岡山ニューライフ教会Okayama New Life Church

みなさん。こんにちは!!
岡山ニューライフ教会の牧師の佐藤史和です。私にとって岡山は生まれ故郷です。
2007年4月からこの教会に赴任しました。岡山ニューライフ教会は1990年に家庭礼拝から始まった教会です。現在は30名弱の方々と共に礼拝をささげています。
大人だけでなく、子どもたちも一緒に参加できる礼拝を心がけ、賛美の時間も子ども達ひとりひとりに打楽器を担当してもらい自発的に参加してもらっています。
礼拝だけでなく、さまざまなイベントを通して地域の交流を広げたり、教会の場所がライブカフェの場所になったり、はたまた韓国語教室、ギター教室などなど、これからも地域活性に教会ができることを挑戦したいと思っています。

✨詩篇127篇メッセージ"主が家を建てるのでなければ建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ守る者の見張りはむなしい。あなたがたが早く起き遅く休み労苦の糧を食べたとしてもそれはむなしい。実に主は愛する者に眠りを与えてくださる。見よ...
04/06/2026

✨詩篇127篇メッセージ

"主が家を建てるのでなければ建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ守る者の見張りはむなしい。
あなたがたが早く起き遅く休み労苦の糧を食べたとしてもそれはむなしい。実に主は愛する者に眠りを与えてくださる。
見よ子どもたちは主の賜物胎の実は報酬。
若いときの子どもたちは実に勇士の手にある矢のようだ。
幸いなことよ矢筒をその矢で満たしている人は。彼らは門で敵と論じるとき恥を見ることがない。"
詩篇 127篇1~5節

『主が建てる人生、主が守る家庭』

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① 「主が建てられなければ」
人生の“設計者”は神

詩篇127篇はこう始まります。
「主が家を建てられなければ、建てる者の働きはむなしい。」

これは、家だけでなく、
人生・家庭・仕事・教会・夢すべてに当てはまります。

私たちは一生懸命働き、計画し、努力します。
でも、神が中心にいないなら、
どんな立派な建物も“土台がない家”になります。

神はあなたの人生の設計者。
あなたが建てる家の“青写真”を持っておられる。

だからこそ、
「主よ、あなたが建ててください」
という祈りが、最も実践的な人生の始まりです。

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② 「主が守られなければ」
努力よりも“信頼”が守りを生む

次に詩篇127篇はこう言います。
「主が町を守られなければ、見張りはむなしく目覚めている。」

これは、
「努力しても、神の守りがなければ不安は消えない」
という現実を語っています。

現代の私たちは、

• 家族を守るために働く
• 教会を守るために奉仕する
• 自分を守るために頑張る

でも、どんなに頑張っても、
心の平安は“神の守り”からしか来ません。

神の守りは、あなたの努力を超えて働く。
あなたが眠っている間も、神は見張っておられる。

安心して休むことも、信仰の一部です。

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③ 「子どもたちは主の賜物」
家族は“神の祝福の証”

詩篇127篇の後半は、
「子どもたちは主の賜物、胎の実は報い。」
と語ります。

これは単に子育ての話ではなく、
**「次の世代への信仰の継承」**を意味します。

• 家族を愛すること
• 教会の若者を育てること
• 次世代に信仰を伝えること

これらはすべて、神の祝福の流れをつなぐ働きです。

家族も、教会も、神の手の中で育つ。
あなたの愛と祈りが、次の世代の信仰を形づくる。

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🎯 三つのポイントまとめ

1. 主が建てる人生こそ、揺るがない。
2. 主が守る家庭こそ、安心して休める。
3. 主が与える家族こそ、祝福の証。

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🙏 最後の祈

主よ、
私の人生も、家庭も、働きも、あなたが建ててください。
私の努力ではなく、あなたの守りによって平安を得られますように。

あなたが与えてくださった家族、教会、仲間を、
あなたの祝福の証として育てていけますように。

主が建て、主が守り、主が祝福される人生を歩ませてください。
アーメン。

✨詩篇126編メッセージ『涙は種、喜びは収穫』---① 「主がシオンを回復されたとき」 神の回復は“夢のような現実”をもたらす詩篇126編は、こう始まります。「主がシオンを回復されたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。」これは、「信...
28/05/2026

✨詩篇126編メッセージ
『涙は種、喜びは収穫』

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① 「主がシオンを回復されたとき」
神の回復は“夢のような現実”をもたらす

詩篇126編は、こう始まります。
「主がシオンを回復されたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。」

これは、
「信じられないほどの喜び」
「想像を超える回復」
を経験した時の表現です。

私たちの人生にも、

• 祈りが突然応えられた
• 不可能と思えた問題が解決した
• 心が急に軽くなった
• 人間関係が回復した

そんな“夢みたいな瞬間”があります。

神の回復は、私たちの想像を超えて訪れる。
そしてその喜びは、周りの人にも伝わる。

詩篇126編は、神の回復が「国々にまで知られた」と語ります。
あなたの人生の回復も、誰かの希望になります。

---

② 「涙とともに種を蒔く者は」
涙は“終わり”ではなく“始まり”

この詩篇の中心はここです。
「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取る。」

涙は、失敗や絶望の象徴ではありません。
涙は“種”です。

• 苦しみの中での祈り
• うまくいかない中での奉仕
• 家族のための涙
• 教会のための涙
• 誰にも言えない痛みの涙

これらはすべて、
神の畑に蒔かれた種です。

涙は無駄にならない。
神は涙を“収穫の材料”として用いられる。

あなたが流した涙は、
神の手の中で必ず実を結びます。

---

③ 「束を抱えて帰ってくる」
神は“涙の季節”を“収穫の季節”に変える

詩篇126編のクライマックスは、
**「束を抱えて帰ってくる」**という約束です。

これは、
「神が必ず報いてくださる」
という信仰の宣言です。

人生には、

• 祈っても変わらない時
• 努力が報われない時
• 孤独に感じる時
• 収穫が見えない時

があります。

でも詩篇126編は言います。

“涙の季節”は永遠ではない。
神は必ず“収穫の季節”へと導かれる。

あなたが今蒔いている種は、
必ず束となって戻ってきます。

---

🎯 三つのポイントまとめ

1. 神の回復は、夢のような現実をもたらす。
2. 涙は終わりではなく、神の畑に蒔かれる種。
3. 神は涙の季節を、収穫の季節に変えてくださる。

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🙏 最後の祈り

主よ、
私たちの涙を見ておられるあなたに感謝します。
涙を種として受け取り、
喜びの収穫へと変えてください。

あなたの回復の業を、
私たちの人生にも、家庭にも、教会にも、
“夢のような現実”として現してください。

喜びの束を抱えて帰る者として歩ませてください。
アーメン。

ハッピーペンテコステ🕊️『教会の始まりと同時に宣教の始まりの日』教会の駐車場の片隅に、今年も小さな白い花が静かに咲いていました。〜ヒメイワダレソウ〜誰に見られるでもなく、ただ与えられた場所で、今日も美しく咲いている姿に心が和みます。主は、野...
24/05/2026

ハッピーペンテコステ🕊️
『教会の始まりと同時に宣教の始まりの日』

教会の駐車場の片隅に、
今年も小さな白い花が静かに咲いていました。
〜ヒメイワダレソウ〜
誰に見られるでもなく、ただ与えられた場所で、今日も美しく咲いている姿に心が和みます。

主は、野の花さえも豊かに育ててくださるお方。
私たちの歩みも、同じ優しさと恵みの中にあります。

「野の花がどのように育つか、よく見なさい。」(マタイ6:28)

今日も主の平安が、皆さんの一日をそっと包みますように。

⛰️詩篇125編メッセージ『揺るがない心、動かない信仰』"主に信頼する人々はシオンの山のようだ。揺るぐことなくとこしえにながらえる。エルサレムを山々が取り囲んでいるように主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。それは悪の杖が正しい人の割り当...
21/05/2026

⛰️詩篇125編メッセージ
『揺るがない心、動かない信仰』

"主に信頼する人々はシオンの山のようだ。
揺るぐことなくとこしえにながらえる。
エルサレムを山々が取り囲んでいるように
主は御民を今よりとこしえまでも囲まれる。
それは悪の杖が正しい人の割り当て地の上に
とどまることがなく正しい人が不正なことに
手を伸ばさないようにするためだ。
主よ善良な人々や心の直ぐな人々に
いつくしみを施してください。
主は曲がった道にそれる者どもを
不法を行う者どもとともに追い出される。
イスラエルの上に平和があるように。"
詩篇 125篇1~5節

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① 「主に信頼する人々はシオンの山のように」
揺れない信仰は“土台”から始まる

詩篇125篇はこう始まります。
「主に信頼する人々はシオンの山のように、動かされることがない。」

この“シオンの山”は、
ただの山ではありません。
神の臨在がある場所です。
つまり、信仰の土台が
「神の存在そのもの」にあるということ。

現代の私たちは、
ニュース、SNS、人間関係、仕事、健康…
あらゆるものが“揺れる”時代に生きています。

でも、詩篇125篇はこう教えます。

信仰は「揺れない場所」に
立つことから始まる。
揺れない場所とは、“神の約束”の上です。

あなたの信仰が、感情や状況ではなく、
神の真実さに根ざしているなら、
どんな嵐が来ても倒れません。

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② 「山々がエルサレムを囲むように」
神の守りは“見えない盾”のように働く

詩篇125篇は次にこう言います。
「山々がエルサレムを囲むように、主はその民を囲まれる。」

これは美しい比喩です。
エルサレムは山に囲まれた都市。
敵が攻めにくい構造になっていました。

つまり、神の守りは
「見えないけれど確実」なんです。

現代で言えばこうです。

• 家族を守る祈り
• 教会を守る信仰
• 心を守る御言葉
• 人間関係を守る愛

神の守りは、
あなたの周りに“見えない盾”を張っている。

あなたが気づかないところで、
神はあなたの心、
家庭、働き、奉仕を囲んで守っておられます。

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③ 「イスラエルの上に平和があるように」
平和は“神の守りの証”

詩篇125篇の最後は、
「イスラエルの上に平和があるように」
という祈りで終わります。

これは単なる願いではなく、
**「神の守りが続く限り、平和も続く」**という信仰の宣言です。

現代の私たちにとっても、
平和は「問題がない状態」ではなく、
**「神が共におられる状態」**です。

平和は、神の守りが今も働いている証。

あなたの心に平和があるなら、
それは神があなたを囲んでいる証拠です。

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🎯 三つのポイントまとめ

1. 信仰の土台は“神の約束”にある。
2. 神の守りは“見えない盾”のように働く。
3. 平和は“神の守りの証”である。

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🙏 最後の祈り

主よ、
あなたに信頼する者が
シオンの山のように揺るがないように、
私たちの心をあなたの約束の上に
立たせてください。

見えない守りの盾で私たちを囲み、
あなたの平和を私たちの家庭、教会、
働きの上に注いでください。

あなたが共におられることこそ、
私たちの最大の平和です。
アーメン。

『月見草と教会』教会の庭に、今年も月見草が静かに咲き始めました。朝の光を受けて開くその姿は、主が日々そっと与えてくださる恵みを思い起こさせてくれます。どんな日にも、神様は変わらず私たちを照らし、支えてくださる。月見草の柔らかな光景の中に、そ...
15/05/2026

『月見草と教会』

教会の庭に、
今年も月見草が静かに咲き始めました。
朝の光を受けて開くその姿は、
主が日々そっと与えてくださる恵みを
思い起こさせてくれます。

どんな日にも、
神様は変わらず私たちを照らし、
支えてくださる。
月見草の柔らかな光景の中に、
その約束を感じます。

"主の名は堅固なやぐら。
正しい人はその中に駆け込み、保護される。"
箴言18:10

今日も主の平安が、
皆さんの歩みに豊かにありますように。

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✨詩篇124篇メッセージ"「もしも主が私たちの味方でなかったなら。」さあイスラエルは言え。「もしも主が私たちの味方でなかったなら人々が敵対してきたときそのとき彼らは私たちを生きたまま丸吞みにしていたであろう。彼らの怒りが私たちに向かって燃え...
14/05/2026

✨詩篇124篇メッセージ

"「もしも主が私たちの味方でなかったなら。」さあイスラエルは言え。
「もしも主が私たちの味方でなかったなら人々が敵対してきたとき
そのとき彼らは私たちを生きたまま丸吞みにしていたであろう。彼らの怒りが私たちに向かって燃え上がったとき
そのとき大水は私たちを押し流し濁流は私たちを越えて行ったであろう。
そのとき荒れ狂う水は私たちを越えて行ったであろう。」
ほむべきかな主。主は私たちを彼らの歯の餌食にされなかった。
鳥のように私たちのたましいは仕掛けられた罠から助け出された。罠は破られ私たちは助け出された。
私たちの助けは天地を造られた主の御名にある。"
詩篇 124篇1~8節
聖書 新改訳2017

題:『もし主が味方でなかったら…でも主は味方だった!』

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① 「もし主が味方でなかったら」 — 過去を振り返ると“奇跡の連続”に気づく

詩篇124篇は、いきなりこう始まります。
「もし主が私たちの味方でなかったら…」

この“もし”は、ただの仮定ではありません。
「あの時、神がいなかったら私は終わっていた」
というリアルな振り返りです。

私たちの日常にもあります。

• あの事故、ほんの少しずれていたら…
• あの人の一言がなかったら…
• あの時、祈りに導かれなかったら…
• あの問題、神が守ってくれなかったら…

振り返ると、
「あれ、これって守られてたんじゃない?」
という瞬間がいくつもあります。

過去を振り返ると、神の守りは“気づかれない奇跡”として積み重なっている。

---

② 「水が押し流すような危機」 — 人生の“飲み込まれそうな瞬間”にも神は介入する

詩篇124篇は、危機を“水”に例えます。

• 気持ちが押し流されそう
• 問題が次々と押し寄せる
• 心が沈みそう
• 人間関係の波に巻き込まれる

まさに現代の私たちも同じです。

仕事、家庭、健康、人間関係、教会の課題…
「もう無理、飲み込まれる…」
と思う瞬間があります。

でも詩篇124篇はこう宣言します。

神は“飲み込まれる前に”介入される方。

あなたが気づかないところで、
あなたの心が壊れないように、
あなたの信仰が折れないように、
神は水の勢いを止めておられます。

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③ 「罠は破られ、私たちは逃れた」 — 神は“見えない罠”からも救い出す

詩篇124篇のクライマックスはここです。

「罠は破られ、私たちは逃れた。」

罠とは、
自分では気づけない“心の落とし穴”のこと。

• 誘惑
• 落ち込み
• 怒り
• 誤解
• 悪循環
• ネガティブ思考
• 人間関係のもつれ

私たちはしばしば、
「気づいたらハマっていた」
という状態になります。

でも、詩篇124篇は言います。

神は“見えない罠”を先に壊してくださる。

あなたが落ちる前に、
あなたが壊れる前に、
あなたが迷う前に、
神はすでに働いておられます。

---

🎯 三つのポイントまとめ

1. もし主が味方でなかったら…でも主は味方だった!
2. 押し流されそうな危機にも、神は介入される。
3. 見えない罠を、神は先に壊してくださる。

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🙏 最後の祈り

主よ、
もしあなたが味方でなかったら、
私たちは今ここにいませんでした。

押し流されそうな時も、
見えない罠に落ちそうな時も、
あなたが守り、救い出してくださったことを感謝します。

これからも、
あなたを助けとし、
あなたを味方として歩む者としてください。
アーメン。

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岡山ニューライフ教会では5月10日に母の日をお祝いしました。🤗礼拝の中で見せてくださったお母さん方の笑顔、そして家族を支え続けてこられた歩みに、心から感謝します。⛪️神様が与えてくださった「母」という存在は、私たちにとって大きな恵みです。💕...
14/05/2026

岡山ニューライフ教会では5月10日に母の日をお祝いしました。🤗
礼拝の中で見せてくださったお母さん方の笑顔、そして家族を支え続けてこられた歩みに、心から感謝します。⛪️

神様が与えてくださった「母」という存在は、私たちにとって大きな恵みです。💕
その愛、祈り、忍耐、そして日々の小さな献身に、改めて「ありがとう」を伝えたいと思います。

どうか主の豊かな祝福が、すべてのお母さんの上にこれからも注がれますように。
今日のこの喜びが、皆さんの毎日に優しい光となりますように。

🎤✨【ゴスペルクワイア練習会のお知らせ】✨🎤5月10日(日)に、ゴスペルクワイアの練習会を開催します。初心者の方も、久しぶりの方も、歌が好きならどなたでも大歓迎です。心を合わせて歌うゴスペルは、元気や励ましを与えてくれます。ぜひ一緒に、楽し...
09/05/2026

🎤✨【ゴスペルクワイア練習会のお知らせ】✨🎤

5月10日(日)に、ゴスペルクワイアの練習会を開催します。
初心者の方も、久しぶりの方も、歌が好きならどなたでも大歓迎です。

心を合わせて歌うゴスペルは、元気や励ましを与えてくれます。
ぜひ一緒に、楽しい時間を過ごしましょう。

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📅 日時
2026年5月10日(日)
15:00〜17:00

📍 場所
岡山ニューライフ教会
岡山市南区妹尾2373-24

💴 参加費
2,000円

🎶 内容
・やさしい発声練習
・リズム&ハーモニー
・みんなで日本語ゴスペルソング
・初心者の方も安心して参加できます

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💬 メッセージ
「あなたの声が、誰かの力になります」
「歌う喜びを一緒に味わいましょう」

📱 お問い合わせ
メール:[email protected]
電話:090-2863-2602

講師 井原恵子

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🙏 「主に目を上げる—人の視線ではなく、神の憐れみに生きる」---① 主に目を上げる—人の評価ではなく、神のまなざしに生きる詩篇123:1(新改訳2017)"あなたに向かって私は目を上げます。天の御座に着いておられる方よ。"聖書 新改訳20...
07/05/2026

🙏 「主に目を上げる—人の視線ではなく、
神の憐れみに生きる」

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① 主に目を上げる—人の評価ではなく、
神のまなざしに生きる

詩篇123:1(新改訳2017)
"あなたに向かって私は目を上げます。天の御座に着いておられる方よ。"
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

🔹メッセージ:
人間関係の中で、私たちはしばしば「人の目」を気にしてしまいます。
評価、誤解、批判、比較…。それらが心を疲れさせます。
しかし詩人は、「天にいますあなたに目を上げます」と告白します。
つまり、人の視線ではなく、神のまなざしに焦点を合わせるのです。

🔹日常の例え話:
ある教師が、周囲の期待と批判の中で自信を失っていました。
しかし、祈りの中で「主よ、あなたの目にどう映っていますか」と問いかけました。
その瞬間、心に静かな平安が訪れました。
人の評価は変わっても、神のまなざしは変わりません。

🙏祈り:
「主よ、私の目をあなたに向けさせてください。
人の評価ではなく、あなたの愛のまなざしに生きる者としてください。」

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② 主の憐れみを待ち望む—焦らず、信頼して待つ

詩篇123:2(新改訳2017)
"まことにしもべたちの目が主人の手に向けられ仕える女の目が女主人の手に向けられるように私たちの目は私たちの神主に向けられています。主が私たちをあわれんでくださるまで。"
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

🔹メッセージ:
詩人は、主の憐れみを「待つ」姿勢を描いています。
現代では「すぐに結果を求める」ことが多いですが、
神の働きは時に静かで、ゆっくりと進みます。
焦らず、信頼して待つことが、信仰の成熟です。

🔹日常の例え話:
ある母親が、反抗期の息子のために毎日祈っていました。
すぐに変化は見えませんでしたが、数年後、息子が「母さんの祈りが支えだった」と言いました。
神の憐れみは、待つ者に確かに届くのです。

🙏祈り:
「主よ、あなたの憐れみを信じて待つ心を与えてください。
焦る時も、あなたの手に目を注ぎ続けます。」

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③ 高慢な者に囲まれても、心を守る

詩篇123:4(新改訳2017)
"私たちのたましいは安逸を貪る者たちの嘲りと高ぶる者たちの蔑みでいっぱいです。"
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

🔹メッセージ:
人間関係の中で、理不尽な言葉や態度に傷つくことがあります。
詩人も同じ経験をしています。
しかし彼は、怒りや報復ではなく、主に目を上げることで心を守りました。
神の憐れみが、心の盾となるのです。

🔹日常の例え話:
ある会社員が、上司の理不尽な叱責に耐えていました。
彼は「主よ、あなたが見ていてくださる」と心で祈りました。
その祈りが、怒りを静め、平和を保つ力となりました。
神に目を上げる者は、状況に支配されず、心を守られます。

🙏祈り:
「主よ、嘲りや侮りの中でも、あなたに目を上げ続けます。
あなたの憐れみが私の心を守ってください。」

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🔚 まとめ:「主に目を上げる—人の視線ではなく、神の憐れみに生きる」

詩篇123編は、

• 人の評価ではなく神のまなざしに生きること
• 焦らず信頼して待つこと
• 高慢な者に囲まれても心を守ること

を通して、私たちにこう語ります。
「人の視線に疲れた時こそ、主に目を上げよ。そこに憐れみと平安がある。」

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🕊️ メッセージタイトル:「主の家に行こう—人と共に歩む平和の道」---① 「主の家に行こう」—共に歩む喜び詩篇122編「人々が私に『主の家に行こう』と言ったとき、私は喜んだ。」🔹メッセージ:信仰は「一人で行く道」ではなく、「共に歩む道」で...
30/04/2026

🕊️ メッセージタイトル:
「主の家に行こう—人と共に歩む平和の道」

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① 「主の家に行こう」—共に歩む喜び

詩篇122編
「人々が私に『主の家に行こう』と言ったとき、私は喜んだ。」

🔹メッセージ:
信仰は「一人で行く道」ではなく、「共に歩む道」です。
詩人は“人々が私に言った”と記しています。つまり、誰かの声が彼を礼拝へと導いたのです。
日常でも、誰かの「行こう」という一言が、私たちを希望へと動かします。

🔹人間関係の例え話:
ある男性が、仕事の疲れで教会に行く気力を失っていました。
しかし、友人が「一緒に行こう」と声をかけてくれました。
礼拝後、彼は「やっぱり来てよかった」と笑顔を取り戻しました。
人の声が、神の招きとなることがあります。

🙏祈り:
「主よ、私が誰かをあなたの家へ招く声となれますように。
共に歩む喜びを与えてください。」

---

② 「平和を祈れ」—関係の中に平和を築く

詩篇122:6
「エルサレムの平和を祈れ。あなたを愛する者が安らかであるように。」

🔹メッセージ:
平和は遠い国の話ではなく、私たちの人間関係の中に始まります。
家庭、職場、教会、地域—そこに平和があるかどうかが、神の愛を映す鏡です。
「平和を祈る」とは、争いを避けるだけでなく、赦しと理解を選ぶことです。

🔹日常の例え話:
ある母親が、家族の意見の違いで心が疲れていました。
彼女は「エルサレムの平和を祈れ」という言葉を思い出し、
「まず自分の心に平和を」と祈りました。
その祈りが、家族の会話を穏やかに変えていきました。

🙏祈り:
「主よ、私の心にあなたの平和を満たしてください。
その平和が、私の周りにも広がりますように。」

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③ 「主の都に立つ」—一致と祝福の関係

詩篇122:3–4
「エルサレムはよく建てられた町。そこにイスラエルの諸部族が上って行く。主の御名に感謝するために。」

🔹メッセージ:
エルサレムは「よく建てられた町」として、秩序と一致の象徴です。
人が集まる場所には、違いもあります。
でも、神の家では「違いが調和に変わる」祝福が生まれます。
人間関係も同じです。互いの違いを認め合う時、神の平和が流れます。

🔹日常の例え話:
ある教会で、若者と年配者の意見がぶつかりました。
しかし、礼拝で共に賛美する中で、心が一つになりました。
「主の御名に感謝するために」集まる時、
人の違いは壁ではなく、神の栄光を映すキャンバスになります。

🙏祈り:
「主よ、私たちが一致してあなたを礼拝する民となれますように。
あなたの都に立つ者として、感謝と賛美を捧げます。」

---

🔚 まとめ:「主の家に行こう—人と共に歩む平和の道」

詩篇122編は、

• 共に歩む喜び
• 関係の中の平和
• 一致の祝福

を通して、私たちにこう語ります。
「神の家に集うことは、日常の人間関係を癒し、平和を広げる第一歩である。」

住所

南区妹尾2373/24
Okayama-shi, Okayama
701-0204

営業時間

水曜日 20:00 - 22:00
日曜日 11:00 - 15:00

電話番号

+819028632602

アラート

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