09/06/2026
「ローマも見なければならない」(使徒 19:21)
「これらのことがあった後、パウロは御霊に示され、マケドニアとアカイアを通ってエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。」(使徒 19:21)
使命を持つ人と野心を持つ人は、普段は見分けにくくても、危機や苦難の中でその違いがはっきり表れます。使命を持つ人は損をしても与えられた道を進み続けますが、野心だけの人は自分の利益を優先し、損を避け、ときには人さえ切り捨ててしまいます。使徒の働き19章では、パウロのエペソでの働きを記されています。パウロはツラノの講堂で教え続け、多くの人に主のことばが伝わり、主が驚くべき力あるみわざを行われ、病のいやしや悪霊の追い出しが起こりました。さらに、主イエスの名をまねて力を得ようとした者たちが失敗したことで、かえって主の名が恐れられ、多くの人が悔い改め、魔術の書を持ち寄って焼くという出来事まで起こります。そして、主のことばがますます盛んになり、強くなっていったと記されています。ところがパウロは、その実りに満足して立ち止まるのではなく、御霊によって心に定め、マケドニアとアカヤを経てエルサレムへ行き、その後「ローマも見なければならない」と語ります。それは自分の成功や達成感のためではなく、上からの召しに従って前へ進む、パウロのはっきりした使命意識を示しているように思えます。世は夢や野心を勧めますが、神は神の御心と使命に生きるよう招いておられます。神からの使命があるとき、人は成功に酔い過ぎることも、失敗に沈み過ぎることもなく、最後まで主の導きに従って進み続けることができるのだと覚えたいです。