11/05/2026
「 最初の殉教者ステパノ」(使徒 7:55-56)
「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、こう言った。「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」」(使徒 7:55-56)
人は最初や一番を大切にし、それを覚えようとします。信仰者もまた、聖書に記された最初の出来事から多くを学びます。使徒の働き7章には、エルサレム教会の最初の殉教者となったステパノのことが記されています。彼はイスラエルの歴史を振り返りながら、先祖たちが神の人々を拒み、ついには義なる方であるイエス・キリストを殺し、今また自分をも殺そうとしている罪を、はっきりと指摘しました。人々は心を刺されましたが、悔い改めるどころか怒りに燃え、ステパノを排除しようとします。しかしそのときステパノの視線は天にあり、神の栄光とイエス・キリストに心を集中していました。彼は石で打たれながらも主に祈り、自分を殺す者たちの罪を負わせないでくださいと願います。その姿は、敵のために祈られたイエス様の心と重なります。ステパノの殉教が可能だったのは、彼の意思や心が特別であったからというより、彼の目がいつも神に向けられていたからだと思わされます。私たちも日々、状況ではなく神を見上げ、主に集中して歩むなら、困難や恐れを超えて主に従う信仰へと導かれていくはずです。