説教者修道会(ドミニコ会)佐藤了 神父 Antonio-Ryo SATO, o.p.

説教者修道会(ドミニコ会)佐藤了 神父 Antonio-Ryo SATO, o.p. カトリック聖ドミニコ修道会の司祭、佐藤了(さとう りょう)神父のページ

2026年7月1日(水)更新説教リンク【年間第13主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1Ax4y41g5sWVFIjVp5Z1tmzQVCskftTHa/view?usp=sharing【お知らせ】...
01/07/2026

2026年7月1日(水)更新

説教リンク【年間第13主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1Ax4y41g5sWVFIjVp5Z1tmzQVCskftTHa/view?usp=sharing

【お知らせ】
2026年7月25日(土)グレゴリオ聖歌による聖ヤコブ使徒の祝日ミサ
https://drive.google.com/file/d/1LEhjTkEtrDcsAVZPMUfyTA4-loIYGr7w/view?usp=sharing
2026年8月7日(金)ドミニコ祭
https://drive.google.com/file/d/1L6A0XyCfDKtkchsxUI2uSBBZkkLC5PmA/view?usp=sharing

今回の足の不調は長引いた。ほぼ4週間・・・以上か。複合的要因。痛がってよく動けないうちに、大きな行事のための楽しいはずの準備が楽しく進められず、しんどい役目のほうには機敏に対応できず、ますますしんどい思いで不十分に済ませてしまった感じ。おかげで、節制の心がけは、今度こそ深く決定的に刻みこまれた(と思う)、やっと。この間、延期も中止も誰かに代ってもらうこともできない用事で外出するときは、仕方なくタクシー。まあ、普段贅沢なことは一切していないから、これも経験する機会。運転手さんとの世間話も。「カテドラルというのは、誰でも見学できるところなんですか?」「もちろん。」「テレビで見ましたよ、教皇選挙。このカテドラルに、スーキキョーさんがいるんですか?」「日によります。」
いつの間にか夏至も過ぎてしまい、6月24日、洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日、これから夏本番という節目。プチ神父の出身地ケベック州の「fête nationale」であり、昨年亡くなったブラザーの霊名の祝日。梅雨らしい曇りがつづくが、この時点では雨はさほど。湿気もあまり感じず、気温も、少なくとも東京では、まだ一応25度を超えるくらい。蒸し暑さなどいつくるのか、冷房なしでなかなか過ごしやすい。足はなかなか完治せんが。なんと、もうことしも半分おわり。ダイアリーに清書しないままの「ことしの目標・取り組み」のメモ、当然実行もしないまま。とほほ。後半、やれるだけのことはやるぞ。と思いつつ、新しい仕事のほうからドンドンやって来ていることに気付く。
この6月の終わりから7月の始めにかけての雰囲気、とくに思い出すのは、ストラスブールで最終締め切りに追われながら博士論文を何とか書き上げたことにして、印刷・製本へと出し、審査員たちへ送ったこと。もう10年も前!あのときのストラスブールも曇りがち、そして暑かった。焦りと不安の汗にまみれて、8月の終わりに予定されたSoutenance(博士論文公開口述審査)への日数を、裁判の最終判決をおそれるかのように数えた。この難局さえ乗り切れば楽になれる、そう思ったことが、いままでの人生で何度あったことか。あの時だとて、「そうだ、博士論文さえ終われば、あとの人生、たいした試練はあるまい」とさえ信じたもの。ところが、その後も、新たな試練はちゃんとやってくるのだ。そう、いまだって。最近、他の修道会の年齢の近い司祭と話した。「このトシになってもスゴく緊張することがあって、まだまだ新しい体験をさせもらえるなんて、神に感謝。」
そこへ立て続けにやってくる台風と地震。ことし、まだ東京は熱波に覆われていないが、ヨーロッパではすでに気温40度超えとな。どうなることやら。そんななか、新しく分かち合う喜び。6月28日、主日のミサにて、洗礼志願式。8月15日の聖母被昇天祭に受洗予定の6人。「復活徹夜祭以外のときに入信の秘跡を授ける場合も、およそ6週間前の主日のミサの説教に続いて洗礼志願式を行なうように配慮する」という、典礼書の指示を全うできて大満足。仕事、家庭、学校、それぞれに生活サイクルの違う6人全員が集まれたことが奇跡的な恵み。迷いながらやっと引き受けてくれた人も含め、「ぜひ」と思える信徒たちが代父母になってくれた。そして、ちょっと難航(?)するかと予想した洗礼名の選定だが、本人たち自身が、「それ以外にない」とわたしをうならせるほどぴったりの名を選んできた。何より、これまで、何人もの信徒たちが、志願者たちの学びの場に進んで同席して、すでに同伴してくれてきたこと、これが小教区共同体のあるべき姿!
この洗礼志願式については、数ヶ月前にわたし自身が予定を告げていたものの、他のお役目でバタバタして、6月の半ばになってもずるずると日取りを決めないでいた。が、「6月28日にやったらいいんじゃないですか」とケツを叩いて、もとい、促してくれた信徒たちのおかげで、その日に実現。なんかもう、この式ができたことで、すでに「山を越えた」気分。あくまで目標は8月15日の洗礼式本番で、それまでの1ヶ月半、これからアツーイ季節、その間に、聖ヤコブ使徒の祝日のグレゴリアン・ミサ、ドミニコ祭など、ほかの大きな行事もあるが、「ダイジョーブ、うまくいくさ!」調子に乗りすぎて体調さえ崩さなければ。
翌6月29日、聖ペトロ・聖パウロの祭日。Youtubeで見るのは、ことしもこの日に近い土曜日に行なわれた、パリ教区の司祭叙階式。6月30日、朝、リサイクルゴミを出しに行った通用口、その内側の行事用の流し台スペースのドアのガラスが割られている。・・・イヤーな気分になるが、夜間に鍵のかかっていた通用口から「不逞の輩」が侵入したとは考えられず、経年劣化したガラスにここ数日間の地震でヒビが入って割れたのでは、と信徒らと推測。真相は不明だが、迅速に対応してくれた信徒らに感謝。
7月1日、福者ペトロ岐部と187人殉教者の記念。そう、その列福行事のために来日していた、当時のアウグスティノ会総長プレヴォスト神父、現レオ14世教皇。

2026年5月23日(土)説教リンク【復活節第6主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1CQgeXNGMhRn5uLggKuJ9MrCZ9m8GGsVI/view?usp=sharing【主の昇天(A...
23/05/2026

2026年5月23日(土)

説教リンク
【復活節第6主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1CQgeXNGMhRn5uLggKuJ9MrCZ9m8GGsVI/view?usp=sharing
【主の昇天(A年)】https://drive.google.com/file/d/1a8Y6CTlEzwe168dBw-S11J6GN5ilH7Fr/view?usp=sharing

4月の最後は肌寒い日となり、5月1日の朝は大雨。4月30日に股関節の手術を受ける信徒には、前晩にメールを送って、翌朝のミサで無事を祈る旨と、その信徒の知り合いである2名の未信者が洗礼準備の段階に進んだことを伝えておいた。その返信には、手術へ向けた本人自身の決意と同時に、知り合いの洗礼準備開始の喜び。30日の晩、本人からのメールで、手術の無事終了と、祈りへの礼、そして教会の絆そのものが力になると実感したとの報。翌1日、雨だが、いや、だからこそ、Bee Geesの「First of May」(邦題『若葉の頃』)のYoutubeリンクをお見舞いで送信すれば、「リハビリがんばります」の返信。
5月4日月曜日は晴れて25度超え。信徒らに誘われて、大田区民ホールでの音楽イベントへ。蒲田へ行くのは何年ぶりか。盛りだくさんのプログラム中、海外でも活躍する若手ジャズ奏者の見事なアドリブセッションを聞けたのが、わたしには一番。その後、戸越銀座の老舗かまぼこ店で酌み交わす初夏の夕方。
火曜日、世は連休中。一般の職業でのようなオンとオフの区別は司祭にはないから、教区本部へある件での打ち合わせへ。朝の山手線が混んでいなくて助かる。それが連休の味わい。そして多忙の中、その件について尽力してくれている司祭らに心から感謝。彼らに比べればずっと手のすいているわたしだが、いかんせん、経験と知識がまったく少ない分、大きく役に立てるはずはなし。それでも、せめて足を引っ張らないで務められるよう祈る。

20年以上前に、詰め物をした右上の奥歯。ここ一年ほどか、しばしばそこに違和感あり。さらに最近、冷たいものがしみるし、固いものをかむといくらか痛みも。で、何もしなくても痛いという事態になる前にグズグズせず、水曜日に近所の歯科医院を予約、木曜日に行くことに。翌週は修道院集会、高齢司祭の通院付き添い2回、求道者の洗礼準備の会も2回、さらに女子修道会での半日黙想会、その他、といろいろあるので。人並み以上に面倒くさがりでビビリのわたしなのに、世の「黄金週間」ムードに感化されてか、20数年ぶりのハイシャさんに、どこかレクリエーション気分。・・・結局、詰め物はいつの間にかとれていて、大きな虫歯進行中とのこと。さいわい、神経には達していないようなので、抜歯の必要はなさそう。この日は樹脂で応急措置をして、一週間、痛みがないのを確認してから、型をとって、カバーをすることに。立派な大ごと。いやいや、放っておいたら、神経をとるとか、もっと大変なことになったわけで。・・・子どもの頃、虫歯の治療のための麻酔の注射が結構痛かった体験。「今は技術が進んでいるから」とは思いつつ、今回、センセイが「ハイ、ちょっとチクッとしますよ」と言ったときは、やはり緊張。で、ホントにちょっとチクッとしただけ。しかし、痛くは感じないとはいえ、あのキュイーンと鳴く器具で患部をゴリゴリ削られて頭蓋骨がガタガタする感覚は、楽しめるものにあらず。まあ、話のタネとして、たまの久しぶりに味わう刺激。それよりむしろ、口の小さいわたしには、それを大きく開けていることのほうがしんどかったかな。

9日、屋上から、富士山の雪が溶け始めたのを目視確認。下界ではもうアイスコーヒー。
10日、母の日で聖堂内にはカーネーションがいっぱい。聖ドミニコとともに描かれることの多い、貞潔の象徴、ユリとともに。聖母の月で、教会の玄関前や、歩道に面した花壇には咲き誇る色とりどりのバラ。道行く人たちが写真。南平台の名所になりつつある?次の日曜日に洗礼を受ける6歳の女の子の家族と打ち合わせ。その子自身がお姉ちゃんと一緒に作ったというケーキをもらう。
その週、ドミニコ会カナダ管区日本メンバーの集会では、わたし自身の近況として、東京教区からいといろとお役目をいただいていることを報告。高齢のカナダ人司祭の年に一度のペースメーカーチェック。もう一年たった・・・。週末は、渋谷教会の平日朝のミサに来てくれるシスターたちの中目黒の修道院へ招かれてミニ黙想会。一番の充実したときは、昼食での会話。

17日日曜日、昇天祭にふさわしい青空、気温30度。「さわやかを通り越して暑いですが」と言って始めるミサ。6歳女の子の洗礼式。その両親と姉、そして兵庫県から駆けつけた祖父母。代母は、本人の所属するガールスカウトのリーダー。家族と仲間、そして教会共同体全体で祝う喜び。ところが、「おおらかに楽しみましょう」と言ったはずの司式司祭自身が、実際には緊張して、イッパイイッパイ。ベテランの侍者長に助けられて、問題なく終了したが。ミサ後、「司祭が舞い上がって、グダグダの式になって申し訳ない」とわたしが言うも、家族らも、ともに見守った信徒らも、「とてもいい雰囲気でした。」みなさんのおかげ。「ほんとうに教会として新しい家族を迎えてしあわせな気持ちになりました」って、そうか、よかった。・・・まあ、秘跡を執行する典礼で、司祭がまじめに「ちゃんと」緊張するのは悪いことではないし、むしろ必要でもあろう。とはいえ、もうちょっと落ち着いていたらよかったね、われながら。記念写真のあと、白いベールをかぶったその子が、わたしのほうを向いて「神父サマ、ありがとうございました」と言ってくれて、みな「わぁ、しっかりしてる!」と感激。こちらこそ、ありがとう。ホントにしっかりしてるね・・・司祭よりも!(聖母マリア、お喜びください。)ちなみにこの日は、ミサ後、教会の大掃除。聖堂に扇風機を設置していく。先月末に股関節の手術を受けた信徒も、数日前にもう退院して、きょうミサに復帰。無理はしないでね。

月・火と、教区本部でのお役目のため、リュックでパソコンをしょって朝から山手線。休日でなくとも、9時台ならもうさほど混んでいない。しんどいのはむしろ、荷物を持って歩くそとの暑さ。火曜日の夕方はさすがに体に疲れを感じる。が、戻ってきてから洗礼希望者らのために話をするのは楽しくて苦にならない。
水曜日の朝、ゴミを出すだけで汗。が、ミサではまだ冷房は入れない。自室では前の晩から、少しエアコンを使い始めたが・・・5月中はまだ本格稼働させてたまるか。木曜日は雨で気温がぐっと下がる?・・・が、朝、むしろ蒸し暑い。まさか、このまま梅雨か。いや、外へ出るとそれなりに涼しい。一昨日とは別の洗礼希望者のための学びの会。ベテランの信徒も参加自由。この日も、話し出すと「あれもこれも」言いたくなって、予定終了時刻を1時間オーバー。
金曜、雨は続き、さらに肌寒く。高齢のカナダ人司祭の補聴器を買い換えなければならなくなり、渋谷区に補助金を申請するため、本人を耳鼻科へ検査に連れて行く。紹介状も長い待ち時間も必要ない、小さな「町医者さん」。広尾の住宅街、開業99年目。「わたしより3つ年上だね」と当の司祭。予約もいらず、期待どおりすぐに済んだ。
わが南平台の住まいのまわりで続く道路工事、建築工事。巨大な建機の作動で、わたしの部屋にまでズーンと振動。老朽化激しいとはいえ基礎が堅牢で頑丈なこの建物さえ揺らすとは、スゴイ。補聴器をはずした御大は、「騒音が聞こえなくてちょうどいい。」もちろん、作業するかたがたのためにお祈りしつつ。

復活節も終わりに近づき、この金曜日のミサの第一朗読では、パウロがいよいよローマへと送られていく場面。福音朗読では、復活したイエスがペトロに3回その忠実さを確認し、「わたしに従いなさい」と、始めに彼を召し出したときの言葉であらためて命じる。きょう、聖霊降臨の前日に読まれるのは、使徒言行録とヨハネ福音書の最後。2本の柱である使徒、ペトロとパウロの殉教を予感させながら、もっとも若かった弟子ヨハネがその後、独自の使命をまっとうするために長く生きることが暗示される。それぞれが固有の召命として自分の人生を生きて、全体でともにひとつの教会を成すということ。最後にそう思わせられたことしの復活祭は、あっという間に過ぎた。教区レベルで、有能で献身的な司祭らととともに働かせてもらい感謝しつつ、日々学びながらのこの頃、渋谷教会では、洗礼を望んで新たにきてくれた人たちとの出会いを育みながら、予定盛りだくさんの夏へと向かう。

2026年4月30日(木)更新説教リンク【復活節第4主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1lKJx3G0wQhO9lJSz1CfAXlg_h_Z5EI-2/view?usp=sharing前回言及し...
30/04/2026

2026年4月30日(木)更新

説教リンク【復活節第4主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1lKJx3G0wQhO9lJSz1CfAXlg_h_Z5EI-2/view?usp=sharing

前回言及した、ドミニコ会シカゴ管区(わが修道会はアメリカでは4つの管区に分かれている)所属の若い司祭、ジェイムズ。香港のバプテスト大学の哲学の教員。彼が早稲田大学での連続講義を終えて香港へ戻る前日に、上智大学の哲学科長を紹介したくて、その鈴木教授先生(またの名をイエズス会の鈴木神父様)へメール。急な問い合わせだが、、「晩まで研究室にいるので、ぜひお越しください」とのありがたい返事。喜んでジェイムズにスマホでその旨送信し、まだ早稲田にいるはずの彼とどこかで落ち合って四ツ谷まで連れて行こう思うが、そのジェイムズから返信が来ない。「何やってんだ」と待ちながら夕方になると、「I just met him, haha.」との報。ナヌ?もう直接ひとりで会いに行ってきたと!さらに、鈴木教授SJからのメール。「とても実りある出会いのときを過ごせました」と。香港からなら「上智大学中世思想研究所と行き来するのも難しくない」との話までしたそうな。若いアメリカ人ドミニコ会士のこの積極性と行動力。しかも、コヤツ、早稲田~四ツ谷~渋谷を、堂々とドミニコ会の修道服姿で公道を歩いて移動。「とくにジロジロ見られもしなかった。コスプレするガイジンくらいにしか思われなかったみたい。さすがトーキョー!」って、やっぱ、「奥ゆかしい」日本人カトリック司祭なんかとは、根性が違う。参りました(最敬礼)。
彼が夕方東京を発つ日、聖ゲオルギウス(セイント・ジョージ)の記念日の朝、ある人からこの修道院に差し入れられた巨大なタケノコ数本。みなが見たことないくらいデカい。まかないさんが、「ゆでるのに何時間かかるかしら」と困惑するくらい。イノシシのようなナマナマしい(?)皮つき。そこへ、ジェイムズを呼んで、「これ何だか知ってる?」びっくりする彼に、「これこそ、セイント・ジョージに退治されたドラゴンのツノだ!」そして、一緒に届いた、これも実に立派なワラビ。「見ろ、ドラゴンのヒゲだ!」タケノコを煮るために同封されていた米ぬか、そして、謎の灰?・・・ワラビを食べられるようにするために、まず灰とともに水に浸けるのだそう。「さすがドラゴンのヒゲだけに、毒抜きが必要なのか。」・・・昼食後、出発しようという彼に、「夏は休みはとれるのか?」と問うと、「ヨーロッパでもいろいろ講演を頼まれていて・・・。」トミズムと東アジアの伝統思想との比較研究について話すために世界中を飛び回っている彼は、まだ30代。「日本語もちゃんと勉強したい」と言いながら去って行く彼の足元にもわたしは及ばないと思いつつ、この兄弟を上智大学につなげることができて感謝。翌日、そのタケノコとワラビに添えられたのは、この修道院の庭のサンショウの葉。なんというぜいたく。

聖ゲオルギウス、ポーランド語では「Jerzy」、その発音をカタカナで記すと、似ても似つかないようだが、「イェジ」。渋谷教会のもうひとりの助任司祭のファーストネーム。その霊名の記念日に彼がわたしに尋ねる。数日後に精密検査のために入院するための書類に、緊急連絡先として「あなたの名前を書いてもいいか?」それはもちろんとして、わたしは、「信徒らに、あなたにために祈るよう言ってもいいか?」―その場では、「言わなくてもいい」と答えた彼だが、その後、「秘密にすることでもない。」

数日前、函館へ旅行に行くという洗礼志願者が、「函館にはキレイな教会がいくつもあるそうですね。」「そう、旅先で教会を訪れるのも、カトリック信者の大きな楽しみだよ!」その彼女が、トラピスト修道院製の菓子をみやげに買ってきてくれた。わたしが本気でトラピストの修道士になろうかとも思ったこともあったことを話しながら、信仰が日常の喜びの実感であると彼女自身が知りつつあることに感謝。

復活節第4主日、「よき牧者の主日」、世界召命祈願の日、ミサのはじめ、検査入院するもうひとりの助任司祭のために祈るよう参列者を招く。ミサの終わり、先日洗礼を受けたばかりの青年ふたりが侍者を務めたことに絡めて言う。「わたしもはじめてミサで侍者をしたときは緊張した。ところが、その緊張感がたまらなく気持ちいいと思えるようになって、ついには司祭にまでなってしまった。」そして、教区による信徒カテキスタの養成コースが10月から再開されること、わたし自身がその講師のひとりに任命されていることを伝える。
その日も、ある女性とその中学生と小学生の娘さんのために洗礼へ向けた学びのひととき。何より、ふたりの女の子が、「教会に来ることが楽しい」と言ってくれていることが、もっとも根本的で一番大切。
そして、カテドラルで世界召命祈願の日のミサ。共同司式する司祭のひとりとして祭壇横から、知り合いの信徒やシスターたちが会衆席で参列しているのを確認。ミサ後、諸般の事情から、わたしは懇親会に出ずに渋谷へ帰ったのだが、その晩、幾人かから「懇親会で会えなかったのは残念」とのメールやLine。うん、たしかに。ゴメン。

月曜の朝、本降り。その雨音を聞きながら小聖堂で捧げるミサにも、おもむきあり。司祭月例集会のため、昨日に引き続きカテドラルに向かえば、目白駅前から乗るバスでよく一緒になる若い司祭と、この日もそこで合流。車中で交わす会話も、わたしには栄養剤。
集会では、東京教区で働く司祭たちが、真剣に率直に司牧のりかたについて議論する。同時に教会の連帯を強めるために交流を図る。実はこんなにもまじめに教会共同体のことを思っている司祭たちがいることを、ひとりでも多くの信徒が知ってくれたら!少なくとも、わたしにはとても大切な場。こんな落ちこぼれでも、「ドミニコ会の」そして「シブヤ教会の」サトーシンプさんとして認知してもらえるからこそ、謙虚でありたいもの。
前日の世界召命祈願日のミサでも、この日の月例集会でも、教区や他の修道会所属の比較的若い司祭らが、「渋谷教会に行ってもいいですか。できれば、佐藤神父さんがミサを司式する日に」と言ってくれるのがとてもうれしい。「ぜひ!子どもたちや青年たちを喜ばせてあげてください。」
スペース・セントポールで、『祈りの手帖』を数冊まとめ買い。その発行元のドン・ボスコ社の代表の司祭がちょうど居合わせて、「ありがとうございます!」「わたしは、洗礼を受けたいという人を紹介されたら、最初にこの手帖をプレゼントすることにしているので。」
・・・午後いったん陽が出てからまた降り出したこの日、夕方には空に見事な「神の約束のしるし」(創世記9・13)。屋上で、その半円の端から端までを見ることができるが、チャチなスマホのカメラでは全体を収められない雄大さ。(パノラマ撮影に慣れていないだけ。)世田谷に住んでいる信徒が自宅から撮ったものがLineで送られてくる。いいことありそう。・・・晩には、精密検査を受けていた司祭から、「無事に終わりました」とメール。全身麻酔のためのガス吸入器をつけた写真とともに。

火曜日、さわやかに晴れ。ある信徒から会ってほしいと言われていた、2名の若い未信者のかたと初顔合わせ。わたし自身の自己紹介をかねて渡す、カトリック渋谷教会報『おとずれ』3月号の表紙記事。そして、ともに洗礼準備を進めることに決定。で、『祈りの手帖』を進呈。ウレシー!
水曜はシエナの聖カタリナ。朝のミサは、とくに日本で働くドミニコ会の兄弟姉妹のために。そして、この日聖ドミニコ学園の聖堂で追悼ミサが捧げられる、マリア・ベネディクタ武田教子のため。・・・昼食では、聖カタリナのお祝いと、世間は「昭和の日」で休みであることで、ワインで乾杯。カナダ人、ポーランド人、スペイン人、日本人、「ここにいるみんな、ショーワ生まれ!」
きょう木曜もドミニコ会の聖人、ピオ五世教皇を記念。ちなみに今でも教皇が白いスータンを着るのは、ピオ五世が身に着けていたドミニコ会の修道服にちなむ。宗教改革に対し、カトリック教会のカテキズムを制定し、ミサ典書や聖務日課書を整え、ロザリオの信心を普及させたこの教皇、まさにバランスのとれた、刷新を恐れない真によき意味での「正統派」の模範と思う。

2026年4月22日(水)更新説教【復活節第3主日】https://drive.google.com/file/d/16dcw4Za8rMy0s82jm8V9xCSUKnuMQ3Qe/view?usp=sharingスピーチ【新受洗者・転入...
22/04/2026

2026年4月22日(水)更新

説教【復活節第3主日】https://drive.google.com/file/d/16dcw4Za8rMy0s82jm8V9xCSUKnuMQ3Qe/view?usp=sharing
スピーチ【新受洗者・転入者歓迎会】https://drive.google.com/file/d/1-7kM8OR_9qF0E-pAG52UrvVLPUeHXfuM/view?usp=sharing

三月末以来、一日中きれいに晴れる日が少なかった。もう気温では夏日になろうかという日が続きながら、すっきりしない空模様ばかり。わたしの思いを映すかのように?・・・そう言えば、わたしは中学生のときすでに、Simon&Garfunkelの“Cloudy”も、自分のテーマ曲の一つに認定していたではないか。しかし、ありがたいことに、このトシまでしぶとく生き抜いてきたおかげで、もう不安よりも、どうやって自分のしたいことをするか具体的・積極的に考えることができるようになった。と言うより、もうそうするしかないのだから。自分の望む修道者・司祭としての生活をどう教会の奉仕として実現するか、それだけに心を集中できるのは幸せなこと。感謝。そのために、誰にどんな態度をされて何を言われようと、ただ自分のすべきことを目指し、節制と回心にのみ専念しよう。

4月12日、復活の八日間の締めは、前後の数日間にはないくらいの晴天で、教会学校の子どもたちの保護者会、そしてガールスカウトの入団・フライアップ式。かたちだけでも、担当シンプサマとしてローマンカラー姿でスピーチ。思えば、ビビリのわたしが、よくもまあ、こういうこともするようになったもの。年齢だけでも重ねれば、相応の図太さは身につくものなのかも。もちろん、こんなわたしでも立ててくれるスタッフのおかげでもあるが。
それから湿気は少ないが梅雨みたいな天候ののち、18日土曜日にやっと晴れ。部屋の中の気温は25度。ここから見える富士山はまだ白いが、冬ほど透明な空気の中にではない。昼には、春だけどサンマ。おろしと一緒にちゃんとワタまでいただてほろ苦さを楽しみ、きれいに残すは頭・しっぽ・背骨だけ。「これはどこでとれたサンマかねえ」という修道院長に答えるわたし、「そりゃあもちろん、目黒でしょう!」(こういう落語ネタ、今どれくらいの人に通じるのか。)

19日、復活節第3主日もよい天気。ミサ後行なわれた、新受洗者・転入者歓迎会。たくさんの人が挨拶に立つので、わたしからの歓迎の辞も「2分以内で」と司会者からきっぱりと言われていたのだが、普段ほとんど主日ミサをさせてもらえないウップンを晴らそうと、はなからオーバーするつもりで檀上へ。それでも3分くらいで済ませた・・・はず。自虐と皮肉、ヒンシュク上等のマイクパフォーマンス。会のあと、渋谷教会を代表すると言っていい長老の信徒から、「よかった!」とお褒めいただき、ご満悦。
復活の主日に洗礼を受けた小さな女の子。わたしからもささやかなお祝い品を贈っていたのだが、この日彼女がわたしにくれた返礼品は、教会の庭に生えたレモンを使ってお母さんと一緒に作ったお菓子。その庭をこよなく愛して昨年亡くなったブラザーのことも忍びつつ、とくにそのブラザーと近しかった修道院のまかないさんとともに、思わず涙。その女の子の洗礼名は、オディリア(オディール)。わが青春のストラスブール、アルザス地方の守護聖人!そう、遅れてきた40代の青春の地。そして今だって、もちろん青春マッタダナカ、還暦近くても。一生、生意気ざかり。

くすぶっていても、スネてはいけない。ブーたれるのではなく、すべてをエネルギーに換えて進め。毎週主日ミサの務めをもらえるなら、札幌教区でも福岡教区でも、喜んで行きたい。しかし、修道院内での役目上、渋谷からは離れられない・・・。では、渋谷から通える横浜教区かさいたま教区の小教区は?・・・などと勝手に考えていると、ほかならぬ東京教区本部から、教区全体でのいろいろな種類の奉仕の提案がくる。「とりあえず、その方向でやってみれば?」と、あるベテラン信徒。他方、わたしのもとに来る洗礼希望者らが増えてきた模様。

すでに4月下旬。ことしの日誌帳にはさんだ「2026年にしたいこと」のメモ。落ち着いてからきれいに整理して、日誌帳に直接書き込んで実行しよう・・・と思っていたら、もう一年の3分の1が過ぎようとしている!歌唱ミサはいつ始めるんですか?典礼マニアのサークル活動もまだ。近代日本哲学の勉強会は?その他もろもろ。

きのう、聖アンセルモの記念日。その名を冠する目黒教会の共同体のために祈る。その同じ敷地内にあるカトリック東京国際センターのスタッフのためにも。同教会の聖堂には、ドミニコ会のカルペンティール師による聖アンセルモの絵が飾られているのも思いつつ。

アメリカのドミニコ会司祭が渋谷修道院に滞在中。ふだんは香港のバプテスト大学で哲学を教えていて、この数日間は、早稲田大学で連続講演中。彼とわたしは、もう10数年前にストラスブールで会って以来の知り合い。今回、彼が日本を発つまえに、上智大学の哲学科長と引き合わせられたらよいのだが。
https://dpt-philosophy.w.waseda.jp/wp-content/uploads/2026/04/James-Rooney%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC-1-1.pdf

2026年4月11日(土)更新説教リンク ↓【聖金曜日 受難の祭儀】https://drive.google.com/file/d/1ZNN_TAgqXNiFE22cHZ4Jp2fpYV8elQ_1/view?usp=sharing聖週間、...
11/04/2026

2026年4月11日(土)更新

説教リンク ↓【聖金曜日 受難の祭儀】
https://drive.google.com/file/d/1ZNN_TAgqXNiFE22cHZ4Jp2fpYV8elQ_1/view?usp=sharing

聖週間、わたしが渋谷で司式・説教したのは、枝の主日のミサと聖金曜日の祭儀。どちらも受難にフォーカスした日であることに、いまの自分自身への意味を感じつつ。どこの小教区でも一般的に参列者が多くはない聖金曜日の十字架の典礼、しかし、ことしここでは、ふだん主日のミサでは二階席にいる聖歌隊メンバーがこの晩は一階に座っているおかげで、それなりに席は埋まって見える。むしろ、多すぎず少なすぎず、聖金曜日にふさわしいかも。主の十字架のもとにまでついていった限られた人たちのごとく。参列者にとっても、司式者・奉仕者にとっても、一年で一番「難しい」この祭儀を、この小教区の活動の中心的担い手となってくれている信徒らとともに捧げられてよかった。その人たちに、近い距離から説教でメッセージを伝えられて満足。また、そこに、復活徹夜祭で洗礼を受ける青年らのうちで、正式に洗礼準備期間に入る前からわたしと関わりのあった2人がいたことにも。十字架の礼拝では、銅製のコルプス(磔刑されたキリスト像)の付いた大きめの重い十字架を、なんとか一人で持ち上げて歌う、「見よ、キリストの十字架、世の救い。」祭儀全体の終わりには、3本のバラを、シスター、洗礼志願者、わたしが一凜ずつ、キリストの右手、左手、両足に重ねるように置く。朗読されたヨハネ福音書の場面にそって、聖母、マグダラのマリア、「愛する弟子(使徒ヨハネ)」として。式後、参列者のひとりが、「なるほど、バラの赤が、イエスの手足に刺された釘から流れる血を表わしているんですね」と、わたし自身が意識していなかった意味を見出してくれた。そして、別の信徒から、「よい式でした」と言われ、「とても緊張した」と言うオルガニストともに、ホッ。あとから聞いたところでは、参列した小学二年生の女の子には、式の雰囲気が「ちょっと怖かった」。それだけ厳粛な祭儀だったということ。

ちなみに、その木・金・土の三晩、渋谷の主の晩餐のミサ、受難の祭儀、復活徹夜祭すべてに、イエズス会駒場修道院からS神父が参列。J大学教授、哲学科長にして中世思想研究所長。復活徹夜祭で洗礼を受けた青年のうちのひとりの知り合いとのことで、懇親会はよりうれしいときに。ここの修道院長である東京大学名誉教授に、ここに滞在中の元パリ・カトリック大学神学部長、そしてS教授神父と、まことに壮観。で、ボンクラのわたし自身はと言えば、復活徹夜祭でも復活の主日ミサでも、役割は、洗礼式でのマイク持ちくらい。また、復活の主日ミサでは、その元パリ・カト神学部長のフランス人ドミニコ会司祭が尺八演奏を披露した際、わたしが座布団運び。
ともかく、渋谷教会のご復活の徹夜祭と日中ミサで、成人洗礼5名、幼児洗礼3名、めでたい。わたし個人からも受洗者らへ、ドン・ボスコ、ピエタ、サンパウロ、女子パウロ、4つの店で買ったカードやささやかな記念品を贈れただけで、よしとしよう。何より、8月15日の「聖母の被昇天祭」に受洗する予定のおとなと子どもの求道者らがみな、復活の主日のミサにあずかり、懇親会で信徒らと交われてよかった。

「復活の月曜日」が好きだ。聖週間・復活祭に心身を集中した熱心なカトリック・キリスト信仰者が、静かに落ち着いてて喜びに浸るとき。復活の主日から復活節第2主日までの「復活の八日間」、典礼上はすべて祝日扱い。そのあいだ、世間のカレンダーでのただの平日も、朝のミサは解放感と安心感、独特の高揚感をともなう。とくにその月曜、教会の一番の大祭日の翌日にもともに礼拝するためきちんとミサに来る信者たちは、少数だからこそ、信仰の絆を実感させる。聖週間・復活祭で大いに奉仕した信徒、修道者、そして司祭にとって、「お疲れさま」を兼ねた、一種、内輪の打ち上げ(?)のような雰囲気も。この日は、神の御摂理修道女会の姉妹たちと「御復活おめでとうございます。」そして、毎朝ミサに来る、渋谷教会の信徒会役員のひとりが、この日から新しい職場で働き始めるということで、そのためにともに祈る。そう、新年度最初の月曜日でもある本日、世で働く信徒たちを、墓をからにしたイエスに促されて出発する使徒たちに重ねる。
穏やかな晴れ、剪定業者による、教会・修道院敷地内の樹木の手入れ。中庭で刈られる草の匂いが、窓を開けた4階の部屋まで登ってくる。前日まかないさんが作っていってくれた和え物、そのスナップエンドウの歯ごたえが、緑色のうちに、草刈り機の音をバックに草の香りと混ざり合って、気分はもう初夏。

ところが、火曜日は曇り、ゴウゴウと鳴る風。散らされた桜の花びらがあちこちで舞う。水曜日には陽が戻ったが、木曜日から、また曇りがち。風もかなり。復活の金曜日の晩は大雨。なにやら不穏な年度初め?・・・波乱の春、それでいいではないか。それなりにわたしの役割もあるのかと考えなおさせられることがあったかと思ったら、その件も結局はわたし抜きで済んでいたようだし。そこへ、「なんでサトーなんか」と直接言われて、はっきりした。落ちこぼれの称号、ありがたくいただこう。「飼い殺しにされているということは、そこを出て新しいチャレンジをしろというサインですよ」と、ある人が励ましてくれた。そうだ、わたしのモットー、「肩書きも縄張りもなく」・・・そして、きっと仲間もなく。すでにそこにある何かで働かせてもらうことを考えるのではなく、自分で道を切り開き、活動の場を作れと。「司祭が足りないと言われているんだから、落ちこぼれでも必要としてくれるところはあるさ」なんて、甘ったれた考えは捨てて。

復活の土曜日、きょうは聖スタニスラオの日でもある。この聖人と同じポーランド人の司祭とシスターらとともにミサを捧げられたことに祝福を感じて、ちょっと勇気も戻ってくるかな。

2026年4月1日(水)更新説教リンク ↓【神のお告げ(祭日)】https://drive.google.com/file/d/1n5Kowrg1cSKKiEttsd8C1SMQPT1vvBu5/view?usp=sharing【枝の主日(...
01/04/2026

2026年4月1日(水)更新

説教リンク ↓
【神のお告げ(祭日)】https://drive.google.com/file/d/1n5Kowrg1cSKKiEttsd8C1SMQPT1vvBu5/view?usp=sharing
【枝の主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1VBRpss7fsktwIEXt5w-fVbC1rNQW1lx8/view?usp=sharing

感慨深い「年度の変わり目」と重なることしの聖週間。枝の主日のあとの月・火・水、聖なる過越の三日間の前の三日間、その独特の雰囲気。ミサで読まれるのは、イザヤ書の「苦しむしもべの歌」と、福音書中のイスカリオテのユダの離反が予告される場面。静かな闇がすべてを飲み込んでいきつつ、そのすべてが決定的な「とき」へと向かっていく。悲痛でありながら、不思議な落ち着きと透明さに包まれるよう。

わたしにとって3月31日は、退職記念日。わが人生の“エジプト脱出”を記憶する日。あの年、この日が「復活の主日」であったことの巡り合わせ。(後年、司祭としてはじめて祝った復活の主日も3月31日。)脱出ののち、まさに旧約の民のごとく、広大な荒野をさまようことに。修道会という名の・・・。果たして、わたしは「乳と蜜の流れる地」にたどりついたのか。この四旬節、神はやはりわたしが積極的に出かけて行くことを望んでいることが確認された。わたし自身がモットーとするように、「肩書きも縄張りもなく」。復活とは、つねに「墓をからにして」出て行くことであるように。
きのうから、朝のミサで小聖堂には暖房は入れない。あいにくの雨と強風で、桜もかなり散ってしまったか。まあ、近所の目黒川沿いも西郷山公園も、もとより見に行くつもりはないのだが。この時期、あまりに人出が多いから。他方、風や気圧の変化にとても敏感に反応する、このボロ屋敷の火災報知器、この日の朝のミサのあと、しっかり鳴る。(よかった、夜中でなくて。)困ったのはむしろ、プラスチックゴミを入れた袋が、回収のための所定の置き場所から、風で転がされること。

あっという間の3月。半ばには、「青年の祈りのひととき」の実施報告と振り返りの会合、宣教司牧評議会、司祭評議会と、たびたびカテドラルへ。枢機卿猊下より、宣教司牧評議会の担当司祭のひとりにも任命されてしまい、東京教区のための参勤出仕で登城する機会はますます増えるかも。15日のバラ色の祭服の主日を過ぎれば、17日に「日本の信徒発見の聖母」の祝日、19日に聖ヨセフの祭日、もうそのころには外へ出れば暖かさも実感されて、浮かれ気味・・・。
が、四旬節にふさわしく(!)、3月も下旬に、きちんと回心しなければならない重大な事態。具体的には書けないが、ある人とのわだかまりがあつれきへと悪化し、そのため、ミサで祭壇から信者らに向かって「平和のあいさつを交わしましょう」と言うのが苦しい、司祭としてミサそのものを十全な心でささげられない、このままでは聖週間に入れない、という思いにとらわれるにいたった。葛藤はあったが、「神のお告げ」の祭日の朝にこちらから謝罪。その場で和解できたわけではなかったが、ともかく、その日のミサは解放された気持ちでささげることができた。8月15日の聖母被昇天祭にわたしが洗礼を授ける予定の求道者らの入門式とともに。福音朗読での大天使のことば、「神にできないことは何一つない」が実感される。・・・その後、当の相手からは、普通に会話してもらえる状態にはなった。心から和解するにはまだ時間が必要だろうが、このように過ごして迎えた聖週間、この経験を忘れず戒めとして、少しでも成長して、謙虚であるよう心がけられますように。

さあ、過越の三日間。正直、三日のあいだ朝のミサをしないということにも特別感。
あす、まず、カテドラルでの聖香油のミサ。日本の教会では(?)、教区の多くの信徒がそこに参加すべきであることを知らない、それどころか、そもそも聖香油のミサが何か知らない信徒たちも多いようだ。どうか、ひとりでも多くの信徒が参列しますように。

2026年3月9日(月)更新説教リンク ↓【四旬節第2主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/10wjCrb1_KlpUQipVvi61RCSPvM28CSO_/view?usp=sharing【四旬節...
09/03/2026

2026年3月9日(月)更新

説教リンク ↓
【四旬節第2主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/10wjCrb1_KlpUQipVvi61RCSPvM28CSO_/view?usp=sharing
【四旬節第3主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1UORGRiaptThH3xe8f6g0qQQbvm1E06uc/view?usp=sharing
『おとずれ』2026年3月号表紙記事 https://drive.google.com/file/d/11WZgfwKcSTFaYFNco18pebdd1-CFKy3y/view?usp=sharing

先々週、四旬節第1主日のすぐあと、天皇誕生日に、四ツ谷のニコラバレ修道院のホールで催された、「宮本久雄著作選集」刊行記念会。講演に続き、同師自身の81歳の誕生日でもあり、その祝いもかねての懇親会。四旬節はもう早々に脇へ置いて。送られた花束は、わたしが渋谷修道院に持ち帰った。四旬節中なので聖堂には飾れず、修道院の食堂に。気を引き締めて節制せねばとは思いつつ。

そして3月。まさに日増しに、日は長く、気分的に暖かくなっていく。しかし、ことしこの月はまるまる四旬節。まだ浮かれず、落ち着いて復活祭を待とう、そして洗礼を受ける準備をしている人たちのために祈ろう、この渋谷教会で、日本の教会で、全世界のカトリック教会で。・・・と、3月1日の主日ミサの冒頭で言うのは予定どおりだが、強調しなければならない意向を加える。「中東での戦火拡大、4年経っても終結のきざしの見えないウクライナ戦争。わたしたち自身と政治指導者たちの平和へ向けた回心のため。」さらに、B型インフルエンザに罹患して修道院内にて自己隔離中のもうひとりの助任司祭の回復のため。彼を含め日本で働くポーランド人司祭・修道者らのためにも、3月4日が聖カシミロの記念日でもあり。
この日のミサではまた、先日亡くなった渋谷教会の女性信徒の追悼。参列した、カトリック信者でないその娘さんには、「これからも、お母さんの知り合いだった人たちがいるこの教会に、気軽に出入りしてください。『あなたも洗礼受けなさい』なんて迫ったりしませんから。」他方、二週間ほど前にある信徒を介して、ふたりの子どもと一緒に洗礼を受けたいと連絡してきていた女性と、この日のミサ後、「初めまして」。そのほかにも、最近、洗礼を望む人が数名、所属信徒を通じてだけでなく、直接教会の受付を訪れることあり。もしや、小さいながらも「信仰復興」の波が、このカトシブに!?
子どもたちのリーダー役をしてくれている学生の信徒が、「きょうの説教、自分の心に来ました。」この四月に国際的な機関への就職を控えた青年。ひとりでも何かを感じ取ってくれた人がいた、それでいい。しかもそれが、これから世界をめぐって働く若者の旅立ちにふさわしかったならば。

とにかく、「老朽化」というレベルをもすでに超えているこの建物、ここ数年来、とく水道関連のトラブルが絶えないのは、たびたびこのページでお伝えしているとおり。とくに深刻だったのが、昨年夏、対応に時間と労力を要した下水管の劣化による水漏れ。幾人もの信徒を巻き込み、その献身的奉仕によって一応、事態収拾・・・。つい三週間前は、消防設備点検での地下ポンプの操作事故による大規模浸水。そして先週木曜、われわれの敷地の横の公道での水道管工事に関連して、この建物でしばし断水。工事後、業者がこの建物の給水ポンプの栓を閉じたまま帰ってしまい、金曜の午前中に貯水タンクがからになって、トイレで水がでなくなる。業者を呼んで復旧すると、今度は、タンクへの注水がいつまでも止まらず、満水のタンクからジャージャーと排水され続ける。とほほ。とりあえず手動のバルブを閉め、夕方になって専門のエンジニアが到着。断水後の復旧時に水流が強すぎて(?)、給水管の古くなっていた電磁弁がイカれて動かなくなったことが判明。交換用の電磁弁の在庫があるかは、翌週にならなければ分からない。とりあえず、土曜の午前中に、タンク内にボールタップをつける応急処置。この間、立ち会って業者に対応してくれていたのは、小教区の総務担当の信徒。わたしはただ、なすすべもなく、そこに居合わせただけ。やれやれ。やまぬ水難。これを洗礼式へ向けての「水のしるし」と思えるか?

日曜は、カトリック初台教会で、わたしのミサ司式と黙想講話。久しぶりに、渋谷以外の小教区での主日。レデンプトール会の司祭らとの喜ばしいミサの共同司式。黙想会に関しては、わたしのほうの準備不足で、話が今ひとつまとまりきらないかたちで終わってしまい、申し訳なかった。深く反省。それでも、信徒たちと司祭らから、とても丁重にもてなしていただいた。こちらとしては、終始、レデンプトール会の修道服を見て喜びながら、ドミニコ会の修道服姿も存分に御覧に入れる。やはり、こういう交流が必要。とても大切。わたし自身の司祭としての研鑽・経験のためにも。

今週、来週と、いろいろと会合や式あり、教会の祝祭日あり、あっという間か。この四旬節は早く過ぎそう。カトリック渋谷教会報『おとずれ』の表紙記事に書いた、三月というときについてのわたしの思い。そういうところには、信徒への教えとなるようなことを書くべきなのかも知れないが、正直、何を書いても反応がないのがつねだから、今回、どうとでもなれと、思い切り個人的な内容。ところが、意外な人から直接に示された共感。一応聖書の言葉から始めて、ジブリ映画で使われたユーミンの歌の一節で締めるとは、自分でも意外だったが。

2026年2月19日(木)更新説教リンク【灰の水曜日】https://drive.google.com/file/d/16h1ownp_LIoJaKGq7ATwxhab2u3Km6D-/view?usp=sharing先週の土曜日、ある典礼...
19/02/2026

2026年2月19日(木)更新

説教リンク【灰の水曜日】https://drive.google.com/file/d/16h1ownp_LIoJaKGq7ATwxhab2u3Km6D-/view?usp=sharing

先週の土曜日、ある典礼奉仕グループの青年信徒ふたりに招待されて夕食。カトリック教会のことをあまりに知らなさすぎるカトリック信徒の多すぎる日本で、先日に続き、話がすんなり通じるばかりでなく、霊的かつ知的に志と情熱をともにできる若者とつながれたことに感謝。信仰と知識に恵まれた彼らと、これからともに福音宣教に励めますように。そのためにつながりが広がっていきますように。
暖かくなった日曜日、香部屋係の信徒らが、去年の「枝の主日」の枝を焼いて灰づくり。昨年まで毎年これをして、いまはこの世にいないブラザーをあらためて偲びつつ。庭には、すでに小さな梅の花。

灰の水曜日の前日、四旬節に入る前の火曜日、マルディ・グラ(Mardi gras)=「脂っこい火曜日」。脂ののった肉は、節制の期間中避けるべきぜいたくな食材の代表。荒野でのイエスの40日間の断食にならうため(?)、その前に肉を食べておこうというのは、「謝肉祭」Carnival(肉の祭り)の意味するのと同じ。わたしがフランスの修道院で知ったのは、マルディ・グラには、肉料理そのものよりむしろ、油で揚げた菓子を食べる習慣。いわゆるドーナツで、中にリンゴを入れたりもする。そんな話を何日か前に渋谷教会の平日朝のミサに来る信徒らにしていたら、この火曜日のミサ後にマルディ・グラ朝食会をすることに。発案した人が用意してくれたのは、ドーナツはもちろん、パン、サラミ、チーズ、サラダに、ゆでたまごまで。毎朝のように顔を合わせながら、わたしがいかにしてフランスから日本に戻ってきて司祭叙階されたかのいきさつを、いままで知らなかった信徒らにいろいろ話す機会になった。

その日、それからの予定は、まずは翌日が締め切りの教会報の表紙の記事を書き上げ、そのまま机に向かって、四旬節中のミサ説教や黙想会の講話の準備を進めること。いくらか体を動かすとしても、積み上げられた本や散乱した書類を整理するくらい。大学の学期も終わったことだし。要するに、灰の水曜日に備えて、静かに仕事をしながら落ち着いて過ごすつもりだった・・・。ところが午後、緊急事態。消防設備点検の業者スタッフが数名来ていたのだが、地下の給水ポンプの操作トラブルで、地下の廊下、ホール、物置スペースなどが水浸しに。洪水にみまわれたかのごとく、足の甲まで浸る水量。途方に暮れそうな状態で、それでもとにかく、業者スタッフはもちろん、居合わせた信徒ら、そしてわたしともうひとりの助任司祭とで、水をかきだす作業。ひたすらちりとりで水をバケツへ移して外へ捨てる。効果ある?それ以外しようがない。――ああ、どうしてこうなる!?朝は優雅にマルディ・グラを楽しんで、そのあと不測の事故で全部ひっくり返される。・・・と思いつつ、こういうことは起こるものだと自分に言い聞かせる。誰かが悪いわけでもなく、絶妙(?)のタイミングで突発する出来事。自分の予定どおりにはいかないもの。灰の水曜日の前日に、これもしるし、経験、意味あること・・・と思おう。とは言え、わたし自身も、他の人たちも「まいったなあ」と言う気持ちでないわけがない。業者のかたがたはとくに。が、気が遠くなっても、やめるわけにいかない。ホールの、木のパレットを重ねたステージも、一枚ずつ4人がかりで移動。この不精者、日頃の運動不足がたたり、なまったからだにキツい。ただ腰・背中を痛めないようにだけは気をつける。・・・終わるあてもつかず、どうなることかと感じながら・・・だったのだが、結局、13時過ぎから16時ころまでかけて、なんと見事に対処完了。最後は、会社から駆けつけた応援とともに、業者のかたがたが雑巾とモップをかけて、浸水したことなど分からないほどに床は乾く。みながそれぞれ「なんてことか!」と思いながらも、ともに必死にやって、なんとかなった体験、その意義。四旬節に入るために、大切なことを確認させてもらった気持ち。
夕方、疲れてろくに動けない。あすは相当の筋肉痛か。晩にはZoomで、日本カトリック障害者連絡協議会の役員会。ホントにただ出席しているだけ(ゴメンなさい)。それから、とにかく、翌朝の灰の水曜日のミサのために、小聖堂で必要なものの用意はする。ミサの中身自体の準備は?もう、聖霊に任せよう。そして、疲れていると、むしろすぐに寝付けない不思議。気も張っているのか。

灰の水曜日、いつもより早めに起床。さいわい、体はとくに問題なく動く。トシとると、筋肉痛はさらにもっと遅れてくるのか?ゴミを出したあと、枢機卿の四旬節メッセージをコピーして小聖堂入り口に『聖書と典礼』に並べて置く。普段平日の朝ミサでは一切歌わないが、この日はフルで歌うことになっていた。わたし自身の不慣れでちょっと心配だったが、奉仕に来てくれたオルガニストといつもの信徒らのおかげで、問題なし。灰の式では、まず司式司祭の額にオルガニストが灰を塗る。ミサの終わりには、前日の「水難」によって、実りある四旬節を過ごすよう呼ばれていると感じたことを、参列者らに伝えた。文句を言い合わず、力を合わせれば、感謝し合えると。
そのあと、消防設備点検の業者のかたが、前日のお詫びと今後の対応の説明。わたしとしては、困難をともに苦労して乗り切った仲間のような思い。その現場に居合わせて対応にあたった信徒の言うように、地下の書庫の中にまで水が入らなかったのは不幸中のさいわい。なんとか対処が済んでの翌日だから、軽口を交わし合う。「神父サマ、バンテリンはいりませんか?」「いや、もう痛む筋肉もないのかも!」「両手にちりとりをもって水をかきだすサトー神父サマの動き、カーリングの選手のように華麗でした!」語り草になりそう。正直、四旬節中にすべき償いをもう済ませた気分かも。灰の水曜日なんだから、もうちょっと厳粛に。

2026年2月13日(金)更新説教リンク【年間第5主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1vpkHFaAhk-OFMhJycDbzrQVpDcUEA629/view?usp=sharing先週の木曜日...
13/02/2026

2026年2月13日(金)更新

説教リンク【年間第5主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1vpkHFaAhk-OFMhJycDbzrQVpDcUEA629/view?usp=sharing

先週の木曜日、某芸大の声楽科の学生で、グレゴリアンのミサ歌唱に取り組んでいる若い男性信徒一名が訪問。この修道院で所蔵している、第二ヴァチカン公会議の典礼改革前のミサ典書を一緒にめくる。わたし自身がとくに詳しいわけでもないので、何か教えることもできないのだが、とにかく彼が知りたかったことは調べられた模様。「助かりました」って、ほとんど何もしてませんが、おチカラになれたのならさいわい。それから一緒にビヤホールへ。トシが随分違えど、いや違うからこそ、日本のカトリック教会を「なんとかしたい」と、志を同じくする者として青年と率直に語り合えるのがうれしい。

日曜の朝、まず、選挙の投票所へ。雪の中をもどってきた際、教会敷地内の駐車場へ入ってからの下り傾斜ですべらぬよう要注意。雪で、10時のミサは参列者も幾分少ないか。はじめに、雪での事故に注意を呼びかけ、豪雪地帯で被害の多くならないよう祈り、さらに民主的な選挙制度のあるこの国で主権者らがちゃんと投票へ行くことを願う。

その日午後は、カテドラルでサレジオ会日本宣教100周念記念ミサ。さすがいくつもの学校で働いている会、生徒、保護者、教員、卒業生らで、聖堂は超満員。渋谷教会の信徒からもOB数名が参加。それにしても、サレジオ会の司祭たちは、みな穏やかで人当たりのいいかたばかりの印象。ドン・ボスコ万歳、チマッティ神父さん、ありがとう。ミサ後、地下鉄の護国寺駅へ向かうための急坂には残り雪はなし。・・・が、渋谷駅前の大きな歩道橋の、セルリアンタワーのほうへと下りていく階段、すべての段の表面が見事に凍結。外国人観光客らが大騒ぎしながら手すりにつかまり、一段ずつとてもゆっくり下りようと連なっている。そこに加わるのもはばかられて、わたしは手すりのないところを、小さい子どものように体を斜めに構えて一歩一歩そろりそろり。何とか無事に下りきって、ホッ。完全に帰り着くまで油断せず。

日曜日に子どもたちが教会の庭に作った2体の雪だるまは、月曜も火曜もまだ溶けない。天気はよくなってもそれだけ気温が低いということ。水曜日は国の祝日だが、ゴミの収集は来てくれることを、火曜の夜に役所のサイトで確認。

さて、その水曜日に予定されていた、カテドラルでの2つのミサ。午前、東京カトリック・スカウトB-P祭(スカウト運動創始者のBaden-Powellから)、午後、世界病者の日ミサ。それに備えて、前の晩はきちんと睡眠をとろうと床に就いたのだが、夜中に冬の乾燥肌による全身のかゆみが襲ってきて、薬を塗ってもなかなか収まらず、横になれないこと約2時間。やっとまた寝付いても、すぐに起床時刻。一応目覚めたが、かなり眠い。冷たい雨のなか、ゴミを出し、早朝のミサ。それからすぐにカテドラルへ。休日の朝だから電車は空いている。ところが、目白駅前では寒風にさらされながら、10分間ほどバスを待つことに。これが効いたのかも。
・・・なるべく早めに行こうと思って到着したカテドラル、もう参列者で一杯、準備するスタッフたちで満ちる活気。ミサでは、歌と演奏、枢機卿への質問コーナー、共同祈願などで、渋谷教会のスカウトメンバーが大活躍。わたし自身にとっても、いい交流のときとなった。・・・が、わたしののどの調子のほうはまた悪くなっているようで、寒さを感じながら、だるさや疲労感も。先週、のどに痛みが出た際、すぐに薬で抑えたのだが、どこか回復し切らないままなのかも。2つのミサのため朝から夕方までカテドラルで過ごそうと決意をもって、寒さと雨の中を出かけてきたのだが、その季候そのものがわたしの体調を不安にさせる。スカウトB-P祭は11時半になる前に終了、次のミサまで2時間半以上、さて、どうしたものか。菊地枢機卿自身が2つのミサとも司式、そして東京教区スカウト担当司祭・高木神父も、午後のミサにも参列するとのこと。わたしもこのダブルヘッダーでぜひおともしたいと本心から思いつつ・・・。そこへ、ちょうど引き上げようとしていたある信徒が、いまなら渋谷へ車で送ると言ってくれる。これも、「きょうはもう戻れ」との思し召しか。健康管理のために、出たいミサに出られないことも受け入れなくてはならないと。結局、ケルンホールでの交流会に顔を出せず、ガールスカウトの団長に挨拶もできず。
後ろ髪(ある?)を引かれつつも、冷たい雨に濡れずに車で送ってもらえて感謝。帰り着けば、体が弱りかけているところでしっかり栄養を取ることの大切さを思い、台所を片付け中のまかないさんに、「食べます!」サバの塩焼き、ゴボウとニンジンの煮付け、油揚げとネギの味噌汁、白ごはん、生野菜サラダ。自分の住んでいるところでこういうバランスのとれた食事のできることのありがたさをあらためて実感。午後は自室で暖かく静かに。おかげで、だるさや寒気はなく、のども休まったよう。無理をせず帰ってきた甲斐あり。・・・とは言え、世界病者の日のミサをYoutubeで見るに、参列する多くの信徒ら、共同司式する知り合いの司祭たちと、やっぱり自分も一緒にいたかったと思わずにはいられず。ミサ後の茶話会で知り合いと話したかった。この悔しさを今後に生かそう。

夕方、知り合いの信徒からLineで、シスター・マリア・ベネディクタ・武田教子が日曜日に亡くなっていたとの報。「あすの朝ミサで追悼します」と返信。日本における活動的女子ドミニコ会の代表的存在。自身が校長も務めた聖ドミニコ学園でたくさんの生徒たちを教え、多くの卒業生から今も慕われている。聖ドミニコとその修道会の霊性についての著作、講演など多数。近年は仙台の高齢者施設にいた。享年100歳。

2026年2月4日(水)更新説教リンク ↓【年間第4主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1alDEyeS5KH0uNGjZYH8M0moMPkBZ4lsK/view?usp=sharingきのうは節...
04/02/2026

2026年2月4日(水)更新
説教リンク ↓
【年間第4主日(A年)】https://drive.google.com/file/d/1alDEyeS5KH0uNGjZYH8M0moMPkBZ4lsK/view?usp=sharing

きのうは節分、だからきょうは立春。予報では、暦どおり、寒さは少しやわらぐらしいが、週末は東京で雪になるかも?寒いのはつらいが、やはりまだ暖かくなるべき時期ではない。まだちゃんと冬でないと。季節は大切。・・・とは言え、この古いボロボロの建物の中はかなり冷える。昨晩からのどに痛み。けさはもう引いたが、ケアはしておかないと。そうだ、以前に信徒にもらったうがい薬があったっけ。ガラガラしてからミサを司式、のどはかれ気味で、声を出すのが少ししんどい。熱が出たりしないよう薬を買いに・・・と思っていたら、昨年亡くなったブラザーが2年以上前にくれた錠剤がまだ残っていた。ありがたい。また感慨。
先週土曜日、「奉献生活者のためのミサ」に麹町教会で参加した際、「やっぱり暖房が効いてる。」そりゃ、わが南平台のスキマカゼ御殿とは違う。その日は、修道会等の男女の管区長会の主催するこのミサのほかに、三河島教会で、Cum-jubilo Jubilemusという典礼グループによる、ドン・ボスコの日のミサもあって、そちらの案内ももらっていた。どちらも行きたくてさんざん悩んだのち、結局、麹町のほうへ行くと、式長から「福音朗読お願いします。」そう、そのために聖霊はわたしをこちらへよこしたわけか。吃音障害のわたしにとっては、大きなミサで朗読するだけでもチャレンジ。天下の聖イグナチオ教会で、共同司式は何度もしてきたけれど、この日ついに、その朗読台に立ったということで、またまた感慨。何はともあれ、カトリック東京国際センター(CTIC)などを通じてつながっていた、他の若い修道者らと顔をあわせられるうれしさ。Cum-jubilo Jubilemusとは、これからつながって、協力して活動していければという期待。そのメンバーの青年信徒らとわれわれ若手(?)修道者らが一緒に、渋谷教会を拠点に司牧・宣教のために発信できたらいい。
昨日夕方、渋谷教会を訪れた、マレーシアからという、母と娘とおぼしきふたり連れ。日本に一週間の滞在中。迎えるほうとして、ただ聖堂を見せ、カードを渡し、一緒に写真をとって、祝福の祈りをしただけなのだが、とても喜んでくれた。熱心なカトリック信徒には、外国で司祭と挨拶できるだけでも楽しいのは、わたし自身にも分かる。この幸せに司祭として感謝しよう。いつも謙虚に喜んでいられるように。
けさのミサでは、とくにある17歳の女性信徒のために祈った。ニュージーランドの高校で勉強中で、昨年末から昨日まで東京の親元に帰省していたのだが、もうすぐ学校の夏休み(!)が終わるので、また飛行機でむこうへ戻っていった。これまでに、渋谷教会の信徒たちのなかで、わたしから受洗したのは彼女だけ。祈らずにいられますかって。

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