渇きに喘いでいるといいます。黒龍はその地を救うため、自らの命を削るような、全霊を賭した雨乞いに挑もうとしていたのでした。

「玄(げん)か。久しぶりだね。君の鱗、前よりもずっと落ち着いた輝きになったじゃないか」

黒龍は穏やかに微笑みます。
その瞳には、己の利害など微塵も介さない、透き通るような慈愛が宿っていました。

黒龍がそっと手を空にかざすと、恵みの予兆を孕んだ白い雲が、ふわりと浮かび上がります。

その時、玄龍の目には、黒龍の背後に巨大な守護神の幻影が映ったような気がしました。
それは力で誰かをねじ伏せるための姿ではありません。ただ、誰かのためにすべてを捧げようとする、真に気高い龍の本質でした。

「俺は今まで、何を競っていたんだろう……」

自分のための強さを誇示してきた黄金の鱗が、急にひどく幼い、虚飾のものに思えてきます。
目の前にいる親友は、すでに自分よりも遥かに高い場所……「他者のために生きる」という、真実の入り口に立っていたのです。

「黒、俺はやっと分かったよ。俺が捜すべき真実の龍の姿は、お前の中にあったんだな」

玄龍は、黒龍の迷いなき生き方を自らの目標に据えました。
そして、自分をさらに厳しく鍛え直すことを、心に深く誓います。

黒龍の瞳は、沈みゆく夕日を浴びて、どこまでも純粋な希望に満ちていました。
ただ、目の前の命を救える喜びに、その心を震わせていたのです。

「玄、いつか一緒に行こう。誰もが笑って暮らせる世界へ」

二人は夕暮れの湖畔で、固い握手を交わしました。
玄龍は、親友が示す高みに少しでも近づくため、さらなる修行の旅へと背を向けます。

しかし――。

それが二人で心から笑い合えた、最後の瞬間になるとは、この時の玄龍には知る由もありませんでした。

黒龍が纏っていた、あの眩しすぎるほどの純粋な光。
それが皮肉にも、残酷な闇を招き寄せる引き金になろうとしていたのです。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

目標となる師や友に出会い、その背中を捉えること。
それが、十龍図における「見龍(けんりゅう)」の段階です。
玄龍にとって、それは親友である黒龍の揺るぎない献身の姿でした。

しかし、物語はここから激動の渦に巻き込まれていきます。
光が強ければ強いほど、その背後に落ちる影もまた、深く、濃くなるもの。
黒龍の純粋さが招く運命とは。次回の更新をお待ちください。

次回、第四話「得龍(とくりゅう)」。
親友の高みに焦る玄龍の前に立ちはだかるのは、他ならぬ自分自身の「制御不能な力」でした。
暴走する黄金の光を、彼はどう御していくのでしょうか。

【エピソードゼロ 若き日の玄龍】第二話:見跡(けんせき)、進むべき方向のヒントを見出す道場を後にした玄龍は、あてもなく荒野を歩き続けていました。道場にいた頃は、自分が誰よりも強く、世界のすべてを知っているつもりでいました。しかし、一歩外の世...
14/05/2026

【エピソードゼロ 若き日の玄龍】
第二話:見跡(けんせき)、進むべき方向のヒントを見出す

道場を後にした玄龍は、あてもなく荒野を歩き続けていました。

道場にいた頃は、自分が誰よりも強く、世界のすべてを知っているつもりでいました。しかし、一歩外の世界へ踏み出せば、見たこともない険しい嶺や、己の力ではどうにもならない自然の猛威が次々と立ちはだかります。

ある日の夕暮れ。
玄龍は深い森の奥で、出口を見失い立ち往生していました。

腹は空き、喉は乾ききっています。
自慢の肉体も、この出口のない暗闇の中では、何の導きにもなりませんでした。

「ちくしょう、俺は一体何をしているんだ……」

切り株に腰を下ろし、深い溜息をついた、その時です。

どこからか、トントン……キュキュキュ……と、木を慈しむような心地よい音が響いてきました。

音に導かれるように歩を進めると、古びた小さなお堂の影で、一人の老いた龍が木像を黙々と磨いています。

その老龍は、玄龍の黄金の鱗や強靭な体躯を目の当たりにしても、驚く様子すらありません。ただ静かに、一心不乱に指先を動かし続けています。

玄龍はたまらず、その背中に声をかけました。

「おい、じいさん。こんな寂しい場所で何をしているんだ? 俺は自分の中に眠る『真実の龍』を捜している。どこへ行けば会えるのか、教えてくれないか」

老龍は、ようやく手を止めました。
そして、玄龍の足もとをじっと見据えて、静かに口を開きます。

「お前さん、立派な体格をしておるが、いかんせん足跡が重すぎるな。力みすぎて、自分がどこを歩いてきたかさえ見えていないようだ」

老龍が指差した先を振り返り、玄龍は息を呑みました。
そこには、彼が歩いてきた跡が、土を深くえぐり取った無残な溝となって残っていたのです。

一方で、老龍が磨いていた木像の台座には、古の智慧が刻まれていました。

『真の強さとは、岩を砕く拳にあらず。そっと花を添える掌てのひらのぬくもりに宿るものなり』

玄龍は、その言葉をなぞり、激しい衝撃を受けます。

自分はこれまで、力を誇示し、振りかざすことばかりを考えてきました。
けれど、かつて親友の黒(こく)が告げた「力だけでは守れないもの」とは、この木像に宿る静かな慈しみのようなことではないのか。

「じいさん、この言葉の先を知りたい。俺に教えてくれ」

「続きは、お前さん自身の歩き方の中にしかない。まずはその肩の力を抜き、地面を慈しむように丁寧に歩くことから始めてみなさい」

老龍はそう告げると、再び玄龍の存在を忘れたかのように、柔らかな手つきで木像を磨き始めました。

玄龍は、自分が残してきた荒々しい足跡を、ただ独りで見つめ続けます。
そこで初めて、自らの中にあった「傲慢さ」という重荷に気づき始めたのです。

「見つけた……。これが、俺の進むべき道の『足跡(しるし)』だ」

玄龍は、今までのように土を蹴り上げるのではなく、一歩一歩、大地の鼓動を確かめるように歩み出しました。

黄金の鱗は、夕闇の中でまだ眩しく光っています。
しかし、玄龍の心には、これまでとは違う、静かで確かな「熱」が灯り始めていました。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

自分の強さを過信しているとき、私たちは自分の歩みが周りにどのような影響を与えているか、なかなか気づくことができません。玄龍は、この名もなき老龍との出会いを通じて、ようやく自分の「力み」を自覚しました。

皆さんの歩んできた道には、今、どのような足跡が刻まれていますか?

それは誰かを安心させる足跡でしょうか、それとも、力んで土を跳ね上げた跡でしょうか。

次回、第三話「見龍(けんりゅう)」。
一歩一歩、丁寧に歩き始めた玄龍の前に、ついに探し求めていた「龍」の姿がその断片を現します。

※本作は「蒼龍くん物語」のスピンオフであり、主人公・蒼龍くんの師匠である玄龍(げんりゅう)さまの若き日を描いたエピソードゼロです。禅の悟りに至る道筋を十枚の画で説いた「十牛図」をモチーフに、黄金の鱗を持つ一人の龍が、己の慢心や葛藤を経て、本...
11/05/2026

※本作は「蒼龍くん物語」のスピンオフであり、主人公・蒼龍くんの師匠である玄龍(げんりゅう)さまの若き日を描いたエピソードゼロです。

禅の悟りに至る道筋を十枚の画で説いた「十牛図」をモチーフに、黄金の鱗を持つ一人の龍が、己の慢心や葛藤を経て、本当の自分を見つけ出すまでの旅を全十話で構成しました。

修行時代の玄龍が何を思い、いかにして「お山の玄龍さま」と呼ばれるに至ったのか。その最初の物語をお届けします。

第一話:尋龍(じんりゅう):自分の中にいる龍を捜し始める

外は、世界を叩きつけるような激しい雨。
時折、地を揺らす雷鳴が、道場の静寂を鋭く切り裂きます。

若き日の玄龍は、灯りのない道場で、ただひたすらに床を磨き続けていました。
キュッ、キュッ、と床を拭う音だけが、闇の奥へと溶け込んでいきます。

玄龍の体は、他の誰よりも大きく、逞しい筋肉を鎧のように纏っていました。
黄金色に光る自らの鱗を鏡に映すたび、彼は自らへ呪文のように言い聞かせてきたのです。

「俺は強い。誰にも負けはしない」

事実、道場で彼に勝てる者は、一人として存在しませんでした。
けれど――。
玄龍の心には、いつも底の知れない空洞が口を開けていたのです。

「玄(げん)、力だけでは守れないものがあるんだよ」

かつて親友の黒龍(こくりゅう)が残したその言葉が、耳の奥で今も鳴り止みません。

強くなれば、幸せになれる。
圧倒的な力をつければ、すべてが手に入る。

そう信じて、今日まで疑うことはありませんでした。
しかし、力を積み上げるほどに、自分の真の価値がどこにあるのか、霧の中に消えていくような感覚に襲われます。

ふと、玄龍の視線が道場の隅に置かれた古い巻物へ向きました。
そこには『十龍図』という、龍の生き様を描いた不思議な絵が記されています。

『龍を捜すなら、まず自らの足もとをよく見なさい』

「足もとを見る……だと?」

玄龍は鼻で笑い、その言葉を吐き捨てました。
そんなことより、もっと高い場所へ。もっと強い自分に。
焦燥感だけが、激流となって彼を突き動かします。

けれど、窓を叩く雨音に耳を澄ませ、鏡に映る黄金の自分を改めて見つめ直したとき。
そこにいたのは、酷く寂しそうな一頭の龍でした。

この眩いばかりの鱗を脱ぎ捨てたとき、一体自分には何が残るのか。
授かった体格や力ではなく、「一人の男」として、自分はどう生きていきたいのか。

玄龍は、静かに瞼を閉じました。

「……よし、旅に出よう。俺の中にいる、本当の龍を見つけに行くんだ」

玄龍は、これまで命を預けてきた、ずしりと重い大剣(あいぼう)を、惜しむことなく床に置きます。

武器に頼るのではなく、自分の心ひとつで、この世の真理を見てこよう。
彼は、そう決意しました。

「黒(こく)。お前が言っていたことの答えを、俺は見つけてくるよ」

土の匂いが混じった激しい雨の中へ、玄龍は一歩を踏み出しました。
これが、のちに多くの魂を導くことになる「お山の玄龍さま」が、自らの足で歩み始めた、最初の一歩となりました。

《後書き》
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第一話「尋龍」は、文字通り自分の中に眠る龍を探し始める段階です。これは、私たちが日々の生活の中で「今の自分は本当の自分なのだろうか」と、現状に疑問を抱き、一歩を踏み出す瞬間に重なります。

力こそがすべてだと信じ、剣に頼ってきた玄龍が、あえて武器を捨てて土の匂いのする外の世界へと踏み出しました。自分を飾る「鎧」を脱ぎ捨てた彼を、一体どのような出会いが待ち受けているのでしょうか。

次回、第二話「見跡(けんせき)」。
嵐の中を進む玄龍が、ぬかるんだ大地に見つけたのは、己の傲慢さを根底から揺るがす「ある意外な足跡」でした。

物語が動き出す次話も、ぜひお楽しみに。

GWもいよいよ終盤となりました。ニュースでは最大12連休という話もありましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。​お寺のGWは例年、法事が重なる繁忙期となります。5日には土崎仏教会の花まつりも執り行われ、まさに目が回るような忙しさでした。​...
07/05/2026

GWもいよいよ終盤となりました。ニュースでは最大12連休という話もありましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

​お寺のGWは例年、法事が重なる繁忙期となります。5日には土崎仏教会の花まつりも執り行われ、まさに目が回るような忙しさでした。

​多忙な合間を縫って、6日は山形県鶴岡市の曹洞宗修行道場、善宝寺様へ参拝に伺いました。
蒼龍寺の檀家様はご存知かもしれませんが、現在こちらでは私の弟子が一人、日々厳しい修行に励んでおります。
今回はその陣中見舞いも兼ねての参拝でした。静謐な空気の中で精進する弟子の姿に、私自身も背筋が伸びる思いです。

また​連休が明ければ、ここ土崎の街は一気に活気づきます。
7月の土崎港曳山行事(ユネスコ無形文化遺産)に向けた準備が本格化し、毎晩お囃子の稽古の音が響き始めます。
お寺の行事とは直接の関わりはありませんが、この音色を耳にすると、いよいよ一年が本格的に始まったという実感が湧いてくるものです。

​7月20日、21日に開催される港まつりは、その勇壮な姿に圧倒されること間違いありません。
ぜひ夏の観光に秋田市土崎へお立ち寄りください。

【「蒼龍くん物語」第一部完結のご挨拶と、次なる物語へ】去年の秋から連載を続けてまいりました「蒼龍くん物語」が、先週金曜日の投稿をもちまして、無事にひと段落を迎えました。「難しいと思われがちな禅語を、物語を通して少しでも身近に感じていただきた...
04/05/2026

【「蒼龍くん物語」第一部完結のご挨拶と、次なる物語へ】

去年の秋から連載を続けてまいりました「蒼龍くん物語」が、先週金曜日の投稿をもちまして、無事にひと段落を迎えました。

「難しいと思われがちな禅語を、物語を通して少しでも身近に感じていただきたい」
そんな思いで筆を執ったこの作品は、未掲載の第二部を含めた全48話の構想から数えると、私にとって一年半をかけた超大作となりました。地元の仏教系フリーペーパー「ら・て」でもご紹介させていただきましたが、こうして形にできたのは、日々温かいコメントを寄せてくださった皆様のおかげです。

この物語が、皆様にとって少しでも仏教や禅に触れる足がかりになっていれば、これ以上の喜びはありません。

さて、来週からは新連載として、全10話の短編「十龍図(じゅうりゅうず)」をスタートします。

これは蒼龍くんの師匠である玄龍さまの若かりし頃の物語です。禅宗に伝わる悟りへの道程を描いた「十牛図」を、より分かりやすく、独自に構成し直しました。

物語の中では、玄龍さまと魔王・黒龍の知られざる関係も描いています。これを読めば、本編で玄龍さまが発した「間に合ったぞ」という言葉の真意が、きっとお分かりいただけるはずです。

「蒼龍くん物語」を楽しんでくださった皆様には、ぜひ手に取っていただきたい物語です。

これからも、物語を通じて「祈り」と「許し」を届けてまいります。
新連載もどうぞよろしくお願いいたします。

合掌

住所

秋田県秋田市土崎港中央1-19/12
Akita-shi, Akita
011-0946

営業時間

月曜日 06:00 - 17:00
火曜日 06:00 - 17:00
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木曜日 06:00 - 17:00
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